1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 中部地方自動車局

2017-01-01

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【501】東名高速線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇東名高速線    1 東京−名古屋    2 東名沼津−沼津    3 東名静岡−静岡    4 東名磐田−浜松    5 東名浜松北−浜松    6 名古屋インター−名神一宮 1.2 路線略図  名古屋  東名御殿場    東名向ヶ丘 用賀PA  <−−○−−−○−−●−−−−−○−−−−●−−−−+−<−・     |東名   足柄SA              ∨ 東京|     |沼津                 霞が関○ ◎−・東京   沼津◎                      | |\ ディズニー                            ・−・ >ランド   Λ大阪   |                    中部地自|関東地自   ○名神一宮                    |   |\                  静岡◎  |   | \   (三ヶ日) 東名    東名   |  |   東名   |  \    ●  浜松北   磐田   |  |   沼津  東京   ◎−−−○−−−+−−−○−−+−−○−−−○−−−○−−−○−−−>  名古屋 名古屋        /      東名  |東名  |      インター      /       静岡  |松岡  |             浜松◎            |    ◎沼津               京阪五条 名神大津         周山<−・ ・−○−+−○−−○−−・              \|   |  名神多賀 |      近畿地自             ・−◎京都 ・  (多賀SA)−|−−−−−−−−−−  津山    名神茨木 |    /        ○名神関ヶ原 中部地自  <−−−−+−+○−−+○−−・          \  千里ニュー| ・  京都深草             \    タウン○・                 名神一宮○       |                      |\  名神豊中・+                      | \     ○ |\                     |  \  東京  ◎・・・・|・◎新大阪              名古屋◎−−−○−−>  神戸 ・ |/                        名古屋     ・ +                         インター      ・◎大阪  ※東京〜東京ディスニーランドは、東京湾岸線  ※名古屋〜大阪、名神大津〜京都、京都深草〜京都は、名神高速線  ※大阪〜新大阪〜千里ニュータウン〜津山は、中国高速線  ※京都〜周山は、京鶴線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・名神高速線3 京都〜京都深草 ・名神高速線1 京都深草〜名神一宮 ・東名高速線6 名神一宮〜名古屋インター ・東名高速線1 名古屋インター〜東名磐田〜東名静岡〜東京 ・東名高速線1 東京〜東名静岡〜東名磐田〜名古屋インター ・東名高速線6 名古屋インター〜名神一宮 ・名神高速線1 名神一宮〜千里ニュータウン〜大阪 ・東名高速線4 浜松〜東名磐田 ・東名高速線1 東名磐田〜東名静岡 ・東名高速線3 東名静岡〜静岡 2.2 掲載 ・21〜22日目 6/21(金)〜22(土) S61.3号 6.近畿編(下) 単行本 p115〜117 ・23〜24日目 7/3(水)〜4(木) S61.3号 6.近畿編(下) 単行本 p120 ・37日目 7/17(水) S61.5号 8.関東・信越編(上) 単行本 p176〜177 ・連載誌 ドリーム号(東京駅か)、744-5955の解説、東京ゆき一番バス(浜松) ・単行本 浜松ターミナル 2.3 行程 ○京都2206→643東京 名神高速線3+1+東名高速線6+1              ドリーム4号 京都発 東京行 744-5955(三菱MS735S) ○東京2220→715大阪 東名高速線1+6+名神高速線1              ドリーム1号 東京発 大阪行 744-5955(三菱MS735S) ○浜松700→821東名静岡 東名高速線4+1               急行 202便 浜松発 東京行 744-9915(三菱MS504Q) ○東名静岡922→932静岡 東名高速線3 タクシー 2.4 エピソード ・発券時、東名・名神ハイウェイバスの昼行便と夜行便を独立したものと考えて良  いという運用だったので、最長ルートに組み込むことが出来た。発券を機に再検  討が行われ、S60.6以降は連続切符扱いとなった。 ・東京行は3両運転、先生が乗った1号車は新車。二度ほど停車した気がする。  霞が関で1名降車し、東京駅八重洲南口に定刻645に着いた。 ・大阪行も3両運転、先生が乗った3号車は新車。0時頃に足柄SA、3時頃に三ヶ日  ドライブインに停車した。大阪駅には740定刻より14分早着。 ・浜松から急行東京行に乗車、禁煙席1Bに座る。東名牧之原で通勤客が整列乗車  して、ほぼ満員に。 ・東名静岡から9:08発静岡行に乗り継ぐ予定。9:21まで待ったが来なかった。  横浜ICが混んでいるので朝の下りは、しばしば遅れる。 2.5 旅の考察 ・東名横浜と東名厚木は、料金所の外にバス停があり、渋滞のため、バス遅延の原  因となっていた。先生が東名静岡から乗継予定だった便は、東京610発静岡行の  急行301便で、東名厚木を通過するが、東名横浜に停車するため、延着したと推測  する。S61.11改正では、急行301便は東名横浜を通過するよう改善された。 ・片道きっぷであるが、名神一宮〜名古屋インター〜東名磐田は複乗、東名磐田〜  東名静岡は3回も乗車、東名静岡〜東京は複乗している点が興味深い。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・東名高速線は、1969(S44)年に東京〜名古屋、〜沼津・静岡・浜松・名神一宮と  して開業したのがルーツ。 ・当時、東京、沼津、静岡、浜松、名古屋、京都、大阪に自動車駅があった。 ・当時、東京駅を発車する便は、東京駅八重洲南口、宝町入口、首都高速環状線、  首都高速渋谷線というルートで、東京駅に到着する便は、首都高速渋谷線、首都  高速環状線、霞が関出口、霞が関、東京駅八重洲南口というルートで上下線で異  なっていた。 ・東名ハイウェイバスについて、S61.6頃の運行形態と本数は、以下の通り。  ◇1〜28便   東京〜名古屋 特急 14往復 一部がエコー便  ◇201〜204便 東京〜浜松 急行 2往復  ◇301〜332便 東京〜静岡 急行 16往復 一部がエコー便  ◇351〜360便 東京〜東名静岡 急行 5往復  ◇401〜408便 東京〜沼津 急行 3.5往復 一部がエコー便 ※408便(沼津行)は無い  ◇451〜458便 東京〜東名富士 急行 2.5往復 ※457便(東名富士行)は無い  ◇501〜508便 静岡〜名古屋 急行 4往復 一部がエコー便  ◇601〜602便 浜松〜名古屋 急行 1往復  ◇5301〜5308便 東京〜東名静岡 急行 4往復 土休日と7/12〜8/31運転          ※5302便は静岡発  エコー便は、団体予約が可能という意味しかなく、S61.11.1までに終了した模様。  特急便は、東名蒲原以西は各駅に停車する。  急行便は、各駅停車だが、以下のバス停には停車しない便が多かった。  ◇東名横浜 S61.6現在は通過する便は無いが、S61.11.1改正では約半数が通過。  ◇東名厚木 16往復のみ停車。  ◇東名駒門 3往復のみ停車。  ◇東名由比 1往復のみ停車。 ・ドリーム号について、S61.6頃の時刻は、以下の通り。  ◇ドリーム1号 801便 東京2220→740大阪  ◇ドリーム2号 802便 大阪2240→809霞が関、815東京  ◇ドリーム3号 901便 東京2300→745京都  ◇ドリーム4号 902便 京都2200→637霞が関、643東京  ◇ドリーム5号 951便 東京2320→528星ヶ丘、544千種駅前、601名古屋  ◇ドリーム6号 952便 名古屋2320→554霞が関、600東京 3.2 旅から30年 ・東名ハイウェイバスについて、引き続きJRバス関東、JRバステック、JR東海バス  が運行しているが、以下の大きな変化があった。  ◇東名横浜、東名駒門、東名由比、沼津は廃止、東名厚木は移転した。  ◇東名大井、東名足柄、東名愛鷹、浜松インター、東名浜名湖、本山、栄を新設。  ◇バス種別が、急行、特急、超特急と直行(新東名)に変更された。  ◇2012(H24)年、新東名道経由便が登場。  ◇東京駅発車便についても上り便同様、霞が関入口に経路変更された。到着便に   ついては、日本橋口に変更。  ◇栄乗り入れや、名古屋駅バス乗り場の移転等で、名古屋IC以西の経路が変更。  ◇渋滞時に限り、上り便(東京行)が用賀PAで降車できるようになった。  ◇2005(H17)年より、JRバステックが運行に参入。 ・ドリーム号について、引き続き西日本JRバス、JR東海バス、JRバス関東が運行し  ているが、以下の大きな変化があった。  ◇大阪系統はドリーム大阪号、京都系統はドリーム京都号に改称された後、発展   的解消し、現在は、グランドリーム号、プレミアムドリーム号、青春エコドリ   ーム号などに引き継がれた。  ◇名古屋系統は、ドリームなごや号に改称された。 3.3 旅の考察 ・路線名称「東名浜松北−浜松」を通る便は、601〜602便(浜松〜名古屋)の1往復  のみであるが、201〜204便(東京〜浜松)も、同じ経路(浜松IC〜浜松)を通るので、  乗り潰し観点では、どちらかに乗車すれば問題ないと思われる。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【502】浜名線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇浜名線   浜名本線    1 豊橋−新居町    2 前田二丁目−豊橋瓦町(南回り)    3 殿田橋−高師原口(国道)    4 高師原口−東山口−二川    5 岩屋観音−川田−神鋼電機前    6 二川−北裏−二川東町    7 大脇−神鋼社宅前    8 潮見坂−白須賀    9 潮見坂−大倉戸口−新居橋本    10 新居役場前−浜名湖競艇場−新居町    11 新居町−新居弁天   小松原線    1 高師原口−三河小松原−二川中町   細谷線    1 神鋼電機前−上細谷−南白須賀   鷲津線    1 南白須賀−鷲津    2 白須賀−鈴木自動車前 1.2 路線略図                  神鋼                  社宅前       鷲津                   ○   自鈴 ・−◎    前     東山口   北裏 |   動木 |    田 豊    ○−◎−−○−−○大脇 車  |    二 橋    | |二川   |   前  |  豊 丁 瓦 ・−−+ |   二川|神鋼  ○−○白須賀  橋 目 町 |  | |   中町|電機前   | 潮見坂  ◎−○−○−○−−○−○−○−○−○−−○−−−○−−○−・    | | 殿 高| 岩 荒 | |一里山 南白|  | |    ・−・ 田 師| 屋 古 | |    須賀| 新| ○大倉戸        橋 原| 観   | ・−−○−−−・ 町○ |          口| 音   |   上細谷    口| |           ・−−○−−・           ・−○新居橋本            三河小松原              +−○浜名湖                               |  競艇場                         新居弁天○−◎新居町 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・浜名本線4 二川〜東山口〜高師原口 ・浜名本線1 高師原口〜岩屋観音 ・浜名本線5 岩屋観音〜久保田〜川田〜神鋼電機前 ・細谷線1 神鋼電機前〜上細谷〜南白須賀 ・鷲津線1 南白須賀〜白須賀 ・浜名本線8 白須賀〜潮見坂 ・浜名本線1 潮見坂〜大倉戸〜新居橋本〜新居役場前 ・浜名本線10 新居役場前〜浜名湖競艇場〜新居町 2.2 掲載 ・36日目 7/16(火) S61.5号 8.関東・信越編(上) 単行本 p171〜174 ・連載誌のみ 新居町駅の写真 2.3 行程 ◇二川0809→0816高師原口 浜名本線(東山口経由)神鋼電機前発 豊橋行                           538-4472(日デP-U32L) ◇高師原口0825→0841神鋼電機前 浜名本線 538-5506(日デUA30H) ◇二川東町1008→1025南白須賀 浜名本・細谷線 538-8906(日デUA30L) ◇南白須賀1143→1203岩屋観音 浜名本線(久保田経由) 538-8906(日デUA30L) ◇岩屋病院前1215→1247潮見坂 浜名本線 538-5505(日デUA30H) ◇潮見坂1356→1410新居町 浜名本線(大倉戸経由) ・新居町→浜名湖競艇場→新居町 タクシー 2.4 エピソード ・二川からの東山口経由豊橋行きは女子高生に囲まれて緑の住宅地を走り、高師  原口は町はずれの裏道のような所だが、神鋼電機前方面の乗り場を女の子に尋  ねると、かなり離れた国道沿いの三差路にあることが分かる。 ・新居町行きが来たので乗ったら岩屋観音から左に折れ二川駅前に出てしまった。  神鋼電機前で豊橋行きの時刻表を見ると、二川経由がほとんどで国道を直行す  る便にだけ「荒古経由」の注がつき、約3時間後までない。 ・二川東町でつかまえた上細谷経由の細谷線は、田んぼの中にまっすぐ造った立  派な二車線道路を走った。 ・白須賀を通るかと運転士に尋ね、ここですよと教えられた停留所で降りれば、  南白須賀。便宜的に同一駅として扱っているのかもしれない。 ・松並木の名残も見えて、旧街道と分かる家並みの間を大倉戸経由のバスが走る  うち、お葬式にぶつかった。黒服の人の列から1人が離れて手を挙げ、便宜乗  車する。 ・運転士の話では浜名湖競艇場への路線バスはないとのこと。朝のうちに豊橋方  面からの臨時バスが直行するだけだそうで、おそらく競艇臨のために営業キロ  を設定してあるのだろう。タクシーで駅裏の競艇場の前まで行ってみた。 3. 路線解説 3.1 S60.6時点の運行状況 ・浜名線は、1933(S8)年3月27日に豊橋〜二川、同年6月10日に二川〜〜二川東町  が開業したのがルーツで、1937(S12)年7月20日に二川東町〜新居町が開業した。 ・この路線は、東海道本線豊橋〜浜松の鉄道の補助及び培養路線としての使命を有  する他、沿線地方の産業文化の発展助長も使命としていた。 ・戦後は、1950(S25)年10月16日に二川〜上細谷〜白須賀(後の細谷線)が開業し、  同年12月5日には新居町〜浜松が開業した。 ・1953(S28)年2月28日に高師原口〜三河小松原〜地原(後の小松原線)が開業し、  1954(S29)年8月20日に白須賀〜鷲津(後の鷲津線)が開業した。 ・1955(S30)年3月25日に新居町〜新居弁天(期間限定運行)、同年12月27日に豊  橋新川〜山中橋(新国道)、岩屋観音〜荒古〜三ツ坂、一里山〜南白須賀〜新居  橋本〜新居町(新国道)の各区間が開業した。 ・1960(S35)年12月10日に山中橋〜高師原口が開業した。 ・1962(S37)年2月20日に高師原口〜北山町〜二川が開業した。 ・1963(S38)年10月10日に弁天島駅前〜篠原中学前〜高塚駅前が開業した。 ・1966(S41)年12月8日に三谷劇場前〜豊橋が開業した。 ・1968(S43)年4月25日に泉町〜中之郷〜浜名湖競艇場〜新居町が開業した。 ・1970(S45)年7月12日に三河三谷〜三谷乗船場、同年12月6日に小殿〜殿田橋、  1971(S46)年5月3日に蒲郡〜豊橋、蒲郡線岡崎〜竹ノ谷、同年12月1日に舞坂  新町〜馬郡〜高塚駅前の各区間が廃止された。 ・1972(S47)年3月15日に二川〜北裏〜二川東町が開業した。 ・1973(S48)年12月20日に大脇〜神鋼住宅前が開業する一方、新居町〜浜松が廃止  された。 ・1976(S51)年4月1日に新居橋本〜泉町〜新居町、一里山〜白須賀、細谷線地原  〜上細谷の各区間が廃止された一方、細谷線神鋼電機前〜上細谷が開業した。 ・1982年(S57)年12月改正の浜名線時刻表によると、浜名本線では、豊橋〜二川は5  〜15分間隔で、豊橋〜新居町は10〜30分間隔で運行されていた。東山口経由便は  下り17本・上り19本、神鋼社宅前発着便は7往復、大倉戸経由は上りのみ4本が  設定されていた。支線では、小松原線が4.5往復、細谷線は11往復、鷲津線は9  往復がそれぞれ設定されていた。また、浜名湖競艇開催日に直行バスが運行され  ていた(豊橋発0950〜1140の間に10回)。 ・1985(S60)年当時、(自)豊橋に自動車駅が存在し、豊橋〜新居町の直通便と豊橋  〜二川・神鋼電機前などの区間便が運行されていた。 ・前田二丁目〜豊橋瓦町(南回り)、新居役場前〜浜名湖競艇場は、浜名湖競艇場直  行の不定期便(途中停車駅は豊橋新川、豊橋瓦町、高師原口、荒古、南白須賀)  が経由した模様である。 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年12月の国鉄自動車路線名称全面改正で、小松原線及び細谷線が削除  されており、この時点までに廃止された模様である(路線廃止に係る官報公示は  出されていない)。 ・それ以外の区間は、国鉄民営化及び自動車分離を経てJR東海バスに継承された。 ・1990(H2)年2月に一里山〜アスモ前(1991(H3)年11月休止)、1991(H3)年1月4  日に大脇〜東海大会ホールの各区間が開業した。 ・1996(H8)年3月に岩屋観音〜荒古〜神鋼電機前が廃止された。 ・末期のダイヤ(新居町営業所「浜名線時刻表」平成10年10月1日改正)によると、  浜名線には次の系統が設定されていた。  <平日ダイヤ>  (浜名本線)    新居弁天・新居町〜豊橋 5往復(所要1時間3分)    新居町〜神鋼電機前 上り1本(所要33分)    新居弁天・新居町〜白須賀 3往復(所要16分)    新居弁天〜新居町 下り2本(所要8分)    神鋼電機前〜西口町〜豊橋 下り12本・上り10本(所要36分)    神鋼電機前〜東山口〜豊橋 下り5本・上り7本(所要40分)    神鋼電機前〜二川 上り1本(所要9分)    二川〜西口町〜豊橋 下り6本・上り5本(所要26分)    二川〜東山口〜豊橋 下り5本・上り6本(所要29分)    高師原口〜飯室〜豊橋 下り5本(所要21分)    高師原口〜西口町〜豊橋 上り5本(所要21分)  (鷲津線)    新居町〜鷲津 下り2本・上り3本(所要35分)    白須賀〜鷲津 下り2本・上り1本(所要19分)  <土日祝ダイヤ>  (浜名本線)    新居弁天・新居町〜豊橋 下り3本・上り4本(所要1時間3分)    新居弁天・新居町〜白須賀 下り4本(うち第2・4土曜除く土曜運転1本、     第2・4土曜除く土曜運休1本、第2・4土曜及び日祝日運休1本)・上り     4本第2・4土曜除く土曜運休1本3本、第2・4土曜除く土曜運休1本)    (所要16分)    新居弁天〜新居町 下り2本(所要8分)    神鋼電機前〜西口町〜豊橋 下り9本・上り5本(所要36分)    神鋼電機前〜東山口〜豊橋 下り3本・上り4本(所要40分)    神鋼電機前〜二川 下り1本・上り2本(所要9分)    二川〜西口町〜豊橋 下り3本・上り4本(所要26分)    二川〜東山口〜豊橋 下り3本・上り4本(所要29分)    高師原口〜飯室〜豊橋 下り4本(所要21分)    高師原口〜西口町〜豊橋 上り4本(所要21分)  (鷲津線)    新居町〜鷲津 下り2本(うち第2・4土曜除く土曜運転1本、第2・4土曜     及び日祝日運転1本)・上り3本(うち第2・4土曜除く土曜運転1本)     (所要35分)    白須賀〜鷲津 下り2本(うち第2・4土曜除く土曜運転1本)・上り1本(     第2・4土曜及び日祝日運転)(所要19分) ・残った区間も2002(H14)年9月末限りで廃止され、浜名線は全廃された。 3.3 旅の考察 ・当時の自動車線普通旅客運賃表によると、白須賀(浜名本線の支線潮見坂〜白  須賀と鷲津線(南白須賀〜鷲津)上に位置する)には途中下車駅の記号が付さ  れている。昭和30年代後半の自動車線普通旅客運賃表で既に同駅には途中下車  駅の記号が付されており、民営化時(1987(S62)年)の自動車線普通旅客運賃  表にも付されていた。 ※補足 浜名線の浜松乗り入れの推移 ・国鉄自動車の新線開業に関する1949(S24)年12月の運輸省通達を背景として、  民間事業者との相互乗り入れという方針に基づき、浜松〜新居町に遠州鉄道(株)  との相互乗り入れを開始したのを手始めに、各地で相互乗り入れが実施された。 ・1950(S25)年2月4日、国鉄と遠州鉄道(株)との運輸協定(相互乗り入れ)が  認可された。また、この区間には共通乗車制度が初めて適用された。   ◇協定区間      遠州鉄道(株)   浜松〜新居町間24.0km      国鉄自動車浜名線 新居町〜豊橋間16.0km   ◇協定内容     運行回数 国鉄自動車 1日12回以内          遠州鉄道  1日10回以内     運賃 普通運賃 両者同一運賃        定期運賃 現行通り   国鉄自動車は、当初、運輸協定に基づいて浜松〜新居町間に乗り入れていたが、  その後、同年12月5日に新居町〜浜松の開業が公示された。 ・1952(S27)年4月改正ダイヤでは、浜松〜新居町・白須賀・豊橋に次のように  6往復が設定されていた。  (下り)    浜松0730→0920豊橋    浜松0930→1120豊橋    浜松1200→1350豊橋    浜松1440→1630豊橋    浜松1730→1920豊橋    浜松1900→1940新居町  (上り)    白須賀0600→0720浜松     豊橋0720→0910浜松     豊橋1000→1150浜松     豊橋1220→1410浜松     豊橋1430→1620浜松     豊橋1650→1840浜松 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1964(S39)年9月号では、浜松〜豊橋便が浜松発  0720〜1950、豊橋発0720〜1905の間に17往復が設定されていた(所要1時間3  〜6分)。 ・1967(S42)年7月現在ダイヤでは、遠州鉄道と合わせて、浜松発0830〜1830、豊  橋発0830〜1800の間に30分間隔で運行されていた(国鉄バスは浜松発5回、豊橋  発7回。所要時間64分)。 ・1970(S45)年7月現在ダイヤでは、浜松〜豊橋に0830〜1830の間に遠州鉄道と相互  に30分毎に運行されていた。 ・国鉄自動車50年史によると、輸送量の減少傾向にあって、1970(S45)年以降、鉄道  並行路線の再編成、公民営バスとの競合路線の再編成等による走行キロの削減等が  行われた。この一環として、浜名線の新居町〜浜松は1973(S48)年12月20日に廃止  が公示されたが、末期の1972(S47)年11月現在ダイヤでは、浜松〜豊橋に下り6本  ・上り7本が設定されていた。  (下り)    浜松1030→1141豊橋    浜松1100→1213豊橋    浜松1330→1441豊橋    浜松1400→1511豊橋    浜松1620→1735豊橋    浜松1700→1811豊橋  (上り)    豊橋0830→0941浜松    豊橋0930→1041浜松    豊橋1200→1313浜松    豊橋1230→1341浜松    豊橋1430→1541浜松    豊橋1530→1643浜松    豊橋1830→1941浜松 ※補足 浜名線の岡崎〜豊橋〜浜松直通運行の推移 ・1966(S41)年12月8日に浜名線三谷劇場前〜豊橋が開業し、瀬戸南線の支線であ  る蒲郡線とつながり、岡崎〜浜松の直通便が運行を開始した。1967(S42)年7月  現在ダイヤでは、岡崎〜豊橋〜新居町・浜松に次の5往復が設定されていたのを  確認できる。  (下り)    新居町0725→豊橋0835→0945岡崎     浜松1000→豊橋1110→1220岡崎     浜松1100→豊橋1210→1320岡崎     浜松1400→豊橋1510→1620岡崎     浜松1700→豊橋1810→1931岡崎  (上り)     岡崎0815→豊橋0930→1034浜松     岡崎1115→豊橋1230→1334浜松     岡崎1315→豊橋1430→1534浜松     岡崎1415→豊橋1530→1634浜松     岡崎1715→豊橋1830→1934浜松 ・国鉄自動車50年史によると、輸送量の減少傾向にあって、1970(S45)年以降、鉄道  並行路線の再編成、公民営バスとの競合路線の再編成等による走行キロの削減等が  行われた。この一環として、浜名線蒲郡〜豊橋は1971(S46)年5月3日に廃止が公示  されたが、末期の1970(S45)年7月現在ダイヤでは、浜松・豊橋〜岡崎に次の2往復  が設定されていたのを確認できる。  (下り)    浜松1033→豊橋1145→1255岡崎         豊橋1300→1410岡崎  (上り)    岡崎1015→豊橋1130→1234浜松    岡崎1115→豊橋1230→1336浜松 ※補足 新居町営業所から静岡貸切営業所へ、及びその後 ・浜名線の廃止に合わせて、貸切事業について県単位に車両と乗務員を拠点集約する  ために、旧新居町営業所に静岡貸切営業所が新設された。 ・しかし、貸切バスの価格競争の激化により客単価の大きな下落が続く中で、貸切体  制の効率化のため、静岡貸切営業所は2004(H16)年6月末をもって廃止された。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【503】瀬戸南線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇瀬戸南線   瀬戸南本線    1 岡崎−瀬戸記念橋    2 三河岩津−東名岩津    3 天神橋−鴛鴨    4 国江−三河上郷    5 天神橋−尾崎    6 南豊田−三河豊田    7 久保町−医療センター    8 挙母小学前−若宮町    9 挙母小学前−新豊田    10 東保見町−加納    11 保見町−浄水口    12 保見大畑−西広見    13 上八草−愛工大前    14 宝ヶ丘−聖霊学園前    15 宝ヶ丘−菱野団地−御殿橋   蒲郡線    1 岡崎−蒲郡   安城線    1 岡崎−坂戸−大高駅前    2 安城郵便局前−藤藪    3 東刈谷駅口−東刈谷駅前   藤岡線    1 四郷−柿野 1.2 路線略図               高蔵寺                      Λ      +>品野・多治見    品野<−○−>明知                |     /               :柿野           名古屋<−○−−○−○瀬戸記念橋      土岐上切○               瀬戸 瀬戸 |              :               追分 駅前 ○萩殿町          :                     |            ○西市野々                     ○御殿橋         :                    /|            ○北曽木               菱野団地○ |            :                    \|            :                  宝ヶ丘○−○聖霊学園前     ○折平                     |            :                  南山口○            :                     |            :                  上八草○−○愛工大前      ○北一色                     |            :                     | 西広見        :                 保見大畑○……○         ○西広瀬                     |     ○加納   :                  保見町○    :     ○東山口                     |\  :伊保町  :                     |・+○−−○−−○四郷                      浄水口○ 東保見    |                      ・ 町     |                       ・      ○豊田                        ・     |梅ヶ坪                      医療セ○ 挙母 |                      ンター \小学前|                           ○−−○久保町   京都                     /|  |   美濃白鳥               若宮町○ ・  ○東豊田    Λ                     /   |    | +>高蔵寺           新豊田○    |    |/                        |    ◎−>東京                 三河○−○南豊田    ・名古屋                  豊田  |    ・                         ○藤薮    ・                         |\    ●西大須                    弥栄○ \上渡刈    ・                         |  ○    東名    ・                      +……○鴛鴨|    岩津    ・                    永覚○  |  |名古<−○−>東京    ●神宮前                   :  |  |屋  /    ・                  和会○−○−−○−−○−−+    ・                    | 三河 国江 :天神○三河岩津    ・                    | 上郷    :橋 |  笠寺●                    |       :  ○大樹寺  駅前・       中手山          |曲尺   尾崎:  |    ・    横根○−○       東刈谷 ○手 ○・・・・○・・○岡崎中央    ・      : |電装前 刈谷 駅前  | ・ 出郷     |    ◎……○……○+ +−○−+◎   ○  |◎安城       ○明大寺   大高 共和 大府     /     |  ||    渡町   |   駅前 駅前 駅口    +  ○−−−○−−○+−−○−−○−−−+            刈谷市○−−+  東刈谷 安城 坂戸      |            駅前    刈谷 駅口  郵便       岡崎◎                  南口     局前         :                                  上地○                                    :                                  高力○                                    :                                  幸田◎                                    :                               三河天王山○                                    :                                 竹の谷○                                    :                                  蒲郡◎ ※瀬戸記念橋〜品野〜多治見は瀬戸北線、瀬戸記念橋〜瀬戸追分〜高蔵寺は瀬戸西  本線、瀬戸追分〜名古屋は陶都線、東京〜東名岩津〜名古屋は東名高速線 ※名古屋〜大高駅前、安城〜出郷〜尾崎〜岡崎中央は名古屋線、名古屋〜高蔵寺は  陶都・瀬戸西線、名古屋〜美濃白鳥は名金急行線、名古屋〜京都は名神高速線 ※1982(S57)年2月10日時点で、瀬戸南本線の天神橋〜尾崎、東保見町〜加納、保見  大畑〜西広見、蒲郡線(岡崎〜蒲郡)、安城線の横根〜大高駅前、三河上郷〜永  覚〜鴛鴨、藤岡線(四郷〜柿野)は休止中 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・瀬戸南線は、1930(S5)年12月20日に省営自動車(→国鉄自動車)最初の路線で  ある岡多線(岡崎〜多治見)の一部として開業したのがルーツである。瀬戸南  線を含む岡多線は、東海道本線岡崎と中央本線多治見を結ぶ短絡路線としての  使命を有していた他、地方産業文化の発展助長をも使命としていた。 ・水谷昌義(2010)「国鉄自動車路線網の盛衰−(V)戦時期2−」(『東京経大  学会誌(経営学)』268号(2010年11月10日)所収)によると、戦時中、省営  自動車が貨物主体となり、旅客区間が休止される中、岡多本線岡崎〜豊田工場  前が1944(S19)年4月20日から旅客運行が休止された。 ・戦後は、1951(S26)年5月5日に安城線上渡刈〜上郷(→三河上郷)〜安城、  1953(S28)年4月20日に安城線安城〜刈谷、同年12月30日に天神橋〜鴛鴨、  1954(S29)年12月25日に挙母昭和町(→東豊田)〜伊保原〜上伊保(→保見町)、  1956(S31)年4月20日に四郷〜柿野(後の藤岡線)、1958(S33)年11月15日に  天神橋〜荒居〜安城、1959(S34)年6月1日に保見大畑〜西広見、同年7月  19日に岡崎〜三河三谷〜海の家(期間限定運行、三河三谷〜海の家は1966(  S41)年7月20日廃止、同日から三河三谷〜三谷乗船場開業)、1960(S35)年  5月27日に伊保堂(→東保見町)〜加納がそれぞれ開業した。 ・「鉄道辞典・上」(1958(S33)年)には、岡多線は国鉄自動車最初の路線として  その歴史的意義は極めて深い、当時はバス13・トラック9の計22両で、岡崎と  多治見及び瀬戸記念橋と高蔵寺とを結ぶ路線のみであったが、1951(S26)年以来  今日まで営業キロ程は倍も伸び、殊に瀬戸を中心とした路線網は発展の一途を  たどっている、と述べられていた。 ・その後、1961(S36)年5月10日に蒲郡線(岡崎〜蒲郡)及び南豊田〜鴛鴨、1963  (S38)年2月15日に天神橋〜上郷(→三河上郷)が開業した。また、1961(S36)年  5月10日には、名古屋線(名古屋線の部)名古屋〜笠寺駅前〜共和駅前〜横根〜  刈谷及び尾崎〜暮戸〜岡崎中央が開業し、安城線から刈谷〜安城を、岡多本線か  ら安城〜尾崎を編入して、路線名称上は名古屋〜尾崎〜岡崎中央となった。 ・1968(S43)年4月18日に上八草〜愛工大前、1970(S45)年5月1日に三河岩津〜  東名岩津及び宝ヶ丘〜聖隷学園前がそれぞれ開業した。同年7月12日に名古屋  線名古屋〜大高駅前が廃止されて、岡崎中央〜尾崎〜大高駅前は安城線に編入  された(名古屋線は削除された)。また、同年10月、岡多線は「瀬戸南線」と  「瀬戸北線」に分割された(鉄道岡多線(貨物)岡崎〜北野桝塚間開業に伴う)。  1971(S46)年3月には東小学前〜豊田保健所前(→若宮町)が開業した。 ・1975(S50)年2月20日に安城線岡崎〜渡町〜安城及び刈谷市役所前〜刈谷市駅前  〜東陽町、東刈谷駅口〜東刈谷駅前が開業した(同時に岡崎中央〜安城及び刈谷  市役所前〜東陽町は廃止)。 ・1976(S51)年4月26日に南豊田〜三河豊田及び東小学校前〜新豊田が開業し、鉄道  岡多線の駅に乗り入れた。同日、宝ヶ丘〜菱野団地〜萩殿町も開業した。 ・「国鉄自動車50年史」(1980(S55)年)では、鉄道新線の開業計画に合わせ、鉄道  線の先行線としての役割を果たしたバス路線を再編成することとした、と述べられ  ており、その一例として、岡多線岡崎〜新豊田の開業に合わせた瀬戸南線のダイヤ  削減(S51年4月実施)が挙げられている。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1976(S51)年4月号(4/1現在)によると、瀬戸南線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    岡崎〜東豊田 15〜45分毎(所要約55分)      岡崎発0623(休日0640)〜2025      東豊田発0710〜2058     ※瀬戸追分方面は東豊田のりかえとの注記あり。    東豊田〜瀬戸記念橋・瀬戸追分 下り19本(うち休日運休3本)・上り20本     (うち休日運休3本)(所要51〜52分)    岡崎〜東名岩津 下り11本(うち休日運休1本)・上り14本(うち休日運休     4本)(所要27分) ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1978(S53)年10月号(8/11現在)によると、瀬戸南線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    新豊田〜瀬戸追分 下り20本(うち休日運休3本)・上り17本(うち休日運     休1本)(所要59〜1時間2分)    三河豊田〜瀬戸追分 3往復(うち休日運休1往復)    岡崎〜東名岩津 下り9本(うち休日運休2本)・上り11本(うち休日運休     5本)(所要31分) ・座談会「つばめのマークは今日も行く−自動車営業所長大いに語る−」(「国鉄線」  1976(S51)年11月号所収)には瀬戸自営所長が出席し、次のような発言があった。   ◇今年(1976年)の4月26日にレールの方の岡多線が新豊田駅まで開通し、国鉄    バスは鉄道の先行路線ということであったのでバスを減便した。ただ、今回    鉄道が走り始める路線と既にバスが走っている路線が距離的に大分離れてい    る点、鉄道が部分開業である点、停留所の数が問題にならないほどバスの方    が多い点、お客さんの利用実態をみてもレールを利用されるような直通のお    客さんが非常に少ない点(バスの場合、途中の乗り降りが圧倒的に多い点)    から、レールが開通してもバス路線を全面的に廃止するわけにはいかないと    いう現実問題があった。   ◇瀬戸の場合は通勤・通学輸送が主体なので、増収を図る上で、利用者にとっ    て価値ある商品になっているかどうかが一番重要と考えた。現在、瀬戸の場    合、平日ダイヤ・土曜ダイヤ・休日ダイヤの3種類に分かれており、要員を    有効に使うため日曜日等は行路数を減らしている。それを貸切なり他の面に    使うということにしている。ダイヤも、レールが修正されれば、すぐそれに    合わすということで、お客さんの利用実態を常に眺めていて、お客さんの少    なくなったところはやめて多い方へ振り向けるということをしょっちゅう行    って、収入の確保を図っている。これは大変だが、これをやっていかないと    瀬戸では生きる道はないのでやっている。   ◇確かに経営能率を向上させる中での路線やダイヤの見直しは難しい問題。例    えば、団地を控えての輸送になると、どうせても通勤の時間波動があって、    ダイヤの組み方もある程度のロスを覚悟せざるを得ない。そうすると現在あ    る他の路線を振り替えてやりくりしていくという苦労をすることになる。と    ころが、過疎地の路線へ行けば行くほど便数の削減が非常に難しい。いろい    ろと専門的に試算した数字で説明するものの、地元の方は数字の問題ではな    く感情問題で、よほど上手に説明していかないと難しい問題になる。 ・1979(S54)年7月29日に浄水公民館前〜浄水駅及び浄水口〜伊保堂(→東保見町)  が開業した。 ・1985(S60)年3月14日、医療センター〜東保見町及び浄水公民館前〜浄水駅の両  区間の廃止が公示された。同年6月21日、藤岡線(四郷〜柿野)の廃止が公示  された。 ・1985(S60)年6月当時、線内の瀬戸記念橋に自動車駅が存在した。また、国鉄バス  運行の拠点として、瀬戸自動車営業所(瀬戸追分)及び同岡崎支所(北羽根)が  置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、瀬戸南線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    岡崎〜新豊田 下り15本(うち休日運休4本)・上り15本(うち休日運休3     本)(所要1時間〜1時間13分)    新豊田〜瀬戸記念橋〜瀬戸追分 下り18本(うち休日運休1本)・上り18本     (うち休日運休2本)(所要59分〜1時間20分)    岡崎〜東名岩津 下り16本(うち休日運休3本)・上り17本(うち休日運休     5本)(所要24〜31分) 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正では、天神橋〜尾崎、久保町  〜医療センター、挙母小学前〜若宮町、挙母小学前〜新豊田、東保見町〜加納、  保見大畑〜西広見の各区間が削除され、久保町〜新豊田が付け加えられた(久保町  〜挙母小学前〜新豊田を除く、前記各区間が廃止された模様)。また、この改正で  蒲郡線(岡崎〜蒲郡)が削除されるとともに、安城線の第1区間が「岡崎−坂戸−  横根間」に変更された(蒲郡線全線と安城線横根〜大高駅前は廃止された模様)。 ・国鉄最末期の1987(S62)年1月末限りで保見町〜浄水口の廃止が公示された。 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、瀬戸南線はJR東海バスに継承された。 ・1988(S63)年3月13日、東海道新幹線三河安城駅開業に伴い、新豊田〜三河安城の  運行を開始した(「三河安城線」明治川神社前〜新安城北口〜三河安城が開業)。 ・1989(H1)年7月から安城線の安城〜刈谷(東刈谷駅口〜東刈谷駅前も含まれる模様)  が休止された。なお、1986(S61)年当時の瀬戸自営管内路線図には、安城線は安城  〜刈谷及び東刈谷駅口〜東刈谷駅前のみ描かれていた。 ・1991(H3)年3月18日から新豊田〜三河安城が休止された(休止区間は、瀬戸南本線  の藤薮〜久保町〜新豊田、安城線の藤薮〜明治川神社前、三河安城線明治川神社前  〜新安城北口〜三河安城の模様)。同年12月25日から瀬戸南本線の八草〜新豊田が  休止された。 ・JR東海バス(1998)「JR東海バス10年史」には、一般線の輸送の変遷について、  瀬戸地区関係では次のように述べられていた。   ◇1988(S63)年4月の営業開始直前の同年1月に愛知環状鉄道が新豊田〜高蔵寺    を結び全線開通したことにより、当社のドル箱路線である瀬戸南線、瀬戸西    線が大きな影響を受けた中でのスタートだった。   ◇1988(S63)年3月に東海道新幹線三河安城駅の開業に当たって、三河安城駅〜    新豊田駅間の路線を運行開始したが、マイカーの利用が多く、バスの利用客    が伸びず、1991(H3)年3月に運行を休止した。   ◇一般線の効率化案件     S63年1月 ダイヤ改正(瀬戸・名古屋・新居町・岡崎)     H元年3月 ダイヤ改正(瀬戸・新居町)     H元年7月 安城〜刈谷休止     H2年4月 ダイヤ改正(瀬戸・名古屋・新居町・岡崎)     H3年3月 ダイヤ改正(瀬戸・名古屋・新居町・岡崎・中津川・遠江二俣・美濃白鳥)     H3年3月 三河安城〜新豊田休止     H3年12月 八草〜新豊田休止     H4年3月 ダイヤ改正(新居町・岡崎・中津川・美濃白鳥)     H4年4月 ダイヤ改正(瀬戸・名古屋)、大曽根駅乗入れ     H5年3月 ダイヤ改正(瀬戸・名古屋・新居町・岡崎・中津川・美濃白鳥)     H5年7月 ダイヤ改正(瀬戸)     H6年3月 ダイヤ改正(瀬戸・新居町・岡崎・中津川)     H6年12月 ダイヤ改正(新居町・岡崎・中津川)     H7年4月 ダイヤ改正(瀬戸・美濃白鳥)     H8年4月 ダイヤ改正(瀬戸・遠江二俣) ・1995(H7)年4月1日から南山口〜上之山団地〜上之山町が開業した。 ・1999(H11)年3月末限りで、長期休止中の安城線岡崎〜横根(東刈谷駅口〜東刈谷駅  前も含まれる模様)が廃止された。 ・瀬戸支店「瀬戸市〜聖霊学園・愛工大方面時刻表」1999(H11)年2月2日改正による  と、瀬戸南線には次のような系統が設定されていた。    瀬戸市・追分〜記念橋〜菱野団地〜上之山三丁目〜愛工大 下り10本・上り15     本(うち土日祝運休1本、土曜運転1本、日祝運休2本)(所要27分)    瀬戸市・追分〜記念橋〜菱野団地〜上之山団地〜愛工大 下り6本(うち日祝     運休1本)・上り4本(所要30分)    瀬戸市・追分〜記念橋〜宝ヶ丘〜聖霊学園 下り6本(日祝運休)・上り10本     (うち土曜運転3本、日祝運休1本、土日祝運休6本)(所要18分)    瀬戸市・追分〜記念橋〜菱野団地〜宝ヶ丘〜聖霊学園 上り2本(日祝運休)     (所要22分)    瀬戸駅前〜記念橋〜宝ヶ丘〜聖霊学園 上り2本(土曜運転、土日祝運休各1     本)(所要12分) ・2002(H14)年3月末限りで、瀬戸南本線の岡崎地区(岡崎〜三河岩津〜天神橋〜国江  〜三河上郷及び三河岩津〜東名岩津)、上八草〜宝ヶ丘、上八草〜愛工大前が廃止  された。これに伴って、岡崎営業所は愛知貸切営業所に組織が変更された。 ・2007(H19)年3月末限りで、宝ヶ丘〜瀬戸記念橋、宝ヶ丘〜菱野団地〜御殿橋、宝ヶ  丘〜(聖霊学園前→)南山学園が廃止されて、瀬戸南線は全廃された。 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、瀬戸南線には接続駅(岡崎、新  豊田、三河上郷、三河豊田、安城、刈谷、幸田及び蒲郡)の他に、南豊田及び瀬戸  記念橋に第一種委託駅(自動車駅)が置かれていた。 ※補足 国鉄バス名古屋線について ・名古屋線は、1961(S36)年5月10日に名古屋〜刈谷及び尾崎〜岡崎中央が開業し、  安城線から刈谷〜安城を、岡多本線から安城〜尾崎を編入して、路線名称上は名古  屋〜尾崎〜岡崎中央となった(岡多線の部から独立)。 ・同線は、東海道本線の補完及び沿線地域の産業文化の発展助長を使命としていた。  「鉄道辞典補遺版」(1966(S41)年)には、名古屋線の特長として、路線の一部は  国道1号線上を運行しており、沿線に熱田神宮があると述べられていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1964(S39)年9月号(7/10現在)によると、名古屋線  には次のように名古屋〜刈谷に13往復運行されていたのを確認できる。  (下り)    名古屋0640→0755刈谷     この間名古屋発0740,0830,0925,1045,1135,1240,1420,1530,1640,1730,1850    名古屋1950→2105刈谷  (上り)    刈谷0710→0825名古屋     この間刈谷発0755,0921,1005,1111,1217,1340,1501,1614,1701,1803,1917    刈谷2006→2121名古屋 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1967(S42)年9月号(7/10現在)によると、名古屋線  には次のように名古屋〜刈谷に3往復運行されていたのを確認できる。  (下り)    名古屋0625→0738刈谷    名古屋1240→1356刈谷    名古屋1510→1629刈谷  (上り)    刈谷1135→1251名古屋    刈谷1610→1729名古屋    刈谷1835→1951名古屋 ・1970(S45)年7月12日に名古屋〜大高駅前が廃止され、名古屋線の部は削除された。  残った岡崎中央〜尾崎〜大高駅前は安城線に編入された。 ※補足 岡崎営業所から愛知貸切営業所へ、及びその後 ・岡崎地区の瀬戸南線廃止に合わせて、貸切事業について、県単位に車両と乗務員を  拠点集約するために、旧岡崎営業所に愛知貸切営業所が新設された。 ・しかし、貸切バスの価格競争の激化による客単価の大きな下落が続く中で、貸切体  制の抜本的見直しを行い、愛知貸切営業所は2005(H17)年9月末をもって瀬戸支店と  名古屋支店に統合された。 ※補足 ドリームとよた号と瀬戸南線 ・1991(H3)年7月26日から東名高速線夜行便「ドリームとよた号」が東京〜名古屋を  岡崎〜康生町〜新豊田〜瀬戸記念橋〜瀬戸市経由で運行開始した。 ・このうち、岡崎〜瀬戸記念橋は、瀬戸南線と並行し一部区間は同じ経路を通ってい  るが、次の区間は高速便独自の経路を通っている。   ◇(康生町〜)伊賀町交差点〜錦町交差点〜R248〜トヨタ町交差点(〜新豊田)   ◇(新豊田〜)若宮町交差点〜R155〜保見町交差点(〜瀬戸記念橋)

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【504】瀬戸北線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇瀬戸北線    1 瀬戸記念橋−多治見    2 品野−岩屋堂温泉    3 上半田川口−榎戸    4 市之倉−古虎渓駅前 1.2 路線略図             多治見              ◎              |        古虎渓   |         駅前○−−○市之倉              |       下半田川○−−○下半田川口           |  //           |  //上半           |  //田川        余床口○−−○−−○榎戸              |     ○名学大前              | 上品 /              | 野口/上品野 片草            品野○−−○−−○−−○−>明知       高蔵寺    |        中水野  品野○−−−○岩屋堂温泉前        Λ   本町|        |     ○火の見下     上水野○−−○−−+        |  穴田 ○品野坂上        |     |        |     |     松山町○ 瀬戸  ○古瀬戸        | 記念橋 |  瀬戸市<−−○−−○−−・       瀬戸  |       追分  V          新豊田          ・岡崎 ※下半田川口〜下半田川は路線名称にはない ※品野〜明知、上品野口〜名学大前は中馬線 ※岡崎・新豊田〜瀬戸記念橋は瀬戸南線 ※高蔵寺〜中水野〜上水野〜瀬戸追分〜瀬戸記念橋、瀬戸市〜瀬戸追分、上水野〜  穴田〜品野本町は瀬戸西線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・瀬戸北線1 瀬戸記念橋〜品野 2.2 掲載 ・31日目 7/11(木) S61.4号 7.中部編 単行本 p156〜158 2.3 行程 ○瀬戸記念橋1826→1955明知 瀬戸北・中馬線 名古屋発 明知行                           538-2473(日デK-U31L) 2.4 エピソード ・瀬戸記念橋からの明知行きもぎっしり。市内の停留所に停まるたび下校生と勤  め帰りの人たちでますます込み、やがて品野近くから下車客が増えていった。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・瀬戸北線は、日本最初の省営自動車路線である岡多線(岡崎〜多治見)の一部  として、1930(S5)年12月20日に瀬戸記念橋〜多治見が開業したのがルーツで、  1952(S27)年2月1日に市之倉〜縄手〜池田、同年2月15日に(十軒家〜)品野  〜岩屋堂(→岩屋堂温泉前)、同年7月1日に下半田川〜鹿乗橋、1953(S28)年  12月30日に上半田川口〜上半田川の各区間が開業した。 ・瀬戸北線を含む岡多線は、東海道本線岡崎と中央本線多治見を結ぶ短絡路線と  しての使命を有した他、地方産業文化の発展助長をも使命としていた。 ・「鉄道辞典・上」(1958(S33)年)には、瀬戸北線を含む岡多線の特長として、  S5.12.20開業した国鉄自動車最初の路線としてその歴史的意義は極めて深い、  当時はバス13、トラック9、計22両で、東海道本線岡崎と中央本線多治見及び  瀬戸記念橋と中央本線高蔵寺とを結ぶ路線のみであったが、S26年以来営業キロ  程は2倍も伸び、殊に瀬戸を中心とした路線網は発展の一途をたどっていると  述べられていた。 ・1966(S41)年1月15日に上半田川〜榎戸が開業した。 ・瀬戸北線は、1970(S45)年10月に岡多線の部から独立した。 ・座談会「つばめのマークは今日も行く−自動車営業所長大いに語る−」(「国鉄線」  1976(S51)年11月号所収)には瀬戸自営所長が出席し、次のような発言があった。   ◇今年(1976年)の4月26日にレールの方の岡多線が新豊田駅まで開通し、国鉄    バスは鉄道の先行路線ということであったのでバスを減便した。ただ、今回    鉄道が走り始める路線と既にバスが走っている路線が距離的に大分離れてい    る点、鉄道が部分開業である点、停留所の数が問題にならないほどバスの方    が多い点、お客さんの利用実態をみてもレールを利用されるような直通のお    客さんが非常に少ない点(バスの場合、途中の乗り降りが圧倒的に多い点)    から、レールが開通してもバス路線を全面的に廃止するわけにはいかないと    いう現実問題があった。   ◇瀬戸の場合は通勤・通学輸送が主体なので、増収を図る上で、利用者にとっ    て価値ある商品になっているかどうかが一番重要と考えた。現在、瀬戸の場    合、平日ダイヤ・土曜ダイヤ・休日ダイヤの3種類に分かれており、要員を    有効に使うため日曜日等は行路数を減らしている。それを貸切なり他の面に    使うということにしている。ダイヤも、レールが修正されれば、すぐそれに    合わすということで、お客さんの利用実態を常に眺めていて、お客さんの少    なくなったところはやめて多い方へ振り向けるということをしょっちゅう行    って、収入の確保を図っている。これは大変だが、これをやっていかないと    瀬戸では生きる道はないのでやっている。   ◇確かに経営能率を向上させる中での路線やダイヤの見直しは難しい問題。例    えば、団地を控えての輸送になると、どうせても通勤の時間波動があって、    ダイヤの組み方もある程度のロスを覚悟せざるを得ない。そうすると現在あ    る他の路線を振り替えてやりくりしていくという苦労をすることになる。と    ころが、過疎地の路線へ行けば行くほど便数の削減が非常に難しい。いろい    ろと専門的に試算した数字で説明するものの、地元の方は数字の問題ではな    く感情問題で、よほど上手に説明していかないと難しい問題になる。 ・1975(S50)年8月1日に大畑町〜多治見が陶都大橋経由に変更された。 ・1985(S60)年当時、線内の瀬戸記念橋及び市之倉に自動車駅が存在した。また、  国鉄バス運行の拠点として、瀬戸自動車営業所(瀬戸追分)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、瀬戸北  線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    瀬戸追分〜多治見 下り11本・上り12本(うち休日運休1本)(所要47〜     55分) 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、下半田川口〜下半田川  が認知された。同時に市之倉〜古虎渓駅前が削除された。 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、瀬戸北線はJR東海バスに継承された。 ・瀬戸支店「瀬戸追分・下半田川〜多治見」時刻表2000(H12)年12月4日改正によ  ると、瀬戸北線には次のような系統が設定されていた。    瀬戸市・瀬戸追分〜下半田川〜多治見 下り5本(うち日祝運休1本、土日     祝運休1本)・上り7本(うち日祝運休1本、土日祝運休2本、土日祝運     転1本)    下半田川〜多治見 下り29本(うち土日祝運休4本、日祝運休2本)・上り     27本(うち土日祝運休3本、日祝運休2本) ・瀬戸支店「瀬戸市〜品野・多治見方面」時刻表2001(H13)年3月23日改正による  と、瀬戸北線には次のような系統が設定されていた。    瀬戸市・瀬戸追分〜多治見 下り5本(うち日祝運休1本、土日祝運休1本)     ・上り7本(うち日祝運休1本、土日祝運休2本、土日祝運転1本)    瀬戸市〜榎戸 下り2本・上り3本    瀬戸市〜岩屋堂温泉 2往復(日祝運転)    瀬戸市〜片草 下り5本(うち土日祝運休1本、土日祝運転1本)・上り4     本(うち土日祝運休1本)    瀬戸市〜上品野 下り31本(うち土曜運転1本、土日祝運転12本、土日祝運     休9本)・上り28本(うち土日祝運休8本、土曜運転1本、土日祝運転9     本)    瀬戸市〜名学大前 下り18本(うち土日祝運休5本、日祝運休2本、土日祝     運転1本)・上り17本(うち土日祝運休5本、日祝運休2本、土日祝運転     1本)    瀬戸市〜品野 下り2本(土日祝運休)・上り3本(うち土日祝運休1本、     日祝運休2本) ・2002(H14)年3月末限りで、品野〜多治見、品野〜岩屋堂温泉前、上半田川口〜  榎戸、下半田川口〜下半田川が廃止された。 ・瀬戸支店管内の一般路線全廃に伴い、最後まで残った瀬戸記念橋〜品野も2009  (H21)年9月末限りで廃止された。併せて、瀬戸支店も廃止された。 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、瀬戸北線には接続駅(多治見)  の他に、市之倉に第一種委託駅(自動車駅)が置かれていた。 ・愛知・岐阜県境区間の上半田川口〜市之倉は、1976(S51)年4月1日現在の中部  地自管内路線図では上半田川口〜余床口〜下半田川〜妻之神〜南市之倉〜市之倉  という経路であったが、1986(S61)年の「瀬戸自動車営業所路線図」では上半田  川口〜蛇が洞橋〜かみ田〜下半田川口〜南市之倉〜市之倉という経路で、下半田  川口〜妻之神〜下半田川は枝線になっている。従って、この間に国道248号線の  新道が開通し経路変更が行われた模様である(この経路変更に伴う改キロ等の国  鉄公示はなされていない)。この区間の路線略図は次の通り。               多治見                Λ                |                ○市之倉                |                ○南市之倉            妻之神 |      下半田川○−−○−−○下半田川口          |     //          |     ○かみ田          |     //          |     ○蛇が洞橋          |     //       余床口○−−−−−○−−−○−−○榎戸             上半田|  上半田             川口 |  川                V              品野・瀬戸              記念橋

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【505】瀬戸西線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇瀬戸西線   瀬戸西本線    1 瀬戸記念橋−造形短大口    2 瀬戸追分−さつき台−南山中学前    3 上水野−品野    4 上水野−穴田−品野    5 鹿乗−下半田川    6 鹿乗−東谷橋    7 鹿乗橋−尾張西尾    8 玉野−石尾台六丁目−尾張細野   陶都線    1 瀬戸記念橋−名古屋    2 北脇町−松原町−中水野    3 瀬戸追分−瀬戸市    4 松原町−苗場町−南山中学前    5 南山中学前−水野団地    6 志段味支所前−神領    7 志段味支所前−高蔵寺 1.2 路線略図           造形短大口○             ○尾張西尾                |              \         大池住宅前○−○大草             ○尾張細野             /             石尾台 /|        尾張下原○              六丁目○ ○外之原            |                  \|          多治見         東野町○           高蔵寺◎    ○玉野  定光 尾張  Λ            |              | 鹿乗橋|    寺口 沓掛  |            |      神領  +−−−+−−○−・  ・−−○−−○−−○下半田川         乙輪町○−+     ◎ ○大留  |  |鹿乗 /         |            |  \    |/     ○−−○−−・   曽野  品川 |         春日井◎   ○−−−○  中志 /東谷  \     稲荷前 鉱山 |               関田  神領\ 段味○ 橋    ○中水野  ○−−○  |                   駅前 \ /      / \   /    \ |                 志段味支所前○      /   \ /      \|                      /| 水野+−○すみ   ○水野支所前 品野○−>明知                     / | 団地○ |れ台    \      /               尾張竜泉寺○  +−○   + さつ 上水野○−○−−+    京都             /   森林| 南山| き台    | 穴田 ○品野    美濃白鳥  大曽  守山自 ○緑地  公園| 中学○−○−+−○−+    |坂上     Λ    根町  衛隊前 |公園前   | 前/|  西| 市民|上松  |     | 愛知 ○−○−−○−−○    南山○ ○ |  松○ 公園○山町  |     | 県庁前| 東大   尾張    町 |/山手|苗 山 \ /     |  名古屋◎−−○−+ 曽根   小幡    松原○ 町 ○場 町  ○松山町   |      \                町 |   |町    |      |       +−>東京             +−○−○−−−+−+ 瀬戸   ・                          北山町:水南 | | 駅前  /                             :町  ○ ○−−○−○瀬戸記念橋                             :  瀬戸市:瀬戸:  \                          效範町○…○………・追分:   +                             :北脇町     :   |                             ○…………○………○   V                             瀬戸  瀬戸市 瀬戸  新豊田                             今村  役所前 新開地 岡崎 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・陶都線7 高蔵寺〜志段味支所前 ・陶都線1 志段味支所前〜松原町 ・陶都線2 松原町〜南山中学前〜中水野 ・瀬戸西本線1 中水野〜水野支所前〜上水野〜瀬戸追分〜瀬戸記念橋 2.2 掲載 ・31日目 7/11(木) S61.4号 7.中部編 単行本 p156〜157 2.3 行程 △高蔵寺1316→1333志段味支所前 名鉄バス 高蔵寺発 名鉄バスセンター行 ○志段味支所前1350→1404松原町 陶都線 名古屋発 瀬戸追分行                           528-8406(日デU30L) ○松原町1543→1555水野支所前 陶都線 発 曽野稲荷前行 528-0005(日デU31L) ○水野支所前1603→1630瀬戸記念橋 瀬戸西本線 発 瀬戸記念橋行                          528-5473(日デP-U32L) 2.4 エピソード ・高蔵寺から志段味支所へ出るバス陶都線の枝線は1日3本で16時半までないが、  同支所までは30分おき発車の名鉄バスセンター行き名鉄バスがあったのを幸い、  代行乗車。 ・乗り換えた瀬戸追分行きは名古屋からのメインルートで30分ヘッド。緑の森林  公園を抜ける素晴らしい路線。松原町で裏街道へ入らねばならず下車。 ・松原町では中水野経由のバス停捜しにひと汗をかく。狭い十字路なので行先別  に同名の停留所がかなり離れて点在。 ・曽野稲荷前行きでうねうねした住宅地の細道を揺られ、突然広い道路へ出ると  難産中学前。古い住宅地と新開地のような所らしい。岡多線延長工事区間の高  架をくぐって水野支所前。 ・瀬戸記念橋行きに乗り継ぐと、この旅始まって以来の超満員。下校生に加えて  買い物の主婦も混じる。名鉄瀬戸線の踏切を渡り、瀬戸追分で半数が降りた。  瀬戸駅前でも大量下車したのに、さらりと座席に残ったお客はよその国鉄バス  平均乗客数より多かった。 ・瀬戸記念橋には、お客が絶えず出入りし、バスも繁く発着しており、国鉄バス  発祥の地では市民の足を担って活躍していることが分かる。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・瀬戸西線は、1930(S5)年12月20日に省営自動車(→国鉄自動車)最初の路線で  ある岡多線の支線、高蔵寺線(瀬戸記念橋〜高蔵寺岡崎〜多治見)として開業  したのがルーツである。瀬戸西線を含む岡多線は、東海道本線岡崎と中央本線  多治見を結ぶ短絡路線としての使命を有していた他、地方産業文化の発展助長  をも使命としていた。 ・戦後は、1952(S27)年2月15日に十軒家〜北脇〜曽野〜品野〜岩屋堂、同年7月  1日に瀬戸記念橋〜陶原町〜共栄通〜瀬戸追分及び下半田川〜尾張沓掛〜定光寺  橋〜玉野〜鹿乗橋(玉野〜定光寺口は1972(S47)年7月5日に廃止公示)、同年  10月18日に高蔵寺〜大留〜春日井が開業した。1953(S28)年11月28日には北脇町  〜森林公園〜中志段味〜神領、同年12月30日には玉野〜木附〜外之原〜尾張細野  の各区間が開業した。 ・1955(S30)年12月16日、陶都線志段味支所前〜尾張竜泉寺〜尾張小幡〜尾張守山  (→守山自衛隊前)〜矢田町〜古出来町〜東桜通〜名古屋が開業し、瀬戸地区と  名古屋が直結した。併せて、同線志段味支所前〜高蔵寺も開業した。陶都線の矢  田町〜古出来町〜東桜通は1957(S32)年8月1日に廃止され、代わりに矢田町〜  東大曽根〜大曽根町〜愛知県庁前〜東桜通が開業した。 ・1956(S31)年7月18日に春日井〜尾張下原、1957(S32)年8月1日に陶都線水南町  〜瀬戸追分、1959(S34)年11月1日に上水野〜北脇(十軒家〜北脇廃止)が開業  した。 ・1958(S33)年7月1日に愛岐線東谷橋〜多治見が開業し、これに伴って陶都線の  うち、名古屋〜東谷橋が愛岐線に移管された。 ・「鉄道辞典・上」(1958(S33)年)には、岡多線は国鉄自動車最初の路線として  その歴史的意義は極めて深い、当時はバス13・トラック9の計22両で、岡崎と  多治見及び瀬戸記念橋と高蔵寺とを結ぶ路線のみであったが、1951(S26)年以来  今日まで営業キロ程は倍も伸び、殊に瀬戸を中心とした路線網は発展の一途を  たどっている、と述べられていた。 ・「国鉄バス時刻表」1959(S34)年改正版(のりあいアーカイブス(2015)「愛知県  ・岐阜県のバス時刻表ライブラリー」所収)の陶都線・中馬線時刻表によると、  名古屋〜明知を高蔵寺・穴田経由(瀬戸市内を通らない)で運行する直通便が  次のように2往復運行されていた。  (下り)    名古屋0915→志段味支所前1000→高蔵寺1009→品野1036→1221明知    名古屋1625→志段味支所前1712→高蔵寺1721→品野1748→1933明知  (上り)    明知0800→品野0945→高蔵寺1012→志段味支所前1021→1106名古屋    明知1240→品野1425→高蔵寺1452→志段味支所前1501→1546名古屋 ・1960(S35)年8月25日に尾張細野〜尾張西尾、1961(S36)年9月15日に勝川〜尾張  下原〜大草〜坂下町(尾張下原〜勝川は1980(S55)年5月9日廃止公示)、1962(  S37)年4月16日に陶都線水南町〜南山中学校前〜中水野、1963(S38)年4月1日に  水南町〜三郷、同年5月に春日井〜守山駅前(1980(S55)年5月9日に春日井〜矢  田町廃止公示)が開業した。 ・「交通年鑑1964年版」には、道路の改修と自動車の優等化により中長距離客が  増えており、現在国鉄自動車が運行している中長距離路線の他、主として次の  区間で、中長距離系統の新設、急行便の増発、新型車の増備、駅設備の改善を  図り、サービス向上に努めたと述べられている。    札幌〜小樽 37km    札幌〜美唄 63km    福島〜川俣 23km    西那須野〜鬼怒川 37km    土浦〜江戸崎 22km    瀬戸〜名古屋 26km    矢掛〜岡山  42km    山口〜博多  171km ・1965(S40)年1月、高蔵寺線は岡多線の部から独立して高蔵寺線の部が編成され  た。その後、1970(S45)年10月から高蔵寺線は「瀬戸西線」に改称された。 ・1972(S47)年7月5日、愛岐線定光寺口〜多治見が廃止されて愛岐線の部が削除  されたことに伴い、名古屋〜東谷橋を陶都線、東谷橋〜定光寺口を瀬戸西本線に  編入した。 ・1973(S48)年1月18日に三郷〜森林公園口〜森林公園前、1977(S52)年12月23日に  瀬戸追分〜さつき台〜南山中学校前が開業した。 ・座談会「つばめのマークは今日も行く−自動車営業所長大いに語る−」(「国鉄線」  1976(S51)年11月号所収)には瀬戸自営所長が出席し、次のような発言があった。   ◇今年(1976年)の4月26日にレールの方の岡多線が新豊田駅まで開通し、国鉄    バスは鉄道の先行路線ということであったのでバスを減便した。ただ、今回    鉄道が走り始める路線と既にバスが走っている路線が距離的に大分離れてい    る点、鉄道が部分開業である点、停留所の数が問題にならないほどバスの方    が多い点、お客さんの利用実態をみてもレールを利用されるような直通のお    客さんが非常に少ない点(バスの場合、途中の乗り降りが圧倒的に多い点)    から、レールが開通してもバス路線を全面的に廃止するわけにはいかないと    いう現実問題があった。   ◇瀬戸の場合は通勤・通学輸送が主体なので、増収を図る上で、利用者にとっ    て価値ある商品になっているかどうかが一番重要と考えた。現在、瀬戸の場    合、平日ダイヤ・土曜ダイヤ・休日ダイヤの3種類に分かれており、要員を    有効に使うため日曜日等は行路数を減らしている。それを貸切なり他の面に    使うということにしている。ダイヤも、レールが修正されれば、すぐそれに    合わすということで、お客さんの利用実態を常に眺めていて、お客さんの少    なくなったところはやめて多い方へ振り向けるということをしょっちゅう行    って、収入の確保を図っている。これは大変だが、これをやっていかないと    瀬戸では生きる道はないのでやっている。   ◇確かに経営能率を向上させる中での路線やダイヤの見直しは難しい問題。例    えば、団地を控えての輸送になると、どうせても通勤の時間波動があって、    ダイヤの組み方もある程度のロスを覚悟せざるを得ない。そうすると現在あ    る他の路線を振り替えてやりくりしていくという苦労をすることになる。と    ころが、過疎地の路線へ行けば行くほど便数の削減が非常に難しい。いろい    ろと専門的に試算した数字で説明するものの、地元の方は数字の問題ではな    く感情問題で、よほど上手に説明していかないと難しい問題になる。 ・1984(S59)年4月、玉野〜石尾台六丁目〜尾張細野及び陶都線の南山中学前〜水  野団地が「国鉄自動車路線名称」に追加された(同区間が開業の模様)。 ・1985(S60)年3月14日に南山町〜三郷〜森林公園前が廃止される一方、同年4月  26日に大池住宅前〜造形短大口が開業した(同時に大池住宅前〜坂下町の廃止が  公示された)。 ・1985(S60)年当時、線内の瀬戸追分及び(自)名古屋に自動車駅が存在した。また、  国鉄バス運行の拠点として、瀬戸自動車営業所(瀬戸追分)及び名古屋自動車営  業所(名古屋市内)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、瀬戸西線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    名古屋〜森林公園〜瀬戸追分・瀬戸記念橋 下り27本(うち休日運休3本)     ・上り28本(うち休日運休3本)(所要1時間13〜44分(追分)、1時間     20〜51分(記念橋)) 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正では、西松山町〜市民公園  〜上松山町が認知されるとともに、上水野〜品野が上水野〜曽野稲荷前(曽野稲  荷前〜品野が廃止の模様)に変更され、鹿乗橋〜尾張西尾が鹿乗橋〜尾張細野に  変更された(尾張細野〜尾張西尾が廃止の模様)。 ・国鉄最末期の1987(S62)年2月1日から西松山町〜中水野が開業した。 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、瀬戸西線はJR東海バスに継承された。 ・1987(S62)年5月1日に市民公園〜中水野、同年9月7日にききょう台〜中水野  (小田妻西経由)が開業した。 ・1991(H3)年8月までに次の区間が開業した(※補足「1991(H3)年8月時点の瀬戸  西線」を参照)。    尾張細野〜植物園    十軒家〜中水野駅前〜中水野北〜上水野北〜穴田    中水野〜中水野北    上水野〜上水野北    公民館前〜水野団地 ・1996(H8)年3月末限りで、中水野北〜上水野北〜穴田及び上水野〜上水野北が  廃止された。 ・JR東海バス(1998)「JR東海バス10年史」には、一般線の輸送の変遷について、  瀬戸地区関係では次のように述べられていた。   ◇1988(S63)年4月の営業開始直前の同年1月に愛知環状鉄道が新豊田〜高蔵寺    を結び全線開通したことにより、当社のドル箱路線である瀬戸南線、瀬戸西    線が大きな影響を受けた中でのスタートだった。   ◇1988(S63)年3月に東海道新幹線三河安城駅の開業に当たって、三河安城駅〜    新豊田駅間の路線を運行開始したが、マイカーの利用が多く、バスの利用客    が伸びず、1991(H3)年3月に運行を休止した。   ◇一般線の効率化案件     S63年1月 ダイヤ改正(瀬戸・名古屋・新居町・岡崎)     H元年3月 ダイヤ改正(瀬戸・新居町)     H元年7月 安城〜刈谷休止     H2年4月 ダイヤ改正(瀬戸・名古屋・新居町・岡崎)     H3年3月 ダイヤ改正(瀬戸・名古屋・新居町・岡崎・中津川・遠江二俣・美濃白鳥)     H3年3月 三河安城〜新豊田休止     H3年12月 八草〜新豊田休止     H4年3月 ダイヤ改正(新居町・岡崎・中津川・美濃白鳥)     H4年4月 ダイヤ改正(瀬戸・名古屋)、大曽根駅乗入れ     H5年3月 ダイヤ改正(瀬戸・名古屋・新居町・岡崎・中津川・美濃白鳥)     H5年7月 ダイヤ改正(瀬戸)     H6年3月 ダイヤ改正(瀬戸・新居町・岡崎・中津川)     H6年12月 ダイヤ改正(新居町・岡崎・中津川)     H7年4月 ダイヤ改正(瀬戸・美濃白鳥)     H8年4月 ダイヤ改正(瀬戸・遠江二俣) ・1999(H11)年1月末限りで、上水野〜穴田〜品野火の見下、神領駅口〜志段味  支所前、中水野〜市民公園口〜西松山町〜松山町、松原町〜山手町〜南山中学  校前、十軒家〜中水野駅前〜中水野北〜中水野、南山中学校前〜さつき台〜市  民公園口〜市民公園〜市民公園前、中水野〜小田妻〜すみれ台の各区間が休止  された。 ・瀬戸支店「瀬戸〜高蔵寺時刻表」2000(H12)年8月入手によると、瀬戸西線には  次のような系統が設定されていた。    瀬戸市〜苗場町〜南山中学〜水野団地〜小田妻西〜中水野〜鹿乗〜高蔵寺     下り13本(うち土日祝運休1本、日祝運休2本)・上り13本(うち日祝     運休4本、日祝運行2本)(所要21〜23分)    瀬戸市〜上松山町〜上水野〜水野支所〜中水野〜鹿乗〜高蔵寺 下り4本     ・上り7本(うち日祝運休、日祝運行各1本)(所要23〜28分) ・瀬戸支店「水野団地・曽野稲荷時刻表」2000(H12)年8月入手によると、瀬戸西  線には次のような系統が設定されていた。    瀬戸市→上松山町→市民公園前→上水野→水野支所→中新田→中水野→小     田妻西→ききょう台→水野団地→南山中学→苗場町→瀬戸市 13回(う     ち土日祝運休2回、日祝運休3回)(所要24分)    瀬戸市→苗場町→南山中学→水野団地→ききょう台→小田妻西→中水野→     中新田→水野支所→上水野→市民公園前→上松山町→瀬戸市 17回(う     ち日祝運休4回、日祝運行2回、土日祝運休1回)(所要24分)    記念橋→瀬戸市→上松山町→市民公園前→上水野→水野支所→中新田→中     水野→小田妻西→ききょう台→水野団地→南山中学→苗場町→瀬戸市→     記念橋 3回(所要45分)    記念橋→瀬戸市→苗場町→南山中学→水野団地→ききょう台→小田妻西→     中水野→中新田→水野支所→上水野→市民公園前→上松山町→瀬戸市→     記念橋 8回(所要45分)    追分〜瀬戸市〜苗場町〜南山中学〜すみれ台〜ききょう台〜小田妻西〜中     水野〜中新田〜水野支所〜曽野稲荷前 下り3本・上り4本(所要24分) ・瀬戸支店「春日井線時刻表」2000(H12)年8月入手によると、瀬戸西線には次の  ような系統が設定されていた。    春日井〜大池住宅前〜造形大学 下り6本・上り9本(うち土日祝運休2     本)(所要22〜30分)    春日井〜大池住宅前 下り31本(うち土日祝運休3本)・上り32本(うち     土日祝運休6本)(所要15〜17分)    春日井〜神領駅口〜高蔵寺 下り1本(土日祝運休)(所要18分) ・瀬戸支店「名古屋・大曽根〜瀬戸方面時刻表」1999(H11)年2月2日改正による  と、陶都線には次のような系統が設定されていた。    名古屋〜大曽根町〜志段味支所前〜瀬戸追分 下り16本(うち日祝運休1     本)・上り19本(うち日祝運休5本、日祝運行3本)(所要1時間16〜     45分)    大曽根町〜志段味支所前〜瀬戸追分 下り7本(うち日祝運休1本)・上     り6本(所要51〜53分)    名古屋〜大曽根町〜志段味支所前〜高蔵寺 下り2本・上り1本(日祝運     休)(所要1時間3〜8分)    大曽根町〜志段味支所前〜高蔵寺 上り1本(日祝運休)(所要40分) ・2001(H23)年3月23日から名古屋ガイドウェイバス「ゆとりーとライン」が開  業し、JR東海バスも大曽根〜高蔵寺・中志段味・瀬戸みずの坂の運行を開始  した。これに伴って、同線と並行する陶都線の小幡緑地〜名古屋が廃止された  一方、乗馬倶楽部前〜水野団地、ききょう台〜瀬戸みずの坂、中志段味〜雨池  の各区間が開業した。 ・2002(H14)年3月1日から高蔵寺〜玉野台団地に循環バスの運行を開始した。  また、同年4月1日からゆとりーとラインの一般道区間に志段味スポーツラン  ド前経由の経路が新設された。 ・同年9月末限りで、大池住宅前〜(造形短大口→)造形大学、春日井〜神領駅  口〜高蔵寺、玉野〜外之原〜尾張細野の各区間が廃止された。 ・2003(H15)年9月末限りで、中水野〜鹿乗橋、鹿乗〜東谷橋、公民館前〜すみ  れ台〜小田妻西、水野支所前〜曽野稲荷前の各区間が廃止された。他方、同年  10月から中水野〜中水野駅が開業した。 ・2006(H18)年9月、ゆとりーとラインの高蔵寺発着便が減便の上全て名鉄バス  になり、中志段味〜高蔵寺が廃止された。この他、「瀬戸循環線」の中水野駅  発着系統の廃止によって(中水野→)本郷町〜中水野駅が、瀬戸追分〜中志段  味系統の廃止によって松ヶ丘住宅前〜乗馬倶楽部前及び雨池〜中志段味が、そ  れぞれ廃止された。 ・2007(H19)年3月末限りで高蔵寺〜石尾台〜植物園系統が廃止され、押沢台五  丁目〜植物園が廃止された。 ・2009(H21)年9月末限りで瀬戸支店管内の全線が廃止され、JR東海バスの一  般路線は全廃された。最後まで残った運転系統は次の5路線13系統であった(  「交通新聞」2008(H20)年9月1日による)。  ◇春日井線    春日井〜東野町〜大池住宅前(系統キロ4.9km)  ◇玉野台循環線    高蔵寺〜玉野台団地〜高蔵寺(同9.3km)  ◇瀬戸循環線    瀬戸市〜上水野〜水野団地〜瀬戸市(水野循環)(同7.6km)    瀬戸市〜水野団地〜東山町〜瀬戸市(やまて循環)(同7.0km)  ◇瀬戸北線    瀬戸市〜瀬戸駅前〜品野〜上品野(同9.1km)    瀬戸市〜瀬戸駅前〜品野(同6.9km)    瀬戸追分〜瀬戸駅前〜品野〜上品野(同8.5km)    瀬戸追分〜瀬戸駅前〜品野(同6.3km)    瀬戸駅前〜品野〜上品野(同6.6km)    瀬戸駅前〜品野(同4.4km)  ◇小幡緑地線    小幡緑地〜西小学校〜志段味支所前〜瀬戸みずの坂(同11.8km)    小幡緑地〜西小学校〜中志段味(同9.5km)    小幡緑地〜志段味スポーツランド〜中志段味(同5.3km) 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、瀬戸西線には接続駅(勝川、  高蔵寺、春日井及び名古屋)の他に、瀬戸追分に第二種委託駅(自動車駅)が  置かれていた。 ※補足 瀬戸西線各区間の経由地について ・上記の瀬戸西線の路線名称上の各区間について、途中経由地を整理すると、次  の通りであった。  ◇瀬戸西本線    1 瀬戸記念橋−造形短大口      瀬戸記念橋〜瀬戸追分〜松山町〜上松山町〜市民公園前〜上水野〜水      野支所前〜中水野〜鹿乗〜鹿乗橋〜高蔵寺〜大留〜神領駅前〜関田〜      乙輪町〜春日井〜乙輪町〜尾張下原〜大池住宅前〜造形短大口    2 瀬戸追分−さつき台−南山中学前      瀬戸追分〜松山町〜西松山町〜市民公園口〜さつき台〜南山中学前    2-2 西松山町−市民公園−上松山町(※国鉄自動車路線名称全面改正によ      り認知された区間)      西松山町〜市民公園口〜瀬戸市民公園〜市民公園前〜上松山町    3 上水野−品野      上水野〜水野支所前〜北脇〜曽野〜曽野稲荷前〜品川鉱山〜品野    4 上水野−穴田−品野      上水野〜穴田〜品野陶磁器センター前〜品野火の見下〜品野本町〜品野    5 鹿乗−下半田川      鹿乗〜定光寺口〜尾張沓掛〜下半田川    6 鹿乗−東谷橋      鹿乗〜東谷橋    7 鹿乗橋−尾張西尾      鹿乗橋〜玉野〜自衛隊前〜木附〜外之原〜尾張細野〜尾張西尾    8 玉野−石尾台六丁目−尾張細野      玉野〜自衛隊前〜押沢台五丁目〜石尾台六丁目〜石尾台三丁目〜尾張細野  ◇陶都線    1 瀬戸記念橋−名古屋      瀬戸記念橋〜瀬戸新開地〜瀬戸市役所前〜瀬戸今村〜效範町〜北脇町〜      瀬戸追分〜水南町〜北山町〜松原町〜南山町〜松ヶ丘住宅前〜乗馬倶楽      部前〜森林公園〜志段味支所前〜竜泉寺〜緑地公園前〜尾張小幡〜守山      自衛隊前〜矢田町〜東大曽根〜大曽根町〜愛知県庁前〜東桜通〜長者町      〜名古屋    2 北脇町−松原町−中水野      北脇町〜松原町〜山手町〜南山中学前〜公民館前〜すみれ台〜小田妻〜      中水野    3 瀬戸追分−瀬戸市      瀬戸追分〜瀬戸市    4 松原町−苗場町−南山中学前      松原町〜苗場町〜南山中学前    5 南山中学前−水野団地      南山中学前〜公民館前〜すみれ台〜ききょう台〜水野団地    6 志段味支所前−神領      志段味支所前〜新外〜神領駅前〜神領    7 志段味支所前−高蔵寺      志段味支所前〜中志段味〜上志段味〜東谷橋〜高蔵寺 ※補足 1991(H3)年8月時点の瀬戸西線 ・1991(H3)年8月の瀬戸営業所管内・名古屋営業所管内路線図(車内掲示用)によると、  瀬戸西線の路線略図は次の通りである。この路線図では、尾張細野〜植物園が延長さ  れた他、十軒家〜中水野駅前〜中水野北〜上水野北〜穴田、中水野〜中水野北、上水  野〜上水野北、中水野〜市民公園口、中水野〜小田妻西〜ききょう台、公民館前〜水  野団地が新設されている。                            植物園○                               |                           尾張細野○−−・                               |  |                         石尾台六丁目○  ○外之原                               |  |                         押沢台五丁目○  ○押沢台口                               |  |     造形短大口○                  自衛○−−○木附          |          高蔵寺◎    隊前|     大草農協前○             | 鹿乗橋  |          |        大留○−−+−−○−−−○玉野     大池住宅前○         /   |  |          |        / 東谷橋○−−○鹿乗      尾張下原○       ○神領  /    \十軒家 中水野駅前          |      /|駅口 /  小田  ○−−−−−○          |     / |  /   妻西  |中水野   \中水野       乙輪町○−−○−・  | /     ○−−○−−−+−−−○北  ○−−○曽野     多治見          |  関田   |/   ききょ|  |\   \   \ /北脇  稲荷前     Λ       春日井◎       ○志段味 う台 ○−−○ \ 水野○−−−+             |                 /|支所前    |すみ|  \支所前\   ○上水野北        |品野                / |       |れ台|   \   \ / \           ○−>片草            竜泉寺○  ○南原   水野○−−○公民  ・   ○−−−○穴田       品|               |  |     団地   |館前  | 市民|上水野 \        野|               |  |        南山|    | 公園|     \ 品野陶磁器 本|  岩屋          緑地公園前○  ○森林公園    中学○−○−−○−○−○市民公園前 ○センター前 町○−>堂温               |   \        /|さつ 市|   |       \     /   泉               |    ○乗馬倶楽部 / |き台 民|西松 |上松      \   ○品野火           尾張小幡○     \ 前  ・  |   公○山町 ○山町       \ / の見下              /       \   |山 |   園 \ /           +             /      東山町○  ○手 |   口  ○松山町         |       矢田町○−○守山自衛隊前     \ |町 ○苗場町   |   瀬戸   品野坂上○          |              \|  |      |   記念橋      |    東大曽根○−+               ○−−○−−+−−−○−−○−○−−−−−−−・        | ◎大曽根            松  水  |   瀬  瀬  \        |                 原  南  ○   戸  戸   ・   愛知県庁前○                 町  町 瀬戸市  追  駅   V        |                           分  前  新豊田     東桜通○        |     名古屋◎ ※補足 国鉄バス愛岐線について ・愛岐線は、1958(S33)年7月1日に東谷橋〜多治見が開業し、同日から名古屋〜多治見で  急行バスの運行を開始した(岡多線の部から独立)。その使命は中央線の補完であり、  中部地方最初の有料道路として建設された愛岐道路を運行していた。 ・1957(S32)年8月に発表された「国鉄自動車の基本方針」では、既設の旅客路線について  は中長距離運転系統、特に急行バスの設定を重点事項としており、その一環として、名古  屋〜多治見の直通急行バスが開設された。 ・交通協力会「交通年鑑」1959(S34)年版には、愛岐線について次のように述べられていた。  ◇愛岐道路は、愛知・岐阜両県に跨り多治見市と名古屋市を結ぶ有料道路で、S32年7月   20日に完成した。この道路の延長キロは僅か11.7kmであるが、従来の峻険から脱け出て   安全な運行を確保し、運行時分の短縮とともに輸送力の増強に寄与し、沿道の開発は勿   論、定光寺・古虎渓一体の観光客誘致に貢献することとなった。  ◇国鉄自動車は多治見〜名古屋間を東濃笠原線道路を利用して既設運行していたが、愛岐   道路経由によって結ぶ場合は、運転時分が著しく短縮され、又観光客輸送に当たっては   乗り換えの不便も解消され、旅客の利便は実に大きいので、この道路を運行する東谷橋   〜多治見(15km)にS33.7.1より一般乗合旅客運送事業を開始した。  ◇開業以来の営業成績は次の通り。    区間:名古屋〜多治見間 営業キロ:35km    1日平均 走行キロ:501km         輸送人員:431人    車キロ収入:41円40銭(注:「国鉄自動車50年史」によると昭和33年度の旅客車キロ     当たり収入は国鉄自動車平均で64円24銭であった。) ・「国鉄バス時刻表」1959(S34)年改正版(のりあいアーカイブス(2015)「愛知県・岐阜県  のバス時刻表ライブラリー」所収)の愛岐線時刻表によると、同線は、国鉄バス、名鉄  バス、東鉄バスの3者が共同で16往復運行していた。このうち国鉄は、次の7往復を運  行していた。  (下り)    名古屋0710→0827多治見    名古屋0910→1027多治見    名古屋1050→1207多治見    名古屋1350→1507多治見    名古屋1650→1807多治見    名古屋1810→1927多治見    名古屋1950→2107多治見  (上り)    多治見0740→0857名古屋    多治見0840→0957名古屋    多治見1040→1157名古屋    多治見1220→1337名古屋    多治見1520→1637名古屋    多治見1820→1937名古屋    多治見1940→2057名古屋  また、途中停留所は次の通りであった。    長者町、東桜通、県庁前、山口町、森下、大曽根、東大曽根、三菱前、矢田町、矢田    橋、守山、小幡、竜泉寺、吉根、志段味支所前、上志段味、東谷橋、志段味口、玉野    発電所、定光寺、半ノ木口、古虎渓、金山鉱泉、桜木町、末広町、多治見橋、弁天町 ・「交通年鑑1960年版」には、国鉄自動車では、自動車輸送の急速な発展の成果を  取り入れて、都市間に急行便を設定して運転系統の中長距離化、スピードアップ  の向上及び車両と要員の合理的運用を進めており、昭和33年度に次のように急行  便を設定したとある。    多治見〜名古屋 36km 7往復 ・1972(S47)年7月、愛岐線定光寺口〜多治見が廃止され、愛岐線の部が削除された。これに  伴って、名古屋〜東谷橋は陶都線、東谷橋〜定光寺口は瀬戸西本線に編入された。 ※補足 ドリームとよた号と瀬戸西線 ・1991(H3)年7月26日から東名高速線夜行便「ドリームとよた号」が東京〜名古屋を  岡崎〜康生町〜新豊田〜瀬戸記念橋〜瀬戸市経由で運行開始した。 ・このうち、瀬戸記念橋〜名古屋は、瀬戸西線と並行し一部区間は同じ経路を通ってい  るが、次の区間は高速便独自の経路を通っている。   ◇(瀬戸市〜)東松山交差点〜新共栄橋南交差点〜瀬戸街道(県道61号線)〜(尾張旭    駅前)〜瀬戸街道(同)〜小幡駅前(〜名古屋)

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【506】天竜線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇天竜線   天竜本線    1 遠江二俣−池島    2 双竜橋−西鹿島    3 相津−佐久    4 横山町−大白木    5 遠江横山−熊    6 大倉口−月島    7 遠江西川−白倉    8 瀬尻−峰之沢口    9 水窪町−水窪    10 水窪町−有本   東天竜線    1 遠江谷山−東雲名    2 遠江小川−笹合   佐久間線    1 西渡−原田橋    2 中部駅口−中部天竜 1.2 路線略図                   ・−−○池島                  /              水窪町○−−−−○有本                 |\                 | ◎水窪             城西駅前○                 |                 ○相月駅前          中部     |          駅口 佐久間 |     原田橋○−−○−−◎−−○西渡           |     |              中部天竜◎     |               瀬尻○−−−○峰之沢口                 |                 |遠江           白倉○−−−○西川                 |  東雲名                 |   ○      熊○−−−−−・ 遠江|   |           大倉口\横山|   |      大白木○−−○−−○−○横山町| ・−○笹合           /   遠江|   |/        月島○    谷山○−−−○遠江小川                 |               相津○−−○佐久                 |                 |               ・−○双竜橋            鹿島橋| |      三河大野・宮口<−○ ◎遠江二俣               |          西鹿島◎−・ 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・天竜本線9 水窪〜水窪町 ・天竜本線1 水窪町〜西渡 ・佐久間線1 西渡〜佐久間〜中部駅口 ・佐久間線2 中部駅口〜中部天竜 ・天竜本線2 鹿島橋〜西鹿島 2.2 掲載 ・35日目 7/15(月) S61.4号 7.中部編 単行本 p170〜171 ・36日目 7/16(火) S61.5号 8.関東・信越編(上) 単行本 p175 2.3 行程 ・水窪〜水窪町 徒歩 ◇水窪町1548→1627西渡 天竜本線 水窪町発 遠江二俣行 431-6005(いすゞBA20) ◇西渡1724→1747中部天竜 佐久間線 遠江二俣発 西渡行 431-6002(いすゞBA20) ・宮口→西鹿島 タクシー 2.4 エピソード ・水窪〜水窪町の天竜本線支線は夕方に1本しかなく、対岸の水窪町まで徒歩。 ・西渡は乗り換えてもバス運賃を通算する乗り継ぎ駅になっており、西渡までの  運賃を支払うと整理券に丸印が押される。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・天竜線は、1944(S19)年3月25日に貨物路線竜山線として遠江二俣〜遠江青谷が  開業したのがルーツで、当初は原産地路線として峰之沢鉱山の鉱石輸送を目的と  していた。 ・戦後の1946(S21)年10月10日に同区間を含む遠江二俣〜遠江青谷〜瀬尻〜水窪、  双竜橋〜西鹿島、西渡〜佐久間が天竜線として旅客営業を含む一般営業を開始  した。天竜線は地方産業文化の発展助長を使命としていたが、観光路線として  の使命をも有するものと期待された。 ・その後、1954(S29)年4月1日に水窪〜遠江瀬戸野が開業した。 ・1956(S31)年5月1日に遠江西川〜白倉が開業し、同年8月10日に小畑〜下田が  開業した。 ・1958(S33)年9月30日に遠江谷山〜東雲名〜秋葉ダム前〜大輪が開業した。 ・「交通年鑑1959年版」には、国鉄自動車では、自動車輸送の急速な発展の成果を  取り入れて、都市間に急行便を設定して運転系統の中長距離化、スピードアップ  の向上及び車両と要員の合理的運用を進めており、昭和32年度に次のように急行  便を設定したとある。    遠江二俣〜中部天竜 61.5km 1往復    遠江二俣〜小畑   53.7km 2往復 ・1959(S34)年11月1日に山王峡〜有本が開業した。 ・1960(S35)年10月13日に水窪〜竜戸が開業し、同年12月28日に遠江小川〜門原が  開業した。 ・1962(S37)年11月1日に遠江瀬戸野〜池島、相津〜佐久が開業した。 ・1963(S38)年4月5日に東天竜線門原〜天春橋が開業した。 ・1964(S39)年3月1日に佐久間線中部駅口〜佐久間ダムが廃止される一方、同年  4月8日に大倉口〜月島が開業した。 ・1966(S41)年3月1日に東天竜線天春橋〜秋葉神社前が開業した。 ・1968(S43)年1月28日に瀬尻〜峰之沢が開業した。 ・1977(S52)年10月7日に遠江谷山〜遠江横山が廃止され、遠江谷山〜横山町が開  業した。 ・1983(S58)年7月1日に峰之沢口〜峰之沢、東天竜線の東雲名〜大輪及び笹合〜  秋葉神社前が廃止された。 ・1985年(S60)年2月改正の天竜線時刻表によると、天竜線では支線を含めて次の  ような便が設定されていた。  1) 天竜本線     遠江二俣〜水窪町 6.5往復(1〜13便)     遠江二俣〜瀬尻・西渡 6往復(201〜209、211、1002、1006便)  2) 天竜本線各支線     佐久支線 3往復      (遠江二俣→佐久→相津1、遠江横山→佐久→遠江二俣2)     大白木・月島支線 4往復(351〜356、1353〜1354便)     熊支線 遠江二俣・相津・遠江横山〜熊 3往復                  (301、303〜306、308便)         石打→遠江横山 上1(302便)     白倉支線 遠江二俣・遠江西川・瀬尻〜白倉 3往復(701〜706便)     峰之沢支線 遠江二俣・瀬尻〜峰之沢口 3往復(1001〜1006便)     有本支線 4往復(601〜608便)     池島支線 4往復(501〜508便)  3) 東天竜線     遠江二俣・遠江谷山・遠江横山〜笹合 5往復                  (901〜906、1901〜1904便)  4) 佐久間線     西鹿島・水窪町・西渡〜中部天竜・原田橋 8往復     (51〜57、151〜156、252、253、257便) ・1985(S60)年当時は、遠江横山、遠江西川に自動車駅が存在していた。また、バス  運行の拠点として、遠江二俣に遠江二俣自営が、水窪町に同自営水窪派出所が設  けられていた。 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年3月1日に水窪町〜有本が廃止された。また、国鉄最末期の1987(S62  )年3月29日、水窪町〜池島、相津〜佐久、遠江横山〜大白木、遠江横山〜熊、大  倉口〜月島、瀬尻〜峰之沢口の各区間及び東天竜線全線の廃止公示がなされた。  なお、これらの区間は、1986(S61)年3月改正の天竜線時刻表では運行がなされて  いた。 ・それ以外の区間は、国鉄民営化及び自動車分離を経てJR東海バスに継承された。 ・1994(H6)年9月22日に白倉〜白倉峡が延長された。 ・1996(H8)年3月末限りで佐久間線全線が休止(後に廃止)された。 ・遠江二俣営業所「JR東海バス天竜線・白倉線運行時刻表」平成12年7月1日改正  によると、天竜線には次のような系統が設定されていた。    遠江二俣〜水窪町 5往復(1〜10便)(所要1時間51分)    遠江二俣〜瀬尻 上り1本(202便)(所要1時間31分)    遠江二俣〜白倉峡 1往復(701・702便)(所要55分)    瀬尻〜白倉峡 2往復(うち日祝運休1往復)(703〜706便)(所要36分)    西鹿島〜仲町 1往復(学休日運休)(401・402便(土曜運休)・1402便(土     曜運転)(所要8分) ・遠江二俣営業所管内の全廃により2002(H14)年9月末限りで天竜線は姿を消した。 3.3 旅の考察 ・水窪町1548発のバスは西渡行きの256便で、西渡では5分停車の後、水窪町行き  の255便となって折り返す。西渡では遠江二俣行きの208便(遠江二俣からの203  便の折り返し)に2分で接続していた。西渡から中部天竜に向かったバスは、  遠江二俣始発の155便で中部天竜からは西鹿島行き最終の156便となるダイヤで  あった。 ・1984(S59)年頃の「自動車線普通旅客運賃表」の天竜線の頁を見ると、遠江西川、  西渡、水窪本町、遠江横山の各駅は途中下車駅とされていた。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【507】西天竜線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇西天竜線   西天竜本線    1 宮口−堀谷    2 宮口−鹿島橋   遠三線    1 麁玉中学前−三河大野    2 巣山−細川−三河小野 1.2 路線略図        三河        小野 細川 巣山  三河大野◎−○−−○−−○         \    |\            ・−○−・ \ 遠江          三河阿寺   ○渋川  ○堀谷                  \   |                   \  | 宮口 鹿島橋                    ・−○−◎−−−○−>双竜橋                     麁玉     |                     中学前    V                           西鹿島 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・西天竜本線2 宮口〜鹿島橋 2.2 掲載 ・36日目 7/16(火) S61.5号 8.関東・信越編(上) 単行本 p175 2.3 行程 ・宮口→西鹿島 タクシー 2.4 エピソード ・宮口〜西鹿島はバスだが、午前中2本だけのダイヤなのでいかんともしがたく、  タクシーを呼ぶ。遠鉄バスも来ているが浜松に直行し、西鹿島には寄らない。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・西天竜線は、1955(S30)年12月15日に浜松〜宮口〜堀谷〜南石神〜遠江阿寺〜熊  〜遠江渋川及び遠三線(宮口〜三河大野)が開業したのがルーツである。 ・西天竜線の名前が現れたのは、1953(S28)年1月10日に遠江横山〜大地野口〜大  地野峠〜出馬駅口〜川合駅口〜中部駅口〜佐久間、大地野口〜熊が、天竜線の  支線「西天竜線」として開業したのが最初であった。 ・1955(S30)年3月25日に静愛橋〜三河長岡が開業し、同年12月15日には前述の通  り、浜松〜宮口〜遠江阿寺〜熊〜遠江渋川が開業した。 ・1956(S31)年8月16日に遠江横山〜秋葉発電所前〜大倉口が開業した。 ・1957(S32)年2月20日に遠三線三河小野〜細川が開業した。 ・1958(S33)年11月8日に中部天竜〜佐久間ダムが開業した。 ・1962(S37)年11月1日に大倉口〜大白木が開業した。 ・1963(S38)年に西天竜線は天竜線の部から独立し、浜松〜中部駅口、熊〜遠江渋川、  大地野口〜遠江横山他の区間から構成されていた。 ・1965(S40)年10月現在のダイヤでは、西天竜線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。  1) 西天竜本線    浜松〜宮口 6往復(所要47分)    宮口〜熊 2.5往復(所要1時間18分)    熊〜浦川 2往復(所要1時間28分)    熊〜東栄 1.5往復(所要52分)  2) 遠三線    宮口〜三河大野 2往復(所要1時間54分)    宮口〜遠江渋川 2往復(所要53分) ・1966(S41)年1月15日に遠三線巣山〜細川が開業した。 ・1970(S45)年7月現在のダイヤでは、西天竜線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    浜松〜三河大野 1往復      浜松0738→宮口0826→遠江渋川0919→一色0942→1022三河大野      三河大野0942→一色1024→遠江渋川1050→宮口1146→1233浜松    浜松〜遠江渋川 1往復    浜松〜久留米木橋 2往復    浜松〜大平 1往復    一色〜三河大野 4往復    阿寺〜三河大野 1往復 ・1971(S46)年9月6日に大地野〜原田橋、静愛橋〜東栄が廃止された。 ・1974(S49)年4月23日に宮口〜鹿島橋が開業した。 ・1976(S51)年4月現在のダイヤでは、西天竜線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    宮口〜三河大野 1往復(宮口1003→1154三河大野0910→1106宮口)    浜松〜遠江二俣 4往復    宮口〜遠江二俣 1往復    浜松〜滝沢口 1往復    浜松〜大平 1往復    一色〜三河大野 4往復 ・1983(S58)年7月1日に堀谷〜熊、熊〜遠江渋川が廃止されるが(同時に熊〜遠江横  山は天竜線に編入)、それに先立って堀谷〜南石神、阿寺東〜熊が休止され、休止  区間に挟まれた南石神〜阿寺東が他の区間とはつながらない「落下傘路線」として  通学輸送を行っていた時期があった。 ・1983(S58)年9月現在のダイヤでは、西天竜線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    遠江二俣・宮口〜三河大野 1往復    (遠江二俣0908→宮口0925→1104三河大野0900→1043宮口)    浜松〜遠江二俣 5往復    浜松〜宮口 1往復    宮口〜遠江二俣 下り2本    浜松〜大平 2往復    一色〜三河大野 3往復 ・その後、同年11月1日には浜松〜宮口本町も廃止された。                静愛橋   原田橋             東栄◎−○−−○−−○−−◎−>西渡                 | 出馬駅口  佐久間                 |                 |                 ○大地野峠         遠江渋川  熊 |    遠江横山    三河大野<−○−−−−○−○−−−−−○−>水窪          |      |大地野口 |          V      |     V          宮口     ○阿寺東 遠江二俣                 |                 |                 ○南石神                 |                 ○堀谷                 |           遠江渋川<−○麁玉中学前                 |               宮口◎−>鹿島橋                  \                   \                    ◎浜松 ・1985(S60)年当時は、宮口〜堀谷、宮口〜鹿島橋の西天竜本線と麁玉中学前〜三  河大野他の遠三線が運行されていた。S30年代には熊から先、東栄、中部天竜ま  で路線が伸びており、東海道本線、二俣線、飯田線の短絡という使命を有して  いた時代もあった。 ・1985年(S60)年2月改正の天竜線時刻表によると、西天竜線には次のような便が  設定されていた。  1) 西天竜本線    宮口〜堀谷 3往復  2) 遠三線    遠江二俣〜三河大野 1往復    遠江二俣・宮口〜大平 3往復    一色〜三河大野 3往復    三河大野〜細野広見 1往復 3.2 旅から30年 ・1985(S60)年11月1日に西天竜本線麁玉中学前〜堀谷の廃止公示がなされた。 ・1986年(S61)年3月改正の天竜線時刻表によると、西天竜線(遠三線)には次の  ような便が設定されていた。    遠江二俣〜三河大野 1往復    遠江二俣・宮口〜大平 3往復    一色〜三河大野 3往復    三河大野〜細野広見 1往復 ・1987(S62)年2月1日に遠三線巣山〜三河小野の廃止公示がなされ、国鉄最末期  の同年3月29日に西天竜本線宮口〜鹿島橋、遠三線宮口〜三河大野の廃止が公示  され、西天竜線は全廃された。 3.3 旅の考察 ・1985(S60)当時の自動車線普通旅客運賃表によると、遠三線遠江渋川駅は途中下  車駅とされていた。 ・1985(S60)年2月改正の天竜線時刻表によると、西天竜線遠江二俣〜宮口は下り  1本(遠江二俣0908→0924宮口)、上り2本(宮口0740・1043→0756・1059遠江  二俣)のみの運行であった。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【508】名金線(1) 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇名金線(1)   名金急行線    1 名古屋−鳩ケ谷    2 正ヶ洞−鷲見    3 大日岳スキー場口−大日岳スキー場   那留線    1 美濃白鳥−奥大間見   白鷲線    1 四辻−牛道    2 牛道学校前−阿多岐   石徹白南線    1 前谷−上在所 1.2 路線略図                                福光・金沢                                  Λ                                  :                            上梨○………◎城端                              :                              :                           西赤尾○                              :                              :                              :                              ○鳩ヶ谷                              |                              |                              ○白山登山口                ○上在所          |                |     大日岳ス    ○御母衣ダム           朝日橋<−○下在所  キー場     |                |      ○  蛭ヶ野 |                | 正ヶ洞  |  高原  |            北濃◎−○−−○−−−○−−−○−−○牧戸          向小 /  前谷 |  大日岳     九頭竜湖 駄良/      ・  スキー     駅前  <−○−◎美濃白鳥  \ 場入口             |・・     \          白鳥 | ・      ○−−−○鷲見          役場前○ ・  牛道  ・高鷲            / \・  学校前 ・役場前     美濃弥富駅前○   ○−−−○−−○           |・  |四辻 | 阿多岐        郡上八| ・ |   |        幡駅前○  ・|   ○牛道   岐阜駅前   /    ○      ◎−−○    奥大間見      | 美濃市      | 役所前   尾張一○   宮駅前|      |   名古屋◎−>高蔵寺       \        ・−>東京 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・名金急行線1 岐阜駅前〜美濃白鳥〜向小駄良 2.2 掲載 ・29日目 7/9(火) S61.4号 7.中部編 単行本 p148〜149 2.3 行程 ○岐阜駅前1035→1230美濃白鳥 名金急行線 名古屋発 鳩ヶ谷行                         531-1414(いすゞK-CJM520) 2.4 エピソード ・定刻10時27分に8分遅れて鳩ヶ谷行きが到着。1日1往復で、線名は名金急行  線でも金沢へ直通するのは1時間前に出ている名鉄バス1往復(夏から秋にか  けて運行)だけ。国鉄バスは鳩ヶ谷〜福光間57.1kmが長期運休中。 ・バスは長良川沿いに遡るが水量は少ない。美濃市のはずれで10分休憩し、長良  川、越美南線ともつれるように郡上八幡を抜け、美濃白鳥へ。ここで15分ほど  時間調整して運転士が交替。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・名金線(南部)は、1931(S8)年9月1日に美濃白鳥〜牧戸が白城線として開業  したのがルーツで、戦時中の1944(S19)年9月10日から原産地路線(貨物)とし  て美濃白鳥〜上半原〜越前大谷が開業した。 ・戦後の1948(S23)年12月30日に牧戸〜鳩ヶ谷が延長され、1953(S28)年3月16日  に金白南線の鳩ヶ谷〜境川橋詰、金白北線の福光〜境川橋詰が開業して、美濃  白鳥と金沢が国鉄バスで結ばれた。 ・この路線は、越美南線美濃白鳥と城端線城端とを結ぶ鉄道の短絡路線としての  使命を有していた他、中部日本の秘境といわれる白川郷、五箇山を探勝する観  光路線及び地方産業文化の発展助長をも使命としていた。 ・1951(S26)年5月5日に美濃白鳥〜牛道が開業した。 ・「日本国有鉄道監修時刻表」1952(S27)年5月号(S26.11.1改正)によると、白城  線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    美濃白鳥〜鳩ヶ谷 4往復(所要3時間24〜31分)    美濃白鳥〜牧戸 1往復(所要1時間45〜49分)    美濃白鳥〜正ヶ洞 下り1本・上り2本(所要37分)    牧戸〜鳩ヶ谷 1往復(所要1時間31〜40分) ・「日本国有鉄道監修時刻表」1954(S29)年10月号(7/1改正)によると、金白南線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    美濃白鳥〜金沢 2往復(所要9時間27分〜10時間)    美濃白鳥〜福光 1往復(所要7時間37分〜8時間15分)    美濃白鳥〜鳩ヶ谷 2往復(所要3時間12〜23分)    美濃白鳥〜平瀬 1往復(所要2時間30分)    美濃白鳥〜牧戸 (所要1時間35分)    美濃白鳥〜正ヶ洞 1往復(所要36分)    牧戸〜鳩ヶ谷 1往復(所要1時間35分)    鳩ヶ谷〜金沢 1往復(所要5時間51分〜6時間12分)    美濃白鳥〜牛道 7往復(所要25分) ・「鉄道辞典・上巻」(1958(S33)年)には、1953(S28)年に鳩ヶ谷と金白北線の  福光が結ばれ、美濃白鳥と金沢を直結する直通便を運転しているが、冬季は雪  のため鳩ヶ谷以遠を休止する、美濃白鳥から金沢まで1日2往復、バスの車体  に郵便ポストを取り付けて郵便物の速達を図っていると述べられている。 ・1958(S33)年7月1日に高鷲役場前〜鷲見が開業した。 ・「交通年鑑1962年版」には、昭和36年12月1日現在運行中の長距離路線(100km  以上)として、次の運行系統が載っていた。    金沢〜美濃白鳥 159km    福光〜美濃白鳥 130km ・1962(S37)年10月1日に那留線四辻〜奥大間見〜美濃弥富駅前が開業した。 ・1963(S38)年7月27日に石徹白南線前谷〜下在所、石徹白〜上在所が開業した。 ・その後、1966(S41)年12月1日に名古屋〜美濃白鳥が開業し、名古屋〜美濃白鳥  〜福光〜金沢を「名金急行線」と改称した。 ・「国鉄バス名金急行線の誕生」(「国鉄線」1967(S42)年2月号所収)には、  国鉄バス長距離ベストワン(名神高速線名古屋〜神戸間215.5km)を更に上回る  名金急行線名古屋〜金沢間266.4kmが1966(S41)年12月1日から運行開始したこと、  この路線の開業に伴い北陸・飛騨・郡上・美濃地方と中京地区との交流旅客の  利便が向上し産業・観光資源の開発が期待されること、沿線には白川郷・五箇山  の他、御母衣ダム、蛭ヶ野高原等の豊富な観光資源が存在し、観光路線としても  有望視されていること、使用する車両は中長距離の冷暖房車で、座席はリクライ  ニングシートのデラックスバスであること、運行回数は2往復で名鉄も名古屋〜  金沢の運行を2往復行うので共通乗車の取扱いをしていることが述べられている。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1967(S42)年9月号(7/10現在)によると、名金線  (名古屋〜鳩ヶ谷)には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    名古屋〜金沢 次の2往復    (下り)      名古屋0800→白鳥1114→平瀬1246→西赤尾1421→福光1628→1730金沢      名古屋0930→白鳥1245→平瀬1417→西赤尾1531→福光1738→1840金沢    (上り)      金沢0800→福光0902→西赤尾1114→平瀬1254→白鳥1435→1740名古屋      金沢0930→福光1032→西赤尾1319→平瀬1426→白鳥1605→1910名古屋    美濃白鳥〜鳩ヶ谷 下り3本・上り2本    美濃白鳥〜牧戸 1往復    美濃白鳥〜福光 上り1本 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1970(S45)年8月号(7/25改正)によると、名金線  (名古屋〜鳩ヶ谷)には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    名古屋〜金沢 次の2往復    (下り)      名古屋0800→白鳥1114→鳩ヶ谷1316→西赤尾1422→福光1628→1730金沢      名古屋0930→白鳥1245→鳩ヶ谷1447→西赤尾1532→福光1738→1840金沢    (上り)      金沢0800→福光0904→西赤尾1113→鳩ヶ谷1244→白鳥1445→1750名古屋      金沢0930→福光1032→西赤尾1318→鳩ヶ谷1405→白鳥1605→1910名古屋    美濃白鳥〜鳩ヶ谷 下り3本・上り4本(所要2時間28分)    美濃白鳥〜平瀬 下り1本(所要1時間54分)    美濃白鳥〜牧戸 1往復(所要1時間11分)    美濃白鳥〜蛭ヶ野高原 下り2本・上り4本(所要54分)    美濃白鳥〜正ヶ洞 下り4本(所要28分)    平瀬〜鳩ヶ谷 下り1本(所要30分)    蛭ヶ野高原〜牧戸 下り1本(所要26分) ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1975(S50)年2月号(12/21現在)によると、名金線  (名古屋〜鳩ヶ谷)には次のような系統が設定されていたのを確認できる(鳩ヶ  谷〜福光間は降雪期間中(4月下旬ないし5月上旬まで)運休との注記あり)。    名古屋〜牧戸・鳩ヶ谷 次の2往復    (下り)      名古屋0800→白鳥1114→1321鳩ヶ谷      名古屋0930→白鳥1240→1342牧戸    (上り)      鳩ヶ谷1220→白鳥1430→1735名古屋      牧戸 1448→白鳥1605→1910名古屋    美濃白鳥〜鳩ヶ谷 下り3本・上り4本(所要2時間30分)    美濃白鳥〜平瀬 下り1本(所要2時間1分)    美濃白鳥〜牧戸 2往復(所要1時間15分)    美濃白鳥〜西洞 下り2本・上り1本(所要44分)    美濃白鳥〜正ヶ洞 1往復(所要30分)    平瀬〜鳩ヶ谷 下り1本(所要33分)    美濃白鳥〜上在所 運休中 ・1977(S52)年10月15日、那留線四辻〜美濃白鳥(3.6km)(大島団地経由)が開業  した。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1978(S53)年10月号(8/11現在)によると、名金線  (名古屋〜鳩ヶ谷)には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    名古屋〜金沢 次の2往復    (下り)      名古屋0750→白鳥1115→鳩ヶ谷1320→福光1551→1653金沢      名古屋0920→白鳥1245→鳩ヶ谷1455→福光1730→1849金沢    (上り)      金沢0840→福光0955→鳩ヶ谷1220→白鳥1430→1745名古屋      金沢0950→福光1052→鳩ヶ谷1355→白鳥1605→1920名古屋    美濃白鳥〜鳩ヶ谷 下り3本・上り4本(所要2時間15分)    美濃白鳥〜牧戸 2往復(所要1時間5分)    美濃白鳥〜あやめ沢 下り1本・上り2本(所要51分)    美濃白鳥〜正ヶ洞 1往復(所要25分) ・1970年代以降の輸送量の低減傾向に伴う長距離路線の再編成策の1つとして、  長距離旅客の輸送使命を果たした名金急行線鳩ヶ谷〜福光を1979(S54)年6月に  休止した。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1980(S55)年10月号(8/12現在)によると、名金線  (名古屋〜鳩ヶ谷)には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    名古屋〜鳩ヶ谷 次の2往復    (下り)      名古屋0750→白鳥1115→1312鳩ヶ谷      名古屋0920→白鳥1245→1442鳩ヶ谷    (上り)      鳩ヶ谷1220→白鳥1430→1745名古屋      鳩ヶ谷1355→白鳥1605→1920名古屋    美濃白鳥〜鳩ヶ谷 下り3本・上り4本(所要2時間15分)    美濃白鳥〜牧戸 下り4本(うち1本は正ヶ洞〜牧戸は10/31まで運転)・     上り2本(所要1時間5分)    美濃白鳥〜正ヶ洞 1往復(所要25分)    牧戸〜鳩ヶ谷 下り1本(所要1時間5分)    美濃白鳥〜上在所 3往復(所要1時間5分) ・美濃白鳥自営「国鉄バス名金急行線時刻表」1981(S56)年4月改正によると、名  金線(名古屋〜鳩ヶ谷)には次のような系統が設定されていた。  (名金急行線)    名古屋〜鳩ヶ谷(「国鉄特急」) 次の2往復    (下り)      名古屋0750→1105白鳥1115→1209牧戸1212→1312鳩ヶ谷      名古屋0920→1235白鳥1245→1339牧戸1342→1442鳩ヶ谷    (上り)      鳩ヶ谷1220→1317牧戸1320→1417白鳥1430→1745名古屋      鳩ヶ谷1355→1452牧戸1455→1552白鳥1605→1920名古屋    美濃白鳥〜鳩ヶ谷 下り3本・上り4本(所要2時間17分)    美濃白鳥〜牧戸 下り4本(うち1本は正ヶ洞〜牧戸は5/1〜8/31運転)・     上り2本(所要1時間5分)    美濃白鳥〜正ヶ洞 1往復(所要25分)    牧戸〜鳩ヶ谷 下り1本(所要1時間5分)  (鷲見線)    美濃白鳥〜正ヶ洞〜鷲見 3往復(うち土曜のみ運転1往復)(所要50分)  (白鷲線)    美濃白鳥〜阿多岐 4往復(うち1往復は白中半休日運転)(所要27分)    美濃白鳥〜牛道 4往復(所要27分)    美濃白鳥〜大島団地〜牛道 4往復(うち日祭運休2往復)(所要29分)  (那留線)    美濃白鳥〜大島団地〜奥大間見 4往復(うち日祭運休1往復)(所要25分)    美濃白鳥〜奥大間見 1往復(所要23分)  (石徹白南線)    美濃白鳥〜上在所 3往復(所要1時間5分) ・1983(S58)年6月末限りで那留線の美濃弥富駅前〜奥大間見、四辻〜美濃白鳥  (1.9km)(大藪経由)、白鷲線阿多岐〜高鷲役場前の廃止が公示された。 ・1985(S60)年当時、(自)名古屋、牧戸及び鳩ヶ谷に自動車駅が存在した。また、  国鉄バス運行の拠点として、名古屋自動車営業所(名古屋市内)及び美濃白鳥  自動車営業所が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、名金線  (名古屋〜鳩ヶ谷)には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    名古屋〜鳩ヶ谷 次の1往復    (下り)      名古屋0920→白鳥1245→1442鳩ヶ谷    (上り)      鳩ヶ谷1220→白鳥1430→1745名古屋    美濃白鳥〜鳩ヶ谷 下り4本・上り5本    美濃白鳥〜牧戸 下り3本・上り2本    牧戸〜鳩ヶ谷 下り1本    美濃白鳥〜正ヶ洞 1往復(休日運休)    美濃白鳥〜上在所 3往復 3.2 旅から30年 ・1985(S60)年6月25日に正ヶ洞〜鷲見の廃止が公示された。 ・美濃白鳥自営「国鉄バス名金急行線時刻表」1986(S61)年4月1日改正によると、  名金線(名古屋〜鳩ヶ谷)には次のような系統が設定されていた。  (名金急行線)    名古屋〜鳩ヶ谷(「国鉄特急」) 次の1往復      名古屋0920→1237白鳥1245→1339牧戸1342→1437鳩ヶ谷      鳩ヶ谷1230→1324牧戸1327→1422白鳥1430→1747名古屋    美濃白鳥〜鳩ヶ谷 下り4本・上り5本(所要2時間4分)    美濃白鳥〜牧戸 下り3本・上り2本(所要1時間5分)    美濃白鳥〜正ヶ洞 2往復(うち日祭運休1往復)(所要23分)    牧戸〜鳩ヶ谷 下り1本(所要59分)(4/2より運転)  (白鷲線)    美濃白鳥〜大島団地〜阿多岐 4往復(うち土曜運転1往復)(所要27分)    美濃白鳥〜大島団地〜牛道  8往復(うち日祭運休2往復)(所要29分)  (那留線)    美濃白鳥〜大島団地〜奥大間見 4往復(うち土日祭運休1往復)(所要     25分)  (石徹白南線)    美濃白鳥〜上在所 3往復(所要1時間5分) ・国鉄末期の1986(S61)年12月28日に那留線四辻〜奥大間見及び石徹白南線前谷〜  上在所の廃止が公示された。 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、名金急行線はJR東海バス及び西日本JR  バス(形式上は名古屋〜金沢は両社の共管)に継承された。 ・1994(H6)年4月22日、名古屋〜鳩ヶ谷の「特急白川郷」を各務原IC〜美並IC間  東海北陸自動車道経由に経路変更した。 ・1995(H7)年8月末限りで白鷲線(美濃白鳥〜牛道、牛道学校前〜阿多岐)が廃  止された。 ・1998(H10)年4月18日、「特急白川郷」を一宮木曽川IC〜白鳥IC間東海北陸自  動車道経由に経路変更した。これに伴い、名古屋〜尾張一宮駅前〜岐阜駅前〜  郡上八幡駅前〜下剣〜美濃白鳥の旧経路が廃止され、名古屋・岐阜駅前〜高速  郡上八幡が開業した。 ・美濃白鳥営業所「JR名金線バス時刻表」2000(H12)年4月15日改正によると、  名金急行線には次のような系統が設定されていた。    名古屋〜鳩ヶ谷(特急「白川郷」) 次の1往復     名古屋0830→郡上八幡駅1003→1031美濃白鳥1036→1130牧戸1133→      1227鳩ヶ谷     鳩ヶ谷1410→1504牧戸1507→1601美濃白鳥1606→郡上八幡駅1634→      1817名古屋     ※4月第3土曜日〜11/30運転    岐阜駅〜鳩ヶ谷(高速経由) 次の1往復     岐阜駅1200→高速郡上八幡1305→1330美濃白鳥1340→1434牧戸1437→      1531鳩ヶ谷     牧戸0700→0754美濃白鳥0800→高速郡上八幡0825→0930岐阜駅    美濃白鳥〜鳩ヶ谷 下り2本・上り3本(所要1時間51分)    美濃白鳥〜牧戸 下り1本(所要54分)    美濃白鳥〜正ヶ洞 1往復(日祝第2・4土運休)(所要20分) ・2002(H14)9月末限りで鳩ヶ谷以南の名金急行線は全廃された(名古屋〜鳩ヶ谷、  岐阜駅前〜高速各務原及び高速郡上八幡〜郡上八幡駅前が廃止)。併せて、美  濃白鳥営業所も廃止された。 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、名金急行線(名古屋〜鳩ヶ谷)  には接続駅(名古屋、岐阜(岐阜駅前)、美濃白鳥及び北濃)の他、牧戸に第  一種委託駅(自動車駅)、正ヶ洞、平瀬及び鳩ヶ谷に第二種委託駅(自動車駅)  が置かれていた。 ・最長片道きっぷの旅本文では、美濃市の外れで10分間休憩したとあるが、中村  儀朋「さくら道」(後述の補足参照)161頁で、岐阜県美濃市でドライブインを  経営する方が「ドライブインを始めた時から国鉄バスが家の前に停まってくれる  ようになりましてね」と話しており、この地点が休憩地ではないかと推測する。 ※補足 「桜紀行・名金線もう1つの旅」、「さくら道」について ・1984(S59)年5月17日、NHK名古屋放送局が制作したドキュメンタリー、北陸  東海「桜紀行・名金線もう1つの旅」が中部地方で放映された。この番組の内容  をNHKアーカイブスのサイトから引用すると次の通りである。  「名古屋と金沢を結ぶ国鉄バス名金線。その沿線に桜を植え、太平洋と日本海を   花で結ぶのを夢みていた国鉄バス車掌・佐藤良二さんは、志半ばの昭和52年、   47歳でこの世を去った。しかし佐藤さんが12年間に植え続けた2,000本の桜は、   今も名金線の沿線に見事な花を咲かせている。佐藤さんを桜のとりこにした   御母衣ダムの荘川桜と名金線沿線に咲く桜を訪ね、関係者の話を交えながら   佐藤さんが桜に寄せた夢のあとをたどる。」 ・この番組の制作に携わった中村儀朋氏は、佐藤さんの膨大な手記等に基づいて、  1987(S62)年に小説「さくら道」を上梓した。この小説の一部は、1987(S62)年  〜1992(H4)年にかけて、「太平洋と日本海を桜で結ぼう」という題名で中学校  の教科書(光村図書出版「国語1」)に掲載された。また「さくら道」を原作  とした映画「さくら」が1994(H6)年に劇場公開された。 ・これ以降、佐藤さんや名金線沿線に対する世間の注目が高まった。JR東海バス  も、桜の開花時期に名古屋から旧名金線沿線の桜の名所を巡り福光まで北上する  ツアーバス(さくら道「名金線」の旅)を運行していた。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【509】名金線(2) 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇名金線(2)   名金急行線    1 鳩ケ谷−金沢    4 福光−荒田町島    5 福光西町−土山−上砂子谷    6 湯谷温泉口−国見ヒュッテ    7 鳴瀬−中尾    8 桐山−千の杉    9 堅田町−千谷口    10 森本−才田    11 鳴和−金沢    12 山の上−小二又    13 金沢−北安江   太美山線    1 天神町−下刀利   医王山線    1 古屋谷−加賀二俣−武蔵ヶ辻    2 医王口−見上山荘 1.2 路線略図               津幡・高松                         Λ            ○中尾                 |    加賀   千谷口|             才田○ |    朝日○−−−○−○北千谷口               | |      |    /             八田○ |   千の杉○   /              /  | 四王寺 /|小 ○朝日牧             ○大場 ・  ○−・ ○池/          森本 |  / 深谷|   |/          支所前○−+  元湯○ 桐山○        上砂 小森 宝竜              ◎+   /   /         子谷 谷口 寺             森本+−−○−−−○     砂子谷○−○−−○−−○  福光               | 堅田町 鳴瀬\      / \       \ 西町            法光寺○        \  東原/ 土山○  湯谷   +○+−◎福光               |      古屋谷○−−○     \ 温泉口 /  | |               ○東金沢       \    小又西口○−○−○ 天神○ |               |駅口         \        / 法林 町/ \|                +  星稜     直江野○      /  寺  /   ○越中高宮             鳴和○\ 高校前       | 国見ヒ /     ○西太美 |\               +−○−○        | ュッテ○     /  東太美○ ・            ・−−+大樋町 \   加賀市瀬○         ○太美山  /  |           /   |  長江口○      |         |    ○−−+◎城端          / 山の上○     |    加賀○     越中吉見○    立美/|   北安江○   /     |     ○東長江 二俣|         |      \|     |金沢/      ○橋場町   \     |      立野脇○     荒田○   広岡○ ◎−○本町 ○−+       \    ○田の島      |     町島|     | | |  /尾張|      小二又○  |      下刀利○       |     ・−○−+−○ 町 ○兼六          |               越中○      六枚町  武蔵  |園下          ○戸室清水           中尾|           ヶ辻  ・  十全  加賀   /                  ・                \ 病院前 田上  /                  /              小立野○−○−−○−−○−−−○見上山荘          /                        医王口             細尾峠○                                           |                                           |                        飛騨      境川         ○下梨                萩町 鳩ヶ谷  下田  成出  橋詰 西赤尾    /            名古屋<−○−−○−−−○−−−○−−−○−−−○−−−−○上梨 ※鳩ヶ谷〜福光は1979(S54)年6月から休止中 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・名金急行線1 金沢〜鳴和〜森本〜堅田町 ・名金急行線9 堅田町〜千の杉〜千谷口 ・名金急行線7 千谷口〜桐山〜鳴瀬 ・名金急行線1 鳴瀬〜古屋谷〜上砂子谷〜福光西町〜福光 2.2 掲載 ・30日目 7/10(水) S61.4号 7.中部編 単行本 p151〜154 ・連載誌のみ 527-8027の解説 2.3 行程 ○金沢1255→1320森本 名金急行線 発 行 527-0019(日野K-RC301) ○森本1420→1505加賀朝日 名金急行線 発 加賀朝日行(深谷元湯経由)                            528-1002(日デK-U31K) ×加賀朝日1515→1541鳴和 名金急行線 加賀朝日発 金沢行                            528-1002(日デK-U31K) △鳴和1628→1710中尾 名金急行線 金沢発 中尾行(小池経由)                            528-1002(日デK-U31K) ○中尾1725→1743鳴瀬 名金急行線 中尾発 金沢行(千谷口・今泉経由)                            528-1002(日デK-U31K) ○鳴瀬1803→1810古屋谷 名金急行線 発 古屋谷行 527-4471(日野P-HT225AA) ○古屋谷1820→1850福光 名金急行線 金沢発 福光行 527-8027(日野RE121/RC301) 2.4 エピソード ・森本までは5〜10分ヘッドの頻発で、森本駅前に大きなバス乗り場があり、こ  の先は運行系統が複雑に分かれる。 ・加賀朝日行きバスは、右に北陸自動車道を見てメインルートの堅田町から狭い  カーブを登り、深谷温泉を通って台地へ出た。 ・加賀朝日から金沢行きになって折り返すバスで適当な所まで戻る。このバスが  運転士共々中尾行きとなって引き返してくるそうなので、スーツケースを置か  せてもらえないかと頼んでみる。「間違いなく、また乗るなら構わんよ。前へ  出しておいて。いたずらされても悪いし、他のお客さんが忘れ物と思ってもい  かんからなあ。あんたも全部乗る人?たまに、こんな所までワイド周遊券で乗  りに来てくれる人もあるよ。この辺りのバスはワイドならどこでもええ、ミニ  では乗れんと、こう覚えてるんです。」 ・中尾行きは深谷経由と別ルートの小池を通ったが、どの道も狭い。乗り継ぎ地  点の北千谷口は何もない三差路なので、終点の中尾まで乗り越す。杉林と笹の  間に目を凝らすと、農家が数十軒固まっている様子だが、富山側に出ると散居  村になるという。 ・今泉経由ルートは数か所で土砂崩れに見舞われて修復したばかり。「不通のた  め路線変更」の貼り紙があちこちの停留所に残っており、午前中は通れなかっ  た模様。 ・本線ルートへ出た鳴瀬で福光行きを待つと、車の往来は実に激しい。 ・福光行きは高校生と勤め帰りの人で満員。上り下りするうち、県境手前の東原  で大量下車が見られたが、十数人は乗り通す。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・名金線(鳩ヶ谷以北)は、1935(S10)年10月3日に金沢〜古屋谷が金福線として  開業したのがルーツで、1938(S13)年6月30日に古屋谷〜総平、1939(S14)年9月  1日に総平〜福光が開業した。 ・水谷昌義(2010)「国鉄自動車路線網の盛衰−(V)戦時期2−」(『東京経大  学会誌(経営学)』268号(2010年11月10日)所収)によると、戦時中、省営  自動車が貨物主体となり、旅客区間が休止される中、金福線金沢〜橋場町が  1943(S18)年7月5日から、橋場町〜森本が1944(S19)年4月20日から旅客運行  が休止された。 ・名金線(鳩ヶ谷以北)の大要を占めていた金白北線の区間は、北陸本線金沢と  城端線城端とを結ぶ鉄道代行路線としての使命を有していた他、城端から金白  南線美濃白鳥を結ぶ鉄道短絡路線及び地方産業文化の発展助長をも使命として  いた。 ・戦後は、1948(S23)年9月21日に古屋谷〜加賀二俣、1950(S25)年11月11日に深谷  鉱泉口(→堅田町)〜四王寺、1951(S26)年3月10日に福光〜井波駅前(後の井  波線)及び福光〜越中吉見(後の太美山線)、1952(S27)年8月15日に小坂神社  前〜小二又、同年10月18日に福光〜飛野〜経塚(→東太美)〜城端が開業した。 ・1953(S28)年12月30日には、金白北本線福光〜越中高宮〜城端〜上梨〜西赤尾〜  境川橋詰が開業して、同日に鳩ヶ谷〜境川橋詰が開業した金白南本線とつながっ  た。併せて、同日から井波駅前〜小牧堰堤が開業した。なお、この時から金福線  は「金白北線」と改称された。 ・「鉄道辞典・上」(1958(S33)年)には、金白北線の特長として、金沢から境川  橋詰を通って金白南線美濃白鳥まで162kmの全行程を9時間余で毎日直通便を運  転しているが、冬季は雪のため城端以遠は運転を休止すること、金沢〜美濃白鳥  で1日2往復バスの車体に郵便ポストを取り付けて郵便物の速達を図り、利用者  から好評を得ていること、加越能鉄道と金沢〜椿原及び福光〜小牧堰堤に限り、  普通乗車券及び回数乗車券所持の旅客に共通乗車の取扱いをしていること、と述  べられていた。 ・1955(S30)年10月28日、医王山線武蔵ヶ辻〜小立野〜医王口〜田の島〜加賀二俣  が開業した。1957(S32)年4月12日、四王寺〜加賀朝日〜南千谷が開業し、翌19  58(S33)年2月1日に森本〜才田、1959(S34)年4月12日に上砂子谷〜小又二口〜  福光東町、同年10月5日に金沢〜北安江、1960(S35)年5月に福光東町〜開発〜  西太美、同年7月15日に医王山線医王口〜見上山荘、1961(S36)年5月1日に鳴  瀬〜中尾がそれぞれ開業した。 ・「交通年鑑1962年版」には、昭和36年12月1日現在運行中の長距離路線(100km  以上)として、次の運行系統が載っていた。    金沢〜美濃白鳥 159km    福光〜美濃白鳥 130km ・その後、1963(S38)年3月6日に太美山線越中吉見〜下刀利、1965(S40)年12月2  日に千の杉〜小池〜桐山、1966(S41)年5月18日に湯谷温泉口〜国見ヒュッテが  それぞれ開業した。 ・1966(S41)年11月1日から金白南・北線は名金急行線と改称され、名古屋〜金沢  に直通便が運行開始した。1967(S42)年11月15日から直通急行便の専用区間とし  て荒田町島〜城端及び東金沢駅口〜金沢の直行経路が開業した。 ・1970(S45)年7月12日に井波線(福光〜小牧堰堤)が廃止された。 ・1977(S52)年12月1日に南千谷〜千谷口が開業した。 ・座談会「自動車営業最前線−営業所長大いに語る−」(「国鉄線」1981(S56)  年11月号所収)には金沢自営所長が出席し、次のような発言があった。   ◇金沢自営の輸送範囲は、石川県と富山県にわたっており、石川県は金沢市    を主体とした市内路線と、山岳地方の小規模な観光路線、それから富山県    に向けては名金線の金沢から福光まで、これは富山県との交流のためにも    なっている。また、飛び地にあるため乗車効率のあまり良くない宝達線。    以上のような路線となっている。なお、特殊な問題として減価償却費が多    いことによる収支悪化がある。   ◇富山県福光町は国鉄協力会の方がいらして元々好意的だったが、当初保育    園等の野外散歩や老人ホームから温泉に行く場合、町のマイクロバスを使    っていたが、いろいろ話をした結果、この4月から国鉄バスでやらせても    らえるようになった。   ◇この9月1日から11月30日まで「くつろぎの加賀 能登路」キャンペーン    が実施されているが、現在七尾線が列車本数、種類の関係で、座席指定を    して一貫した旅行をするのには必ずしも向いていないことに着目し、能登    の玄関口である金沢駅からぜひ国鉄バスでやらせて貰おうと考えた。そこ    でレール側に対し、民営バスとの違いを説明し、例えば国鉄バスの貸切乗    車券を発行すれば取扱い収入がレール側に入るという有利な点や、鉄道と    バスとの通し運送による輸送手配も可能である点など、国鉄の中で鉄道と    バスが互いに協力していけば、その方がレールにとっても民営バスと組む    より有利であることを説明して、このキャンペーンに取り入れてもらうよ    うに進めた。そしてさらに進んで、金沢自営を中心として、付近の穴水自    営、大野自営と共同輸送をやるということで、貸切のコース・日程・運賃    も決め、団体の会員募集に全力を集中しているところ。   ◇この冬の対策として、結婚式場と契約して、5〜10kmの範囲内で送迎を任    され、各所にお客様を配っていくということを考えている。   ◇金沢自営も代行輸送の実施により、金沢駅や局の旅客課と関係が密接にな    った。最近は、局の現場長会議に金沢自営所長も出席させていただき、国    鉄バスの貸切誘致もしている。駅や旅行センターとの関係では、最近は大    阪の旅行センターと連携をとるようになったし、各駅の旅行会を活用させ    ていただいて会員制の企画もやれるようになった。 ・金沢自営「国鉄バス時刻表」1983(S58)年4月によると、名金線(2)には次のよ  うな系統が設定されていた。    金沢〜森本〜古屋谷〜東原〜福光 9往復(所要1時間15〜20分)    金沢〜森本〜古屋谷〜東原 上り1本(所要1時間)    金沢〜森本〜古屋谷 3往復(所要35〜40分)    金沢〜森本〜古屋谷〜北方〜二俣〜田の島 下り2本・上り4本(所要1     時間〜1時間10分)    金沢〜森本〜古屋谷〜北方〜二俣 下り9本・上り8本(所要50〜55分)    金沢〜森本〜古屋谷〜北方 上り2本(うち日祝運休1本)(所要55分)    金沢〜森本〜鳴瀬〜今泉〜中尾 1往復(所要45分〜1時間)    金沢〜森本〜鳴瀬〜小池〜中尾 2往復(所要1時間)    金沢〜森本〜鳴瀬〜小池〜朝日 下り1本(所要45分)    金沢〜森本〜堅田町〜深谷〜朝日〜中尾 上り1本(所要55分)    金沢〜森本〜堅田町〜深谷〜朝日 下り2本・上り3本(所要50分)    金沢〜森本〜大場〜才田 下り21本(うち日祝運休3本、日祝森本〜才田     運休2本)・上り22本(うち日祝運休2本、日祝才田〜森本運休3本)     (所要35〜40分)     金沢〜森本〜大場 下り2本(日祝運休、日祝森本〜大場運休各1本)     (所要35分)    金沢〜森本 下り40本(うち日祝運休12本)・上り34本(うち日祝運休11     本)(所要25〜30分)    広岡〜金沢〜森本 上り3本(うち日祝運休1本)    金沢〜鳴和〜東長江〜牧〜小二又 5往復(所要30〜40分)    金沢〜鳴和〜東長江〜牧 下り7本・上り8本(所要30〜35分)    金沢〜鳴和〜東長江 3往復(うち日祝運休2往復)(所要30分)    金沢〜小立野〜医王口〜見上山荘 2往復(医王口〜見上山荘冬季運休)     (所要45分)    金沢〜小立野〜医王口 3往復(所要35分) ・1985(S60)年3月14日に太美山線西太美〜福光(開発経由)の廃止が公示された。 ・1985(S60)年6月当時、線内の(自)金沢、(自)森本、橋場町及び加賀二俣  に自動車駅が存在した。また、国鉄バス運行の拠点として、金沢自動車営業所  (広岡)及び同福光派出所(福光町内)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、名金線  (2)には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    金沢〜森本〜福光 9往復(所要1時間15〜25分)    金沢〜森本〜深谷元湯 下り3本・上り4本(所要28〜35分)    金沢〜森本 5〜15分毎(所要20分)     金沢発 始発帯 0610,0635,0650,0710,0730         終発帯 2000,2010,2025,2045,2100,2130     森本発 始発帯 0648,0706,0712,0720,0726         終発帯 2018,2021,2044,2056,2103,2141    金沢〜医王口〜見上山荘 2往復(所要45分)       金沢〜医王口 3往復(所要35〜40分) 3.2 旅から30年 ・1985(S60)年12月20日に高田〜山王町2丁目〜東長江が開業した。 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、福光西町〜土山〜上  砂子谷が上砂子谷〜小又西口に変更され(小又西口〜湯谷温泉口〜福光西町は  これまでに廃止された模様)、森本〜才田が森本〜才田〜八田(末端がループ  状となった。補足「民営化直後の才田地区の路線」を参照)に、金沢〜北安江  が金沢〜広岡(広岡〜北安江は廃止)にそれぞれ変更された。また、太美山線  は「福光・立野脇間」となり立野脇以遠が削除された(併せて、名金急行線の  福光〜荒田町島が削除され、起点が福光となった)。さらに医王山線では十全  病院前〜小立野が認知された。 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、名金急行線はJR東海バス及び西日本JR  バス(形式上は名古屋〜金沢は両社の共管)に継承された。 ・民営化当時(1987(S62)年4月1日)の「自動車線普通旅客運賃表」の医王山線  の項には古屋谷〜加賀二俣〜田の島のみ掲載されており、田の島〜医王口〜小立  野〜武蔵ヶ辻及び医王口〜見上山荘の両区間はこの時までに廃止された模様で  ある。(注:1988(S63)年3月に「橋場町〜医王山口〜見上山荘」休止とする文  献(同人誌)もあるが、他資料に基づく内容と整合しないので誤りと解する。) ・1987(S62)年6月1日に八田北〜農業試験場前が開業した。 ・1990(H2)年4月末限りで福光〜城端が休止された。 ・1991(H3)5月27日に広岡発着便が金沢駅西口に乗入れを開始した。同年12月21日  に西太美〜アローザスキー場が開業した。 ・1994(H6)年9月末限りで上砂子谷〜小又西口が廃止された。 ・2001(H13)年12月1日、福光〜立野脇及び西太美〜アローザスキー場が廃止された。 ・2003(H15)年12月1日から農業試験場前系統は全て才田経由となって試験場口は廃  止された(八田北〜試験場口〜農業試験場前が廃止され、才田〜農業試験場前が  開業)。 ・2004(H16)年6月7日、御所新橋の開通に伴って鳴和〜星稜高校〜御所町〜高田の  経路が新設された。他方、2005(H17)年3月7日から長江口〜東長江の運行がなく  なった(小二又方面は全便が山王団地経由となった)。 ・2007(H19)年3月1日から金沢地区でオンデマンドバスの運行が開始された。これ  に伴って、オンデマンドルートとして、高田〜星稜女子短期大学前〜御所一丁目〜  御所町会館前〜御所一丁目、福久東〜金沢サティ前〜大場新町の各区間が開業した。  同時に、古屋谷〜田の島及び東長江〜小二又が全便デマンド化された。また、堅田  町〜中尾〜小池〜鳴瀬間の昼間の便がデマンド化された。 ・同年9月3日から2008(H20)年3月14日まで「東金沢駅周辺100円バス」が運行され  た。また、2008(H20)年3月15日から「牧線」の一部便が東金沢駅乗入れを開始した。 ・同年4月5日から「金沢ショッピングライナーまちバス」の運行(土日祝日のみ)  を開始した。同年11月からは「金沢ふらっとバス」の長町ルートの運行を開始した。 ・2011(H23)年4月8日に武蔵ヶ辻〜香林坊〜広坂〜兼六園下〜兼六元町〜橋場町が  開業した。また、このダイヤ改正からオンデマンド予約を廃止し、旧オンデマンド  ルートも予約なしで乗車できるようになった。これは、オンデマンドシステムで運  行した結果、各デマンドルートでほとんどの便に運行要請が入り、オンデマンドの  メリットである不定期運行にならなかったため、定期運行化したものである。 ・2015(H27)年1月31日から金沢〜香林坊〜兼六園下〜橋場町〜山の上〜東山〜橋場町  〜尾張町〜金沢の循環バスが運行開始した。 ・2015(H27)年6月現在、名金線(2)は、金沢〜福光の他、牧方面、才田方面、中尾方面  及び田の島方面等の枝線が西日本JRバスによって運行されている。 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、名金線(2)には接続駅(城端、  福光、森本及び金沢)の他に、橋場町、太美山及び加賀二俣に第二種委託駅(  自動車駅)が置かれていた。 ※補足 民営化直後の才田地区の路線 ・1987(S62)年6月頃の「名金線路線図」には、才田地区の路線は次のように描  かれていた。(この路線図には八田北〜農業試験場前は1987(S62).6.1開業と  あるので、1987(S62)年6月頃のものと推定した。)      ○農業試験場前      |  試験場口○      +−−○−−○才田口   八田北○  才田 |      |     ○忠縄      |     |  加賀八田○−−−−−○寿光苑前      |     ・      |     ・ 湖陽住宅   八田東○・・・・・・・・●・・・      |   ・       ・      |   ・・・・・●・・・    大場○       湖陽一丁目      | 福久東  大場新町○−−○−−○森本支所前            |         森本◎+−>福光            |            V           金沢  この路線図によると、加賀八田〜寿康苑前〜才田は1986(S61).11.20開業、八  田北〜農業試験場前は1987(S62).6.1開業とあった。 ・1991(H3)年頃の「名金線停留所一覧」には、才田地区の路線は次のように描か  れていた。(この路線図には、金沢駅西口(1991(H3).5.27開業)は載っている  が、アローザスキー場(1991(H3).12.21開業)が載っていないので、1991(H3)  年頃のものであると推定した。)      ○農業試験場前      |  試験場口○      +−−○−−○才田口   八田北○  才田 |      |     ○忠縄      |     |  加賀八田○−−−−−○寿光苑前      |     |      |     | 湖陽住宅   八田東○−−−+−+−−○−−・      |   |       |      |   ・−−−−○−−・    大場○       湖陽一丁目      | 福久東  大場新町○−−○−−○森本支所前            |         森本◎+−>福光            |            V           金沢

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【510】大野線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇大野線   大野本線    1 大野三番−向小駄良    2 君ヶ代橋−中の出−中休    3 谷戸口−中竜   石徹白北線    1 朝日橋−下在所 1.2 路線略図                        ○下在所                        |      鳩ヶ谷         君ヶ           朝日・       ↑    越前大野 代橋  中休 谷戸口   橋/        | 美濃白鳥   ○−−◎−−−○−−−○−−○−−◎−○−−○−−○−−−○−>  大野三番    |中の出|  | 九頭竜  白馬 油坂峠 向小駄良          ・−○−・  | 湖駅前  洞口               中竜○  ※美濃白鳥〜向小駄良〜鳩ヶ谷は、名金線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・大野本線1 向小駄良〜九頭竜湖駅前〜中休 ・大野本線2 中休〜中の出〜君ヶ代橋 ・大野本線1 君ヶ代橋〜越前大野 2.2 掲載 ・29日目 7/9(火) S61.4号 7.中部編 単行本 p149〜150 ・単行本のみ 九頭竜湖駅前駅の写真 2.3 行程 ◇美濃白鳥1302→1515大野自営 大野線 331-5002(いすゞBA05N)                            美濃白鳥発 大野三番行 ◇大野自営1743→1817越前大野 「友兼線」循環 531-604(いすゞBU10P)                            大野三番発 大野三番行 2.4 エピソード ・大野三番行きは山村を縫いながら福井県境へ向かって険しい登りで鉄砲水の跡が残る。  油坂峠を越えると改修工事が行われており、夫婦連れが運転士に頼み、峠を越えたと  ころで降りた。炭鉱離職者で北海道から工事現場へ出稼ぎに来ているとのこと。 ・九頭竜湖は、渇水期にはダムに沈んだ旧道の橋などが湖底に姿を見せるという。九頭  竜ダム、鷲ダムを見て九頭竜湖駅前で休憩。駅前をあとに谷戸口からトンネルをくぐ  り中竜へ寄り道。落石覆いだらけの悪路を行き、三井金属中竜鉱山社宅の人たちの便  をはかるためだが、利用者は2人だけ。 ・「友兼線」は夕方まで便がないとの運転士情報で大野へ向かう。勧められるままに大  野自動車営業所まで乗せてもらい、待ち時間に営業所の自転車を借りて大野市街地を  一回り。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・大野線は、1944(S19)年9月10日に大野口〜越前大谷、谷戸口〜中竜が貨物路線として  開業し、1947(S22)年10月10日に大野三番〜越前朝日〜越前大谷〜美濃白鳥、谷戸口〜  中竜が旅客営業を開始したのがルーツで、京福電鉄大野三番と越美南線美濃白鳥を結ぶ  鉄道先行及び短絡路線としての使命を有する他、地方産業の発展助長も使命としていた。 ・1948(S23)年2月5日から大野町〜西谷村、下穴馬村〜石徹白村の区間貨物運輸が開始  された(1952(S27)年9月1日廃止)。 ・1951(S26)年11月20日に勝原口〜鳩ヶ湯(後の白山線)が開業した。 ・1952(S27)年9月1日、貨物路線として西谷線(大野口〜上秋生、中島〜温見)と石徹白  線(越前朝日〜檜峠)が開業した。石徹白線は1953(S28)年7月5日から朝日橋〜石徹白  で旅客営業を開始した。 ・1955(S30)年8月5日に荷暮口〜池ヶ島、1957(S32)年2月20日に中休〜荒島スキー場前  (期間限定運行)、同年4月12日に越前大谷〜上伊勢の各区間が開業した。 ・1960(S35)年12月15日、鉄道の越美北線(南福井〜越前大野〜勝原)の営業開始と同時に、  春日〜越前大野〜菖蒲池(南回り)が開業し、越前大野駅への乗入れが開始された。 ・「交通年鑑1963(S38)年版」には、旅客の結合輸送について、次のように述べ  られていた。   ◇鉄道・自動車とも座席確保の上、旅客を目的地まで輸送する、いわゆる    結合輸送をサービス向上と旅客誘致の面から実施している。   ◇本年度においては、襟裳を中心の「えりも号」、塩原を中心の「なすの    号」「奥塩原号」、草津を中心に「草津1・2号」「草津いでゆ号」と、    房総白浜海岸を中心に「房総1号」「京葉1号」と、御母衣ダムを中心    に「御母衣号」との間に結合輸送を実施した。 ・1963(S38)年10月10日に京福大野〜寺町〜越前大野が開業した。 ・鷲ダム(1968(S43)年5月)、九頭竜ダム(1968(S43)年7月)の竣工に伴い、1968(S43)  年12月26日に、影路〜上半原、越前大谷〜上伊勢、荷暮口〜池ヶ島の各区間が廃止され  て、影路〜越前大谷〜白馬洞口〜下半原〜上半原が開業した。 ・1970(S45)年12月23日に、京福大野〜春日〜越前大野(南回り)、春日〜君ヶ代(南回り)  が廃止された。 ・1972(S47)年12月15日に越美北線(鉄道)勝原〜九頭竜湖が延伸されたのに伴い、1973(S48)  年5月1日、谷戸口〜朝日橋が廃止され、谷戸口〜九頭竜湖駅前〜朝日橋が開業した。 ・1975(S50)年11月1日に東中〜中挟〜合同庁舎前が開業した。 ・1976(S51)年7月1日に石徹白北線の九頭竜湖駅前〜貝皿が廃止されて、朝日橋〜貝皿が  開業した。同年10月1日に貨物路線の西谷線が廃止された。 ・1977(S52)年1月4日に大野三番〜合同庁舎前が開業した。 ・1979(S54)年4月23日に白山線(勝原口〜鳩ヶ湯)が廃止された。 ・1983(S58)年5月1日、大野三番〜東中、中の出〜荒島の両区間が廃止されて、君ヶ代橋  〜中の出が開業した。 ・1985(S60)年当時、自動車駅として(自)九頭竜湖駅前駅が存在し、越美北線九頭竜湖駅  の業務も行っていた。また、国鉄バス運行の拠点として、大野市内に大野自動車営業所  を設けていた。 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年夏ダイヤでは、大野三番〜美濃白鳥1.5往復、美濃白鳥→九頭竜湖駅前  1本、大野三番〜九頭竜湖駅前1.5往復、大野三番〜勝原遊園2往復、大野三番〜  中休4往復、友兼線循環1.5往復、九頭竜湖駅前〜中竜口5往復、石徹白北線九頭竜  湖駅前〜朝日前坂2往復が設定されていた。 ・国鉄末期の1987(S62)年1月末で大野自動車営業所(1986(S61)年11月1日から金沢  自営大野支所に組織変更※)の廃止に伴って、君ヶ代橋〜中の出〜中休、谷戸口〜  中竜、朝日橋〜朝日前坂が廃止された。存続区間は美濃白鳥自動車営業所に移管さ  れたが、国鉄最末期の1987(S62)年3月28日限りで大野三番〜九頭竜湖駅前の廃止  公示がなされた。 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、向小駄良〜九頭竜湖駅前、白馬洞口〜白馬洞が  JR東海バスに継承され、冬季を除く季節運行が行われてきたが、2002(H14)年9  月末限りで全廃された。 3.3 旅の考察 ・石徹白北線は、1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正により朝日橋〜  朝日前坂に短縮されている。1983(S58)年夏ダイヤで石徹白北線は九頭竜湖駅前〜朝  日前坂に2往復が設定されていたので、この時点で既に朝日前坂〜下在所は長期休  止中の模様である。 ・大野本線白馬洞口〜白馬洞は、同じ「国鉄自動車路線名称」全面改正で認知された。 ・大野自動車営業所では、定期観光バス「奥越秘境めぐり」を運行していた。1986(S61)  年夏ダイヤでは、4/29、5/3〜5、10/19、26の6日間次の行程での運行だった。    越前大野1015→九頭竜峡1035→1100自然木の家1120→1135九頭竜ダム1155→    1210白馬洞1300→1305夢のかけ橋1325→1331穴馬総社1345→1400穴馬民族館    →グリーンセンター1445→1535越前大野 ※ 謝辞 ・1986(S61)年11月1日の大野自動車営業所から金沢自営大野支所への組織変更、1987  (S62)年1月末限りでの金沢自営大野支所の廃止について、もりさけてん様からご教  示を頂きました。感謝申し上げます。 ※補足 福井豪雨に伴う越美北線代行輸送について ・2004(H16)年7月18日の福井豪雨で足羽川の5つの橋梁が流失したため、越美北線は  越前花堂〜越前大野が不通となった。同年9月11日には不通区間が一乗寺〜美山と  なり、越前東郷〜美山に代行バスが運行された。 ・2005(H17)年6月13日から代行輸送は西日本JRバスの担当となり、美山駅構内に  金沢営業所美山派出所を設けて輸送に当たった。 ・約3年にわたる復旧工事を経て、2007(H19)年6月30日に越美北線は全線運転再開  し、その前日限りで代行バスの運行を終えた。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【511】金津三国線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇金津三国線    1 芦原温泉−芦原湯町 1.2 路線略図   芦原湯町○−−−◎芦原温泉 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・国鉄バス金津三国線は、1968(S43)年の国鉄諮問委員会勧告による国鉄ローカル  線撤去(いわゆる「赤字83線」)の一環として廃止された国鉄三国線(金津(  →芦原温泉)〜芦原(→芦原湯町))の代替輸送を行うため、1972(S47)年3月1日  に開業した。 ・路線の性格は、芦原温泉への湯治客など観光路線的な要素もあるが、生活路線的  な面を兼ねており、朝夕の通勤・通学輸送は活況を呈していたとされる。鉄道線  芦原駅跡には自動車駅芦原湯町駅が設けられた(大野自営芦原派出所を併設)。 ・1985(S60)年8月現在のダイヤでは、下りが0640〜2150、上りが0645〜2135の間  で7〜19時台は10〜15分毎に運行されていた。始発・終発時間帯の国鉄バス便  は次の通り設定されていた。    始発帯 芦原温泉0700→0710芦原湯町 芦原湯町0645→0655芦原温泉            0730→0740         0715→0725                          0730→0740    終発帯 芦原温泉1900→1910芦原湯町 芦原湯町1945→1955芦原温泉            1955→2005         2025→2035            2050→2100         2135→2145            2150→2200 3.2 旅から30年 ・大野自動車営業所(1986(S61)年11月1日から金沢自営大野支所に組織変更し、  併せて大野自営芦原派出所も金沢自営大野支所芦原在勤に変更※)及び管内路  線は、国鉄民営化に先立って1987(S62)年1月末限りで廃止された。 ・1987(S62)年1月末限りで金津三国線は廃止された。 ※ 補足 ・代替輸送とは、前述の国鉄ローカル線(「赤字83線」)撤去に伴い、鉄道路盤  と並行する一般道路を運行し、一般のバス賃率を適用している路線の輸送のこ  とであり、国鉄自動車は5路線を担当していた。 ・国鉄三国線(鉄道)の廃止に伴い、並行道路にバス運行を行っている京福電鉄  バスに旅客輸送を委ねるべく地元折衝を行ったが、地元は国鉄バスの運行を強  く要望した。何回か折衝を行った結果、同区間の並行道路に国鉄バス25往復(  新設)、京福電鉄バス35往復(従前より11往復増発)の計60往復が1972(S47)年  3月1日から鉄道代替バスとして運行された。 ・金津三国線(鉄道代行バス)は途中停留所を設けず急行運転だった。 ※ 謝辞 ・1986(S61)年11月1日から、大野自動車営業所を金沢自営大野支所に、大野自営  芦原派出所を金沢自営大野支所芦原在勤に組織変更がなされたこと、1987(S62)  年1月末限りで金沢自営大野支所、金沢自営大野支所芦原在勤が廃止されたこと  について、もりさけてん様からご教示を頂きました。感謝申し上げます。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【512】宝達線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇宝達線   宝達本線    1 森本−七尾   羽咋線    1 高松−今浜支所前    2 高松−高松町    3 八野−木ノ窪    4 河原−宝達口 1.2 路線略図          ・−−−◎七尾         /        ・   今浜支所前|  河原     ○−−+◎−○−−−○宝達口       / 宝達|      ・    |   高松町|高松  |  上河合    ○−◎−−−−○−−−○−−○木ノ窪      |    八野      |      |      |      |      ◎森本 ※当時、森本〜七尾は長期休止中の模様 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・宝達線は、1957(S32)年6月1日に、羽咋線高松〜宝達〜羽咋、高松〜高松  町、八野〜上河合として開業したのがルーツで、併せて、1955(S30)年3月  1日に開業した森本〜七尾が奥能登線から分離されて宝達本線となった。 ・宝達線は、七尾線の補完と沿線地域の開発を使命としていた。 ・1958(S33)年11月15日に上河合〜木ノ窪が延長された。 ・1963(S38)年5月1日に羽咋線宝達〜宝達口が開業した。 ・1966(S41)年9月15日に森本〜舟橋が加賀二日市経由から津幡駅前経由に変  更された。 ・1971(S46)年6月21日に羽咋線今浜支所前〜羽咋が廃止された。 ・1985(S60)年当時は、森本〜七尾、高松〜高松町、宝達〜今浜支所前は長期  休止中の模様で(宝達〜今浜支所前は1978(S53)年3月1日から休止※)、  1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正でこれらの区間は削除  されていた。 ※補足 夜行急行バス「のと号」と宝達線の推移 ・森本〜七尾は、金沢〜能登飯田の夜行急行バス「のと号」の運行開始に合わ  せて1955(S30)年3月1日に開業し、途中停留所は津幡駅前のみ設置された。  同区間では、1957(S32)年6月1日(羽咋線の開業日と同じ)に、森本〜津幡  駅前の間に森本大橋、加賀今町、利屋町の3か所、津幡駅前〜七尾の間に本  津幡口、本宇野気、遠塚、加賀木津、高松の5か所の停車場が設置された。 ・「交通年鑑1961年版」には、中長距離急行便の設定は1957(S32)年の基本方針に  も謳われており、現在急行便を運行している主要路線は次の通りであって、地方  都市間連絡に活躍していると述べられていた。    能登飯田〜金沢 158km 1往復(夜行便) ・1960(S35)年6月の金沢鉄道管理局監修時刻表の国鉄自動車線の頁には、「夜  間急行バスのと号」のダイヤが次のように載っていた。  (下り)    金沢2300→津幡駅前2333→七尾0128→0258穴水0308→宇出津駅前0433→    松波0533→0600能登飯田  (上り)    能登飯田2300→松波2327→宇出津駅前0029→0152穴水0202→七尾0337→    津幡駅前0528→0600金沢 ・同じ時刻表では、金沢〜森本〜高松・今浜支所前の普通便として次の2往復が  夜間に設定されていた。  (下り)    金沢2115→森本2136→津幡駅前2153→本宇野気2216→2232高松                           (2316今浜支所前)    金沢2210→森本2231→津幡駅前2248→本宇野気2311→2327高松  (上り)    高松2100→本宇野気2116→津幡駅前2139→森本2156→2218金沢    高松2130→本宇野気2146→津幡駅前2203→森本2226→2248金沢 ・宝達線の運行は当初金沢自動車営業所(本所)が担当し、上記の夜間普通便  は出入庫便を兼ねた運用と思われる。宝達線のバス運行拠点として、1966(S41)  年5月26日に金沢自営高松在勤が設けられた(※)。宝達線の全廃とともに、  高松在勤も1987(S62)年3月20日に廃止された(※)。 3.2 旅から30年 ・宝達線は、国鉄最末期の1987(S62)年3月20日に全廃された(※)。なお、廃  止公示は3月28日(3月29日付けで廃止)になされた。 ※ 謝辞  金沢自営高松在勤の設置及び廃止、宝達線の一部休止、宝達線の全線廃止日  について、もりさけてん様からご教示を頂きました。感謝申し上げます。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【513】米原線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇米原線    1 木ノ本−土倉 1.2 路線略図      Λ敦賀      |   海津 |   <−−◎−−−−−−○………○      ・木ノ本  金居原  土倉      ・      ∨米原・名神彦根  ※金居原〜土倉は、休止中  ※海津〜木ノ本は、琵琶湖線  ※木ノ本〜敦賀は、柳ヶ瀬線 3. 路線解説 3.1 1985(S60)年当時の運行状況 ・滋賀県木ノ本町〜杉野村は、1948(S23)年2月5日〜1949(S24)年3月14日の間、  区間貨物運輸が行われていた。 ・米原線は、1949(S24)年3月15日に琵琶湖線の支線として木ノ本〜土倉が開業  したのがルーツで、1962(S37)年に米原線の支線である杉野線となった。その  後、1976(S51)年2月1日に米原本線(木ノ本〜米原)の廃止に伴って、新たに  米原線と改称された。同線は、沿線地方の産業・文化の発展助長を使命として  いた。 ・1949(S24)年9月現在のダイヤでは、米原線(木ノ本〜土倉)には次のような  便が設定されていた。    木ノ本〜土倉 2.5往復(所要1時間)    木ノ本〜近江川合 1.0往復    木ノ本〜金居原 1.0往復    木ノ本〜杉野 3.0往復    木ノ本〜古橋 3.0往復 ・1954(S29)年9月訂補のダイヤでは、米原線(木ノ本〜土倉)には次のような  便が設定されていたのを確認できる。    木ノ本〜土倉 3.0往復(所要1時間)    木ノ本〜金居原 2.0往復    木ノ本〜杉野 1.0往復 ・1961(S36)年7月現在のダイヤでは、米原線(木ノ本〜土倉)には次のような  便が設定されていたのを確認できる。    木ノ本〜土倉 次のように下り6本・上り5本    (下り)      木ノ本0630→0720土倉      木ノ本0715→0805土倉      木ノ本0900→0950土倉      木ノ本1205→1255土倉      木ノ本1500→1550土倉      木ノ本1922→2012土倉    (上り)      土倉0725→0820木ノ本      土倉0842→0932木ノ本      土倉1015→1105木ノ本      土倉1310→1400木ノ本      土倉1600→1650木ノ本      木ノ本1922→2012    木ノ本〜金居原 2.0往復    木ノ本〜川合 上り1本 ・1982(S57)年6月時点で、金居原〜土倉は長期休止中であった。 ・1976(S51)年の時点では(自)木ノ本が自動車駅として存在していた。 ・1985(S60)年当時、国鉄バス運行の拠点として、木ノ本に近江今津自営木ノ本  支所が置かれていた。 3.2 旅から30年 ・米原線は、国鉄民営化及び自動車分離を経て、長期休止中の金居原〜土倉を  含めて西日本JRバスに継承された。 ・その後、米原線は1995(H7)年10月1日に全線廃止された。 ※補足「米原線・浅井線の誕生と終焉」 ・浅井線は、琵琶湖線の支線として、1952(S27)年4月5日に近江山本〜虎姫〜  近江高山が開業したのがルーツで、1955(S30)年8月5日には高畑〜小室(北  回り)が開業した。 ・1962(S37)年11月1日から浅井線は米原線の支線に所属替えされた。 ・1963(S38)年4月20日に、浅井線高畑〜近江谷口が開業した。 ・1966(S41)年9月29日に、浅井線(西阿閉〜高月駅前、伊部南口〜田部、阿弥  陀橋〜高月駅前)は、近江鉄道へ移譲するため廃止された。 ・一方、米原線(初代)は、1961(S36)年5月22日に木ノ本〜米原が開業した。 ・1962(S37)年11月1日から、米原線には琵琶湖線の支線が編入され、杉野線、  中河内線(後に柳ヶ瀬線に編入)、浅井線を擁し、木ノ本〜米原は米原本線  に改称された。 ・1968(S43)年12月16日、米原線米原〜名神彦根が開業した(1975(S50)年7月  31日廃止)。 ・1976(S51)年2月1日に米原本線(木ノ本〜米原)は廃止された。 ※補足 国鉄バス浅井線の譲渡について ・「交通年鑑1967(S42)版」には、民営事業者と競合している路線では、必ずしも  国鉄の経営することを必要とせず、むしろ民営事業者が総合的に経営すること  により能率的運営のできる路線については、逐次民営事業者に譲渡する方針に  基づき、昭和41年7月31日付けで浅井線32.5kmを近江鉄道へ譲渡したと述べら  れている。 ・「国鉄線寸描−国鉄自動車浅井線の譲渡」(『国鉄線』1966(S41)年10月号所収)  によると、かねて協議が進められていた浅井線の譲渡について、相手事業者であ  る近江鉄道と利用者である地元住民との三者の間で了解点に達したので、7月31  日限りで国鉄自動車は事業を廃止し、8月1日より近江鉄道が事業を開始し、実  質的に譲渡が成立することとなったとある。 ・これは、名神の公聴会で国鉄総裁が「国鉄は幹線国道を中心としたバス事業を民  営事業者と協調して運営する方針であるが、その際、民営事業者と競合している  路線で国鉄バスの経営を必要とせず、むしろ民営事業者が総合的に経営すること  によって能率的な運営ができる路線については、逐次これを民営事業者に譲渡し  ていきたいと考えている」との見解を明らかにしたことを受けたものであった。 ・本路線については、沿線地方の中心地は長浜であるのに、浅井線は虎姫までであ  るために旅客は北陸本線への乗り換えの不便があること、付近に並行して近江鉄  道のバス路線がありそのほとんどが長浜中心の系統であることから、不採算路線  であった。従って、浅井線についても近江鉄道が吸収して総合的に運営すること  が合理的であり、地元住民としても利便性向上となるので、三者で協議を重ね意  見が一致したものである。 ・こうした国鉄自動車路線の民営譲渡は、浅井線が第1号であった。 ※補足「
米原線の運行状況の推移」 ※補足「米原線・浅井線の誕生と終焉 (2)
1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【514】琵琶湖線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇琵琶湖線   琵琶湖本線    1 弘川口−木ノ本    2 北深清水−近江中庄駅前−知内    3 西浜−知内−近江今津    4 近江大浦−菅浦    5 黒山口−永原駅前    6 八田部口−塩津北口   マキノ線    1 マキノ役場前−北マキノ−海津    2 小荒路−疋田   敦賀線    1 塩津北口−曽々木 1.2 路線略図                        疋田  曽々木                  敦賀◎−−−○−−−−○−−○刀根                        |    :  |                      駄口○ 麻生口○  |                        |    :  |                      国境○ 新道野○  ○雁ヶ谷                        |    :  |              北マキノ○−・   ・    :  |                  +  \ /     :  |    上中・小浜        /|   ○小荒路   :  |      Λ      マキノ/ |   |      :  |      |      栗園○  |   |      :  |      |       /   ○上開田|    沓掛○  ○中ノ郷      |北深清水  /   /    |      :  |   弘川口○−○−+−+−○−+     |      :  |      |   |  マキノ|     | 永原   :  |  近江◎−+近江中○  役場前|     | 駅前   :  |  今津  :庄駅前: (←蛭口)○マキノ  ・  ○ 八田:  |      :   :     |駅前  /   | 部口:塩津|  <・・・+………+…○………○   ○海津  ○−○−○北口|  浜大津      知内  西浜\ /|北口 /黒 :/|  |                  ○ ・−−○ 山 ○ |  |                  海津  近江\口 月出|  |                      大浦 \   ・−−◎木ノ本                          ○菅浦   |                                V                               金居原                               土倉  ※近江中庄駅前〜知内、西浜〜知内〜近江今津、八田部口〜月出〜塩津北口、   塩津北口〜曽々木は、休止中  ※マキノ役場前〜マキノ栗園〜北マキノは、路線名称に無い  ※木ノ本〜金居原〜土倉は、米原線  ※木ノ本〜曽々木〜疋田〜敦賀は、柳ヶ瀬線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・マキノ線2 疋田〜小荒路口〜小荒路 ・マキノ線1 小荒路〜マキノ北学校前〜北マキノ〜マキノ役場前 ・琵琶湖本線1 マキノ役場前〜海津〜近江大浦〜塩津北口〜木ノ本 2.2 掲載 ・25〜26日目 7/5(金)〜7/6(土) S61.3号 6.近畿編(下) 単行本 p130〜136 2.3 行程 ○岡山1605→1640小荒路口 柳ヶ瀬線1+マキノ線2 敦賀発 疋田経由 近江今津行                           537-6411(日野RC300) ○小荒路口1711→1730マキノ役場前 マキノ線 国境発 近江今津行(北マキノ経由)                          538-5473(日産デP-U32L) ・(マキノ役場前→マキノ→敦賀) △敦賀820→小荒路 柳ヶ瀬線1+マキノ線2 敦賀発 近江今津行 ・(小荒路→海津北口→近江今津→マキノ役場前) ○マキノ役場前1320→1413木ノ本 琵琶湖本線 近江今津発 木ノ本行                         531-2974(いすゞK-CJA520) ・欠落 マキノ線1 小荒路〜マキノ北学校前 路線廃止(経路変更) 2.4 エピソード ・近江今津行きバスは旧道へ寄って小荒路三差路にかかると、運転手がブレーキ  を踏んだ。「本当は本線のバスは、ちょっと先の小荒路まで停留所はないんだ  が、北マキノ経由はここで曲がって小荒路口に停まるから降りた方がいい。」  三差路で分かれる県道は新しく、小荒路からの旧道を付け替えたのに、マキノ  線メインルートのバス停手直しがなされていなかった。 ・木ノ本行きバスのお客は数えるほど。海津北口から湖岸に沿い、国道303号線  を行く。湖と別れる近江大浦からは木ノ本と結ぶ区間便が多くなった。賤ヶ岳  トンネルを抜けて大病院前の乗り場に寄ると、少しずつ増えていたお客が大量  下車。 2.5 旅の考察 ・1985(S60)年当時は、マキノ線のマキノ役場前〜マキノ栗園〜北マキノは「自  動車線普通旅客運賃表」には載っていなかった。なお、マキノ役場前〜北マキ  ノは、マキノ線本線経由(3.9km)の方がマキノ栗園経由(3.5km)よりも長かった。 3. 路線解説 3.1 1985(S60)年当時の運行状況 ・琵琶湖線は、1940(S15)年8月10日に若江線の支線として弘川口〜木ノ本、蛭口  〜北牧野が開業したのがルーツである。 ・1940(S15)年8月開業時のダイヤでは、琵琶湖線に次のような便が設定されていた。    近江今津〜木ノ本 5往復    (下り)      近江今津0800→1005木ノ本 671便      近江今津1015→1220木ノ本 673便      近江今津1332→1537木ノ本 675便      近江今津1540→1748木ノ本 677便      近江今津1715→1928木ノ本 679便    (上り)      木ノ本0805→1010近江今津 670便      木ノ本1020→1225近江今津 672便      木ノ本1325→1530近江今津 674便      木ノ本1619→1815近江今津 676便      木ノ本1815→2020近江今津 678便    近江今津〜海津 3往復    近江今津〜北牧野 3往復    木ノ本〜岩熊 1往復 ・水谷昌義(2010)「国鉄自動車路線網の盛衰−(V)戦時期2−」(『東京経大  学会誌(経営学)』268号(2010年11月10日)所収)によると、戦時中、省営  自動車が貨物主体となり、旅客区間が休止される中、琵琶湖線蛭口〜北牧野が  1941(S16)年8月10日から旅客運行が休止された。 ・戦後の1949(S24)年9月現在のダイヤでは、琵琶湖線に次のような便が設定され  ていた。    近江今津〜木ノ本 4往復    (下り)      近江今津0635→0825木ノ本      近江今津0900→1050木ノ本          近江今津1310→1502木ノ本          近江今津1620→1810木ノ本        (上り)      木ノ本0730→0920近江今津      木ノ本0930→1120近江今津          木ノ本1330→1520近江今津          木ノ本1715→1905近江今津        近江今津〜海津 5.5往復    近江今津〜北牧野 2.5往復    近江大浦→蛭口 0.5往復    蛭口→北牧野 0.5往復     塩津浜〜木ノ本 5往復    近江大浦〜木ノ本 1往復 ・1951(S26)年10月8日に敦賀線塩津北口〜敦賀が開業し、翌1952(S27)年2月1日  に近江今津〜知内〜西浜、北牧野〜海津が開業した。 ・1952(S27)年4月訂補のダイヤでは、琵琶湖線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    近江今津〜木ノ本 4.5往復    (下り)      近江今津0700→0840木ノ本      近江今津0910→1050木ノ本          近江今津1240→1420木ノ本          近江今津1435→1615木ノ本      近江今津1620→1800木ノ本        (上り)      木ノ本0715→0855近江今津      木ノ本1230→1410近江今津          木ノ本1520→1700近江今津          木ノ本1700→1840近江今津    近江今津〜海津 6.5往復    塩津浜〜木ノ本 下り2本・上り4本    木ノ本→海津 0.5往復    木ノ本〜敦賀 2.0往復(※塩津浜、沓掛、麻生口経由)     (下り)      木ノ本0830→0956敦賀      木ノ本1522→1653敦賀      (上り)      敦賀0820→0950木ノ本      敦賀1430→1605木ノ本    木ノ本〜沓掛 2.0往復    麻生口〜敦賀 3.0往復 ・その後、1954(S29)年2月11日に剣熊役場前(→小荒路)〜路原が開業した。 ・1954(S29)年9月訂補のダイヤでは、琵琶湖線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    近江今津〜木ノ本 5往復    (下り)      近江今津0655→0830木ノ本      近江今津0900→1035木ノ本          近江今津1130→1305木ノ本          近江今津1445→1620木ノ本      近江今津1720→1855木ノ本    (上り)      木ノ本0735→0910近江今津      木ノ本1100→1235近江今津          木ノ本1240→1425近江今津          木ノ本1510→1645近江今津      木ノ本1705→1840近江今津    近江今津〜海津 下り6本・上り4本    近江大浦〜木ノ本 1往復    塩津浜〜木ノ本 上り1本    木ノ本〜敦賀 3往復(※塩津浜、沓掛、麻生口経由)    (下り)      木ノ本0855→1011敦賀      木ノ本1240→1352敦賀      木ノ本1535→1647敦賀    (上り)      敦賀0710→0822木ノ本      敦賀1225→1339木ノ本      敦賀1500→1630木ノ本    木ノ本〜沓掛 下り1本    木ノ本〜集福寺 下り1本・上り3本    奥麻生口〜敦賀 2往復 ・1961(S36)年7月現在のダイヤでは、琵琶湖線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    近江今津〜木ノ本・米原 下り8本・上り9本    (下り)      近江今津0627→0800木ノ本      近江今津0700→0825木ノ本→0916米原      近江今津0805→0940木ノ本→1022米原          近江今津1004→1129木ノ本→1220米原          近江今津1215→1350木ノ本→1432米原      近江今津1325→1450木ノ本→1541米原      近江今津1525→1700木ノ本→1742米原      近江今津1720→1853木ノ本    (上り)           木ノ本0735→0908近江今津      米原0720→木ノ本0811→0936近江今津           木ノ本0910→1043近江今津          米原0925→木ノ本1016→1141近江今津          米原1130→木ノ本1214→1347近江今津           木ノ本1500→1633近江今津      米原1650→木ノ本1734→1907近江今津      米原1710→木ノ本1801→1926近江今津      米原1830→木ノ本1914→2047近江今津    近江今津〜海津 5往復    木ノ本〜敦賀 1往復(※塩津浜、沓掛、麻生口経由)    (下り)      木ノ本1050→1202敦賀    (上り)      敦賀1010→1122木ノ本    麻生口〜敦賀 3往復    市橋〜敦賀 4往復 ・琵琶湖線は、1962(S37)年に若江線から分離したが、湖西線開業前は北陸本線と  湖西地方とを連絡する唯一の交通機関として、地方産業・文化の発展助長を使命  としていた。 ・1963(S38)年12月1日に北深清水〜中庄東口〜知内が開業した。 ・1965(S40)年3月25日に路原〜疋田が開業した。 ・1969(S44)年6月1日に八田部口〜岩熊〜塩津北口が開業した。 ・1970(S45)年7月現在のダイヤでは、琵琶湖線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    近江今津〜木ノ本・彦根 6往復    (下り)      近江今津0700→0812木ノ本→0910彦根      近江今津0855→1005木ノ本          近江今津1230→1340木ノ本      近江今津1500→1631木ノ本      近江今津1600→1710木ノ本→1810彦根      近江今津1730→1840木ノ本    (上り)           木ノ本0725→0835近江今津           木ノ本1010→1120近江今津          彦根0948→木ノ本1048→1158近江今津           木ノ本1235→1345近江今津           木ノ本1530→1640近江今津           木ノ本1725→1835近江今津    近江大浦〜米原・彦根 上り1本    (上り)      彦根1850→木ノ本1950→2022近江大浦    名神彦根・木ノ本〜敦賀 1往復(※国道8号線経由)    (下り)      名神彦根1310→木ノ本1410→1512敦賀    (上り)      敦賀1020→1124木ノ本→1222名神彦根    近江今津〜敦賀 2往復    (下り)      近江今津1015→1131敦賀      近江今津1550→1706敦賀    (上り)        敦賀0820→0936近江今津      敦賀1740→1855近江今津 ・1972(S47)年11月現在のダイヤでは、琵琶湖線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    近江今津〜木ノ本・米原 7往復    (下り)      近江今津0653→0801木ノ本      近江今津0855→1008木ノ本→1054米原      近江今津1055→1203木ノ本      近江今津1230→1338木ノ本      近江今津1455→1603木ノ本      近江今津1555→1703木ノ本      近江今津1730→1838木ノ本    (上り)           木ノ本0700→0808近江今津           木ノ本0900→1008近江今津           木ノ本1025→1133近江今津      米原1144→木ノ本1235→1343近江今津           木ノ本1400→1508近江今津           木ノ本1533→1641近江今津           木ノ本1725→1833近江今津    近江今津〜敦賀 2往復    (下り)      近江今津1010→1126敦賀      近江今津1540→1656敦賀    (上り)      敦賀0820→0936近江今津      敦賀1730→1846近江今津 ・「国鉄自動車50年史」には、1974(S49)年度に、湖西線開通に伴い、鉄道並行路線  の削減を実施する一方、その輸送力で京阪神地区からの若狭湾観光ルートの形成  を図り、鉄道から一貫した観光旅客の誘致に努めたと述べられている。 ・1974(S49)年9月10日に近江大浦〜菅浦が開業した。 ・1975(S50)年1月改正のダイヤでは、琵琶湖線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    近江今津〜木ノ本 4往復    (下り)      近江今津0705→0817木ノ本      近江今津1050→1202木ノ本      近江今津1450→1602木ノ本      近江今津1735→1847木ノ本    (上り)      木ノ本0700→0812近江今津      木ノ本0855→1007近江今津      木ノ本1025→1137近江今津      木ノ本1725→1837近江今津    近江今津〜海津 下り8本・上り7本    近江大浦〜木ノ本 6往復    近江今津〜敦賀 2往復    (下り)      近江今津1012→1127敦賀      近江今津1540→1655敦賀    (上り)      敦賀0820→0935近江今津      敦賀1730→1845近江今津 ・1978(S53)年8月現在のダイヤでは、琵琶湖線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    近江今津〜木ノ本 4往復    (下り)      近江今津0700→0813木ノ本      近江今津1235→1347木ノ本      近江今津1540→1652木ノ本      近江今津1730→1842木ノ本    (上り)      木ノ本0717→0830近江今津      木ノ本0843→0956近江今津      木ノ本1025→1137近江今津      木ノ本1725→1838近江今津    近江今津〜海津 1往復    近江大浦〜木ノ本 6往復    近江今津〜敦賀 2往復    (下り)      近江今津1015→1130敦賀      近江今津1550→1705敦賀    (上り)      敦賀0820→0935近江今津      敦賀1730→1845近江今津 ・1982(S57)年11月改正のダイヤでは、琵琶湖線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    近江今津〜木ノ本 4往復    (下り)      近江今津0700→0815木ノ本      近江今津1235→1348木ノ本      近江今津1545→1658木ノ本      近江今津1745→1858木ノ本    (上り)      木ノ本0725→0840近江今津      木ノ本0843→0956近江今津      木ノ本1025→1138近江今津      木ノ本1725→1838近江今津    近江今津〜海津 下り3本・上り5本    近江大浦〜木ノ本 6往復    近江今津〜敦賀 2往復    (下り)      近江今津1015→1130敦賀      近江今津1400→1515敦賀    (上り)      敦賀0820→0935近江今津      敦賀1600→1715近江今津 ・1985(S60)当時の自動車駅として近江大浦駅が存在したが、1976(S51)年の時点で  は(自)木ノ本、(自)近江今津の各駅も存在していた。また、国鉄バス運行の拠点  として近江今津に近江今津自動車営業所が、木ノ本に木ノ本支所が置かれていた。 ・1985(S60)年8月現在のダイヤでは、琵琶湖線には次のような便が設定されていた  のを確認できる。    近江今津〜国境・敦賀 2往復    (下り)      近江今津0630→0710国境      近江今津1020→1135敦賀    (上り)      敦賀0820→0935近江今津      敦賀1600→1708近江今津    近江今津〜木ノ本 1往復    (下り)      近江今津1300→1413木ノ本    (上り)      木ノ本1105→1218近江今津    近江今津〜海津 5.5往復    木ノ本〜菅浦 4.5往復    木ノ本〜近江大浦 2.5往復 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正では、マキノ線の小荒路口  〜疋田が小荒路口〜国境に変更され、疋田〜駄口は柳ヶ瀬線に編入された。  この時点までに国境〜疋田が廃止されたものと思われる(同区間の廃止公示は  見当たらない)。 ・併せて、この全面改正では、マキノ線のマキノ役場前〜マキノ栗園〜北マキノ  が認知された。 ・それ以外の区間は、長期休止中の区間を含めて、国鉄民営化及び自動車分離を  経て、西日本JRバスに継承された。 ・1989(H1)年7月1日には、琵琶湖本線の木ノ本〜近江大浦、近江大浦〜菅浦及  び黒山口〜永原駅前、敦賀線の塩津北口〜曽々木が廃止された(この時の連絡  運輸基準規程別表「自動車線普通旅客運賃表」改正の通達では、長期休止区間  である、北深清水〜近江中庄駅前〜知内、西浜〜知内〜近江今津、八田部口〜  塩津北口の各区間も削除されていることから、これらの長期休止区間も、この  時点までに廃止されたものと解される)。 ・翌1990(H2)年7月1日には海津〜近江大浦が廃止され、1992(H4)年1月1日に  はマキノ線の小荒路口〜国境が廃止された。その後、1996(H8)年4月1日にマ  キノ線の残存区間である、マキノ役場前〜北マキノ〜海津と、マキノ役場前〜  マキノ栗園〜北マキノの両区間が廃止された。 ・さらに、1997(H9)年3月末限りで、最後まで残った弘川口〜海津が廃止され、  琵琶湖線は全廃となった。 3.3 各種考察 ・小荒路口停留所の手直しに関しては、1985(S60)年10月に国鉄自動車路線名称  の改正公示がなされており、小荒路〜疋田が小荒路口〜疋田に変更されていた。  なお、小荒路口の開駅公示は見当たらない。 ・1985(S60)年当時は、マキノ線のマキノ役場前〜マキノ栗園〜北マキノは「自動車線  普通旅客運賃表」には載っていなかった。なお、マキノ役場前〜北マキノは、マキノ  線本線経由(3.9km)の方がマキノ栗園経由(3.5km)よりも長かった。 ※補足「
琵琶湖線の運行状況の推移」 ※補足「小荒路口の謎解き
1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【515】柳ヶ瀬線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇柳ヶ瀬線    1 木ノ本−敦賀    2 木ノ本−坂口    3 中ノ郷−菅並    4 雁ヶ谷−中河内    5 宮前橋−杉箸 1.2 路線略図     敦賀◎−>新保       |     岡山○       |               ○中河内     鳩原○        ○杉箸   /       |  曽々木  /     /     疋田○−−−○−−○−○刀根 ○椿坂       |   : 宮前橋 \ /     駄口○   :   雁ヶ谷○ 下丹生   マキノ |   ○新道野   |  ○−−○菅並   役場前 |   :      | /   <−−−○小荒路:      |/       |   :   中ノ郷○   近江  |   :      |   今津  |   :      |   <−○−+−−−○−−−−−−◎木ノ本     海津   塩津北口    |                  ・−>金居原・土倉  ※塩津北口〜曽々木は、休止中  ※木ノ本〜金居原〜土倉は、米原線  ※弘川口〜海津〜塩津北口〜木ノ本、マキノ役場前〜小荒路〜海津、小荒路〜   疋田、塩津北口〜曽々木は、琵琶湖線  ※敦賀〜新保は、杉津線  ※弘川口〜近江今津は、若江線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・柳ヶ瀬線1 敦賀〜疋田 2.2 掲載 ・25〜26日目 7/5(金)〜7/6(土) S61.3号 6.近畿編(下) 単行本 p130〜132,135 ・連載誌 国道を走る柳ヶ瀬線バス、岡山停留所とバス 2.3 行程 ○敦賀1310→1328疋田 柳ヶ瀬線1 敦賀発 木ノ本行 531-0406(いすゞK-CJM520) ×疋田1500→1509岡山 柳ヶ瀬線1 敦賀行 531-0406(いすゞK-CJM520)                              ×岡山1605→1640小荒路口 柳ヶ瀬線1+マキノ線2             敦賀発 疋田経由 近江今津行 537-6411(日野RC300) ・(小荒路口→北マキノ→マキノ役場前→マキノ→敦賀) ×敦賀820→小荒路 柳ヶ瀬線1+マキノ線2 敦賀発 近江今津行 2.4 エピソード ・学校帰りの中学生で満員になった疋田行きバスは、左右に北陸本線の上下線を  従え、やがてループにかかる上り線の下をくぐって国道8号線を行く。疋田の  バス停はブリキ張りの掘立小屋のよう。検問所があり大型トラックがひっきり  なしに行きかう殺伐とした所だが、ちょっと引っ込んだ駐在所前に北陸本線  旧線の疋田駅跡がはっきり残っていた。 ・疋田からドライブインが見えた岡山まで引き返すと、園福線の車内で買った  金券回数券がすんなり使えた。 2.5 旅の考察 ・本文では「園福線車内で買った金券回数券が使えた」とあるが、園福線は近畿  地方自動車局管内であったのに対し、柳ヶ瀬線は当時中部地方自動車局管内で  あった。当時、東北地方で発売された「国鉄バスセット回数券」には、東北地  方自動車部管内の国鉄バス路線全線に有効である旨の注意書きがあったが、  本文の場合は、果たして有効だったのだろうか疑問が残る。なお、同じ時期に  関東地方で発売された国鉄バス回数券にはそのような注意書きはなかった。 3. 路線解説 3.1 1985(S60)年当時の運行状況 ・柳ヶ瀬線は、1951(S26)年10月8日に琵琶湖線の部敦賀線(塩津北口〜敦賀)の  一部として曽々木〜敦賀が開業し、1954(S29)年8月20日に琵琶湖線の支線(後  に中河内線)として木ノ本〜菅並が開業したのがルーツである。1956(S31)年11  月29日には中ノ郷〜中河内が開業した。 ・1957(S32)年に北陸本線木ノ本〜敦賀に新ルートで線路を増設し電化開業したが、  旧線は柳ヶ瀬線(鉄道)と改称し気動車運行を行った。しかし、沿線過疎化に  よる鉄道経営の悪さは甚だしく、1963(S38)年に疋田〜敦賀の鉄道営業を休止し  国鉄バスで代行したのを手始めに、1964(S39)年5月に柳ヶ瀬線(鉄道)を廃止  し、敦賀〜刀根、木ノ本〜雁ヶ谷を一般道利用により国鉄自動車が代行輸送を  開始した。 ・同年11月軌道撤去後の専用道路改修工事の完了に伴い、同年12月1日から国鉄  バス柳ヶ瀬線として木ノ本〜敦賀の直通運行8往復を含め運行を開始する(同  日から中河内線坂口〜雁ヶ谷が廃止された)とともに、支線の輸送もより充実  したものとし、合計41往復とした。(西日本ジェイアールバス(2013)「西日本  ジェイアールバス25年史」による。) ・このように柳ヶ瀬線は、鉄道柳ヶ瀬線の撤去代行路線として、沿線地方の産業の  発展助長を使命としていた。 ・「交通年鑑1964年版」には、鉄道線の撤去代行輸送に関して、柳ヶ瀬線について  次のように述べられていた。  ◇昭和37年度から38年度にかけて、北陸本線は複線化の完成、北陸トンネルの開   通等輸送の近代化が進んだが、一方では鉄道が廃止される地域が生じた。国鉄   自動車は鉄道に代わってこの地域の旅客輸送を行うことになった。  ◇昭和38年9月末から敦賀〜疋田間6.5kmの鉄道が運転休止となったので、この間   の旅客を国道上で輸送することになった。更に疋田〜木ノ本間の代行輸送につ   いて検討している。  ◇この区間のバス運賃は敦賀〜疋田間について現行鉄道運賃をそのまま据え置き、   また、同一から除雪用特殊自動車(ウニモグ)を購入して、冬期の輸送に万全   を期することとなった。  ◇昭和37年度撤去代行輸送実績     白棚高速線 白河〜棚倉 28往復 1日平均輸送人員4,600人     杉津線  今庄〜下新道 4往復         敦賀〜新保駅前 7往復        計 743人     柳ヶ瀬線  敦賀〜疋田 18往復          556人     (柳ヶ瀬線はS38.10.1〜10.10までの1日平均輸送人員 ・国鉄監修交通公社時刻表1964(S39)年9月号では、柳ヶ瀬線に次のような便が  設定されていたのを確認できる。    木ノ本〜柳ヶ瀬・雁ヶ谷・中河内 9往復    (下り)      木ノ本0653→0724柳ヶ瀬      木ノ本0920→0957雁ヶ谷      木ノ本1240→1317雁ヶ谷      木ノ本1420→1457雁ヶ谷      木ノ本1540→1640中河内      木ノ本1720→1802雁ヶ谷      木ノ本1820→1920中河内      木ノ本2017→2054雁ヶ谷      木ノ本2235→2312雁ヶ谷    (上り)      雁ヶ谷0611→0648木ノ本      中河内0640→0740木ノ本      柳ヶ瀬0729→0800木ノ本      雁ヶ谷1010→1047木ノ本      雁ヶ谷1330→1407木ノ本      雁ヶ谷1510→1547木ノ本      中河内1645→1745木ノ本      雁ヶ谷1812→1849木ノ本      雁ヶ谷2109→2146木ノ本    木ノ本〜菅並 5往復    敦賀〜出合橋 13往復 ・「交通年鑑1967(S42)版」には、当時の国鉄自動車による代行輸送の諸元が次のよ  うに載っている。  1 建設予定線代行      線 名    区 間    区間キロ  回 数  道 路      白棚高速線 白河〜磐城棚倉  23.6km  52往復  専用道      阪本線   五条〜城戸    11.2km  19往復  専用道  2 撤去代行      線 名    区 間    区間キロ  回 数  道 路      杉津線   敦賀〜新保     7.4km            今庄〜大桐     7.0km 計13往復  県 道      柳ヶ瀬線  木ノ本〜敦賀   26.0km  19往復  専用道(15.2km)                               県 道(10.8km) ・1970(S45)年7月現在のダイヤでは、柳ヶ瀬線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    名神彦根・木ノ本〜敦賀 下り6本・上り7本    (下り)             木ノ本0654→0750敦賀             木ノ本0915→1011敦賀             木ノ本1025→1121敦賀      名神彦根1125→木ノ本1225→1321敦賀      名神彦根1620→木ノ本1720→1816敦賀             木ノ本1940→2036敦賀    (上り)      敦賀0730→0820木ノ本      敦賀0910→1008木ノ本→1106名神彦根      敦賀1040→1130木ノ本      敦賀1245→1348木ノ本→1441名神彦根      敦賀1430→1530木ノ本      敦賀1720→1818木ノ本      敦賀1850→1946木ノ本    木ノ本〜椿坂 下り6本・上り4本    木ノ本〜中河内 下り1本・上り2本 ・1976(S51)年3月改正ダイヤでは、柳ヶ瀬線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    木ノ本〜敦賀 7往復    (下り)      木ノ本0654→0750敦賀      木ノ本0915→1011敦賀      木ノ本1025→1121敦賀      木ノ本1235→1331敦賀      木ノ本1615→1711敦賀      木ノ本1725→1821敦賀      木ノ本1940→2036敦賀    (上り)      敦賀0728→0824木ノ本      敦賀0910→1006木ノ本      敦賀1040→1136木ノ本      敦賀1215→1311木ノ本      敦賀1425→1521木ノ本      敦賀1720→1816木ノ本      敦賀1855→1951木ノ本 ・1977(S52)年10月7日に雁ヶ谷〜新麻生口、新麻生口〜宮前橋が廃止された一方、  雁ヶ谷〜刀根〜宮前橋〜新麻生口が開業した。 ・1978(S53)年8月改正ダイヤでは、柳ヶ瀬線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    木ノ本〜敦賀 7往復    (下り)      木ノ本0654→0750敦賀      木ノ本0915→1011敦賀      木ノ本1025→1121敦賀      木ノ本1235→1331敦賀      木ノ本1615→1711敦賀      木ノ本1725→1821敦賀      木ノ本1940→2036敦賀    (上り)      敦賀0728→0824木ノ本      敦賀0910→1006木ノ本      敦賀1040→1136木ノ本      敦賀1215→1311木ノ本      敦賀1425→1521木ノ本      敦賀1720→1816木ノ本      敦賀1855→1951木ノ本 ・1979(S54)年の時点で、路線の道路種別は柳ヶ瀬隧道のみ専用道で、他の専用道路  部分は一般道路化していた。この時点の運行系統別運行回数は次の通りであった。    敦賀〜木ノ本 7.0往復    敦賀〜刀根 5.0往復    敦賀〜杉箸 6.0往復    敦賀〜疋田 1.0往復    木ノ本〜中河内 3.0往復    木ノ本〜椿坂 6.0往復    木ノ本〜柳ヶ瀬 3.0往復    木ノ本〜菅並 8.0往復    木ノ本〜中ノ郷 2.0往復 ・1982(S57)年11月改正ダイヤでは、柳ヶ瀬線に次のような便が設定されていた  のを確認できる。    木ノ本〜敦賀 7往復    (下り)      木ノ本0700→0756敦賀      木ノ本1000→1056敦賀      木ノ本1225→1321敦賀      木ノ本1300→1400敦賀      木ノ本1620→1730敦賀      木ノ本1725→1821敦賀      木ノ本1940→2036敦賀    (上り)      敦賀0728→0824木ノ本      敦賀0940→1036木ノ本      敦賀1030→1126木ノ本      敦賀1300→1404木ノ本      敦賀1625→1729木ノ本      敦賀1720→1816木ノ本      敦賀1900→1956木ノ本 ・1985(S60)年当時、自動車駅として中ノ郷駅が存在したが、1976(S51)年の時点では  (自)木ノ本、(自)敦賀の各駅も存在していた。また、国鉄バス運行の拠点とし  て、近江今津自動車営業所木ノ本支所(木ノ本)、同敦賀派出所(敦賀)が置かれ  ていた。 ・1985(S60)年8月現在のダイヤでは、柳ヶ瀬線の木ノ本〜敦賀の直通運行便が次  のように7往復設定されていたのを確認できる。  (下り)    木ノ本0700→0756敦賀    木ノ本1000→1056敦賀    木ノ本1225→1321敦賀    木ノ本1310→1410敦賀    木ノ本1635→1735敦賀    木ノ本1720→1816敦賀    木ノ本1940→2036敦賀  (上り)    敦賀0728→0824木ノ本    敦賀0940→1036木ノ本    敦賀1040→1136木ノ本    敦賀1310→1414木ノ本    敦賀1630→1738木ノ本    敦賀1725→1821木ノ本    敦賀1900→1956木ノ本 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年11月1日改正の運行系統別運行回数は次の通りであった。    敦賀〜刀根    13往復    敦賀〜杉箸    3往復    敦賀〜刀根・杉箸 1往復    敦賀〜疋田    3往復    敦賀〜駄口    2往復    近江鉄道バス 敦賀港〜木ノ本(新道野経由) 6往復    近江鉄道バス 敦賀港〜新道野 1往復 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正では、琵琶湖線の支線マキノ  線の小荒路口〜疋田のうち、疋田〜駄口が柳ヶ瀬線に編入された。 ・国鉄最末期の1987(S62)年3月29日に椿坂〜中河内の廃止公示がなされた。 ・これ以外の区間は、国鉄民営化及び自動車分離を経て西日本JRバスに継承された。 ・1990(H2)年4月15日に疋田〜駄口が休止された(1992(H4)年3月末限りで廃止)。  翌1991(H3)年6月末限りで、木ノ本〜柳ヶ瀬〜雁ヶ谷、中ノ郷〜菅並、雁ヶ谷〜椿  坂の各区間が廃止された。 ・1992(H4)年5月16日に雁ヶ谷〜刀根が廃止された。 ・「柳ヶ瀬線時刻表」平成9年3月8日改正によると、柳ヶ瀬線には次の系統が設定  されていた。    敦賀〜杉箸 下り2本・上り3本(所要27分)    敦賀〜刀根〜杉箸 下り3本・上り2本(所要29分)    敦賀〜刀根 7往復(うち日祝運休2往復)(所要24分) ・最後まで残った敦賀〜宮前橋〜刀根、宮前橋〜杉箸も2002(H14)年3月末限りで廃止  されて、柳ヶ瀬線は全廃となった。 ※補足「
柳ヶ瀬線の運行状況の推移
1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【516】杉津線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇杉津線    1 敦賀−新保    2 今庄−大桐 1.2 路線略図   敦賀   ◎−−−○−−−○   ○−−−◎   |  葉原  新保  大桐  今庄   |   ∨木ノ本  ※木ノ本〜敦賀は、柳ヶ瀬線 3. 路線解説 3.1 1985(S60)年当時の運行状況 ・杉津線は、北陸本線北陸トンネル(敦賀〜今庄)の開通に伴い、同区間の旧線(  1日8往復のローカル列車が運行)の代替輸送を行うために、1962(S37)年6月  9日に旧線廃止と同時に敦賀〜新保駅前、今庄〜下新道が開業した。 ・西日本ジェイアールバス(2013)「西日本ジェイアールバス25年史」によると、  杉津線の概要は次の通りであった。  ◇杉津線は、1962(S37)年の北陸本線旧線廃止と同時に既設の道路により、敦賀   〜新保駅前(9往復)、今庄〜下新道(4往復)の代行輸送を開始した。その後、   1963(S38)年12月に軌道撤去後の道床は福井県道となり改修工事が完成したので、   路線変更を行い、敦賀〜新保、今庄〜大桐の運行を開始した。停留所は敦賀〜   新保に14か所、今庄〜大桐に9か所設置された。  ◇なお、今庄〜大桐については、今庄駅前に車両を駐車し、運転士は敦賀から   列車便乗で乗務のため今庄に向かう形態とし、車両は検査周期に合わせて敦   賀支所に回送して維持していた。 ・「交通年鑑1964年版」には、鉄道線の撤去代行輸送に関して、杉津線について次  のように述べられていた。  ◇昭和37年度から38年度にかけて、北陸本線は複線化の完成、北陸トンネルの開   通等輸送の近代化が進んだが、一方では鉄道が廃止される地域が生じた。国鉄   自動車は鉄道に代わってこの地域の旅客輸送を行うことになり、37年6月から   今庄〜下新道間3.5km、敦賀〜新保駅前間7.5kmを、レールの道床を自動車専用   道として運行を始めた。  ◇これは、昭和32年4月に開通した白棚高速線に次ぐ、撤去代行輸送である。  ◇昭和37年度撤去代行輸送実績     白棚高速線 白河〜棚倉 28往復 1日平均輸送人員4,600人     杉津線  今庄〜下新道 4往復         敦賀〜新保駅前 7往復        計 743人     柳ヶ瀬線  敦賀〜疋田 18往復          556人     (柳ヶ瀬線はS38.10.1〜10.10までの1日平均輸送人員 ・国鉄監修交通公社時刻表1964(S39)年9月号では、杉津線に次のような便が設定さ  れていたことが確認できる。  (下り)    敦賀0606→0630新保    敦賀0650→0714新保    敦賀0930→0957新保    敦賀1400→1427新保    敦賀1610→1637新保    敦賀1730→1757新保  (上り)    新保0634→0701敦賀    新保0710→0748敦賀    新保1003→1030敦賀    新保1432→1459敦賀    新保1642→1709敦賀    新保1802→1826敦賀 ・「交通年鑑1967(S42)版」には、当時の国鉄自動車による代行輸送の諸元が次のよ  うに載っている。  1 建設予定線代行      線 名    区 間    区間キロ  回 数  道 路      白棚高速線 白河〜磐城棚倉  23.6km  52往復  専用道      阪本線   五条〜城戸    11.2km  19往復  専用道  2 撤去代行      線 名    区 間    区間キロ  回 数  道 路      杉津線   敦賀〜新保     7.4km            今庄〜大桐     7.0km 計13往復  県 道      柳ヶ瀬線  木ノ本〜敦賀   26.0km  19往復  専用道(15.2km)                               県 道(10.8km) ・1979(S54)年当時の運行回数は、敦賀〜新保8往復、敦賀〜葉原4往復、今庄〜大  桐8往復となっていた。 3.2 旅から30年 ・自家用車の普及、過疎化に伴う旅客の減少により、1986(S61)年5月末限りで今庄  〜大桐は廃止された。 ・国鉄最後のダイヤ改正であった1986(S61)年11月改正ダイヤでは、敦賀〜新保9往復、  敦賀〜葉原1往復が設定されていた。 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、敦賀〜新保は西日本JRバスに継承された。 ・民営化後の1997(H9)年3月改正ダイヤでは、敦賀〜新保に8往復(うち日祝運休  3往復、土日祝運休1往復、土日祝運転1往復)が設定されていた。 ・その後も旅客の減少は続き、2002(H14)年3月末限りで杉津線は廃止された。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【517】若江線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇若江線   若江本線    1 小浜−近江今津    2 小浜−神田橋−湯岡橋−羽賀寺    3 木崎橋−多田寺    4 木崎橋−若狭の里−東市場    5 遠敷−下根来    6 神宮寺−万徳寺    7 東市場−池河内    8 保坂−近江角川    9 上藺生−自然の家    10 弘川口−近江今津   北川線    1 小浜−上野木−田烏    2 平野口−本保   西津線    1 小浜−犬熊 1.2 路線略図        ○犬熊       /                        ○田烏   阿納尻○                         |      |                         |      ○甲ヶ崎口 羽賀寺           ○本保   ○若狭   小浜 |      ○            |     |黒田   新港 |乗船場前  |羽賀口      上野木|     |    ○=○−−−−○−○−−−−−−−−−−−−○−・   ○大鳥羽     /|    丸山|    若狭の里    | |   |駅前  神田○−◎−−・湯岡 ・   ・−○−・ 東市 | |   |  橋 |\小浜 |橋 /   /  遠敷 \場  | |上中 |  青井○−○−−+−○−−−○−−−○−−−○+−○−+◎−+○上吉田    | 伏原   | 木崎|   |    |平野口 若狭|    |      | 橋 ○ 神宮○−○  |    仮屋○−・    V      V  多田 寺 |万徳寺 ○      | ○関   谷田部    口田縄 寺    |   池河内  瓜生口○−・          納田終      ○           |                  下根来          |                           若狭熊川○                               |                               ○保坂                               |                            角川口○−−○近江角川                               |                               |                         自然の家○−○上藺生                               |                               |                            弘川口○                               +−・今津東                          今津西町 | ○小学校                            ○−−+−・前                            |                        近江今津◎ ※小浜〜神田橋〜湯岡橋、小浜〜上野木〜上中、小浜〜伏原は1982(S57)年6月で既に  休止中 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・若江本線1 小浜〜湯岡橋〜木崎橋〜東市場〜上中 2.2 掲載 ・25日目 7/5(金) S61.3号 6.近畿編(下) 単行本 p129〜p130 ・連載誌のみ 小浜駅の写真、537-8901の解説 2.3 行程 ○小浜0935→0955上中 若江本線 小浜発 近江今津行 537-8901(日野RC301P) 2.4 エピソード ・小浜〜上中は、小浜線は10.7km、バスの若江本線は11.1km。小浜駅前のバス乗  り場には鉄道とどちらが本家かわからないような大看板がある。 ・近江今津行きバスは、冷房車で禁煙、テープの非常扉案内、沿線ガイドと、こ  までの国鉄バスと違った点があった。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・若江線は、1935(S10)年12月20日に新平野〜若狭熊川、1936(S11)年6月15日に  小浜〜新平野が開業し、1937(S12)年12月21日に若狭熊川〜近江今津が開業した  のがルーツで、小浜線小浜から江若鉄道を通して、東海道本線大津を結ぶ鉄道  短絡路線としての使命を有した他、観光開発及び地方産業文化の発展助長をも  使命としていた。 ・水谷昌義(2010)「国鉄自動車路線網の盛衰−(V)戦時期2−」(『東京経大  学会誌(経営学)』268号(2010年11月10日)所収)によると、戦時中、省営  自動車が貨物主体となり、旅客区間が休止される中、若江本線小浜〜三宅が  1944(S19)年4月20日から旅客運行が休止された。 ・戦後は、1949(S24)年1月30日に小浜〜甲ヶ崎、小浜〜上竹原が開業した。 ・1951(S26)年5月5日に北川線上竹原〜三宅、新平野〜本保、1953(S28)年8月  15日に同線井根山〜田烏、1954(S29)年1月25日に東市場〜池河内、同年6月  30日に阿納尻〜甲ヶ崎の各区間が開業した。 ・1956(S31)年5月1日には、江若鉄道に並行する近江今津〜浜大津駅前が開業  した(1978(S53)年3月1日廃止)。 ・1957(S32)年8月8日に遠敷〜下根来が開業した。 ・1960(S35)年8月25日に北川線城内〜丸山、井根山〜若狭下吉田が廃止され、  小浜〜丸山、上中〜若狭下吉田が開業した。 ・「日本国有鉄道監修時刻表」1961(S36)年10月号(7/5現在)によると、若江線に  は、次のような系統が設定されていたのを確認できる。    小浜〜近江今津〜浜大津 1往復    小浜〜近江今津 下り1本・上り2本    小浜〜熊川 下り1本    上中〜近江今津 下り3本・上り2本    上中〜熊川 2往復    小浜〜下根来 3往復    小浜〜池河内 3往復    小浜〜本保 2往復    小浜〜阿納尻 4往復    小浜〜甲ヶ崎 3往復    小浜〜西津 8往復  ・1966(S41)年1月15日に保坂〜近江角川が開業した。 ・1967(S42)年10月3日に西津線阿納尻〜阿納が開業した。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1970(S45)年8月号(7/9現在)によると、若江線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    小浜〜近江今津 5往復    上中〜近江今津 1往復  この他に、江若交通が小浜〜近江今津〜浜大津に2往復運行されていたのを確  認できる。  ・1972(S47)年8月10日に西津線阿納尻〜久須夜岳、阿納〜犬熊、西津〜若狭ぬり  工場、北川線丸山〜羽賀平が開業した(いずれも定期観光路線の模様)。 ・「国鉄自動車50年史」には、1974(S49)年度に、湖西線開通に伴い、鉄道並行路線  の削減を実施する一方、その輸送力で京阪神地区からの若狭湾観光ルートの形成  を図り、鉄道から一貫した観光旅客の誘致に努めたと述べられている。同書によ  ると、湖西線開業前後での若江線の運行本数の変化は次の通りであった。                湖西線                開業前  開業後    若江線 近江今津〜小浜 7往復  14往復 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1975(S50)年2月号(1/1改正)によると、若江線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    近江今津〜小浜 9往復 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1975(S50)年3月号(1/10現在)によると、若江線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。なお、国鉄湖西線は1974  (S49)年7月に開業(新快速、普通列車のみ運転)し、特急・急行列車の運転は  1975(S50)年3月10日のダイヤ改正からであった。    近江今津〜小浜 12往復(うち快速便4往復)    小浜〜阿納 3往復    小浜〜福谷 9往復  また、同じく1976(S51)年4月号(3/20改正)によると、若江線には次のような  系統が設定されていたのを確認できる。    近江今津〜小浜 12往復(うち快速便下り4本・上り3本)    小浜〜阿納 3往復    小浜〜福谷 9往復 ・横江明「国鉄自動車(その6)−シリーズ 営業を考える−」(「国鉄線」  1976(S51)年8月号所収)には、観光路線の輸送手配について、次のように  述べられていた。  「旅客の集中する時期においては、その観光路線を担当する一地方局・部   の輸送能力では、輸送力的に対応できず、本社の輸送手配によって、輸   送力を整備充実させているのが現状である。」  「現在、本社手配によって輸送力を集中させている箇所としては、国鉄自   動車最大の観光路線である十和田南・北線、白樺高原線がある。また、   地方局・部独自に輸送力の集中手配を行っている路線としては、北海道   のえりも観光の日勝線、東北のリアス海岸観光の陸中海岸線、関東の草   津温泉を中心とした志賀草津高原線、もみじラインの塩原線、南房観光   の南房州線、能登観光の奥能登線、小浜観光の若江線、高雄のもみじラ   イン観光の京鶴線、奥熊野観光の熊野線、松山高知観光の松山高知急行   線、陰陽連絡の防長線、秋芳洞観光の秋吉線、桜島観光の桜島線等があ   げられる。」  「このような路線についての手配を車両でいうと、新製車両を重点的にこ   うした観光路線に配属し、ピーク輸送終了後、各営業所に再配属すると   いう輸送手配である。」 ・1982(S57)年3月21日に神宮寺〜万徳寺が開業した(定期観光路線の模様)。 ・1983(S58)年7月1日に西津線西津〜若狭ぬり工場、阿納尻〜久須夜岳が  廃止され、木崎橋〜多田寺、木崎橋〜若狭の里〜東市場が開業した(定期  観光路線)。 ・1985(S60)年6月21日に保坂〜近江角川が廃止された一方、同年9月1日に  小浜〜小浜新港が開業した。 ・1985(S60)年当時、国鉄バス運行の拠点として、近江今津自動車営業所(近江今  津)及び同小浜支所(小浜)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/23改正)によると、若江線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    近江今津〜小浜 15往復    小浜〜阿納 4往復    小浜〜福谷 8往復  また、定期観光バス「若狭国宝めぐり」が3/21〜11/30の間、次のように運行さ  れていた。   Aコース(1回)    小浜→羽賀寺→円照寺→妙楽寺→多田寺→小浜→神宮寺→万徳寺→国分寺    →明通寺→めのう工場→小浜   Bコース(1回) Aコースの前半   Cコース(1回) Aコースの後半 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年1月24日、若江本線の小浜〜伏原、北川線の丸山〜上中及び平野口  〜本保の廃止が公示された。 ・小浜支所「国鉄バス時刻表」1986(S61)年3月改正によると、若江線には次のよ  うな系統が設定されていた。  (若江本線)    小浜新港・小浜〜近江今津 16往復(うち特定日運転1往復)    小浜〜小浜新港 1往復(日祝運休)    小浜〜下根来 4往復    小浜〜池河内 4往復(うち若狭の里経由1往復)    小浜〜遠敷 2往復  (北川線)    小浜〜遠敷〜田烏 1往復    上中〜田烏 2往復  (西津線)    小浜〜阿納 4往復    小浜〜甲ヶ崎口転向場 8往復 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、若狭仮屋〜瓜生口が認  知された。 ・1987(S62)年2月1日に、若江本線の神宮寺〜下根来の廃止が公示された。 ・若江線は、国鉄民営化及び自動車分離を経て、西日本JRバスに継承された。 ・1991(H3)年4月1日から小浜〜犬熊〜矢代、小浜〜阿納尻〜堅海にスクールバス  の運行を開始した。 ・1994(H6)年4月1日に木崎橋〜若狭の里〜東市場、上中〜田烏〜田烏自然の家、  若狭仮屋〜瓜生口(直行経路)の各区間が廃止された。 ・1997(H9)年4月1日に上藺生〜自然の家が廃止された。 ・2001(H13)年11月末限りでの定期観光「若狭国宝めぐり」号の運行終了に伴って、  湯岡橋〜羽賀寺〜西津公民館前、木崎橋〜多田寺、若狭東高校〜神宮寺〜万徳寺  の各区間が廃止された。 ・2001(H13)年12月当時の小浜支所管内時刻表によると、西津線、「池河内線」には  次のような系統が設定されていた。   西津線    小浜〜甲ヶ崎口 下り10本・上り9本(うち日祝運休下り4本・上り3本)            (所要時間15分)  「池河内線」    小浜〜池河内 4往復(うち日祝運休上り1本、12/31〜1/3運休1往復)           (所要時間23分)    小浜〜東高校 1往復(日祝学休日運休) ・2002(H14)年3月末限りで、小浜〜小浜新港、東市場〜池河内及び小浜〜甲ヶ崎  口が廃止された。これに伴って、近江今津営業所小浜支所も廃止された。 ・2015(H27)年6月現在、小浜〜上中〜近江今津が西日本JRバスによって運行さ  れている。 3.3 旅の考察 ・最長片道きっぷの旅本文では、小浜〜上中は11.1kmであることから若江本線第1  区間を経由したものと思われるが、木崎橋〜東市場は第1区間では2.7kmのところ、  第4区間(若狭の里)経由では3.3kmであり後者の方が0.6km長かった。なお、  1984(S59)年頃の「自動車線普通旅客運賃表」の若江線の頁の北川線小浜〜丸山〜  上野木〜上中に小浜及び上中からの運賃が記載されており、このルートを経由す  ると小浜〜上中は12.9kmであることから、若江本線第1区間経由よりも1.8km長か  ったことになる。 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、若江線には接続駅(小浜、上中  及び近江今津)の他、若狭熊川に第二種委託駅(自動車駅)が置かれていた。 ※補足「
若江線の謎
1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【518】名田庄線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇名田庄線    1 湯岡橋−堀越峠    2 湯岡橋−妙楽寺    3 若狭尾崎−円照寺    4 口田縄−中井    5 小浜−伏原−青井−上中井    6 谷口−小屋 1.2 路線略図      小浜新港・甲ヶ崎口          Λ          |        小浜◎−−・          |  |       ・−−・  |       |  湯岡橋○−−>上中・近江今津     伏原○     |\       |     | ○妙楽寺       |     |       | 若狭尾崎○−○円照寺     青井○     |        \    |         \   ○口田縄          \ /|         中井○ |            \|             ○上中井             |             |       小屋○−−−○谷口             |             |             ○井上             |             |             ○納田終            /           /       堀越峠○          |          V        周山・京都 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・名田庄線は、1944(S19)年2月25日に湯岡橋〜納田終が貨物(原産地)路線とし  て開業したのがルーツで、戦後の1946(S21)年6月1日に旅客営業が開始された。 ・その後、1951(S26)年11月6日に納田終〜堀越峠が開業して京鶴線と接続した。  この路線は、小浜と京都の短絡及び沿線地域の開発を使命としていた。 ・「日本国有鉄道監修時刻表」1952(S27)年5月号(4/1改正)によると、次のよう  に京都・鶴ケ岡〜小浜の直通便が4往復設定されていたのを確認できる。  (下り)    京都0610→鶴ケ岡0804→納田終0914→1030小浜         鶴ケ岡0934→納田終1044→1200小浜    京都1130→鶴ケ岡1500→納田終1619→1735小浜    京都1300→鶴ケ岡1635→納田終1749→1905小浜  (上り)    小浜0740→納田終0900→鶴ケ岡1010→1330京都    小浜0900→納田終1020→鶴ケ岡1130→1450京都    小浜1335→納田終1451→鶴ケ岡1601→1920京都    小浜1530→納田終1646→鶴ケ岡1800→2120京都 ・1953(S28)年10月14日に中井〜谷田部〜神田橋が開業した。 ・1956(S31)年11月29日に口名田〜桂が開業した。 ・名田庄線は、1962(S37)年11月に若江線から分離した。 ・「交通年鑑1962年版」には、昭和36年12月1日現在運行中の長距離路線(100km  以上)として、次の運行系統が載っていた。    小浜〜京都 110km ・「交通年鑑1963年版」には、マイクロバスによる座席定員制急行便を設定し、  長距離直通客の利便とともに経営の合理化を図る計画で、予土南北線松山〜  高知間、広浜線広島〜浜田間、雲芸線出雲〜三次間の3路線で実施し、京鶴  ・若江線京都〜小浜間、熊野線紀伊田辺〜川湯間の2路線を計画中であると  述べられていた。 ・「交通年鑑1964年版」によると、マイクロバスによる特急便の新設運行に関し  て、近く京都〜小浜間(111km)でも運行する予定であると述べられていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1964(S39)年9月号(8/20現在)によると、次の  ように京都〜小浜の直通便が2往復設定されていたのを確認できる。  (下り)    京都0620→鶴ケ岡0936→納田終1045→1145小浜    京都1300→鶴ケ岡1555→納田終1650→1750小浜  (上り)    小浜0930→納田終1030→鶴ケ岡1202→1509京都    小浜1400→納田終1500→鶴ケ岡1552→1859京都  なお、「国鉄監修交通公社の時刻表」1965(S40)年11月号には、既に京都〜小  浜の直通便は掲載されていない。 ・1972(S47)年8月10日に湯岡橋〜妙楽寺が開業した(定期観光路線の模様)。 ・1983(S58)年7月1日に若狭尾崎〜円照寺が開業した(定期観光路線の模様)。 ・1985(S60)年当時、線内の久坂に自動車駅が存在した。また、国鉄バス運行の  拠点として、近江今津自動車営業所小浜支所(小浜市内)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、小浜〜  納田終に6往復(うち休日運休1往復)が設定されていたのを確認できる。 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年1月24日、納田終〜堀越峠及び口田縄〜中井の廃止公示がなされた。 ・小浜支所「国鉄バス時刻表」1986(S61)年3月改正によると、名田庄線には次  のような系統が設定されていた。    小浜〜納田終 6往復(うち日祝運休1往復)    小浜〜井上 5往復    小浜〜下 1往復    小浜〜名田庄中学 上り1本(日祝学休日運休)    小浜〜小屋 6往復(うち日祝運休2往復)    小浜〜桂 下り2本(日祝運休、日祝学休日運休各1本)・上り3本(     うち日祝学休日運休2本) ・1987(S62)年3月、名田庄線は、中部地自から近畿地自に移管された。その後、  国鉄民営化及び自動車分離を経て、同線は西日本JRバスに継承された。 ・1996(H8)年10月1日に井上〜納田終が廃止された。 ・2001(H13)年12月1日には定期観光「若狭国宝めぐり号」の運行終了に伴い、  定観専用区間の湯岡橋〜妙楽寺及び若狭尾崎〜円照寺が廃止された。 ・2001(H13)年12月当時の小浜支所管内時刻表によると、名田庄線には次のよう  な系統が設定されていた。    小浜〜井上 12往復(うち日祝学休日運休1往復、日祝運休下り1本)    小浜〜小屋 7往復(うち土日祝学休日運休1往復、土日祝学休日運転1     往復)    小浜〜桂 下り1本(指定日運行)・上り1本(日祝学休日運休) ・最後まで残った湯岡橋〜井上、小浜〜伏原〜上中井及び谷口〜小屋も2002(H14)  年3月末限りで廃止され、名田庄線は全廃となった。 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、名田庄線には久坂に第一種  委託駅(自動車駅)が置かれていた。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【519】鹿島線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇鹿島線    1 七尾−穴水    2 田鶴浜福祉センター前−三引口 1.2 路線略図                田鶴浜福祉            三引口 センター前  ◎−−−−−−○−−−−○−−○−−−○−−◎  穴水    中島駅前  |  |  和倉  七尾              ・−−・ 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・鹿島線は、1951(S26)年7月1日に、奥能登本線の一部として穴水〜七尾が開業  したのがルーツで、七尾線の補完と沿線地方の開発を使命としていた。なお、  同線は1963(S38)年に奥能登線から分離した。 ・1960(S35)年6月の金沢鉄道管理局監修時刻表の国鉄自動車の頁から「七尾線」  (穴水〜七尾)の欄を見ると、「夜間急行バスのと号」を含めて次のように5  往復が設定されていた。のと号は「七尾線」内は無停車で運行されていた。  (下り)    金沢2300→七尾0128→0258穴水 急行「のと号」         七尾0630→0810穴水         七尾0925→1105穴水         七尾1230→1410穴水         七尾1720→1900穴水  (上り)    穴水0202→0337七尾→0600金沢 急行「のと号」    穴水0710→0850七尾    穴水1000→1140七尾    穴水1520→1700七尾    穴水1840→2020七尾 ・「交通年鑑1961年版」には、中長距離急行便の設定は1957(S32)年の基本方針に  も謳われており、現在急行便を運行している主要路線は次の通りであって、地方  都市間連絡に活躍していると述べられていた。    能登飯田〜金沢 158km 1往復(夜行便) 3.2 旅から30年 ・1985(S60)年9月1日に穴水〜中島駅前の廃止公示がなされ、残った七尾〜中  島駅前、田鶴浜福祉センター〜三引口も、国鉄末期の1986(S61)年12月11日に  廃止された。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【520】奥能登線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇奥能登線   奥能登本線    1 穴水−輪島    2 穴水−河内    3 穴水−城山住宅前−北七海    4 松波本町−松波駅前−恋路浜    5 南鵜飼−見付海岸    6 能登飯田−珠洲−野々江    7 上時国−南惣   門前線    1 穴水栄町−総持寺前   太田原線    1 下出−太田原−能登端穂   神和住線    1 辺田の浜−中斉−能登上   小木線    1 宇出津駅前−小木町−松波本町   小屋線    1 南鵜飼−白山神社前   東山中線    1 正院大町−能登折戸 1.2 路線略図               ○南惣               能登                \上時国    大谷   木ノ浦 折戸   輪島◎−−−−−−−−−−−○−−−−−−○−−−−−○−−○−・                                 | |            能登上○          白山神社前  | |                \上町         ○    | |   総持寺前     太田原  ○          |    | ○狼煙     ○−・   ・−○−・ |宇出津 松波 南鵜 ・    | |       |北七海|   | |駅前  本町 飼 /  珠洲 | |   穴水◎−○−○−○−−−○−○−◎−−−○−−○−−○−◎−○−○葭ヶ浦     |穴水 |下出  能登 辺田|遠島山|小木|  能登  正院     |栄町 |    瑞穂 の浜|公園 |駅前○  飯田  大町     ・−○−・         | ○ ○  見付     城山住宅前         |/  |\ 海岸                 棚木○−−○・ ○                     小木町 北九十九 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・奥能登線は、1935(S10)年10月1日に穴水〜能登飯田が開業したのがルーツで、  1938(S13)年7月1日に小木線宇出津北口〜小木町、1942(S17)年5月1日に  小木町〜能登松波が開業し、終戦後の1946(S21)年10月21日に能登飯田〜狼煙  が開業した。 ・この路線は、穴水〜能登折戸の鉄道の先行路線としての使命を有していた他、  鉄道の補助及び培養路線として金沢(金白北線→名金線)〜穴水を運営し、そ  の他地方産業文化の発展助長をも使命としていた。 ・1951(S26)年9月20日に狼煙〜能登折戸が開業し、1952(S27)年3月10日に能登  鵜飼〜能登小屋、正院〜岡田が開業した。 ・1952(S27)年9月1日、次の貨物路線が開業した。    浦上線 穴水〜濁池(1983(S58)年5月21日廃止)    鳳至線 能登瑞穂〜太田原〜能登宇出津  このうち、鳳至線能登瑞穂〜太田原は、同年10月18日に旅客営業を開始した。 ・1954(S29)年1月25日に穴水〜河内が開業した。 ・1955(S30)年〜1974(S49)年の間、能登飯田から奥能登線、金白北線(→名金線  )を通って金沢まで、毎日1往復の夜行急行便「のと号」を運行していた。こ  の急行便には自動車急行料金が設けられていた。 ・1956(S31)年5月1日に辺田の浜〜中斉、能登小屋〜泥木が開業した。 ・1959(S34)年1月1日に田鶴浜〜笠師保が能登白浜経由に変更された。また、  同年12月20日に神和住線(中斉〜能登上)が開業した。 ・1960(S35)年4月17日、鉄道の能登線鵜川〜宇出津間延伸に伴って、辺田の浜  〜棚木が宇出津駅前経由に変わるとともに、鵜川口への乗り入れ区間が開業  した。 ・同年7月15日に東山中線岡田〜能登折戸、同年10月13日に鳳至線下出〜太田原  の各区間が開業した。 ・1960(S35)年4月15日に鉄道能登線鵜川〜宇出津が開業したが、鉄道は旅客のみ  を取扱い、手小荷物及び貨物は国鉄自動車で輸送する、気動車は朝夕4往復の  み運転しその他の時間帯は国鉄バスで輸送する、自動車線有効の定期乗車券所  持の旅客は鉄道にも乗車できる、といった鉄道との共同輸送を行っていた。 ・「交通年鑑1961年版」には、中長距離急行便の設定は1957(S32)年の基本方針に  も謳われており、現在急行便を運行している主要路線は次の通りであって、地方  都市間連絡に活躍していると述べられていた。    能登飯田〜金沢 158km 1往復(夜行便) ・「交通年鑑1962年版」には、昭和36年12月1日現在運行中の長距離路線(100km  以上)として、次の運行系統が載っていた。    金沢〜飯田 166km ・1963(S38)年10月1日、鉄道の能登線宇出津〜松波の延伸に伴って、松波本町〜  松波駅前〜恋路が開業した。1964(S39)年9月1日に穴水〜城山住宅前〜麦ヶ浦、  1965(S40)年4月20日に定期観光路線の能登飯田〜真浦センター前〜曽々木〜上  時国〜輪島の各区間が開業した。 ・1964(S39)年10月に能登線の鉄道建設が終わり気動車の運行が開始されて、建設  線の代行という国鉄自動車の使命は終わったが、バス利用者の便宜を考えて、  バス運行を継続した。 ・「交通年鑑1965年版」には、道路整備5箇年計画の進捗により道路が逐次改修  されたことと、自動車工業の発達に伴い、年々中長距離旅行が快適になるにつ  れて旅客の需要も増加してきているので、現在国鉄自動車が運行している中長  距離路線の他、中長距離系統の新設急行便の増発、新型車の増備に努めてサー  ビスを図った、その主なものは次の通りであると述べられていた。    札幌〜中央長沼   37km    札幌〜岩見沢    46km    小樽〜中央長沼   71km    陸中大野〜金田一  40km    宇都宮〜茂木    36km    飯田〜狼煙〜宇出津 103km    京都〜周山     36km    八重〜広島     47km    岩国〜広島センター 40km    西条〜呉      37km    小松港〜小松港   96km ・1965(S40)年4月に能登飯田〜輪島が開業し、国鉄バスも北陸鉄道と共同で能登  半島めぐり定期観光バスの運行を開始した。それ以前は北陸鉄道の奥能登めぐり  定期観光バスへの連絡便を国鉄バスが運行していた。「国鉄監修交通公社の時刻  表」1967(S42)年9月号には国鉄バス便として次のような便が載っていた。  (Aコース)和倉温泉〜輪島〜曽々木〜真浦〜狼煙〜飯田〜小木〜宇出津    つくも3 宇出津1040→1810輪島(泊)0910→1445和倉温泉       つくも4 宇出津1310→1755曽々木・真浦(泊)0840→1630和倉温泉    みつけ2 宇出津1440→1655飯田(泊)0800→1900和倉温泉    みつけ1 飯田0800→1010  (Cコース)輪島〜曽々木〜真浦〜狼煙〜飯田〜小木から宇出津    そそぎ2 輪島0730→1425宇出津    そそぎ3 輪島0820→1545宇出津    つくも2 宇出津0935→1700輪島    つくも3 宇出津1040→1810輪島    つくも4 宇出津1310→1813曽々木    つくも5 宇出津1440→1655飯田 ・1966(S41)年2月10日に能登飯田〜珠洲が開業した。同年10月28日に門前線(穴水  栄町〜総持寺前)、同年11月28日に小屋線泥木学校前〜白山神社前が開業した。 ・1967(S42)年4月2日に定期観光路線の能登飯田〜大谷が廃止され、能登折戸〜  木ノ浦〜大谷が開業した。 ・「観光路線で活躍する国鉄バス」(「国鉄線」1973(S48)年2月号)には、全国  の主要観光路線(8地区)の輸送量と収入が、次のように載せられていた。          走行キロ(千km) 輸送人員(千人) 収入(百万円)          46実績 47見込  46実績 47見込  46実績 47見込   十和田(北南) 1,229  1,255    730   761   317   332   陸中海岸     84   87    72   101    16   23   白樺高原     822   846    627   697   156   183   塩原       360   395    511   562    67   74   志賀草津    1,222  1,321   2,530  2,720   320   440   南房州      437   466   1,285  1,378    83   93   奥能登      324   353    134   142    68   92   桜島       58   65    47   61    11   14  同記事には、独特の海岸線が売り物の奥能登方面には、好評の「ふるさと列車」  と結合した奥能登一周定期観光バスを運転している、本年度は更に穴水〜輪島間  に1往復を増便、宇出津〜輪島間の通年運行を実施して輸送力増強に努め、好成  績を収めていると述べられている。 ・1976(S51)年5月27日に定期観光路線として、上時国〜南惣、南鵜飼〜見付海岸  が開業した。 ・横江明「国鉄自動車(その6)−シリーズ 営業を考える−」(「国鉄線」  1976(S51)年8月号所収)には、観光路線の輸送手配について、次のように  述べられていた。  「旅客の集中する時期においては、その観光路線を担当する一地方局・部   の輸送能力では、輸送力的に対応できず、本社の輸送手配によって、輸   送力を整備充実させているのが現状である。」  「現在、本社手配によって輸送力を集中させている箇所としては、国鉄自   動車最大の観光路線である十和田南・北線、白樺高原線がある。また、   地方局・部独自に輸送力の集中手配を行っている路線としては、北海道   のえりも観光の日勝線、東北のリアス海岸観光の陸中海岸線、関東の草   津温泉を中心とした志賀草津高原線、もみじラインの塩原線、南房観光   の南房州線、能登観光の奥能登線、小浜観光の若江線、高雄のもみじラ   イン観光の京鶴線、奥熊野観光の熊野線、松山高知観光の松山高知急行   線、陰陽連絡の防長線、秋芳洞観光の秋吉線、桜島観光の桜島線等があ   げられる。」  「このような路線についての手配を車両でいうと、新製車両を重点的にこ   うした観光路線に配属し、ピーク輸送終了後、各営業所に再配属すると   いう輸送手配である。」 ・1985(S60)年当時、線内の宇出津駅前、能登飯田に自動車駅が存在した。また、  国鉄バス運行の拠点として、穴水自動車営業所(穴水)及び同能登飯田支所(  北方)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、奥能登  線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    能登飯田〜木の浦 下り7本・上り8本    能登飯田〜狼煙 1往復    宇出津〜能登飯田 下り6本・上り7本    宇出津〜小木駅前 下り9本・上り8本    穴水〜宇出津 下り8本・上り9本  また、定期観光バス「おくのと号」は次のような系統が設定されていた。  (下り)   5号 穴水0815→宇出津0930→飯田1148→狼煙1323→時国家1539→1640輪島   7号      宇出津1035→飯田1318→狼煙1433→時国家1638→1739輪島  (上り)   2号 輪島0725→時国家0907→狼煙1113→飯田1200→宇出津1455→1600穴水    ※2号は運休中。   4号 輪島0810→時国家0937→狼煙1113→飯田1240→宇出津1451 3.2 旅から30年 ・1985(S60)年9月1日に門前線(穴水栄町〜総持寺前)が廃止された。 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、小木線の棚木〜遠島山  公園及び小木駅前〜北九十九が認知され、小屋線を南鵜飼〜泥ノ木大町に変更  した。 ・国鉄最末期の1987(S62)年3月29日に、奥能登本線の穴水〜河内、神和住線の上  町〜能登上、小屋線の南鵜飼〜泥ノ木大町口の各区間の廃止公示がなされた。 ・奥能登線は、国鉄民営化及び自動車分離を経て、西日本JRバスに継承された。 ・1990(H2)年5月1日に神和住線の斉和農協前〜上町が休止された。 ・1990(H2)年3月改正の「JRバス奥能登線時刻表」によると、奥能登線には次の  ような系統が設定されていたのを確認できる。  (奥能登本線)    穴水〜宇出津 下り8本(うち日祝運休1本、快速1本)・上り7本(うち     快速1本)     ※快速は下りは3/1〜11/30運転、上りは3/10〜10/31と11月の金土日祝運      転。停車駅は下出、下曽山、本木、瑞穂及び鵜川口。    穴水〜鵜川口 上り2本    宇出津〜珠洲 下り3本(うち日祝運休1本)・上り6本    宇出津〜松波 下り2本    松波〜珠洲 下り1本    北方・珠洲〜木の浦 下り3本・上り2本    北方〜折戸 上り1本(日祝運休)    北方〜狼煙 1往復    北方〜寺家 4往復    狼煙〜折戸・木の浦 2往復(うち土曜運転1往復、土日祝運休1往復)  (城山線)    穴水〜高校前〜穴水 4回  (太田原線)    穴水〜宇出津 1往復(下りは日祝運転)    穴水〜鵜川口 下り1本    穴水〜瑞穂 下り2本(うち日祝運休1本)・上り2本  (神和住線)    宇出津〜上町 上り1本    宇出津〜斉和農協前 下り2本・上り1本    宇出津〜上曽又 2往復    上曽又〜上町 下り1本  (小木線)    宇出津〜珠洲 下り3本(不定期)・上り1本(不定期)    宇出津〜松波 下り4本・上り5本  (東山中線)    北方〜木の浦 下り3本・上り3本(うち土曜運休1本、土日祝運転1本)    北方〜折戸 上り2本(うち土曜運転1本、土日祝運休1本) ・「JR時刻表」1994(H6)年11月号によると、定期観光バス「おくのと号」(J  R便)は次のような系統が設定されていた。  (下り)   7号 穴水1000→宇出津1115→飯田1353→狼煙1505→時国家1653→1840輪島    ※3/10〜11/30運転  (上り)   2号 輪島0830→時国家1022→狼煙1225→飯田1306→宇出津1512→1610穴水    ※3/10〜11/30運転 ・1995(H7)年3月末限りで定期観光便「おくのと号」の廃止に伴い、木の浦〜輪島、  上時国〜南惣、宝立小学校前〜見付海岸、小木駅前〜北九十九、本小浦〜姫口、  高瀬口〜小木駅前及び能登飯田〜野々江の各区間が廃止された。また、同年10月  1日、神和住線の上曽又〜斉和農協前〜上町が廃止された。 ・2001(H13)年3月改正の「JRバス奥能登線時刻表」によると、奥能登線には次の  ような系統が設定されていたのを確認できる。  (奥能登本線)    穴水〜宇出津 7往復(うち日祝運休2往復)    宇出津〜珠洲 下り3本・上り5本(うち日祝運休1本)    宇出津〜松波 下り2本(うち日祝運休1本)・上り1本(日祝運休)    北方・珠洲〜木の浦 下り3本・上り2本    北方〜折戸 下り2本(うち日祝運休1本)・上り1本(日祝運休)    北方〜狼煙 3往復    北方〜寺家 2往復    狼煙〜折戸・木の浦 2往復(日祝運休)  (城山線)    穴水〜高校前〜穴水 3回  (太田原線)    穴水〜宇出津 下り2本(うち日祝運転1本)・上り1本    穴水〜瑞穂 下り2本(うち日祝運休1本)・上り2本  (神和住線)    宇出津〜上曽又 4往復(うち日祝運休1往復)  (小木線)    宇出津〜珠洲 下り3本(うち日祝運休1本)・上り1本    宇出津〜松波 下り3本・上り4本    宇出津〜越坂 1往復  (東山中線)    北方・珠洲〜木の浦 下り3本・上り4本(うち日祝運休2本)    北方〜折戸 上り2本(日祝運転) ・残された区間も2002(H14)年3月末限りで廃止され、奥能登線は全廃となった。 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、奥能登線には接続駅(穴水、  宇出津(宇出津駅前)、珠洲、蛸島、能登小木(小木駅前)及び輪島)の他に、  能登飯田及び小木町に第一種委託駅(自動車駅)、能登瑞穂、松波本町及び南  鵜飼に第二種委託駅(自動車駅)が置かれていた。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【521】高遠線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇高遠線   高遠本線    1 伊那北−茅野    2 伊那北−中央病院    3 入舟−伊那市    4 上大島−笠原−笠原口    5 高遠本町−河南学校前−大明神    6 河南学校前−上新山    7 伊那藤沢−松倉    8 関屋橋−伊那宮原   伊那里線    1 高遠本町−杉島    2 非持−入笠山    3 伊那美和−小黒    4 戸台口−黒川口 1.2 路線略図                 上諏訪・白狐入口<・・◎茅野                            |                        ・−○−・                       / 安国寺                   杖突峠○                      |       ・…○入笠山                   古屋敷○      :                      |     ○芝平(しびら)  伊那              伊那藤沢○−○松倉 :  中央  中央病院            |     ○荊口  病院  (→JRバス支店)         |     |  ○==+−○=・         関屋橋○−−−−−○伊那宮原  ‖  |   ‖            |     ・  ‖  ◎伊那北‖     笠原 さくら |      \     小黒○  ○  |   ‖     ○−・の湯○=+   花 大 \      :  上伊那|   ‖     | |    |   畑 明神 ・     :  農高 +−○−++○−○−○−○−−○−○−+−○−○−−○  伊那 ○戸台     | 入  ‖新 美 上 笠 高遠 高遠|さくら| 非持\ 南郷 |  伊那市◎ 舟  ‖子 篶 大 原    本町| ○H|  伊那○−○−○黒川口     ‖    ‖    島 口      | ‖ |  美和 \  |     ‖    ‖        河南学校前○−+−○    戸台○−○仙流荘     ・○===・             :  西勝間    口|     伊那市役所              :          |                     上新山○       伊那里○−−○杉島  ※荊口〜入笠山、戸台〜小黒は、休止中 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・高遠本線1 茅野〜杖突峠〜関屋橋〜高遠本町〜高遠〜笠原口 ・高遠本線4 笠原口〜笠原〜上大島 ・高遠本線1 上大島〜伊那北 2.2 掲載 ・34日目 7/14(日) 35日目 7/15(月) S61.4号 7.中部編 単行本 p167〜168 ・連載誌のみ 高遠駅の写真 2.3 行程 ○茅野1823→1929高遠 高遠本線 茅野発 高遠行 538-0003(日デK-U31K) ○高遠1000→1030伊那北 高遠本線 高遠発 伊那北行(笠原経由)                            538-4008(日デU20H) 2.4 エピソード ・高遠駅と行先幕を出したバスは、狭い商店街を抜け、中央自動車道をくぐって  Sカーブの登り。夕暮れの杖突峠は涼風が吹き、あちこちで窓が閉る。峠を境  にバス停についている旧国名が諏訪から伊那に変わり、高遠の町へ入ってゆく。 ・高遠地区を一回りしてキロ数をのばす経路をとれたことがわかるが、一部のバ  スに「スクール」の表示があったりして判然としない。 ・笠原迂回路ではお年寄り3人が乗ったが、いずれも病院通い。伊那盆地に入る  と急に民家が増え、乗降も多くなった。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・高遠線は、1943(S18)年6月5日に北山線(茅野〜糸萱、信濃松原〜信濃湯川)  が原産地路線として貨物輸送を目的として開業したが、その後、1948(S23)年  1月20日に高遠本線(茅野〜伊那北及び高遠〜伊那里)が開業し、中央本線と  飯田線とを結ぶ鉄道短絡路線としての使命とともに、地方産業文化の発展助長  をも使命としていた。 ・1950(S25)年10月16日に伊那里線伊那里〜杉島が開業し、1951(S26)年2月1日  に高遠本線入舟〜伊那町が開業した。 ・1953(S28)年8月15日に高遠本線伊那北〜中央病院、伊那里線非持〜芝平が開業  した。 ・1954(S29)年5月27日に貨物路線の美篶〜蟹沢が開業した(1983(S58)年4月1  日廃止)。同年9月28日に伊那里線戸台口〜鷹岩が開業した。 ・1955(S30)年8月5日に高遠本町〜上新山が開業した。 ・1956(S31)年6月15日に伊那里線伊那田本〜浦が開業した。 ・1958(S33)年11月15日に伊那里線鷹岩〜小黒が開業した。 ・1959(S34)年4月12日に戸台口〜黒川口が廃止されて、伊那美和〜黒川口が開業  した。また、同年10月5日には河南役場前〜勝間〜大明神が開業した。 ・1960(S35)年9月1日に伊那藤沢〜松倉、1961(S36)年8月21日に栗幅〜伊那宮原  がそれぞれ開業した。 ・「全国バス路線便覧」1959(S34)年版によると、伊那北〜高遠の系統が1日当たり  21回、伊那市〜高遠が同じく3回、中央病院〜高遠が同じく3回、伊那北〜伊那  里が同じく5.5回運行されており、この当時、既に高頻度運行がなされていた。  また、同書の1964(S39)年版によると、伊那北〜高遠の系統が1日当たり20.5回、  同じく伊那市経由が3回、伊那市〜高遠が同じく3.5回、伊那北〜伊那里方面が  同じく計8回の運行となっていた。 ・1964(S39)年7月28日に伊那里線芝平〜入笠山が開業した。 ・1972(S47)年1月10日に美篶〜笠原〜南割が開業した。 ・1984(S59)年5月10日に伊那里線伊那田本〜浦が廃止された。 ・1985(S60)年当時、高遠本線には入舟、高遠及び伊那藤沢、伊那里線には伊那美  和及び伊那里の各駅が自動車駅として存在した。また、国鉄バス運行の拠点と  して、伊那自動車営業所(中央病院)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、高遠線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    伊那北〜茅野3往復及び高遠〜茅野1往復は次の通り。    (下り)      伊那北0553→0724茅野       高遠0810→0924      伊那北1045→1226         1507→1650    (上り)      茅野0820→1001伊那北        0940→1121        1330→1513        1823→1929高遠    伊那北・伊那市〜高遠は次の始発帯、終発帯の間は約30分毎と標記。    (下り)      始発帯       伊那北0552→0615高遠          0553→0616          0614→0637      終発帯       伊那北2015→2043高遠          2045→2108          2100→2128          2150→2218    (上り)      始発帯       高遠0550→0613伊那市         0612→0640伊那北         0652→0720      終発帯       高遠2023→2051伊那北         2118→2141         2150→2213    伊那北・伊那市〜伊那赤坂・伊那宮原・荊口は次のように6往復    (下り)      伊那北0552→0637宮原         0614→0705荊口         0804→0933         1500→1610赤坂         1735→1855荊口         1840→1954    (上り)      宮原0642→0754伊那北      荊口0715→0838        0943→1058      赤坂1621→1657      荊口1901→2018        1959→2055伊那市    伊那北〜戸台は次のように3往復    (下り)      伊那北0620→0735戸台         1130→1249         1525→1644    (上り)      戸台0750→0911伊那北        1348→1513        1703→1825    伊那北・伊那市〜上新山は次のように3往復    (下り)      伊那市0635→0719上新山      伊那北1445→1529   (休日運休)         1715→1804    (上り)      上新山0729→0830伊那北         1539→1623         1814→1903    伊那北・伊那市〜伊那里・杉島 11往復 3.2 旅から30年 ・1986(S61)6月10日に高遠本線の伊那小原〜上新山が廃止された。 ・「国鉄バス高遠線時刻表」1986(S61)年11月改正によると、高遠線には次のよう  な系統が設定されていた。    中央病院・伊那北・伊那市〜高遠 下り23本(うち休日運休1本)・上り     25本(うち休日運休2本)    中央病院・伊那北・伊那市〜笠原〜高遠 下り4本(うち休日運休1本)     ・上り4本    伊那北〜茅野 下り4本・上り3本    中央病院・伊那北〜古屋敷 下り6本(うち休日運休1本)・上り6本(     うち休日運休、松倉経由各1本)    伊那北〜松倉 1往復    伊那北〜藤沢 下り1本(休日運休)・上り2本(うち休日運休1本)    高遠〜茅野 上り1本    高遠〜古屋敷 下り4本(うちスクール3本)・上り3本(うちスクール     2本)    高遠〜藤沢 下り2本・上り1本    伊那北〜杉島 下り4本(うち南郷経由1本)・上り4本(うち南郷・勝間     経由、南郷経由各1本)    伊那北〜伊那里 下り5本(うち休日運休1本、土曜杉島延長(勝間・南郷     経由)1本)・上り5本(うち休日運休1本、土曜杉島始発(南郷経由)     1本)    伊那北・伊那市〜高遠高校 下り2本(休日高遠止)・上り2本(高遠高校     〜高遠土曜運転・土日祝運休各1本)    伊那北〜板山口〜伊那宮原 下り1本(休日運休)    伊那北〜花畑〜伊那宮原 上り1本    伊那北〜勝間〜伊那宮原 下り2本・上り1本(休日運休)    高遠〜杉島 1往復    高遠〜花畑〜伊那里 下り1本    高遠〜勝間〜伊那里 上り1本    高遠〜板山口〜伊那宮原 下り1本    高遠〜花畑〜伊那宮原 上り2本    高遠〜板山口〜荊口 下り1本(スクール)・上り2本(スクール) ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、伊那里線の非持〜入笠  山が非持〜荊口に変更された。国鉄最末期の1987(S62)年3月29日に伊那里線の  戸台〜小黒の廃止公示がなされた。 ・1987(S62)年3月に高遠線は、中部地自から関東地自に移管された。 ・高遠線は、国鉄民営化及び自動車分離を経て、JRバス関東に継承された。 ・1990(H2)年10月9日に関屋橋〜伊那宮原と伊那里線非持〜荊口が廃止された。  1993(H5)年8月1日には、伊那里線の伊那里〜杉島、伊那美和〜戸台口、津郷  〜戸台、戸台口〜黒川口が廃止された。 ・1995(H7)年4月1日に高遠本町〜花畑〜大明神が休止され、翌年4月1日に廃  止された。 ・2000(H12)年6月19日に高遠〜さくらの湯、伊那北〜上農高校前が開業した。  2001(H13)年4月9日に高遠さくらホテル乗り入れが開始された。また、同年  11月1日には高遠発着の伊那市内循環バスの運行を開始した。 ・2004(H16)年10月16日から伊那里線を長谷村循環バス(運行はJRバス関東が  受託)に移管した。 ・2015(H27)年6月現在、JRバス伊那支店〜伊那北〜伊那市〜高遠〜茅野ほか  をJRバス関東が運行している。このうち、古屋敷〜茅野は季節運行となって  いる。 3.3 旅の考察 ・きっぷの経路は関屋橋〜高遠本町を直行(4.5km)しているが、関屋橋〜板山口  〜伊那宮原〜非持〜高遠本町(3.3+7.2+4.1=14.6km)の方が10.1km長かった。  前掲の「国鉄バス高遠線時刻表」によると、高遠0711(板山口経由)0729伊那宮  原0739(非持経由)0805高遠が毎日運行で非スクール便であった。 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、高遠線には接続駅(伊那北、  茅野及び伊那市)の他に、高遠、伊那藤沢及び伊那里に第一種委託駅(自動車  駅)、入舟、長藤及び伊那美和に第二種委託駅(自動車駅)、蟹沢に車扱貨物  (鉄道にまたがるものに限る)を扱う無人駅が置かれていた。 ・高遠城址は桜の名所であり、高遠地区の交通規制に合わせて、毎年(既に2001  (H13)年には実施)4月には「お花見循環バス」及び「駐車場シャトルバス」を  運行している。中央道支店が総出で当たる他、JRバス関東エリア内の各支店  からの応援を得て運行されてきている。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【522】諏訪線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇諏訪線   諏訪本線    1 白狐入口−岡谷    2 上諏訪清水町−上諏訪    3 上諏訪−浜沢    4 大社通−東山田−横河川橋    5 長地学校前−諏訪今井−岡谷市役所前   塩尻線    1 諏訪今井−塩尻 1.2 路線略図        塩尻◎          |          |       下柿沢○          |          |       塩尻峠○          |          |      諏訪今井○ 横河         / \川橋        /   ○−−・  岡谷◎−−○−−○ |  |      岡谷 小口\|長地○東山田      市役 薬師 ○学校|      所前 前  |前 ○宮前            |  |       下諏訪◎−+  +−>上和田            ○−−・            |大社通         東高木○            |            ○浜沢           /|       湖岸通○ |          | ◎上諏訪       衣の渡○ |          +−+          | |       日赤前○ ○角間橋          | |          ・−○上諏訪清水町            |      白狐入口○−・          |          V         霧ヶ峰 ※下諏訪〜大社通〜上和田は和田峠南線、上諏訪(白狐入口)〜霧ヶ峰は霧ヶ峰線  (白狐入口〜上諏訪は霧ヶ峰線との重複区間) 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・塩尻線1 塩尻〜塩尻峠〜諏訪今井 ・諏訪本線5 諏訪今井〜岡谷市役所前 ・諏訪本線1 岡谷市役所前〜岡谷 ・諏訪本線1 下諏訪〜長地学校前〜横河川橋 ・諏訪本線4 横河川橋〜東山田〜大社通 ・諏訪本線1 大社通〜上諏訪 2.2 掲載 ・32日目 7/12(金) S61.4号 7.中部編 単行本 p160〜160 2.3 行程 ○塩尻1425→1510岡谷 塩尻・諏訪本線 塩尻発 岡谷行 331-6007(いすゞBA05N) ○下諏訪1714→1722長地学校前 諏訪本線 発 行 528-7010(日デU30H) ○長地学校前1730→1733横河川橋 諏訪本線 発 行 538-8501(日デUA30H) ○横河川橋1813→1830大社通 諏訪本線 発 行 331-7022(いすゞCCM410) ○大社通1842→1857上諏訪 諏訪本線 発 行 538-8502(日デUA30H) 2.4 エピソード ・塩尻線で通過した諏訪今井と、約3時間後に乗り換えた横河川橋が目と鼻の先  だったり、一回りした大社通が下諏訪駅前なのにあきれたりしながら、同じ線、  同じ停留所を二度通らずに抜けた。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・諏訪線は、1933(S8)年3月23日に下諏訪〜岡谷が開業し、翌1934(S9)年3月31日  に上諏訪清水町〜下諏訪、長地学校前〜諏訪今井、次いで同年8月15日に諏訪今  井〜塩尻及び諏訪今井〜岡谷市役所前の各区間が開業したのがルーツで、中央本  線上諏訪〜塩尻の鉄道培養路線の性格を持っていた。 ・戦前は、次の期間に上諏訪〜霧ヶ峰の臨時営業が実施された。    1934(S9)年12月28日〜1935(S10)年3月25日    1935(S10)年12月28日〜1936(S11)年3月24日    1936(S11)年9月2日〜1936(S11)年9月10日    1936(S11)年12月25日〜1937(S12)年3月28日 ・水谷昌義(2010)「国鉄自動車路線網の盛衰−(V)戦時期2−」(『東京経大  学会誌(経営学)』268号(2010年11月10日)所収)によると、戦時中、省営  自動車が貨物主体となり、旅客区間が休止される中、諏訪本線上諏訪清水町〜  上諏訪、上諏訪〜岡谷、塩尻線長地学校前〜塩尻、諏訪今井〜岡谷市役所前の  各区間で1941(S16)年8月10日から旅客運行が休止された。 ・1943(S18)年8月5日に原産地路線(貨物)の北山線(茅野〜糸萱、信濃松原〜  信濃湯川)が開業し、1944(S19)年9月1日に同線茅野〜信濃宮川が開業した(  1983(S58)年4月1日廃止)。 ・戦後は、1954(S29)年5月27日に北山線(貨物路線)の信濃湯川〜蓼科・池の平、  1957(S32)年5月1日に同線矢ヶ崎〜泉野が開業した(1983(S58)年4月1日廃止  )。 ・1958(S33)年2月1日に上諏訪清水町〜上諏訪〜浜沢、1960(S35)年9月1日に上  諏訪清水町〜茅野、同年10月13日に下諏訪〜東山田〜横河川橋、同年12月28日に  霧ヶ峰線(上諏訪清水町〜霧ヶ峰)がそれぞれ開業した。 ・「全国バス路線便覧」1959(S34)年版によると、上諏訪清水町〜岡谷の系統が1日  31.5回(この他に諏訪今井経由が同じく3回)運行されており、この当時、既に  都市型の高頻度運行がなされていた。また、同書の1964(S39)年版によると、上諏  訪清水町〜岡谷の系統が1日当たり14回、同じく諏訪今井経由が8.5回、同じく衣  の渡経由が1.5回、同じく日赤前経由が3回、上諏訪〜岡谷の系統が2回、同じく  諏訪今井経由が2.5回の運行となっていた。 ・下諏訪自営(1983)「諏訪線50年のあゆみ」によると、1973(S48)年5月に衣  の渡線休止とあり、諏訪本線第3区間の上諏訪〜浜沢を指すと解される。また、  1982(S57)年4月に塩尻新駅移転に伴い塩尻車庫撤去とある。 ・1983(S58)年11月15日に白狐入口〜茅野が廃止された。 ・1985(S60)年当時、国鉄バス運行の拠点として、下諏訪自動車営業所(下諏訪)  が置かれていた。 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、諏訪本線の白狐入口  〜岡谷が上諏訪〜岡谷に変更された。国鉄最末期の1987(S62)年3月29日に、  諏訪本線の上諏訪清水町〜上諏訪、上諏訪〜浜沢の廃止が公示された。 ・「諏訪線時刻表」1987(S62)年2月改正によると、諏訪線には次のような系統  が設定されていた。    上諏訪清水町〜小口薬師〜岡谷 下り18本(うち休日運休1本)・上り     17本(うち休日運休2本)    上諏訪清水町〜諏訪今井〜岡谷 10往復(うち休日運休1往復)    上諏訪清水町〜上田 下り1本     上諏訪清水町〜下諏訪 1往復    下諏訪〜小口薬師〜岡谷 下り1本・上り3本(うち休日運休1本)    下諏訪〜諏訪今井〜岡谷 1往復    下諏訪〜東山田〜岡谷 3往復    下諏訪〜諏訪今井〜塩尻 上り2本    岡谷〜塩尻 下り3本・上り1本    岡谷〜塩尻峠 1往復 ・1987(S62)年3月、諏訪線は中部地自から関東地自に移管された。その後、国鉄  民営化及び自動車分離を経て、JRバス関東に継承された。 ・1990(H2)年12月29日までに大社通〜東山田〜横河川橋及び塩尻線が廃止された。 ・2005(H17)年4月23日に上諏訪清水町〜上諏訪〜小口薬師前〜岡谷及び長地学校  前〜諏訪今井〜岡谷市役所前が廃止されて、諏訪線は全廃となった。 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、諏訪線には接続駅(茅野、  上諏訪、下諏訪、岡谷及び塩尻)の他に、北山線(貨物路線)の信濃山寺、  信濃玉川、泉野及び信濃湯川に第二種委託駅(自動車駅)、同じく矢ヶ崎、  信濃松原、糸萱、蓼科及び池ノ平に車扱貨物(鉄道にまたがるものに限る)  を取り扱う無人駅が置かれていた。 ・諏訪本線の第2区間である上諏訪清水町〜上諏訪は日赤前経由、第3区間の  上諏訪〜浜沢は衣の渡〜湖岸通経由である。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【523】和田峠南線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇和田峠南線   和田峠南本線    1 下諏訪−上和田    2 萩倉口−八島    3 西餅屋−東餅屋   扉峠線    1 扉峠口−扉峠 1.2 路線略図                                  ・−>山本小屋                               扉峠/                          ・−−−−−○                         /      | 美ヶ原落合                                       +・   男女 |   Λ        岡谷      萩倉口  西餅屋||   倉口 |   |        Λ  注連掛○−−○−−−−○−|+○−−○−−○−−−○−>上田        |    /    \斧立  \・東餅屋/  扉峠口 上和田   下諏訪◎−○大社通/      ○   /\  /        +−−・        \ ・  ・○男女倉       /             \|      ・               ○八島      |               |      V               V   上諏訪・白狐入口          霧ヶ峰 ※白狐入口〜岡谷は諏訪本線、小諸〜霧ヶ峰〜東餅屋〜扉峠〜美ヶ原落合〜山本小屋〜美  ヶ原美術館は白樺高原本線、上和田〜上田及び上和田〜美ヶ原落合は和田峠北本線 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・和田峠南線は、1933(S8)年10月14日に和田峠線として下諏訪〜上和田が開業した  のがルーツで、上田丸子電鉄丸子町と中央本線下諏訪を結ぶ鉄道短絡路線として  の使命を有した他、美ヶ原等の観光開発及び地方産業文化の発展助長をも使命と  していた。1934(S9)年に和田峠線は諏訪線の部に支線として編入された。1965(S  40)年8月に和田峠南線として独立した。 ・下諏訪自営(1983)「諏訪線50年のあゆみ」によると、1933(S8)年の開業当時、  上和田及び長久保(駅員配置駅)の他に、樋橋、唐沢、下和田上組、大門落合、  長窪古町及び武石に業務委託駅が置かれていた。 ・下諏訪自営前掲誌によると、1952(S27)年12月から萩倉口〜大平の臨時営業が  開始された(1957(S32)年9月15日本開業)。また、1957(S32)年9月16日に扉  峠線が開業した。さらに1959(S34)年6月1日に大平〜八島が開業し、八島駅の  簡易委託が開始された。 ・1959(S34)年12月20日に男女倉口〜男女倉が開業した。 ・「日本国有鉄道監修時刻表」1961(S36)年10月号(5/1改正等)によると、和田峠  南線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    下諏訪〜丸子町 7往復    下諏訪〜大平〜八島 5往復(うち休日運転1往復)    下諏訪〜大平 2往復 ・下諏訪自営前掲誌によると、1970(S45)年5月に大平〜八島が休止され、同年8  月からビーナスライン八島〜霧ヶ峰の臨時運行が開始された(1971(S46)年8月  1日本開業)。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1970(S45)年8月号(7/19改正等)によると、和田  峠南線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    下諏訪〜丸子町・上田 7往復    下諏訪〜萩倉口〜八島 6往復(うち8月中の土日運転1往復)    下諏訪〜東餅屋〜扉峠口〜上和田〜扉峠口〜扉峠 1往復(8/2〜21運転) ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1975(S50)年3月号(1/10現在)によると、和田峠  南線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    下諏訪〜丸子町・上田 5往復    下諏訪〜東餅屋〜八島〜霧ヶ峰 2往復(うち休日運転1往復) ・ビーナスラインを通る路線(白樺高原本線の一部)は、1977(S52)年7月に東餅  屋〜扉峠、1981(S56)年8月に扉峠〜山本小屋がそれぞれ開業した。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1978(S53)年10月号(8/11現在)によると、和田峠  南線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    下諏訪〜丸子町・上田 5往復    下諏訪〜東餅屋〜八島〜霧ヶ峰 下り3本(うち1本は11/5までの土曜休日     運転)・上り2本(うち1本は11/2までの土曜休日を除く毎日運転)    下諏訪〜東餅屋〜扉峠 1往復(11/5までの土曜休日運転) ・新和田トンネルの開通に伴って、1978(S53)年12月2日に男女倉口〜男女倉が廃止  されるとともに、西餅屋〜男女倉口が開業した。その後、1982(S57)年5月20日に  東餅屋〜男女倉口の廃止が公示された。 ・「われら第一線 下諏訪自動車営業所」(「国鉄線」1982(S57)年7月号所収)  によると、下諏訪自営は、職員数80人程度、配置車両25両と規模は大きくない  ものの、霧ヶ峰線を中心とする観光路線でも、一般の生活路線でも、民間バス  との競争の中で営業しており、職員の企業意識も高く、全員参加で旅客サービ  スに当たっていると述べられている。また、輸送人員は年間215万人で約4億円  の旅客収入を上げるが、その40%は7〜8月の夏季輸送で稼ぐとある。 ・1985(S60)年当時、線内の上和田に自動車駅が存在した。また、国鉄バス運行の  拠点として、下諏訪自動車営業所(下諏訪)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/19改正)によると、和田峠  南線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    下諏訪〜丸子町・上田 5往復    下諏訪〜東餅屋〜霧ヶ峰 3往復(うち上り2本は特定日※運行)    下諏訪〜東餅屋 2往復(9/16まで運行)     ※特定日:9/16までの毎日と9/21〜11/4の土曜休日 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、萩倉口〜八島が萩倉口  〜斧立に変更された。 ・国鉄最末期の1987(S62)年3月29日に扉峠線(扉峠口〜扉峠)の廃止公示がなさ  れた。 ・1987(S62)年3月、和田峠南線は中部地自から関東地自に移管された。その後、  国鉄民営化及び自動車分離を経て、この路線はJRバス関東に継承された。 ・1990(H2)年4月25日に西餅屋〜男女倉が廃止された。 ・1997(H9)年3月末限りで上和田〜男女倉が廃止された。 ・2004(H16)年の夏季限りで下諏訪〜東白樺湖(ビーナスライン経由)の運行が終  了し、これに伴って樋橋〜西餅屋〜東餅屋が廃止された(最終運行日は同年8  月22日)。残された下諏訪〜樋橋及び萩倉口〜斧立も2008(H20)年3月末限りで  廃止された。 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、和田峠南線には接続駅(下諏  訪)の他、上和田に第一種委託駅(自動車駅)が置かれていた。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【524】中馬線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇中馬線    1 明知−品野    2 上品野口−名学大前 1.2 路線略図                             中津川                             岩村                     十三塚     遠山追分                    ・−○−−○    Λ   多治見   名学大前      /    陶町\   |    Λ   ・−○   ・−○−・        ・−−◎明知    |  /上品野  / 柿野  品野○−○−−○−−○  温泉    | 上品   片草    V 野口   瀬戸   記念橋 ※瀬戸記念橋〜品野〜多治見は瀬戸北線、明知〜遠山追分〜岩村〜中津川は恵那線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・中馬線1 品野〜上品野口〜片草〜柿野温泉〜明知 2.2 掲載 ・31日目 7/11(木) S61.4号 7.中部編 単行本 p156〜158 2.3 行程 ○瀬戸記念橋1826→1955明知 瀬戸北・中馬線 名古屋発 明知行                           538-2473(日デK-U31L) 2.4 エピソード ・瀬戸記念橋からの明知行きもぎっしり。市内の停留所に停まるたび下校生と勤  め帰りの人たちでますます込み、やがて品野近くから下車客が増えていった。  瀬戸市から岐阜県に入ると嘘のように閑散。峠を越えて柿野温泉で5分間休憩。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・中馬線は、1951(S26)年4月11日に品野〜上品野、同年6月15日に明知〜上品野  が開業したのがルーツで、沿線地方の産業文化の発展助長を図ることを使命と  していた。 ・1952(S27)年9月1日に次のように貨物路線が開業した(1977(S52)年5月1日  廃止)。    中馬本線 十三塚〜瑞浪、明知〜十三塚    恵南線 殿町〜小渡、須淵〜明知 ・1967(S42)年11月7日に名学大口〜名学大前が開業した。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1984(S59)年3月号(2/1現在)によると、中馬線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    名古屋〜瀬戸記念橋〜上品野〜明知 2往復    (下り)      名古屋1125→  明知      名古屋1655→2002明知    (上り)      明知0730→1039名古屋      明知1300→1609名古屋    名古屋〜瀬戸記念橋〜上品野 下り3本・上り5本(うち1本は上品野〜     瀬戸追分休日運休)    名古屋〜瀬戸記念橋〜名学大 4往復(うち上り2本は休日運休) ・1985(S60)年当時、国鉄バス運行の拠点として、瀬戸自動車営業所明知支所(  明知)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、中馬線  には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    名古屋〜瀬戸記念橋〜上品野〜明知 下り2本    名古屋〜瀬戸記念橋〜名学大 上り1本 3.2 旅から30年 ・1985(S60)年11月16日に瀬戸自営明知支所が廃止された。 ・1986(S61)年11月1日に片草〜明知が廃止された。(「JR東海バス10年史」による) ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、中馬線はJR東海バスに継承された。 ・2000(H12)年10月1日改正の時刻表によると、中馬線には次のような系統が設定  されていた。  (平日)    瀬戸市・追分〜品野〜上品野〜片草 4往復    瀬戸市・追分〜品野〜上品野 下り16本・上り17本    瀬戸市・追分〜品野〜上品野〜名学大 下り18本・上り16本  (第1・3土曜)    瀬戸市・追分〜品野〜上品野〜片草 下り4本・上り3本    瀬戸市・追分〜品野〜上品野 下り20本・上り19本    瀬戸市・追分〜品野〜上品野〜名学大 下り14本・上り12本  (日祝、第2・4土曜)    瀬戸市・追分〜品野〜上品野〜片草 下り4本・上り3本    瀬戸市・追分〜品野〜上品野 下り19本・上り18本    瀬戸市・追分〜品野〜上品野〜名学大 下り12本・上り10本 ・2002(H14)年3月末限りで上品野〜片草が廃止された。 ・2009(H21)年9月末限りで瀬戸支店管内一般路線全廃に伴って、最後まで残った  品野〜上品野も廃止された。併せて、(瀬戸自営→)瀬戸支店も廃止された。 ・2015(H27)年6月時点の運行状況は以下の通り。  ◇(瑞浪駅前〜)大川〜明智駅前 東濃鉄道 明智線  ◇(多治見駅前〜)柿木口〜柿木温泉前〜細野口 東濃鉄道 笠原線  ◇(新瀬戸駅〜瀬戸駅前〜)しなのバスセンター〜上品野 名鉄バス 瀬戸北線 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、中馬線には接続駅(明知)の  み置かれていた。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【525】恵那線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇恵那線   恵那本線    1 明知−中津川    2 遠山追分−上切−恵那富田    3 橋場−阿木    4 根之上−根之上高原    5 中京短大口−中京短大   坂本線    1 恵那駒場−美乃坂本 1.2 路線略図                       恵那                辻原口 後田 尾崎   中津川                 ○−−○−−○ 恵那  ◎                 |  |   \駒場 /             美乃坂本◎  ・−−−−○−・                         |                   中京短大○−○中京短大口                         |                         |                         |                  根之上高原○−○根之上                         :                         :                         ○上広岡                    阿木◎ /              本郷線     |/           上切  ↓      ○橋場       ・−−−○−−−−−・   /       |          \ /   遠山追分○−◎−−−◎岩村   ○恵那富田       | 山岡   \   /       |       ○−・  品野<−−◎明知     殿町  ※上広岡〜根之上は、休止中  ※恵那駒場〜後田(大峡経由)は、路線名称に無い  ※明知〜品野は、中馬線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・(品野〜明知〜山岡) ・恵那本線1 山岡〜遠山追分 ・恵那本線2 遠山追分〜上切〜恵那富田 ・恵那本線1 恵那富田〜岩村 ・(岩村〜恵那〜美乃坂本) ・坂本線1 美乃坂本〜恵那駒場 ・恵那本線1 恵那駒場〜中津川 2.2 掲載 ・31〜32日目 7/11(木)〜12(金) S61.4号 7.中部編 単行本 p158〜160 2.3 行程 ×山岡2030頃→2035頃遠山追分→2050頃明知 タクシー ○明知0717→0806岩村 恵那本線1+2+1 明知発 岩村行(上切経由)                         331-4076(いすゞP-LR312J) ○美乃坂本0937→1013中津川 坂本線1+恵那本線1 美乃坂本発 中津川行                            538-6003(日デU20H) 2.4 エピソード ・山岡バス停からきっぷの経路の遠山追分を通るバスは10時09分発の明知行き1  本だけで、やむなく明知のタクシー会社の車に山越えで来てもらい明知の宿に  入った。途中で遠山追分を確認し明知〜遠山追分(0.6km)はタクシー代行。 ・明知0717発の岩村行きバスには瀬戸自営の職員らしき乗降調査マンが乗ってい  た。「少なくとも1人はお客さんが増えた」と運転士は喜んでくれたが、その  後さっぱり地元の人が乗らない。「本郷線」と呼ばれる裏道にかかると、運転  士は人のいない停留所に停まったり、徐行したり。「ここらで2人はいつも乗  るんやが。雨の日に調査してくれたら絶対増える。もう一度やり直してくれん  かな」と半ば本気のような冗談を口にする。乗降人員と整理券、定期券発行枚  数、現金などが合わないといけないそうだ。 ・上切の近くで保育園児が10人ほど手に手に定期をかざしながら、ようやくまと  めて乗った。「この子たちのために来るようなもんだわ」と運転士がつぶやく。  飯羽間駅近くを大回りしたバスは小学生、高校生を何人か乗せたり降ろしたり  しながら岩村に着いた。 ・坂本線のバスで大回り。道の悪い所ばかり寄って走るような路線だが、恵那地  区とはうって変わって利用が多い。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・恵那線は、中馬線の支線として、1952(S27)年7月20日に明知〜中津川が開業し  たのがルーツで、1953(S28)年10月31日に中津川〜美乃坂本(→坂本線)、1954(S  29)年1月25日に根之上〜根之上高原、1955(S30)年3月25日に橋場〜阿木、同  年12月16日に遠山追分〜上切〜恵那富田が開業した。 ・この間、1952(S27)年9月1日に貨物路線の遠山〜吹越、明知〜殿町が開業した。 ・この路線は、沿線地方の産業文化の発展助長を図る他、根之上高原、保土沼等  の観光開発をも使命としていた。 ・1958(S33)年7月1日に根之上高原〜大井が開業した。 ・1962(S37)年7月15日に中津川〜恵那尾崎が廃止され、恵那駒場〜恵那尾崎が  開業した。 ・1962(S37)年10月に恵那線は中馬線の部から独立し、恵那線の部(恵那本線及び  坂本線から構成)が編成された。 ・「中馬,恵那線概況」S58.4 明知支所 によると、1970(S45)年10月1日に、上広  岡〜根ノ上高原を休止したとの事。 ・1974(S49)年12月11日に根之上高原〜恵那が廃止された。 ・1980(S55)年12月1日に中京短大口〜中京短大が開業した。 ・1985(S60)年当時、国鉄バス運行の拠点として、瀬戸自動車営業所明知支所(  明知)及び同中津川派出所(中津川市内)が置かれていた。 3.2 旅から30年 ・1985(S60)年11月16日、恵那本線の明知〜根之上、遠山追分〜上切〜恵那富田  及び橋場〜阿木の廃止が公示された。併せて、同日、瀬戸自営明知支所が廃止  された。同年12月10日、瀬戸自営中津川派出所が同中津川支所に昇格した。 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、坂本線の恵那駒場〜後  田が認知された。 ・民営化時(1987(S62)年4月1日)に山手町〜松源寺が開業した。 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、恵那線はJR東海バスに継承された(この  時点で中京短大口〜根之上高原は休止中であった)。 ・1989(H1)年4月28日に中津川市民病院乗入れが開始され、松源寺〜市民病院、  恵那追分〜市民病院〜星ヶ見〜辻原口が開業した。 ・「自動車線普通旅客運賃表」の恵那線の項には、1989(H1).4.1から実施のもの  では中津川から根之上、根之上高原までの運賃が載っているが、1991(H3).12.1  から実施のものではこれらの区間の運賃が載っていない。従って、中京短大口  〜根之上〜根之上高原はこの間に休止されたと解される。 ・1998(H10)年10月19日に市民病院〜星ヶ見〜辻原口、三菱工場前〜後田(大峡経  由)が廃止された。 ・「JR時刻表」2001(H13)年12月号(11/1現在)によると、恵那線には次のような  系統が設定されていたのを確認できる。なお、「各線区間便多数あり」「土休  日は中津川〜市民病院、中津川〜上手賀野の区間便のみ運転」との注記が付さ  れていた。  (平日時刻)    中津川〜市民病院〜美乃坂本 下り2本・上り3本(土休日は上り1本の     み運転)    中津川〜中京学院大学 2往復 ・2002(H14)年1月末限りで恵那線(中津川〜中京短大、三菱工場前〜美乃坂本、  後田〜市民病院前〜恵那追分)は全廃され、路線は北恵那交通(株)に移管され  た。 ・2015(H27)年6月時点の運行状況は以下の通り。  ◇黒羽根〜山岡駅前 恵那市 久保原=上手向線 ※特定日のみ  ◇山岡駅前〜落合 恵那市 山田=田沢線 ※平日のみ  ◇岩村駅前〜殿町〜富田西〜打杭 恵那市 岩村東線 ※平日のみ  ◇塞神〜阿木駅〜阿木事務所〜広岡公民館 中津川市 阿木地区巡回バス ※特定日のみ  ◇中津川〜手賀野〜中京学院大 北恵那交通 恵那線  ◇中津川〜市民病院〜美乃坂本 北恵那交通 恵那線 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、恵那線には接続駅(明知、山  岡、岩村、中津川、阿木及び美乃坂本)のみ置かれていた。

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