1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 関東地方自動車局

2016-11-14

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【401】塩原線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇塩原線   塩原本線    1 西那須野−塩原温泉    2 那須三島−筋違橋−千本松    3 三島農場−那須塩原    4 関谷宿−蟇沼   日塩線    1 塩原温泉−鬼怒川温泉駅前    2 逆杉−上塩原温泉    3 山荘入口−鶏頂山荘   矢板北線    1 関谷宿−曽根田    2 上伊佐野−山県農場    3 泉診療所前−兵庫畑    4 下太田−長井小学校前 1.2 路線略図                            ◎那須塩原                   蟇沼○      |                     |関谷 千本 | 那須     上塩原温泉 逆杉   福渡温泉 |宿  松  | 三島       ○−−−○−−○−−○−−−○−−−○−−○−○−−◎          /  塩原温泉    |   |三島農場| 西那須野    奥塩原温泉○           |   ・−−○−・        /       山県農場 |     筋違橋       /          ○−−○上伊佐野  山荘入口○−○鶏頂山荘        |      |          兵庫畑 |      ○白滝         ○−−○泉診療所前      |               \      |                \      ○新藤原     長井小学校前○−−○下太田      |                  \   矢板      ○鬼怒川温泉駅前            ・−−◎−−−○曽根田 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・矢板北線1 矢板〜下太田〜泉診療所前〜上伊佐野〜関谷宿 ・塩原本線1 関谷宿〜千本松 ・塩原本線2 千本松〜筋違橋〜那須三島 ・塩原本線1 那須三島〜三島農場 ・塩原本線3 三島農場〜那須塩原 2.2 掲載 ・49日目 8/7(水) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p228〜229 2.3 行程 ◇矢板0945→1023関谷宿 矢板北線 矢板発 関谷宿行 531-7407(いすゞBU20K) ◇関谷宿1054→1101千本松 塩原本線 塩原温泉発 西那須野行                         531-9402(いすゞBU10K) ◇千本松1136→1200那須塩原 塩原本線 塩原温泉発 那須塩原行                         531-7406(いすゞBU20K) 2.4 エピソード ・関谷宿で降りるとき、運転手が経由別紙をじっくり眺め、前後の路線にも  目配り。これほどきっちり眺めてくれた国鉄マンは初めて。この運転手は  房総方面の系統にも強く経由をみながらあれこれ評定するので不思議に思  ったら、長年、労組の役員をしていて各地の営業所などをオルグで回った  とのこと。路線通に敬意を表し、経由コピーをプレゼントした。 ・千本松の迂回路線の乗り場は判然とせず、先ほどの運転手も「ここは難物だ。  つながらないかもしれない」ともらしていた個所。国道から千本松牧場方向  へ入った横道に「学童専用」のポールがあって、それらしくも見えるが行先  表示はなく次のバス15:31なので思い切って迂回路をカットした。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・塩原線は、1937(S12)年10月1日に西那須野〜塩原古町(→塩原温泉)、矢板線  関谷宿〜矢板が開業したのがルーツで、翌1938(S13)年8月20日に塩原古町(  →塩原温泉)〜鬼怒川(→鬼怒川温泉駅前)が延伸された。同線は鉄道代行路  線であり、また、名勝地の路線として観光開発を使命としていた。 ・「鉄道辞典・上巻」(1958年)には、那須野が原から箒川の渓谷に沿って、い  わゆる塩原11湯の温泉群に至り、更に日塩街道によって高原山麓を過ぎ、終点  鬼怒川に達するが、鬼怒川、川治、塩原の各温泉観光地を短絡する展望雄大な  観光道路を通ると述べられていた。 ・戦後は、1951(S26)年9月に塩ノ湯口〜塩ノ湯、1953(S28)年9月21日に逆杉〜  元湯温泉口及び矢板線上伊佐野〜山県農場の各区間が開業した。また、1954(S  29)年11月20日に那須三島〜三区〜千本松が開業した。 ・「国鉄自動車30年史」(1961年)には、塩原等の観光路線ではシーズンの夏季  はもちろんのこと、紅葉・新緑の行楽期には休日に大きなピークをつくり、観  光客で繁忙をきわめること、そのための輸送力の増加については当該管内の運  用によって賄っていることが述べられている。 ・1963(S38)年9月7日に関谷宿〜蟇沼、1964(S39)年9月1日に矢板北線泉元町  〜兵庫畑、同年10月19日に日塩線鶏頂高原〜鶏頂山荘の各区間が開業し、1965  (S40)年9月1日には日塩線鬼怒川〜鬼怒川温泉駅前が延長された。また、1968  (S43)年9月17日に矢板北線下太田〜長井小学校前が開業した。 ・「国鉄自動車問題調査会答申」(1962(S37)年12月)に基づき、鉄道と自動車と  の機能結合による統一輸送網を形成するため、国鉄バス沿線の観光地への旅客  を列車・自動車を通じて座席指定制により一貫輸送を行った。1966(S41)年度の  列車・バス結合輸送として、上野〜黒磯間のなすの号と塩原線(西那須野〜塩  原温泉)が実施された。 ・「観光路線で活躍する国鉄バス」(「国鉄線」1973(S48)年2月号)には、全国  の主要観光路線(8地区)の輸送量と収入が、次のように載せられていた。          走行キロ(千km) 輸送人員(千人) 収入(百万円)          46実績 47見込  46実績 47見込  46実績 47見込   十和田(北南) 1,229  1,255    730   761    317   332   陸中海岸     84   87    72   101    16   23   白樺高原     822   846    627   697    156   183   塩原       360   395    511   562    67   74   志賀草津    1,222  1,321   2,530  2,720    320   440   南房州      437   466   1,285  1,378    83   93   奥能登      324   353    134   142    68   92   桜島       58   65    47   61    11   14  同記事には、昨年10月から日光国立公園の塩原温泉と鬼怒川温泉を結ぶ日塩道路  が「日塩もみじライン」として完全舗装されたのに伴い、運転時間を25分短縮し  て2時間10分と大幅なスピードアップを図った、これに併せて全面的な時刻改正  を行い、西那須野〜塩原〜鬼怒川間を直行する観光急行バスを初めて運転し、好  評を博している、と述べられている。 ・「われら第一線−西那須野自動車営業所−」(「国鉄線」1977(S52)年3月号所  収)には、塩原線及び西那須野自営について、次のように述べられていた。  ◇西那須野自営は、東北本線西那須野駅前の本所、塩原支所、矢板・鬼怒川の両   派出所の4箇所に分かれ、配置車両数39両、職員109名を擁する営業所。担当   路線のうち、塩原線、日塩線、矢板北線の主要3線区のワンマン化は既に実施。  ◇この営業所の輸送は、鬼怒川から塩原へ抜ける一部観光客の輸送や矢板地区の   地域住民のための生活路線としての輸送もあるが、西那須野から塩原へ行く観   光客輸送が主な輸送であるので、特に観光シーズンには、いかに観光客の波動   を把握し効率よく多数のお客を輸送することができるかに頭を痛めている。  ◇駅前バス乗降場に備え付けてある発車時刻表電動表示器は車両係の考案で、本   所内から案内放送と同時に操作され、次のバス発車時刻は何時何分とデジタル   クロック式に表示され、案内・誘導に威力を発揮している。  ◇大網温泉、塩原温泉、奥塩原温泉へ行く観光客のうち8〜9割のお客が通る道   路は、10月をピークとする塩原周辺の紅葉狩りの季節のもみじ輸送を頂点とし   て、5月をピークとする新緑輸送、8月ピークの夏休み輸送、1月をピークと   するスキー輸送の四大輸送に活躍している。最近はレジャーに来るマイカーが   多い上、塩原の町中は道路幅が狭いので、運転には相当気を遣う。特に塩原ま   での道路は渓谷沿いのためカーブの多い道路となっている上、冬は凍結してス   リップの危険があるので慎重運転にならざるを得ない。  ◇塩原支所は支所長以下職員28名が勤務。冬場、塩原から鶏頂山を通って鬼怒川   へ抜けるバスや、逆に鬼怒川から塩原へ向かうバスは、ここでタイヤに巻くチ   ェーンの着脱を行う。  ◇塩原や鶏頂山へ行くルートには、鬼怒川と西那須野の2つの方面から行く場合   が考えられるが、9割のお客は西那須野から、あとの1割が鬼怒川から入って   くるのが現状。西那須野〜鬼怒川間はどうしても片輸送になる。そこで鬼怒川   の派出所に駐在している職員に各旅館回りをさせて、旅館のフロントから国鉄   バスの案内をしてもらうように頼んでいる。その他、鬼怒川から西那須野へ車   を回送させる場合に、時間のかかる塩原経由ではなく、それより1時間程度時   間の短い矢板経由にして、車や要員の効率をよくして、観光客の波動に対応し   ている。 ・1980(S55)年5月9日に日塩線元湯温泉口〜上塩原温泉が延長された。 ・「国鉄自動車50年史」(1980年)によると、国鉄自動車沿線観光地への旅客誘致  については、従来からも列車・自動車を通じての一貫した結合輸送を実施してき  たが、1970(S45)年度以降についても引き続いて結合輸送の強化に努めたとある。  また、鉄道と直結する観光路線については、一般的に収益性も高いので、当該年  度の新製車両を全面的に観光路線を中心に投入することとしたと述べられている。  さらに、ピーク期間中車両を集中して輸送力の増加を図る観光路線として、塩原  線(塩原温泉輸送)を含む16路線が挙げられている。  ・実国良弘(1982)「国鉄バスと東北新幹線の連けい輸送」(『国鉄線』1982年7月  号所収)によると、1980(S55)年度の主要観光路線の輸送状況は、次の通りであ  った。      区    間      運行回数 所要時間 輸送人員  収入    青森・浅虫〜十和田湖    12.5往復  3:30   36万人  5.0億円    十和田南・大館〜十和田湖  10.0往復  2:20   27万人  1.8億円    久慈〜盛岡          4.0往復  3:30   16万人  1.6億円    岩泉〜盛岡          2.0往復  3:00    5万人  0.4億円    象潟〜鉾立(鳥海山)     4.0往復  0:50    2万人  0.1億円    小国〜飯豊梅花皮荘(朝日岳) 4.0往復  0:54    4万人  0.1億円    西那須野〜塩原温泉・鬼怒川 27.0往復  2:10   120万人 34.0億円    白石〜磐城角田       10.0往復  0:45   31万人  0.4億円    白河〜磐城棚倉       37.5往復  0:44   149万人 24.0億円 ・東北新幹線開業に伴って、1982(S57)年6月23日から那須塩原乗入れを開始した(  三島農場〜那須塩原間開業)。 ・1985(S60)年当時の自動車駅として、(自)西那須野、関谷宿、福渡温泉、塩原温泉  の各駅が存在し、バス運行の拠点として西那須野駅前に西那須野自動車営業所が、  塩原温泉に塩原派出所が置かれていた。 ・1985(S60)年8月現在のダイヤでは、本線系統は、西那須野〜塩原温泉が21往  復、那須塩原〜塩原温泉が6往復(他に東野交通が逆杉発着で6往復)設定  されていた。  日塩線系統は、西那須野・塩原温泉〜鬼怒川温泉駅前が5往復、塩原温泉〜奥  塩原温泉が5往復、塩原温泉〜上塩原温泉が5往復それぞれ設定されていた。  矢板線は、関谷宿〜矢板が下11上10本設定されていた。 ・支線の設定本数を1986(S61)年4月改正ダイヤから見ると、矢板線は、関谷宿〜  矢板が下11上10、矢板〜兵庫畑が5往復、矢板〜山県農場が5往復それぞれ  設定されていた。塩原本線蟇沼支線は西那須野〜蟇沼3往復、塩原本線三区  経由は西那須野〜千本松4往復がそれぞれ設定されていた。 3.2 旅から30年 ・矢板北線の矢板〜曽根田、下太田〜長井小学校前は1986(S61)年4月に廃止公示  がなされたが、それ以外の区間は国鉄民営化及び自動車分離を経てJRバス関東  に継承された。 ・1988(S63)年10月19日に上塩原温泉〜上三依塩原駅が延長されたが、後に自治体  バス化された。 ・1992(H4)年3月末限りで上伊佐野〜山県農場、泉診療所前〜兵庫畑が、1994(H6)  年2月末限りで関谷宿〜蟇沼が、1996(H8)年3月26日に関谷宿〜矢板がそれぞれ  廃止された。他方、民営化後、1999(H11)年4月1日までの間に那須塩原〜関谷  上宿の直行経路が開業した(2006(H18)年6月末限りで廃止)。 ・日塩線は2005(H17)年10月4日に大沼公園入口〜鬼怒川温泉駅前が廃止された。 ・2015(H27)年6月現在、那須塩原・西那須野〜塩原温泉がJRバス関東によって  運行されている他、旧路線の一部が那須塩原市の自治体バス「ゆーばす」として  同社によって運行されている。 3.3 旅の考察 ・1984(S59)年頃の「自動車線普通旅客運賃表」を見ると、塩原本線の千本松、  大網温泉、福渡温泉、塩原温泉の各駅は途中下車駅とされていた。また、  塩原線の線内相互発着及び同区間内を発または着となる他の自動車線との  相互間(着駅を金額で表示した乗車券及び車内乗車券を除く)に係る乗車券  の有効期間は2日間であった。 ・最長片道きっぷの旅本文で言及された、学童専用のポールにあった1531の  バスは、1986(S61)年4月改正ダイヤでは千本松1533発となり、これは、三区  経由西那須野行き64便で、登校日の土曜だけ運休とされていた。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【402】白棚線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇白棚線    1 磐城棚倉−白河    2 南湖公園−緑ヶ丘−白河高校前    3 南湖公園−新白河 1.2 路線略図     白河◎−>白女高       |\       白河高校前○ ・−>金沢内  白河       |         Λ  新白河◎−+    磐城金山 |   磐城逆川       ++−○−−−○−−○−・−−−●−・      / |南湖公園   金沢内 \     \  緑ヶ丘○−−・            \ 檜木  ・                      ・−○−−+                           +−◎磐城棚倉                           |                           V                          祖父岡 ※磐城棚倉〜磐城逆川〜金沢内は磐城南線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・白棚線3 新白河〜南湖公園 ・白棚線2 南湖公園〜緑ヶ丘〜白河高校前 ・白棚線1 白河高校前〜白河 2.2 掲載 ・49日目 8/7(水) S61.6号 9.関東・信越編(下) p227-p228 ・連載誌のみ 白河駅バス乗り場の写真、新白河駅の写真、527-7010の解説 2.3 行程 ◇新白河0719→0729白河 白棚線 磐城棚倉発 白河行 527-2081(日野K-RC321改) ◇白河0758→0815南湖公園 白棚線 白河発 関山口行(緑ヶ丘経由)                         521-2084(いすゞK-CJM550) ◇南湖公園0829→0836新白河 白棚線 磐城棚倉発 白河行 527-7010(日野RC320) 2.4 エピソード ・白河〜新白河の白河高校前近くでほんの少しだけかつての鉄道線路専用道を通り、  緑ヶ丘を迂回。緑ヶ丘は町工場のある新開地。南湖公園から満員の下り便で新白河  へ戻る。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・白棚線は、戦時中戦力増強のために撤去した鉄道線(磐城棚倉〜白河)の路盤を  活用して国鉄自動車専用道路を整備し、1957(S32)年4月22日に白棚高速線磐城  棚倉〜白河及び南湖〜西郷として開業した路線である。 ・鉄道建設予定線のうち輸送量の増大があまり期待できない線区について、投資額  及び運営費が低廉でかつ輸送サービスも鉄道に劣らない自動車輸送を活用するこ  とが国民経済上、国鉄経営上有利と考えられ、このような理由に基づく自動車代  行(建設代行)は「国鉄自動車の基本方針」(1957(S32)年)で明確化された。 ・戦時中撤去された旧白棚線(白河〜磐城棚倉間23km)の復元について、1956(S31)  年9月15日の鉄道建設審議会の建議を経て、旧路盤を利用した専用自動車道を建設  (工期4か月)し、自動車輸送で代行することとされた。 ・当時の制限速度は、一般道で40km/hであったが、専用道の機能を発揮させるため、  最高速度を60km/h(夜間50km/h)とする制限速度緩和の認可を受けた。 ・1964(S39)年10月19日に南湖公園前〜西郷が廃止された。一方、1966(S41)年11月  10日に南湖公園〜緑ヶ丘〜白河高校前が開業した(2009(H21)年3月廃止)。 ・実国良弘(1982)「国鉄バスと東北新幹線の連けい輸送」(『国鉄線』1982年7月  号所収)によると、1980(S55)年度の主要観光路線の輸送状況は、次の通りであ  った。      区    間      運行回数 所要時間 輸送人員  収入    青森・浅虫〜十和田湖    12.5往復  3:30   36万人  5.0億円    十和田南・大館〜十和田湖  10.0往復  2:20   27万人  1.8億円    久慈〜盛岡          4.0往復  3:30   16万人  1.6億円    岩泉〜盛岡          2.0往復  3:00    5万人  0.4億円    象潟〜鉾立(鳥海山)     4.0往復  0:50    2万人  0.1億円    小国〜飯豊梅花皮荘(朝日岳) 4.0往復  0:54    4万人  0.1億円    西那須野〜塩原温泉・鬼怒川 27.0往復  2:10   120万人 34.0億円    白石〜磐城角田       10.0往復  0:45   31万人  0.4億円    白河〜磐城棚倉       37.5往復  0:44   149万人 24.0億円 ・東北新幹線の開業に伴って1982(S57)年6月23日に新白河駅への乗り入れが開始  された(南湖公園〜新白河間開業)。 ・1985(S60)年当時、(自)磐城棚倉、磐城金山及び(自)白河に自動車駅が存在し  ていた。また、国鉄バス運行の拠点として棚倉自動車営業所(磐城棚倉)及び同  白河派出所(白河)が置かれていた。 ・1985(S60)年8月現在のダイヤでは、祖父岡・東白農商前・磐城棚倉〜白河に下り  30本・上り32本が設定されており、6〜21時台に1時間2本以上が運転されていた。 3.2 旅から30年 ・白棚線は、国鉄民営化及び自動車分離を経て、JRバス関東に継承された。 ・「白棚線時刻表」1994(H6)年12月3日改正によると、白棚線には次のような系統が  設定されていた。   ルネサンス棚倉・祖父岡・磐城棚倉〜白河(所要1時間3分)    平日ダイヤ 下り35本・上り38本     うちルネサンス発着 6往復       祖父岡発着 下り21本(うち急行2本)・上り18本       東白農商発着 上り8本(うち土曜運転2本、土曜運休1本)       磐城棚倉発着 下り9本(うち急行2本、土曜運転1本、土曜運休1本)        ・上り6本(うち急行(土曜運休)1本、土曜運転1本)       磐城逆川経由 下り21本・上り22本       緑ヶ丘経由 下り14本・上り13本    学休日ダイヤ 24往復(所要1時間)     うちルネサンス発着 7往復       祖父岡発着 下り14本・上り12本       東白農商発着 上り3本       磐城逆川経由 下り16本・上り17本       緑ヶ丘経由 11往復   磐城金山〜白河 平日ダイヤ1往復(所要33分) ・1997(H9)年12月につつじが丘〜旭高校前〜白河の別線が開業し、1999(H11)年7月  15日に専用道路区間のうち金沢内〜檜木〜磐城棚倉が休止された(翌年12月2日  廃止)。 ・2000(H12)年3月には三森〜磐城金山を並行する国道289号を経由した通学便が運行  を開始した(2007(H15)年3月18日廃止)。 ・2003(H15)年12月〜2005(H17)年7月8日の間、新白河〜西郷バスストップに「西郷  シャトル」が運行された。 ・2015(H27)年6月現在、白棚線はほぼ当時のルートでJRバス関東によって運行され  ている。 3.5 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、白棚線には接続駅(磐城棚倉及び  白河)の他、磐城金山に第一種委託駅(自動車駅)が置かれていた。 ・1984(S59)年頃の「自動車線普通旅客運賃表」によると、白棚線の磐城金山、南湖  公園の両駅は途中下車駅とされていた。 ・1986(S61)年1月に乗車した際には、磐城棚倉側から、浅川口〜檜木〜金沢内、三  森の白河寄り〜高木〜磐城金山〜古関〜関辺〜実業高校前の2区間が国鉄自動車  専用道路となっていた。2014(H26)年現在では、三森の白河寄り〜高木〜表郷庁舎  前、松上の棚倉寄り〜古関〜関辺の2区間がJRバス専用道路となっている。 ・2005(H17)年7月、JRバス関東の東北道方面の高速バス基地として、旧白河派出所  に東北道統括支店が設置された。これに伴って、棚倉支店は営業所に格下げされた。  同社では、東北道沿線の支店事務を佐野支店に集約することとし、2010(H22)年に  東北道支店は白河支店に改称された。同支店は、2014(H26)年3月、棚倉営業所と  統合の上、白河市白坂地内のJR東日本総合研修センター隣接地に移転した。また、  新白河駅と同研修センターとの間の契約輸送も白河支店が担当している。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【403】磐城南線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇磐城南線   磐城南本線    1 磐城棚倉−石川新町    2 磐城逆川−白河    3 白河−白女高   高野線    1 磐城棚倉−東白農商前−漆草    2 棚倉古町−宮下    3 東白農商前−祖父岡   鮫川線    1 棚倉古町−赤坂中野    2 岡田口−大草口    3 大草口−浅川駅前 1.2 路線略図    白河 白女高    磐城 浅川 里白石 磐城   石川 小野     ◎……○     浅川 駅前 駅口  石川   新町 新町  南 /:         ◎−−○−−○−−◎−−○−−○−−>  湖・ :         |  |       石川小 ・  公○ ○合戦坂   大名塚○−−○本町口    学校前 ・  園・ :         |   \    \: 上三森 金沢内 |    \   磐城○……○……○−−−○磐城   \   金山 \   / \  |逆川    ○大草       ・○・   ○ |      |        三森  桧山\|      |               ◎磐城棚倉  |               |      |               |棚倉    |         漆草 宮下 |古町 岡田口|大草口         ○−−−○−○−−−○−−○−−−○赤坂中野             | |    \ |         東白農商○−○鉄砲町  \|               |      ○            ○−−・      岡田           祖父岡  ※大名塚−本町口は、路線名称に無い  ※金沢内〜白河、白河〜白女高は、休止中  ※磐城棚倉〜桧山〜金沢内〜三森〜磐城金山〜南湖公園〜白河は、白棚線  ※石川新町〜横町〜小野新町は、磐城北線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・磐城南本線1 石川新町〜磐城石川 ・磐城南本線1 磐城浅川〜浅川駅前 ・鮫川線3 浅川駅前〜大草口 ・鮫川線2 大草口〜岡田〜岡田口 ・鮫川線1 岡田口〜棚倉古町 ・高野線1 棚倉古町〜磐城棚倉 2.2 掲載 ・47〜48日目 8/3(土)、8/6(火) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p220〜225 ・連載誌のみ 磐城浅川駅の写真 2.3 行程 ◇横町1245→1355磐城石川 磐城北・南本線 小野新町発 磐城石川行                          521-2086(いすゞK-CJM550) ・磐城棚倉→磐城浅川(岡田口・大草口経由) タクシー ・磐城棚倉1550→1624磐城石川→(回送便乗)石川新町付近 磐城南本線 ・石川小学校前1635→1716磐城棚倉 磐城南本線 2.4 エピソード ・磐城棚倉駅前のバス切符売り場に路線図と時刻表があり全容は分かったが、  鮫川線の浅川経由大草口行き、岡田口経由鮫川行きとも夕方までなく、タク  シーに援軍を求め、大草口、岡田口で磐城浅川駅までバス道路を走って埋め  合わせをした。 ・磐城棚倉から磐城石川行きのバスに乗車。石川行きの利用者は数えるほどで、  運転士から、兎田以遠を3〜4年前に撤退の話があったが福島交通が先にや  めてしまい廃止できなくなったこと、昔の路線の名残で上下の運行ルートが  少し変わっていること等の話を聞いた。磐城石川でそのまま乗っていればいい  と勧められ、市内を一回りしたが、石川新町は単なる十字路の停留所だった。 ・棚倉に戻って営業所におじゃますると「びっくりきっぷの方ですか」と所長  も顔を見せて談笑し、冊子型の乗務行路表を記念に貰った。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・磐城南線は、戦時中戦力増強のために撤去した鉄道線(磐城棚倉〜白河)の代  替輸送を行うため、旧鉄道線に並行する県道を経由して、1944(S19)年12月  11日に白棚線磐城棚倉〜白河として開業したのがルーツで(国鉄専用道路を  通る白棚線は1957(S32)年に白棚高速線として開業した別路線である)である。 ・戦後は、1951(S26)年3月27日に棚倉古町〜磐城棚倉及び石棚線(磐城逆川〜  石川新町、1952(S27)年6月20日に鮫川線(棚倉古町〜赤坂中野)が開業した。 ・その後、石川〜植田鉄道予定線の先行路線として、1952(S27)年8月15日から  磐城南線植田〜石川新町を開業し常磐線と水郡線を短絡するなど、沿線地方の  産業文化の発展助長に寄与していた。 ・1953(S28)年2月28日に磐城棚倉〜漆草が開業し、1954(S29)年8月13日に磐城  金山〜里白石駅前(後の釜の子線)が開業した(1980(S55)年3月末限り廃止)。 ・1958(S33)年2月1日に鮫川線大草口〜磐城浅川、1964(S39)年4月15日に同線  岡田口〜大草口、1965(S40)年4月8日に白河〜白女高(1987(S62)年3月29日  廃止工事)が開業した。 ・1968(S43)年3月10日に高野線宮下〜東白農商前〜棚倉古町、1978(S53)年12月  1日に高野線東白農商前〜祖父岡の各区間が開業した。 ・1980(S55)年3月末限りで石川新町〜植田の廃止が公示された。 ・1985(S60)年当時、磐城南本線の金沢内〜白河、白河〜白女高は長期休止中で  あった。磐城棚倉〜磐城逆川〜金沢内は国鉄バス白棚線の半数弱の便が運行  していた。また、磐城棚倉〜祖父岡は白棚線からの乗り入れ便が直通運行して  いた。 ・1985(S60)当時の自動車駅として磐城棚倉駅前に(自)磐城棚倉駅が存在し、国  鉄バス運行の拠点として、同地に棚倉自動車営業所が、白河に白河派出所が置  かれていた。 3.2 旅から30年 ・白河〜白女高は国鉄最末期の1987(S62).3.28限りで廃止公示が出された。それ  以外の区間は国鉄民営化及び自動車分離を経てJRバス関東に継承されたが、  磐城南本線の磐城逆川〜白河は磐城逆川〜合戦坂のみ継承された。 ・1989(H1)年5月に三森〜合戦坂とともに高野線宮下〜漆草が廃止された。1994  (H6)年3月19日には鮫川線が廃止され、1996(H8)年10月27日に磐城逆川〜磐城  石川が廃止された。 ・2015(H27)年6月現在、金沢内〜磐城逆川〜磐城棚倉〜祖父岡が白棚線と一体と  なってJRバス関東によって運行されている。 3.3 旅の考察 ・かつて磐城南本線は石川新町から先、竹貫〜磐城根岸〜植田まで伸びていた  が、1980(S55)年に石川新町〜植田は廃止された。1978(S53)年8月現在のダ  イヤでは、磐城棚倉〜植田に次の2往復が設定されていた。    磐城棚倉0725→磐城石川0812→竹貫0842→磐城根岸0932→1002植田    磐城棚倉1545→磐城石川1632→竹貫1702→磐城根岸1752→1822植田    植田0620→磐城根岸0650→竹貫0735→磐城石川0840→0920磐城棚倉    植田1315→磐城根岸1345→竹貫1430→磐城石川1510→1550磐城棚倉 ・1986(S61)年1月時点の国鉄バス磐城棚倉発車時刻表によると、白河行きの磐城  逆川経由便は4回、磐城石川・石川小学校前行きは2回、高野線は4回(うち  1回は日祭休校日運休・土曜運転、1回は日祭休校日運転・土曜運休)、鮫川  線は5回(うち1回は日祭休校日運休・土曜運転、1回は日祭休校日運転・土  曜運休、両便を含め岡田経由4回)、「大草線」は大草口→浅川駅1回、浅川  駅→大草口3回(うち1回は日祭休校日運休・土曜運転、1回は日祭休校日運  休・土曜運休)となっていた。 ・国鉄最後のダイヤ改正の1986(S61)年11月改正ダイヤでは、鮫川線(磐城棚倉〜  赤坂中野)が5往復(うち岡田経由4往復、日祭休校日運休・土曜運転1往復、  日祭休校日運転・土曜運休1往復)、「大草線」(磐城棚倉〜磐城浅川〜大草  口〜磐城棚倉)4回(うち日祭休校日運休・土曜運転、日祭休校日運休・土曜  運休各1回)となっていた。 ・「白棚線時刻表」1994(H6)年12月3日改正によると、平日ダイヤで下り36本  中21本・上り38本中22本、日祝学休日ダイヤで24往復中下り16本・上り17本  が磐城逆川経由となっていた。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【404】磐城北線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇磐城北線   磐城北本線    1 石川新町−小野新町   川内線    1 本町−吉間田   桶売線    1 小野新町−吉間田    2 隠坂−川羽内    3 宿−川前 1.2 路線略図                        神俣◎−−・  磐城  石川    磐城           /   |  棚倉  新町    蓬田    本町 横町 /    |  <−◎−−○−−○−−○−−○−−○−○−○団子田  |    ・    磐城 ・ 母畑ダム  住宅前   | |     |芋島 ・    石川 ・         新町仲通○−○東馬場  ○……○吉間田                     |         ・                 小野新町◎ 川羽内    ○                     |  ○    ・荻                     |  |   ・                   夏井◎−−○−−○宿                       隠坂  :                           :                           ◎川前  ※新町仲通〜東馬場〜団子田は、路線名称に無い  ※芋島〜吉間田、宿〜吉間田、宿〜川前は、休止中  ※磐城棚倉〜磐城石川〜石川新町は、磐城南線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・桶売線1 夏井駅前〜小野新町 ・川内線1 神俣〜本町 ・磐城北本線1 本町〜磐城蓬田〜母畑〜石川新町 2.2 掲載 ・46〜47日目 8/2(金)〜3(土) S61.6号 9.関東・甲信越編(下) 単行本 p218〜223 ・連載誌のみ 夏井駅の写真 2.3 行程 ◇夏井1742→1755小野新町 桶売線 荻発 住宅前行 527-9017(日野RE101) ◇神俣1005→1020横町 川内線 芋島発 小野新町行 337-6005(日野RL320) ◇横町1245→1355磐城石川 磐城北・南本線 小野新町発 磐城石川行                          521-2086(いすゞK-CJM550) 2.4 エピソード ・夏井から4分接続のバスに乗れば貸切状態。このバスは小野新町へ寄った後、  町はずれの住宅地まで行くとのこと。 ・神俣1000発の小野新町行きバスは5分遅れで、「針湯荘」のそばを通って裏道  をたどり小野町の狭い市街へ出た。このバスは本町へ寄らず、横町乗り換えと  の運転士の案内で下車。 ・横町で磐城石川行きバスに乗ったところ、運転士氏から「種村様 母親が急に  病気になりましたので辻さん方に電話入れて下さい 関東地方自動車局渡辺さ  んより連絡あり又辻さんよりも電話ありました」との小野新町支所長のゴム印  のあるメモを手渡された。 ・「お客さん、電話してください。待ってますから。すぐ電話してもらうよう言  われてるんです」と再び運転士。鉄道につながっている磐城石川へ出た方がよ  いと判断、その旨伝えて発車するよう頼んだ。 ・本町に着くと助役らしい人が駆け寄り、窓から首を出した運転士が「乗りまし  たから」と報告。助役氏からも同じ内容のメモを手渡される。 ・あらためて運転士氏によく見つけてくれましたねとお礼をいうと、心持ち胸を  張って「いろいろ言われますが、これが国鉄の組織というもんです」。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・磐城北線は、磐城線(→磐城南線)の支線として、1952(S27)年7月1日に小野  新町〜石川新町、1953(S28)年9月21日に新町役場前(→新町仲通)〜吉間田〜  下川内が開業したのがルーツで、水郡線と磐越東線を短絡して、沿線地方の  産業文化の発展助長に寄与していた。 ・1956(S31)年10月15日に下川内〜荒宿が延長された。1957(S32)年12月15日に  桶売線(小野新町〜吉間田、隠坂〜殿林、宿〜殿林)が開業した。 ・1961(S36)年2月15日に川内線磐城広瀬〜小白井を神俣経由に変更するととも  に桶売線殿林〜川前駅前が延長された。 ・1963(S38)年8月10日に川内線荒宿〜宇津川が延長された。 ・1972(S47)年12月21日、母畑ダム建設に伴って、前の内〜下草場が経路変更さ  れた。 ・1982(S57)年10月17日に桶売線湯沢温泉〜川羽内が開業した。 ・1983(S58)年3月末に吉間田〜宇津川が廃止された。 ・1985(S60)年当時、磐城蓬田に自動車駅が存在し、国鉄バス運行の拠点として、  棚倉自営小野新町支所を新町仲通に設置していた。磐城北本線の国鉄バスは、  石川新町から磐城南線に乗り入れて磐城石川発着で運行していた。 ・1985(S60)年8月現在のダイヤでは、磐城北本線が磐城石川〜小野新町に6  往復、川内線が小野新町〜芋島に3.5往復設定されているのが確認できた。  なお川内線芋島〜吉間田は同年9月に廃止公示がなされた(当時から長期休  止中の模様)。 3.2 旅から30年 ・国鉄民営化直前の1987(S62).3.28限りで桶売線宿〜吉間田、宿〜川前の廃止  公示がなされたが、1985(S60)年当時は既に長期休止中だった模様である。 ・それ以外の区間は、国鉄民営化及び自動車分離を経て、JRバス関東に継承  されたが、1990(H2)年3月10日に川内線新町仲通〜芋島が廃止され、1993(H  5)年3月18日に桶売線宿〜荻が休止された後、1995(H7)年3月24日に桶売線  が全廃された。磐城北本線も2007(H19)年3月末限りで磐城石川〜小野新町が  全廃された。 3.3 旅の考察 ・国鉄最後のダイヤ改正だった1986(S61)年11月改正ダイヤでは、磐城北本線は  小野新町〜磐城石川6往復と小野新町〜磐城蓬田2往復(うち1往復は日祭日  ・休校日運休、川内線は小野新町(下り始発のみ新町仲通)〜芋島4往復、桶  売線が住宅前(下り始発、上り最終は新町仲通)〜荻3往復(うち1往復は日  祭日・休校日は宿〜萩運休)と住宅前〜宿2往復の設定であった。 ・従って、当時は川内線芋島〜吉間田、桶売線の宿〜川前及び荻〜吉間田は長期  休止中であったと解される。 ・川内線は吉間田から先、上川内〜川内役場前〜下川内〜宇津川まで伸びていた  が、1983(S58)年に吉間田以遠の廃止が公示された。廃止直前の同年8月現在の  ダイヤでは次の便が設定されていた。    小野新町0600→0734下川内→0748宇津川   下川内0605→0738小野新町    小野新町1320→1451下川内→1505宇津川0752→下川内0806→1007小野新町    小野新町1726→1859下川内   宇津川1522→下川内1536→1707小野新町 ・当時の国鉄バスにおける組織は、本社には自動車局、地方には4地方自動車局、  3地方自動車部及び1自動車管理室の計8つの地方機関、そして地方機関の下  に全体で79の自動車営業所が存在していた。  <国鉄自動車組織図(1986(S61)年3月)>   理事会−総裁−+−自動車局−−−−−−−−−−−−−−+          |                   |          +−総局(北海道、九州)−−地方自動車部−+          |   (四国)−−−−−−自動車管理室−+          |                   +−−自動車          +−−−−−−+−−−−−地方自動車局−+  営業所                 |     (関東、中部、 |  (79)                 |      近畿、中国) |                 +−−−−−地方自動車部−+                       (東北) ・各地方機関の長は、輸送業務を円滑に遂行するための権限を包括的に持たされ  ていたが、30kmを超える路線の開設、100kmを超える路線の廃止など規模の大き  なものの他、全体的な営業制度の設廃及び車両の投資などについては本社自動車  局が行っていた。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【405】常野線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇常野線   常野本線    1 常陸大子−茂木    2 大内−五輪場   来目木線    1 馬頭−来目木   馬頭線    1 馬頭田町−烏山仲町   小貝線    1 芳賀黒田−小貝口 1.2 路線略図    宇都宮     Λ   荒宿|   横町○     芳賀    烏山  小川     |     黒田    仲町  辻町  小貝口○−−○−−○−−−+−○−−−○−・     | 田野辺 |   | |     |  市貝町| 口   |   ◎ |     |  役場前○     ○須藤 烏山・−−○−−○馬頭田町     |     |        那須 |     |  茂木 |        富山 +−−−○来目木     ・−−◎−−・           ○馬頭        |              |        V         五輪場  |  盛泉    常陸大子       長倉宿         ○−−−○−−○−−○−−−◎                       大内   上金沢  ※宇都宮〜荒宿横町〜小貝口〜市貝町役場前〜茂木〜長倉宿は、水都西線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・小貝線1 小貝口〜芳賀黒田 ・常野本線1 芳賀黒田〜茂木 ・常野本線1 常陸大子〜大内〜馬頭〜馬頭田町〜小川辻町〜烏山仲町〜烏山 2.2 掲載 ・45日目 8/1(木) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p213〜214 ・48日目 8/6(火) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p226 2.3 行程 ・小貝口→荒宿横町 徒歩 ・荒宿横町1230→1300茂木 タクシー(芳賀黒田経由) ◇常陸大子1844→2012烏山 常野本線 常陸大子発 烏山行 537-8017(日野RE101) 2.4 エピソード ・小貝口ではバスがなくタクシーのお世話になる。芳賀黒田に着くと殺風景な  所で1450の茂木行きまで待つ気になれず、そのまま茂木まで走った。 ・常陸大子から烏山行きバスに乗ると、最初は勤め帰りの人で混んでいた車内も  峠の手前で空になった。 ・馬頭で久々に1人乗車。長い商店街が伸びているが人通りはない。 3. 路線解説 3.1 S60.6時点の運行状況 ・常野線は、1934(S9)年3月31日に常陸大子〜烏山、同年8月1日に烏山〜茂  木が開業したのがルーツで、鉄道代行路線として真岡線・烏山線と水郡線を  短絡した他、沿線地方の産業文化の発展助長を使命としていた。 ・戦後は、1950(S25)年11月1日に馬頭田町〜久那瀬〜烏山仲町(後の馬頭線)  が開業した。次いで1951(S26)年2月15日に芳賀黒田〜市塙(後の小貝線)が  開業し、1952(S27)年6月20日に大内〜大那地が開業した。 ・1953(S28)年11月28日に馬頭〜渡戸が開業し、1955(S30)年11月15日に渡戸〜  来目木が延長された(後の来目木線)。 ・1957(S32)年12月20日に田野辺口〜田野辺が開業した。 ・1958(S33)年7月1日に矢板南線(烏山仲町〜矢板)が開業した(1979(S54)  年4月23日に烏山仲町〜曽根田が廃止)。 ・1982(S57)年4月8日に大那地〜五輪場が延長された。 ・1985(S60)年当時、馬頭、小川辻町、(自)烏山に自動車駅が存在した。常陸  大子駅前にも(自)常陸大子駅の跡が残るが、1983(S58)年6月現在の烏山自  営管内路線図では既に(自)常陸大子駅は描かれていなかった。 ・1985(S60)年8月現在ダイヤでは、常野本線のうち、烏山〜常陸大子8往復、  烏山〜馬頭下6本・上5本、烏山〜茂木5往復が設定されていたのが確認でき  る。馬頭線では烏山〜馬頭4往復(他に東野交通が4往復)が設定されていた  のが確認でき、小貝線では烏山〜市塙に4往復(うち休日休校日運休、土曜運  転、土曜運休が各1往復)が設定されていたのが確認できる。 ・1986(S61)年11月改正ダイヤでは、常野本線では、烏山〜常陸大子8往復、烏山  〜上金沢1往復、烏山〜馬頭車庫下8本・上9本、馬頭車庫〜常陸大子1往復、  上金沢〜常陸大子1往復、上金沢→馬頭車庫上1本が設定されていた。また、  烏山〜茂木4往復、烏山〜須藤1往復が設定されていた。常野本線支線では、  馬頭〜来目木4往復、馬頭〜五輪場3往復が設定されていた。馬頭線では、烏  山〜馬頭4往復(他に東野交通4往復)が設定され、小貝線では、烏山〜市塙  3往復(同上)、烏山〜椎谷口2往復が設定されていた。 3.2 旅から30年 ・常野線全区間は、国鉄民営化及び自動車分離を経て、JRバス関東に継承され  たが、1989(H1)年6月1日に大内〜五輪場が、1991(H3)年11月1日に馬頭〜来  目木がそれぞれ廃止された。 ・本線区間も、1993(H5)年5月末限りで芳賀黒田〜茂木及び小貝線全線が、1994  (H6)年5月末限りで盛泉〜常陸大子が、1996(H8)年3月末限りで那須藤沢〜盛  泉が、同年10月に烏山〜芳賀黒田がそれぞれ廃止された。 ・常野線時刻表(2000(H12)年1月4日改正)によると、常野線には次のような  系統が設定されていた    烏山〜小川辻町〜馬頭車庫 下り13本(うち日祭休校日第2・4土曜日     運休3本)・上り17本(うち日祭休校日第2・4土曜日運休7本、日     祭休校日第2・4土曜日運転3本)(所要38分)    烏山〜久那瀬〜馬頭車庫 下り6本(うち日祭休校日第2・4土曜日運     休4本、日祭休校日第2・4土曜日運転2本)・上り5本(うち日祭     休校日第2・4土曜日運休3本、日祭休校日第2・4土曜日運転2本)     (所要32分) ・JRバス関東烏山支店は、2004(H16)年10月までに宇都宮支店烏山営業所に格下  げされた。その後、2006(H18)年に宇都宮支店に統合され、常野線に運用するバ  スは茂木経由(茂木〜烏山間回送)で出入りすることとなった。 ・2005(H17)年3月末限りで馬頭線全線が廃止された一方、2009(H18)年7月、新  那珂橋から若鮎大橋への経路変更に伴って小川地区で新線が開業した。その後、  最後まで残った烏山〜小川辻町〜馬頭〜藤沢が2011(H23)年3月末限りで廃止  され、常野線は全廃された。 3.3 旅の考察 ・当時のダイヤでは、小貝口からの小貝線バスは市塙1706発までなく(土曜日な  らば同1527発がある)、この便に乗ると芳賀黒田は1732着。茂木行きは芳賀黒  田1844発で茂木1908着になる。逆回りコースでは、茂木1340→1404芳賀黒田16  31→1701市塙となる。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【406】水都西線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇水都西線   水都西本線    1 宇都宮−鐺山−氷室−芳賀三日市−長倉宿    2 宇都宮−作新正門前    3 工学部前−工学部正門    4 鐺山−道場宿−芳賀三日市    5 刈沼−東部団地−東中の島    6 西中台−北氷室    7 氷室−上赤羽−下野原    8 上赤羽−上根新田    9 市貝町役場前−市塙   桑島線    1 石井局前−下桑島   板戸線    1 道場宿−板戸   道地線    1 祖母井−給部   八ツ木線    1 刈沼−給部 1.2 路線略図                                              長倉宿                                       長倉小学校前○−○                                             | |                                             +−○                            ・−−−−−○給部      茂垣○ 長倉                板戸○     東野高谷/      |          | 宿入  作新             |        ○       |      那珂川橋○ 口  正門             |道場宿  刈沼/  芳賀三日市 |          |  前    宇都宮 工学部   ○−−−−−−○−−−−−○−−−○祖母井    勘七坂○  ○−○−+−◎  正門    |  清陵高校|\東部団地|   |          |   宇都宮|     ○ 石井 |   ○  | ○−・ |   |      烏山<−+   東武駅|     | 局前 | 清陵|  |    \|東中 |    烏山    ◎茂木   前  ・−○−○−○−○−−○ 高校○−−○−○−−−○の島 ○下野原  Λ 市貝町|        簗 宇 工 | 鐺山\入口|清原| |氷室 |   |\    | 役場前|        瀬 大 学 |    ・ ・中央| |中の ○ニュー| ・小貝口○−−○−・           町 前 部 ○下桑島 |/ 公園| |島 ・+タウン| |  /   |            前      ○−−−−○−○  ||七区 | | ○−−○−◎市塙                  鐺山東   西 氷\ ・・   | |/荒宿 市貝                        中 室 ・−−−−−○−○    小学                        台       上赤羽 上根   校前                                    新田 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・水都西本線1 宇都宮〜鐺山〜西中台〜氷室〜北氷室〜東中の島 ・水都西本線5 東中の島〜東部団地〜刈沼 ・水都西本線4 刈沼〜芳賀三日市 ・水都西本線1 芳賀三日市〜祖母井〜下野原〜上根新田〜小貝口 ・水都西本線1 茂木〜市貝町役場前 ・水都西本線9 市貝町役場前〜市塙 2.2 掲載 ・45日目 8/1(木) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p212〜214 2.3 行程 ○宇都宮0823→0852氷室 水都西本線 東武駅前発 給部行 521-0009(いすゞK-CLM500) ○氷室0934→0957刈沼 水都西本線 発 東部団地行 527-8031(日野RE101) ○刈沼1121→1155小貝口付近(荒宿) 水都西本線 東武駅前発 茂木行 527-8019(日野RE101) △小貝口付近→小貝口 徒歩 ○茂木1420→1434市貝町役場前 水都西本線 茂木発 東武駅前行 527-8016(日野RE101) △市貝町役場前→市塙 徒歩 2.4 エピソード ・鬼怒川をトラスの美しい橋で渡り、鐺山を過ぎると急に道が狭まった。氷室で  降りるとき、きっぷを見て運転士が「九州から来た方ですか」と問いかける。 ・次のバスは造成中の東部団地を一周して、都合よく刈沼を通った。宇都宮市郊  外の新開地でこぎれいな喫茶店があったので小休止。 ・茂木行きは小貝口のそばから茂木へ抜けてしまうそうで「小貝口ならここがい  い」と運転士に教えられて降りたのは何もない三差路近くだった。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・水都西線は、1935(S10)年8月1日に茂木〜御前山が開業し、1937(S12)年3月  末に茂木〜宇都宮、下野原〜氷室、1938(S13)年5月1日に川向郵便局前〜宇都  宮一条町〜宇都宮が開業したのがルーツで、水都東線を介して東北本線と常磐線  とを結ぶ短絡線の使命を有していた。線名は水戸〜宇都宮連絡を表して、その  1字ずつをとったとされている。 ・1941(S16)年3月25日に芳賀三日市〜道場宿〜鐺山が開業した。 ・戦後は、1951(S26)年2月1日に道場宿〜板戸、同年7月1日に常陸太田線(野  口村役場前〜常陸太田)が開業し、1953(S28)年9月21日に刈沼〜木内(後の八  ツ木線の一部)が開業した。 ・1954(S29)年7月1日に岡〜下桑島が開業した。 ・1955(S30)年1月に水都東本線(初代。水戸西線に由来する現在の水都東線とは  別路線)水戸〜御前山が開業し、宇都宮〜水戸の国鉄バス路線がつながった。  「日本国有鉄道監修時刻表」1955(S30)年8月号(7/1改正)によると、宇都宮〜  水戸の直通便は次のように3往復設定されていたのを確認できる。  (下り)    一条町0610→宇都宮0618→祖母井0705→茂木0843→御前山0928→1030水戸    一条町0830→宇都宮0838→祖母井0930→茂木1013→御前山1058→1200水戸    一条町1430→宇都宮1438→祖母井1530→茂木1613→御前山1658→1800水戸  (上り)    水戸1000→御前山1102→茂木1150→祖母井1230→宇都宮1322→1330一条町    水戸1330→御前山1432→茂木1520→祖母井1600→宇都宮1652→1700一条町    水戸1600→御前山1702→茂木1750→祖母井1830→宇都宮1922→1930一条町 ・1955(S30)年9月2日に上赤羽〜赤羽新田、1956(S31)年4月1日に宇都宮一条  町〜宇都宮一の沢、同年11月10日に祖母井〜椎谷口(後の田野辺線)及び八ツ  木線木内〜向田が開業した。 ・1958(S33)年2月1日に山ノ内〜甲が開業した。 ・1965(S40)年2月10日に戦前からの簗瀬町〜宇都宮一条町が廃止された。 ・1968(S43)年9月17日に工学部前〜工学部正門が開業した。 ・1971(S46)年12月25日に常陸太田線(那珂川大橋〜常陸太田、大宮十字路〜常陸  大宮)が廃止された。 ・1975(S50)年8月9日に刈沼〜東部団地〜氷室中の島が開業し、後に水都西線が  都市郊外路線の性格を持つ契機となった。 ・1978(S53)年1月18日に西中台〜北氷室が開業した。 ・1980(S55)年12月26日に水都西本線那珂川大橋〜赤沢及び水都東本線水戸〜赤沢  が廃止され、宇都宮〜水戸を結んだ国鉄バス路線が途切れることとなった。  宇都宮〜水戸の直通便の末期の様子については、「国鉄監修交通公社の時刻表」  1978(S53)年10月号(8/11現在)では次の1往復になっていたのを確認できる。  (下り)    東武駅前1440→宇都宮1448→祖母井1532→茂木1605→長倉宿1631→1744水戸  (上り)    水戸0930→長倉宿1043→茂木1112→祖母井1141→宇都宮1224→1232東武駅前 ・1982(S57)年3月25日に長倉宿〜那珂川大橋が廃止された。 ・1984(S59)年3月末に田野辺線(祖母井〜椎谷口、田野辺口〜田野辺)が廃止さ  れた。同年10月末限りで山ノ内線(那珂川橋〜甲)が廃止された。 ・1985(S60)年1月末限りで八ツ木線(給部〜向田)が廃止された。一方、同年8  月27日に鐺山〜清陵高校入口〜氷室中の島、清陵高校入口〜清陵高校が開業した。 ・1985(S60)年当時、水都西線には、(自)宇都宮、祖母井及び(自)茂木の各駅  が自動車駅として存在した。また、国鉄バス運行の拠点として、宇都宮自動車  営業所(作新正門前)及び同茂木支所(茂木)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、水都西  線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    東武駅前〜茂木 14往復    東武駅前〜祖母井 下り22本(うち休日運休、休日休校日運休各1本)・     上り20本(うち休日運休、休日休校日運休各1本)    茂木〜長倉宿 7往復 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年2月末限りで板戸線(道場宿〜板戸)の廃止が公示された。 ・国鉄宇都宮自営監修「国鉄バス時刻表」1986(S61)年4月改正によると、水都西  線には次のような系統が設定されていた。    作新・東武駅前〜道場宿〜祖母井〜茂木 下り9本・上り8本    作新・東武駅前〜氷室〜水橋〜祖母井〜茂木 下り3本・上り4本    作新・東武駅前〜氷室〜水橋〜(直行)〜茂木 下り2本・上り3本(うち     日祝運休、日祝運転各1本)    作新・東武駅前〜道場宿〜刈沼〜八ツ木〜給部 下り2本・上り3本    作新・東武駅前〜道場宿〜東部団地〜祖母井〜給部 下り1本    作新・東武駅前〜氷室〜水橋〜祖母井〜給部 下り1本    作新・東武駅前〜氷室〜氷室中の島〜祖母井〜給部 上り1本    作新・東武駅前〜道場宿〜祖母井〜給部 上り1本    作新・東武駅前〜道場宿〜祖母井 下り8本(うち日祝運休2本)・上り     8本    作新・東武駅前〜氷室〜水橋〜祖母井 下り13本・上り14本(うち日祝運休、     日祝運転各1本)    作新・東武駅前〜氷室〜氷室中の島〜祖母井 下り1本    作新・東武駅前〜道場宿〜祖母井〜上根新田 下り1本(日祝運転)・上     り1本    作新・東武駅前〜氷室〜七区〜東部団地 下り7本(うち日祝運休1本)     ・上り6本    作新・東武駅前〜清陵高校〜東部団地 下り2本・上り3本    作新・東武駅前〜道場宿〜刈沼〜東部団地 下り10本・上り8本(うち日祝     運休1本)    作新・東武駅前〜氷室〜工業団地〜東部団地 上り1本    作新・東武駅前〜清陵高校 下り2本(うち土日祝休校日運休、平日運転各     1本)・上り3本(うち日祝休校日運休、土曜運転、平日運転各1本)    作新・東武駅前〜下桑島 9往復(うち日祝運休1往復)    作新・東武駅前〜工学部 15往復    祖母井〜給部 下り3本・上り2本    茂木〜長倉宿 8往復(うち日祝休校日運休土曜運転1往復)    茂木〜勘七坂 2往復(うち日祝休校日運休、土日祝日運休各1往復) ・1986(S61)年11月23日に西中台〜北氷室が廃止され、西中台〜清原工業団地北〜  刈沼が開業した。 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、荒宿〜市貝小学校前〜  市塙及び茂垣〜長倉宿が認知された。 ・水都西線は、国鉄民営化及び自動車分離を経て、JRバス関東に継承された。 ・1989(H1)年12月11日に道地線(祖母井〜給部)及び八ツ木線の東野高谷〜給部が  休止されて、翌年9月に廃止された。1991(H3)年7月11日に桑島線(石井局前〜  下桑島)が廃止された。1993(H5)年5月末限りで茂木〜長倉宿及び茂垣〜長倉宿  が廃止された。1994(H6)年7月末限りで八ツ木線の刈沼〜東野高谷が廃止された。 ・1997(H9)年8月1日から茂木〜ツインリンクもてぎが開業した(2011(H23)年6月  から定期運行はなくなったが、2015(H27)年現在、レース開催日等の特定日運行と  なっている)。 ・2000(H12)年10月1日に簗瀬町〜宇都宮駅東口〜刈沼が開業した。2001(H13)年12  月3日には裁判所前(桜小学校入口)〜関東自動車整備前〜JRバス宇都宮支店、  作新正門前〜JRバス宇都宮支店、芳賀工業団地西〜本田技研正門前〜北梨の木  原が開業するとともに、西中台〜清原中央公園、氷室〜氷室中の島が廃止された。 ・2003(H15)年4月1日に刈沼〜産業創造プラザ〜本田技研高根沢工場前が開業し、  2004(H16)年10月5日に工学部正門〜陽東桜が丘(ベルモール)が延長した。2006  (H18)年3月末限りで上赤羽〜上ノ原、芳賀工業団地西〜芳賀工業団地南、桜小学  校入口〜作新正門前〜JRバス宇都宮支店が廃止された。 ・2013(H25)年4月1日には鐺山東〜芳賀水橋〜下野原、清原中央公園〜刈沼が廃止  され、宇都宮支店の芳賀町移転に伴って、芳賀バスターミナルを設置し、刈沼〜  芳賀バスターミナルをバイパス経由に変更した。 ・2015(H27)年6月現在、作新学院前〜宇都宮〜鐺山〜道場宿〜芳賀バスターミ  ナル〜芳賀温泉〜茂木他がJRバス関東によって運行されている。 3.3 旅の考察 ・きっぷの経路は刈沼〜芳賀三日市〜祖母井〜下野原〜上根新田(4.2+6.3=  10.5km)であるが、刈沼〜給部〜祖母井〜下野原〜上赤羽〜上根新田(10.6+  5.9+1.0+1.8+1.8=21.1km)の方が距離が10.5kmほど長かった。 ・著者が小貝口の近くと案内されてバスを降りた停留所は、水都西本線の小貝口  経由の経路と市貝小学校前経由の経路が分岐する、荒宿停留所であったと推測  される。 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、水都西線には接続駅(宇都宮、  市塙及び茂木)の他に、祖母井及び宇都宮一条町に第一種委託駅(自動車駅)が  置かれていた。 ・関東地自(1957)「沿革と経営の記録」によると、国鉄自動車による新聞輸送の  一環として、1951(S26)年10月1日から宇都宮駅中継で、宇都宮〜真岡〜七井〜  祖母井〜茂木〜烏山〜小川辻町〜馬頭(150.3km)の通称「茂木常野線」の運行を  開始した。中継駅積込開始が0時50分で、車庫帰着が翌7時23分であった。  なお、この宇都宮駅中継の新聞輸送は1956(S31)年12月1日から廃止された。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【407】南筑波線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇南筑波線    1 亀城公園前−古河 1.2 路線略図       久能 大綱 松本  古河◎−−○−−○−−○−−○下妻上町                |                ○吉沼                |                ○篠崎                |                ○常陸大曽根                |                ○常陸栄                |             虫掛橋○                 \             亀城公園前○−>常陸寺前                  |                  ◎土浦                 /                ・                |                V             江戸崎・佐原 ※土浦〜亀城公園前〜常陸寺前は山ノ荘線、土浦〜江戸崎〜佐原は霞ヶ浦本線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・南筑波線1 亀城公園前〜下妻上町〜古河 2.2 掲載 ・40日目 7/20(金) S61.5号 8.関東・信越編(上) 単行本 p192〜p193 2.3 行程 ○土浦1520→1635下妻上町 南筑波線 土浦発 下妻上町行 527-9022(日野RE101) ○下妻上町1649→1749古河 南筑波線 下妻上町発 古河行 521-8009(いすゞBU04改) 2.4 エピソード ・下妻上町行きは土浦市街地の商店街の真ん中を抜け、立ち客を大勢乗せて巨大  なコンクリート橋高架下に出た。やがて桜村となり、稲、ネギ、トウキビ畑と  住宅地が共存している狭い道をのどかに走る。 ・突然という感じで左手に筑波大学が現れ、車内に空席ができた。その後はずっ  と田園地帯が続き、古びた蔵造りの残る下妻市の中心へ入っていく。 ・下妻上町で古河行きに乗り換えると雲行きが怪しくなった。次第に路面が濡れ  てきて、雨水に洗われている十字路にかかる。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・南筑波線は、1951(S26)年2月20日に霞ヶ浦線の支線として亀城公園前〜古河が  開業したのがルーツで、東北本線古河駅と常磐線土浦駅とを結ぶ短絡線として  の使命を有していた。この路線は1962(S37)年11月に霞ヶ浦線から分離した。 ・1966(S41)年5月に古河〜古河西口が開業した(1970(S45)年10月に廃止公示)。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1970(S45)年8月号(7/9現在)によると、南筑波  線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    土浦〜古河 下り5本・上り7本    土浦〜下妻上町 下り6本・上り5本    下妻上町〜古河 上り1本 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1976(S51)年4月号(3/2現在)によると、南筑波  線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    土浦〜下妻上町 13往復    下妻上町〜古河 10往復 ・1985(S60)年当時、線内の下妻上町に自動車駅が存在した。また、国鉄バス運行  の拠点として、土浦自動車営業所(霞ヶ浦本線富士崎町)、同古河派出所(古  河)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、南筑波  線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。    土浦〜下妻上町 下り11本・上り10本    下妻上町〜古河 7往復 3.2 旅から30年 ・土浦自営「国鉄バス時刻表」1987(S62)年2月改正によると、南筑波線には次  のような系統が設定されていた。    土浦〜古河 2往復    土浦〜下妻上町 7往復    土浦〜八幡転向場 下り1本・上り2本    土浦〜篠崎転向場 下り8本(うち休校日運休、日祭日運休各1本)・     上り9本(うち休校日運休1本、日祭日運休2本)    土浦〜八竜神転向場 9往復(うち休校日運休、土曜運転、土曜休校日     運休、日祭日運休各1往復)    篠崎転向場〜下妻上町 下り1本(休校日運休)    篠崎転向場〜総上 上り1本(休校日運休)    篠崎転向場〜八幡転向場 1往復    西高野転向場〜下妻上町 下り3本(休校日運休、土曜運転、土曜休校     日運休各1本)・上り2本(土曜運転、土曜休校日運休各1本)    西高野転向場〜総上 上り1本(休校日運休)    下妻上町〜古河 4往復    松本〜古河 下り7本(うち日祭日運休1本)・上り6本    大綱〜古河 下り17本(うち日祭日運休2本、休校日運休1本)・上り     16本(うち日祭日運休、休校日運休各1本) ・南筑波線は、国鉄民営化及び自動車分離を経て、JRバス関東に継承された。 ・1996(H8)年12月にテクノパーク桜への乗り入れが開始されて、北柴崎〜しら  かし通り東〜陽の見公園前〜北柴崎の循環経路が開業した。 ・2000(H12)年3月27日、古河三中前〜駐屯地正門〜久能が開業した。 ・2002(H14)年4月1日に古河支店及び同大綱営業所が発足し、大綱発着便を  営業所(旧転向場)発着に延長した。 ・2005(H17)年7月9日にテクノパーク桜乗り入れが廃止された。 ・2006(H18)年3月末限りで篠崎転向場〜下妻上町〜松本が廃止されて、南筑  波線は土浦口と古河口(東古河妻線)に分断された。 ・2008(H20)年3月末限りで下虫掛〜篠崎転向場が廃止された。同年4月1日、  古河口で北利根工業団地経由の系統が新設された(2013(H25)年8月末限り  で廃止)。 ・2009(H21)年5月1日に土浦〜イオンショッピングセンターのシャトルバス  を運行開始した。 ・2014(H26)年5月末に土浦〜下虫掛が廃止された。 ・2015(H27)年6月現在、古河〜大綱〜松本が「東古河線」として、JRバス  関東によって運行されていた。その後、2016(H28)年3月末限りで大綱〜松  本が廃止された。 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、接続駅(古河)の他、下妻  上町に第二種委託駅(自動車駅)が置かれていた。 ・関東地自(1957)「沿革と経営の記録」によると、国鉄自動車による新聞輸送の  一環として、1951(S26)年9月30日から土浦駅中継で、土浦〜水海道〜下妻〜  真壁〜北条〜大曽根〜常陸藤沢(99.2km)の通称「南筑波線」の運行を開始した。  中継駅積込開始が23時40分で、車庫帰着が翌4時58分であった。 ・この間、南筑波線を担当する土浦自営古河派出所は、2002(H14)年3月末までに  古河支店に昇格した。その後、2009(H21)年11月に佐野支店が開設されると、20  10(H22)年12月までに同支店古河営業所となった。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【408】霞ヶ浦線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇霞ヶ浦線   霞ヶ浦本線    1 土浦−佐原    2 土浦−大岩田二区    3 谷津入−一本松    4 姥神−信太古渡    5 伊佐部−押砂    6 水郷大橋−佐原   山ノ荘線    1 土浦−ゆう・もあ村    2 笠師−馬立口−常陸寺前   君島線    1 阿見−君島−江戸崎高校前    2 霞台−阿見役場前    3 竹来−竹来下    4 追原辻−島津    5 布佐橋−大形    6 江戸崎西高前−江戸崎高校前   安中線    1 木原−安中    2 大山−大谷   十余島線    1 江戸崎高校前−阿波−押砂−東役場前    2 神宮寺−高田須賀    3 下阿波−甘田−水神    4 脇川−神崎大橋   浮島線    1 古渡−浮島 1.2 路線略図        ゆう・        もあ村○           |        山ノ荘○           |       常陸寺前○          / \       道知○   ○粟野          \ /         笠師○           |       亀城  ○中並木       公園前 |    古河<−○−−○土浦一高前        |  富士崎町○−◎土浦      | |  小松坂下○−○蓮河原       \   土浦三高下○         \      霞台○−○阿見       /|  \   阿見 ○ ○竹来 ・   役場前  |  /     掛馬台○−○竹来下        |  \     追原辻○−−−○島津        |   |      君島○   ・        |    \    大形○−○布佐橋  \        |    木原○−−−○大塚     一本松○ 美駒   |   |       / \寮前   |   ○馬掛  江戸崎 /   ○−○−−○谷津入|  西高前/ 小角/ 美浦トレ|   |    ○−−−○  セン前 ○−−−○−○安中    |   |      |大谷 大山  常陸○   ○佐倉原 姥神○  犬塚|   |     /|    ○−−−+−−−−・ ・   愛宕下   |吹上   /        ○−−−−○信太古渡   江戸崎 /     |   高校前○    古渡○−−○−−○浮島      |     /  桜川村   江戸崎○    ・   役場前      | 常陸岡|  高田須賀○−−○−○神宮寺              |    |    阿波崎   上須田      | 下阿波○−○−−−○−−−−−○      |    | 甘田      伊佐部\水神    浦向○−−−−○−−−−−−−−−−○−−○ 東役          常陸\         |   \場前          幸田 \        ○佐原組 ○−−○西代              ○脇川 ・   |新田 /   |               \ /|下橋向|  /  水郷|                +○−−○−○−・   大橋○−−−−−−・                橋向|/  押砂      |  ◎佐原 |                  ○         佐原○  +   ○佐原市                  神崎        女子 \ |\  |役所前                  大橋        高校  ・+−+−+                                 |   |                                 ○−−−○                                諏訪神 中宿                                社前 ※亀城公園前〜古河は南筑波線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・山ノ荘線1 土浦〜亀城公園前 2.2 掲載 ・40日目 7/20(金) S61.5号 8.関東・信越編(上) 単行本 p192〜p193 2.3 行程 ○土浦1520→1635下妻上町 南筑波線 土浦発 下妻上町行 527-9022(日野RE101) 2.4 エピソード ・下妻上町行きは土浦市街地の商店街の真ん中を抜けて、立ち客を大勢乗せて巨  大なコンクリート橋高架下へ出た。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・霞ヶ浦線は、1947(S23)年3月25日に土浦〜阿見〜木原〜姥神〜江戸崎〜浦向〜  常陸幸田〜石納〜西代〜佐原が開業したのがルーツで、1949(S24)年1月30日に  大谷〜安中(後の安中線の一部)、江戸崎高校前〜信太古渡〜古渡〜阿波〜常陸  幸田(後の十余島線の一部)、1951(S26)年2月15日に常陸幸田〜橋向〜石納(  →東役場前)(後の十余島線の一部)、1952(S27)年12月25日に南筑波線の支線  として土浦〜道知〜山ノ荘(後の山ノ荘線)が開業した。 ・この路線は、東北本線(当初南筑波線は霞ヶ浦線の支線であった)・常磐線及び  成田線を短絡する使命を有した他、観光路線としての使命も有していた。 ・1954(S29)年1月25日に姥神〜信太古渡及び古渡〜浮島が開業し、同年2月1日  には舟島村役場前(→島津)〜追原辻〜君島〜常陸犬塚〜江戸崎(後の君島線の  一部)が開業した。 ・1955(S30)年11月15日、木原〜大山(後の安中線の一部)、高田須賀〜常陸岡〜  神宮寺(後の十余島線支線)、阿波〜甘田〜須賀津(後の浮島線の一部、1979(  S54)年4月23日廃止公示)が開業した。 ・1957(S32)年8月1日には阿波〜甘田〜阿波崎〜水神(後の十余島線支線)、同  年9月に阿見〜曙町〜追原辻(後の君島線の一部)が開業した。 ・1960(S35)年12月10日、山ノ荘線の山ノ荘〜東城寺及び中並木〜永井〜常陸寺前  が開業した。1962(S37)年4月12日には本新開拓口〜本新支所前〜西代が開業し  (1979(S54)年4月廃止公示)、同年6月15日に姥神〜野原〜佐倉新田(1979(S  54)年4月23日廃止公示)及び伊佐部〜佐倉組新田〜曲淵が開業した。 ・1964(S39)年7月30日に浮島線浮島〜浮島水泳場が開業した(1982(S57)年2月に  廃止公示)。1967(S42)年4月14日に君島線の霞台〜阿見役場前及び君島天神〜  大形が開業した。1968(S43)年11月1日に十余島線脇川〜神崎大橋〜神崎役場前  が開業した。 ・「全国バス路線便覧」1964(S39)年版によると、土浦〜江戸崎(阿見・木原経由)  の運行回数が25回(往復)となっており、この当時、既に高頻度の運行が行われ  ていた。 ・1978(S53)年4月1日、宮地〜美浦トレセン前〜土屋及び大谷〜美浦トレセン前  が開業した。1981(S56)年2月25日には山ノ荘線東城寺〜ゆう・もあ村及び君島  線竹来〜竹来下が開業した。1982(S57)年10月30日には十余島線神崎大橋〜下総  神崎及び神崎農協前〜神崎橋の廃止が公示された。 ・1985(S60)年当時、線内の(自)土浦、江戸崎及び(自)佐原に自動車駅が存在  した。また、国鉄バス運行の拠点として、土浦自動車営業所(富士崎町)及び同  江戸崎支所(江戸崎支所前)が置かれていた。 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年4月11日、君島線の霞台〜阿見役場前、竹来〜竹来下及び追原辻〜  島津の廃止が公示された。次いで同年8月末限りで安中線木原〜大山の廃止が公  示された。 ・土浦自営「国鉄バス時刻表」1986(S61)年4月7日改正によると、霞ヶ浦線には  次のような系統が設定されていた。  (霞ヶ浦本線)    土浦〜木原〜阿波〜水神〜東役場前〜佐原 急行便1往復    (下り)      土浦1735→1858佐原    (上り)      佐原0648→0808土浦    土浦〜木原〜阿波〜水神〜東役場前〜佐原 普通便 上り1本    土浦〜木原〜江戸崎〜浦向〜水神〜東役場前〜佐原 下り5本・上り3本    土浦〜木原〜大谷〜江戸崎 下り26本(うち休校日運休2本)・上り28本     (うち休校日運休2本、日祭運休1本)    土浦〜木原〜トレセン〜大谷〜江戸崎 下り4本・上り3本    土浦〜木原〜トレセン〜小角〜江戸崎 下り1本(日祭運休)    土浦〜木原〜トレセン 下り9本(うち富士崎町始発1本)・上り9本    江戸崎〜浦向〜水神〜東役場前〜佐原 下り5本・上り7本    江戸崎〜浦向〜幸田 下り2本(うち休校日運休1本)・上り1本    東幸田〜水神〜東役場前〜佐原 上り1本    江戸崎〜浦向〜幸田〜橋向〜東役場前 上り1本  (十余島線)    江戸崎〜古渡〜阿波〜幸田〜橋向〜東役場前〜佐原 下り1本    江戸崎〜古渡〜阿波〜幸田〜橋向〜東役場前 下り7本・上り6本    江戸崎〜古渡〜阿波〜幸田 下り2本・上り3本(うち休校日運休1本)    幸田〜橋向〜東役場前 下り1本    江戸崎支所〜古渡〜神宮寺 下り1本(休校日運休)    江戸崎〜岡〜神宮寺 上り1本(休校日運休)    江戸崎〜岡〜阿波〜阿波崎〜水神〜東役場前〜佐原 下り1本    江戸崎〜古渡〜阿波〜阿波崎〜水神〜東役場前〜佐原 下り1本    江戸崎〜古渡〜阿波〜阿波崎〜水神〜東役場前〜西代 上り1本(休校日運休)    江戸崎〜岡〜阿波〜阿波崎〜水神〜東役場前〜西代 上り1本    江戸崎〜岡〜阿波〜阿波崎〜水神〜東役場前 1往復    上須田〜水神〜東役場前〜西代 下り1本(休校日運休)    神宮寺〜阿波〜阿波崎〜水神〜東役場前〜西代 下り2本・上り1本    神宮寺〜阿波〜阿波崎〜水神〜東役場前 1往復    神宮寺〜阿波〜阿波崎〜水神〜東役場前〜女子高〜佐原 上り1本    江戸崎〜浦向〜幸田〜下橋向 2往復(土曜運転、土曜休校日運休各1往復)    東幸田〜伊佐部〜佐原組新田〜押砂〜東役場前 下り1本    伊佐部〜佐原組新田〜押砂〜橋向〜押砂〜東役場前 上り1本  (君島線)    土浦〜君島〜江戸崎西高〜江戸崎 下り6本・上り7本    土浦〜君島〜トレセン 下り3本(うち富士崎町始発1本)・上り3本    土浦〜君島〜大形 下り3本(うち富士崎町始発1本)・上り3本    花指大師〜江戸崎西高〜江戸崎 1往復(休校日運休)    土浦〜掛馬台 下り6本(うち休校日運休1本、富士崎町始発土曜運転2本、     富士崎町始発土曜休校日運休3本)・上り7本(うち休校日運休1本、土曜     運転2本、土曜休校日運休3本)    土浦駅東口〜掛馬台 下り1本    江戸崎〜小角〜江戸崎西高 下り5本(うち休校日運休2本、土曜運転1本、     土曜休校日運休2本)・上り10本(うち学校指定便3本、土曜運転3本、     土曜休校日運休3本、休校日運休1本)    江戸崎〜犬塚〜江戸崎西高 下り1本(休校日運休)    支所前〜小角〜江戸崎西高 下り7本(うち学校指定便3本、土曜運転2本、     土曜休校日運休1本、休校日運休1本)・上り3本(休校日運休)  (安中線)    土浦〜木原〜大谷〜安中 下り3本(うち富士崎町始発1本)・上り2本    江戸崎〜大谷〜安中 下り2本・上り3本    大谷〜安中 2往復  (浮島線)    土浦〜木原〜大谷〜古渡〜浮島 下り3本・上り4本  (山ノ荘線)    土浦〜道知〜寺前〜ゆう・もあ村 下り5本・上り3本    土浦〜永井〜寺前〜ゆう・もあ村 下り4本・上り6本    土浦〜道知〜寺前 下り5本(うち日祭運休2本、土曜運転1本)・上り5     本(うち日祭運休1本、土曜運転1本)    土浦〜永井〜寺前 下り5本(うち日祭運休1本、土曜運転1本)・上り5     本(うち日祭運休2本、土曜運転1本)    土浦〜中都公民館 4往復(うち日祭運休1往復、土曜休校日運休1往復)     ※土浦〜寺前は往路道知・復路永井経由又は往路永井・復路道知経由で      循環運転 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、霞ヶ浦本線の美浦トレ  セン前〜小角が認知された。 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、霞ヶ浦線はJRバス関東に継承された。 ・1990(H2)年3月10日、君島線布佐橋〜大形、十余島線神宮寺〜高田須賀が休止  された(翌年3月10日廃止)。1991(H3)年3月14日には安中線大谷〜安中が休  止された(翌年3月14日廃止)。 ・1994(H6)年3月26日から君島線がガーデンシティ湖南へ乗入れを開始した(池  の台〜南平台東開業)。同年9月6日、本線の伊佐部〜押砂が休止された(翌  年9月30日廃止)。 ・1995(H7)年9月末限りで、十余島線の常陸幸田〜橋向〜東役場前、下阿波〜甘田  〜水神及び脇川〜神崎大橋〜下橋向が廃止された。 ・1996(H8)年9月1日、土浦〜ガーデンシティ湖南系統に東京医大経由便が運行を  開始した(阿見〜東京医大前〜阿見中央〜曙町が開業)。 ・1997(H9)年3月26日、山ノ荘線の常陸寺前〜ゆう・もあ村が廃止された。 ・土浦支店「JRバス関東時刻表」1997(H9)年3月22日改正によると、霞ヶ浦線に  は次のような系統が設定されていた。    土浦〜木原〜阿波〜水神〜東役場前〜佐原 1往復    土浦〜木原〜江戸崎〜浦向〜水神〜東役場前〜佐原 下り2本・上り3本    土浦〜木原〜大谷〜江戸崎 下り27本(うち休校日日祝2・4土曜運休4本、     日祝2・4土曜運休5本)・上り31本(うち休校日日祝2・4土曜運休5     本、日祝2・4土曜運休6本、日祝2・4土曜運転1本)    土浦〜木原〜トレセン〜大谷〜江戸崎 下り10本(うち日祝2・4土曜運休     1本)・上り5本    土浦〜木原〜トレセン〜小角〜江戸崎 下り1本(日祝2・4土曜運休)・     上り1本    土浦〜木原〜トレセン 下り4本・上り7本    江戸崎〜浦向〜水神〜東役場前〜佐原 下り6本・上り5本(うち日祝2・     4土曜運休1本)    江戸崎〜浦向〜幸田 下り2本(休校日日祝2・4土曜運休)・上り1本(     休校日日祝2・4土曜運休)  (十余島線)    江戸崎〜古渡〜阿波〜幸田〜橋向〜東役場前〜佐原 下り3本(うち休校日     日祝2・4土曜運休1本、営業所始発日祝2・4土曜運休1本)・上り3     本(うち女子高経由休校日日祝2・4土曜運休1本)    江戸崎〜古渡〜阿波〜幸田 下り7本・上り9本(うち休校日日祝2・4土     曜運休2本)  (君島線)    土浦〜君島〜江戸崎西高〜江戸崎 下り8本(うち富士崎町始発休校日日祝     2・4土曜運休1本、日祝2・4土曜運休1本)・上り5本(うち日祝2     ・4土曜運休1本)    土浦〜君島〜トレセン 下り3本(うち日祝2・4土曜運休1本)・上り5     本(うち日祝2・4土曜運休2本)    土浦〜君島 下り1本・上り2本(うち土日祝運休1往復、日祝2・4土曜     運休上り1本)    土浦〜工業団地 上り1本(休校日日祝2・4土曜運休)    土浦駅東口〜工業団地 下り1本(休校日日祝2・4土曜運休)    土浦〜ガーデンシティ湖南 下り18本(うち南平台南止2本、医大経由2本)     ・上り20本(うち地区センター始発2本、地区センター始発日祝2・4土     曜運休1本)     ※土浦〜ガーデンシティ湖南は、ガーデンシティ内(地区センター→南平      台東→南平台南)循環し土浦行きとなる。    江戸崎〜小角〜江戸崎西高 6往復(うち休校日日祝2・4土曜運休1往復、     土曜運転2往復、土曜休校日運休3往復)  (浮島線)    土浦〜木原〜大谷〜古渡〜浮島 3往復(うち日祝2・4土曜運休1往復)  (山ノ荘線)    土浦〜道知〜寺前 下り8本(うち川口町始発日祝2・4土曜運休1本、     休校日日祝2・4土曜運休1本)・上り9本    土浦〜永井〜寺前 下り9本・上り8本(うち日祝2・4土曜運休1本、     休校日日祝2・4土曜運休1本)    土浦〜中都公民館 下り4本(うち日祝2・4土曜運休3本)・上り4本     (日祝2・4土曜運休)     ※土浦〜寺前は往路道知・復路永井経由又は往路永井・復路道知経由で      循環運転 ・2000(H12)年7月25日に君島線の池の台〜追原〜追原辻が開業した。同年9月1日、  高速バス「いたこ・あそう号」の江戸崎営業所出入庫便を活用して「麻生リレー  号」(江戸崎営業所〜麻生役場前)が運行開始した(新規区間として阿波〜東町役  場〜麻生役場前が開業)。また、同年9月末限りで霞ヶ浦線の佐原乗入れが廃止さ  れ、常陸幸田までの運転となった(常陸幸田〜伊佐部〜東役場前〜西代〜水郷大橋  〜佐原及び水郷大橋〜佐原女子高前〜佐原が廃止)。 ・2001(H13)年6月1日、茨城観光自動車の廃業に伴って、竜ケ崎〜美浦村の代替運  行(貸切免許による乗合輸送)を開始した(新規区間として山戸丁〜君島天神〜正  直〜竜ケ崎駅が開業。運行系統は竜ケ崎駅〜君島天神〜山戸丁〜美浦中学前〜谷津  入〜大谷〜馬見山〜大谷〜谷津入〜トレセン前〜布佐橋、木原・馬見山〜谷津入〜  トレセン前〜君島天神〜竜ケ崎駅)。 ・2002(H14)年11月末限りで「麻生リレー号」が廃止された(阿波〜東町役場〜麻生  役場前廃止)。 ・2004(H16)年4月1日から竜ケ崎〜美浦村線を竜ケ崎高校まで延伸した(竜ケ崎駅  〜竜ケ崎高校が開業)。同年6月21日、本線の江戸崎〜浦向〜常陸幸田、十余島線の  江戸崎高校前〜信太古渡及び羽生入口〜阿波〜常陸幸田が廃止され、JRバス  は江戸崎までの運行となった。同年10月末限りで美浦トレセン前〜小角が廃止  された。 ・2007(H19)年3月24日に小角経由の江戸崎西高便が廃止となり、江戸崎西高前〜小  角〜吹上が廃止された。同年10月1日深夜(暦上は2日未明)から深夜バス「土浦  リレー号」(取手駅西口〜土浦駅東口(下り便)、土浦駅東口〜ひたち野うしく駅  (上り便))の運行を開始した。 ・2008(H20)年3月末限りで、本線の姥神〜信太古渡〜古渡(羽生入口)、浮島線  (古渡(羽生入口)〜浮島)、山ノ荘線(亀城公園前〜永井〜常陸寺前、笠師〜  今泉〜常陸寺前)が廃止された。同年7月13日から深夜バス「土浦リレー号」の牛  久駅乗入れを開始した。 ・2010(H22)年9月末限りで竜ケ崎〜美浦村線が廃止された。 ・2015(H27)年6月現在、霞ヶ浦線は土浦〜阿見〜木原〜江戸崎、阿見〜君島〜江  戸崎高校前、池の台〜南平台東、谷津入〜トレセン前等がJRバス関東によって  運行されている。 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、霞ヶ浦線には接続駅(土浦、  佐原及び下総神崎)の他に、江戸崎に第一種委託駅(自動車駅)が置かれていた。 ・霞ヶ浦本線の第2区間(土浦〜大岩田二区)の土浦は土浦駅東口の停留所であり、  その他の土浦は土浦駅西口の自動車駅である(両者は同一駅扱い)。 ・関東地自(1957)「沿革と経営の記録」によると、国鉄自動車による新聞輸送の一  環として、1951(S26)年9月30日から土浦駅中継で、土浦〜江戸崎〜鹿島〜鉾田  〜玉造〜小川町(137.3km)の通称「霞ヶ浦参宮線」の運行を開始した。中継駅積込  開始が23時35分で、車庫帰着が翌6時1分であった。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【409】水都東線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇水都東線   水都東本線    1 水戸−谷津三叉路    2 水戸−水戸駅南口    3 中丸−双葉台二丁目−三夜前    4 中丸−双葉台五丁目−三夜前   飯沼線    1 赤塚−飯沼 1.2 路線略図    谷津   三夜前 学    三叉路○−−○  校         /|  口/\        ・ ○−+○  ○双葉台五丁目        | |南| \/        ・+・開|     自由  大工町      双葉台○ 江○老人ホ  ヶ丘○−−○−・      二丁目|  |ーム 赤塚  |    |         ・−−○−−−◎−−−・    ◎水戸            中丸  |  水戸駅○  +−・                |  南口 |  | |                |     ・−−−−・                ○常陸高田    ・−>大貫海岸・涸沼           飯沼  /       羽鳥<−○−−・  ※羽鳥〜飯沼は、柿岡線  ※水戸〜下入野〜大貫海岸、下入野〜涸沼は、水戸南線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・飯沼線1 飯沼〜常陸高田〜赤塚 ・水都東本線1 赤塚〜水戸 2.2 掲載 ・45日目 8/1(木) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p216 2.3 行程 ◇飯沼転向場2010→2035赤塚 飯沼線 飯沼転向場発 赤塚行                        331-9008(いすゞK-CCM410改) ◇赤塚2044→2100水戸 水都東本線 双葉台五丁目発 一高下行                          527-3083(日野K-RC381) 2.4 エピソード ・飯沼転向場からの赤塚行きは、赤塚から水都東本線の水戸行きにかろうじて  つながっており、転向場を遅れて発車したバスの運転手は「間に合わせまし  ょう」と請け合ってくれる。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・水都東線は1959(S34)年1月9日に、水戸西線として水戸〜赤塚〜谷津〜石塚  上町、谷津〜杉崎が開業したのがルーツで、沿線地方の産業文化の発展助長を  使命としていた。水戸西線は、1980(S55)年12月26日に旧水都東本線の廃止に  伴って、新たに水都東線として再編成された。 ・1963(S38)年8月12日に飯沼線(赤塚〜飯沼)が開業した。 ・1974(S49)年10月23日に水戸西線の水戸〜水戸駅南口が開業した。 ・1980(S55)年2月16日に水戸西線中丸〜双葉台五丁目〜三夜前が開業した。 ・1982(S57)年3月25日に谷津三叉路〜内原が廃止され、1983(S58)年3月末に  谷津三叉路〜石塚上町が廃止された。 ・1985(S60)8月改正ダイヤでは、水都東本線の双葉台五丁目・谷津三叉路方面  と水戸南本線の常陸山崎・新興農場・涸沼方面とは半数程度の便が水戸を跨  いで直通運転を行っていた。水戸方面〜谷津三叉路は8往復が設定され、  水戸方面〜双葉台五丁目は6〜20時台に5〜35分間隔で29往復が設定されて  いた。また、飯沼線は水戸・赤塚〜飯沼に6往復が設定されていた。 ・1985(S60)年当時から(自)水戸に自動車駅が存在しており、高速バス切符売場  として現存している(2016(H28)年4月21日から水戸駅南口に移転)。 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、三夜前〜済生会病院が  認知された。 3.2 旅から30年 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、水都東本線及び羽鳥線は、JRバス関東に  継承された。 ・1991(H3)年3月16日に水戸〜水戸駅南口が休止された(翌年1月末限りで廃止)。  本線区間も、1992(H4)年11月16日に三夜前〜谷津三叉路が休止(翌年9月末限り  で廃止)された。支線区間も1995(H7)年10月2日には飯沼線常陸高田〜飯沼が休  止された(翌年9月30日廃止)。 ・水戸支店「JRバス時刻表」1997(H9)年11月1日改正によると、水都東線には  次のような系統が設定されていた。    下石崎秋の月・水戸〜双葉台五丁目 下り34本(うち日祝運休10本、土日     祝運休5本)・上り35本(うち日祝運休7本、土日祝運休7本、土曜運     転1本)(所要:水戸〜双葉台五丁目37分、下石崎秋の月〜双葉台五丁     目1時間12分)    下入野・水戸〜赤塚 下り7本(うち日祝運休2本、土日祝運休5本)・     上り9本(うち日祝運休3本、土日祝運休6本)    赤塚〜双葉台五丁目 下り1本(土日祝運休)・上り2本(うち土曜運転     1本、土日祝運休1本)    水戸〜赤塚〜常陸幸田 1往復(日祝運休) ・他方、1999(H11)年4月1日には水戸・赤塚〜茨城県庁に県庁シャトルバスが運  行を開始した(2004(H16)年3月末限り廃止)。 ・その後、2000(H12)年3月27日に飯沼線の残存区間、2003(H15)年3月末限りで  本線の赤塚以西の区間がそれぞれ廃止された。 ・2015(H27)年現在、水都東線はJRバス関東によって水戸〜赤塚が運行されて  いる。 3.3 旅の考察 ・乗車券の経由欄には「赤塚、水戸」とあるが、この区間は鉄道(常磐線、6.0  km)と自動車(水都東線、6.2km)の双方があるため、「赤塚、水都東線、  水戸」とするのが正当と思われる。 ・水都東線沿線の双葉台団地は、県土地開発公社により1973(S48)年度に開発事業  が開始され、1984(S59)年度に事業終了した。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【410】柿岡線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇柿岡線   柿岡本線    1 羽鳥−福原    2 羽鳥−石岡    3 瓦谷−八郷高校前   友部線    1 羽鳥−友部    2 岩間駅口−岩間   羽鳥線    1 羽鳥−飯沼    2 羽刈口−北浦団地 1.2 路線略図                  ・−◎友部                  |                  |       ◎福原    岩間駅口○−◎岩間       |          |         赤塚       |          |   ○北浦団地 Λ       |          |   |     |       ・−・     羽鳥 | ・−○−−−−−○飯沼         |  瓦谷 十文字| | 羽刈口   恋瀬小学校前○−−○−−−−−○−◎羽鳥            |     |            |     |     八郷高校前○−○柿岡   ○常陸大谷                  |                  |                  ◎石岡  ※友部線羽鳥〜友部、岩間駅口〜岩間は1985(S60).8.1から長期休止  ※赤塚〜飯沼は、水都東線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・友部線1 友部〜岩間駅口〜羽鳥十字路〜羽鳥 ・羽鳥線1 羽鳥〜羽刈口〜飯沼転向場〜飯沼 2.2 掲載 ・45日目 8/1(木) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p215〜216 ・掲載誌のみ 527-7020の解説 2.3 行程 ◇羽鳥1935→2005飯沼転向場 羽鳥線 羽鳥発 飯沼行 527-7020(日野RE100) 2.4 エピソード ・水戸線福原駅で友部線羽鳥〜友部他1区間を当日(8/1)から廃止する旨の掲示  が出ていた。友部駅の精算窓口に申し立てると、若い精算担当職員はしっかり  しており、「わかりました。鉄道で代行します。そのまま上り電車に乗って  ください」。羽鳥へ降りた時トラブルになっては困るというと、直接伝えて  おきましょうと目の前でダイヤル。羽鳥駅改札口では助役が「バスのお客さん  ですね」とフリーパス。 ・飯沼行きに乗ると、住宅地をまわる停留所ごとにお客が減り、どこへ行くん  ですかと運転手にいぶかしまれながら、飯沼転向場で赤塚行きに乗り継ぎ。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・柿岡線は、1953(S28)年9月1日に、水福線石岡〜羽鳥〜瓦谷〜福原、羽鳥〜  堅倉、瓦谷〜柿岡として開業したのがルーツで、常磐線石岡・羽鳥・岩間・  友部の補完と水戸線福原との短絡を使命としていた。 ・1957(S32)年5月25日に常陸今泉〜岩瀬が開業し、1960(S35)年4月1日に羽  鳥〜小川駅前(後の竹原線)が開業した。 ・1963(S38)年5月27日に羽鳥〜友部(後の友部線)が開業した。 ・1982(S57)年10月30日に羽刈口〜北浦団地、納場〜飯沼が開業した。 ・1983(S58)年3月末に友部線友部〜常陸長岡が廃止され、同年6月25日に常陸  今泉〜岩瀬、同年7月25日に羽鳥線納場〜旧道堅倉の各区間が廃止された。 ・1984(S59)年3月末に竹原線東町〜小川駅前が廃止された。 ・1985(S60)年8月改正ダイヤでは、柿岡線に次のような便が設定されていた  のが確認できる。    石岡〜羽鳥 18.0往復    羽鳥〜恋瀬小学校前 10.5往復    羽鳥〜瓦谷 2.0往復 ・1986(S61)年に恋瀬小学校前〜福原と友部線全線の廃止公示がなされたが、  友部線は旅行途中の1985(S60)年8月1日に休止されていた。 ・1985(S60)年当時、柿岡線の国鉄バス運行拠点として、羽鳥に水戸自営羽鳥派  出所が設けられていた。 3.2 旅から30年 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、上記の廃止区間を除いた柿岡本線、羽鳥線  はJRバス関東に継承された。 ・1989(H1)年11月11日に瓦谷〜八郷高校前が休止(翌年9月25日廃止)、1993(H5)  年11月11日に羽刈口〜飯沼が休止(翌年9月末限りで廃止)され、残った区間も  1995(H7)年3月末限りで羽鳥〜恋瀬小学校前が廃止され、羽鳥〜石岡及び羽鳥  〜北浦団地が休止(翌年3月23日廃止)され、柿岡線は全廃となった。 3.3 旅の考察 ・当時、羽鳥十文字が停車場(運賃起算点となるバス停留所で営業キロが設定  されている)であったならば、柿岡線の最長片道ルートは、友部〜友部線〜  羽鳥十文字〜柿岡本線〜石岡〜常磐線(鉄道)〜羽鳥〜羽鳥線〜飯沼となった  可能性がある。この場合、友部15.0羽鳥十字路7.8石岡6.5羽鳥の計29.3kmと  なり、友部15.2羽鳥より14.1km距離が伸びると思われる。但し、この場合に  友部線を鉄道代行にすると、友部〜羽鳥〜羽鳥十文字〜石岡〜羽鳥となって  環状線一周になってしまう。 ・なお、友部〜羽鳥を国鉄バス友部線に乗車した場合、岩間に寄るため、岩間  駅口〜岩間の0.4kmを別途往復することになったと思われる。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【411】水戸南線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇水戸南線   水戸南本線    1 水戸−大貫海岸    2 常陸山崎−新興農場   涸沼線    1 下入野−涸沼 1.2 路線略図      赤塚<−・          |          ◎水戸          +−・          | |   水戸駅南口<−−−・          ・            \            ○酒門坂下            |            |    新興農場○−−−○常陸山崎            |       下石崎  ○−−−○大貫海岸       秋の月 / 下入野  涸沼○−−−○−・  ※水戸〜赤塚は、水都東線 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・水戸南線は、1953(S28)年10月14日に水福線として水戸〜常陸山崎〜涸沼、下入野  〜大貫町が開業したのがルーツで、1954(S29)年2月11日に大貫町〜海老沢〜堅倉  が、1956(S31)年3月15日に涸沼〜中石崎、同年8月16日に友部線として常陸山崎  〜新興農場〜常陸長岡〜内原〜友部がそれぞれ開業した。本路線は、沿線地方の  産業文化の発展助長と観光開発を使命としていた。 ・1958(S33)年10月10日に友部線鯉渕〜友部が開業した(1964(S39)年6月17日廃止)。 ・1964(S39)年9月1日に友部線常陸三原〜明光中学校が開業した。 ・1982(S57)年3月25日、海老沢〜旧道堅倉、友部線新興農場〜常陸長岡及び常陸三  原〜明光中学校の各区間が廃止された。 ・1985(S60)年3月14日、大貫海岸〜海老沢が廃止された。 ・1985(S60)年当時から(自)水戸に自動車駅が存在しており、高速バス切符売場  として現存している(2016(H28)年4月21日から水戸駅南口に移転)。 ・1985(S60)年8月改正ダイヤでは、水戸南線常陸山崎・新興農場・涸沼方面と、水  都東線双葉台五丁目・谷津三叉路方面とは半数程度の便が水戸を跨いで直通運行  を行っていた。水戸以遠〜大貫海岸5往復、水戸以遠〜新興農場6往復、水戸  以遠〜涸沼7往復がそれぞれ設定されていた。 3.2 旅から30年 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、水戸南本線及び涸沼線はJRバス関東に継承  された。 ・1989(H1)年3月11日に下入野〜大貫海岸が休止され(翌年3月10日廃止)、その後、  1993(H5)年3月18日に常陸山崎〜新興農場が休止され(翌年2月1日廃止)され、  残った区間も1995(H7)年9月末限りでに下石崎秋の月〜涸沼が休止された(翌年9  月末限りで廃止)。 ・水戸支店「JRバス時刻表」1997(H9)年11月1日改正によると、水戸南線には次  のような系統が設定されていた。    双葉台五丁目・水戸〜秋の月 下り4本・上り6本(うち土日祝運休1本、     日祝運休1本、土日祝運転1本)(所要:水戸〜秋の月30分)    双葉台五丁目・赤塚〜下入野 下り3本(うち土日祝運休1本)・上り2本     (うち土日祝運休1本、水戸〜赤塚土日祝運休1本)(所要:双葉台五丁     目〜下入野1時間5分) ・最後まで残った水戸〜下石崎秋の月も2003(H15)年2月末限りでに廃止されて、水  戸南線は全廃となった。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【412】北常陸線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇北常陸線   北常陸本線    1 川尻海岸−西足    2 川尻−石滝−安良川    3 石滝団地口−石滝    4 石滝団地口−いぶき台団地    5 常陸川上−高萩   高萩線    1 高萩−上君田    2 南中郷駅前−南中郷    3 高萩−上和野−石打場    4 高戸入口−高萩中学前 1.2 路線略図        上君田 常陸横川  石打場         ○−−−○−−−−○−−−−−−−−・                  |        |                  |      ◎−○南中郷駅前                  ○上和野  南中郷|                  |        |                  |    ・−−−○高戸入口                  ○大心苑 |   |                  |    +−◎ |                  ・−−−−+高萩 ○高萩中学前                       |                  ・−−−−○安良川                  |    |                  |  石滝○−+ いぶき                  |    | | 台団地                  | 石滝 ○−+−−○               下小幡○ 団地口|                  |    ○愛宕原              ゴルフ場○    |        西足      入口|    |      ・・○−−−○−−−○−○−−−−◎……○川尻海岸            常陸 座禅 常陸   川尻            細田  山 川上  (→十王)  ※川尻〜川尻海岸は、休止中 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・北常陸本線1 川尻〜常陸川上 ・北常陸本線5 常陸川上〜下小幡〜安良川〜高萩 ・高萩線3 高萩〜大心苑〜上和野〜石打場 ・高萩線1 石打場〜南中郷駅前 ・高萩線2 南中郷駅前〜南中郷 2.2 掲載 ・46日目 8/2(金) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p217〜218 ・連載誌のみ 上君田発高萩行きの国鉄バスの写真 2.3 行程 ◇川尻0700→0740高萩 北常陸本線 川尻発 高萩行 527-3082(日野K-RC381) ◇高萩0810→0915上君田 高萩線(南中郷経由) 高萩発 上君田行                           521-8007(いすゞBU04) ◇上君田0940→1040高萩 高萩線(大心苑経由) 上君田発 高萩行                           521-8007(いすゞBU04) 2.4 エピソード ・川尻駅の国鉄バス乗り場は、駅前広場隣の貨物扱い所跡地と思われる一角に設  けてあった。 ・起伏の多り丘陵地を進むうちに通勤客が続々と乗り、立客がぎっしりになって  久々に活気のある路線だった。 ・大心苑〜石打場は一方通行で1日3本だけ石打場から大心苑経由で高萩駅へ入  ることが判明。 ・上君田行きは男性車掌が乗務するツーマンで、常磐線踏切を渡ったとき、ドア  を開けて飛び降り下車誘導をした。 ・逆コースの大心苑経由高萩行きは、この上君田行きが折り返してくるそうで、  大北渓谷の眺めを運転手・車掌ともども自慢するので、そのまま終点まで乗り  通した。 ・車掌は運転手と相談し、一方通行で逆まわりせざるを得なかったのだから、運  賃は石打場〜上君田の往復だけでよいとの結論になった。 ・帰りはしばらく乗降がなかったが、市街地に入るといつの間にか満員で、過疎  路線と市内線を無理やり結びつけたような系統だった。 3. 路線解説 3.1 S60.6時点の運行状況 ・北常陸線は、1951(S26)年6月25日に豊浦海岸(→川尻海岸)〜西足〜常陸大子  及び割山〜袋田が開業したのがルーツで、当初は常磐線と水郡線を短絡した他、  沿線地方の産業文化の発展助長を使命としていた。 ・その後、1954(S29)年6月1日に常陸川上〜高萩、1956(S31)年2月11日に高萩  〜南中郷〜上君田の各区間が開業した。 ・1958(S33)年6月25日に高萩線高萩〜石打場、同年11月11日に同線常陸横川〜  北大金田及び桝形〜高萩中学前、1959(S34)年2月11日に高萩南線島名〜下高  倉、同年12月15日に川尻〜石滝〜高萩農協前の各区間が開業した。 ・1971(S46)年12月25日、高萩南線新屋〜下高倉、本線の西足〜常陸大子及び割  山〜袋田が廃止された。 ・1977(S52)年9月1日、石滝団地口〜石滝団地〜石滝が開業した。 ・1979(S54)年5月5日、高萩線常陸横川〜北大金田が廃止された。 ・1983(S58)年5月1日に石滝団地口〜いぶき台団地、1985(S60)年11月1日に  同区間の別線が開業した。 ・1985(S60)年当時、国鉄バス運行の拠点として、水戸自営高萩支所(高萩)が  置かれていた。 ・1985(S60)年当時、川尻〜川尻海岸は長期休止中であったが、国鉄最末期の1987  (S62)年2月1日に廃止された。また、常陸細田〜西足は1986(S61)年9月13日  に廃止された。 3.2 旅から30年 ・これらを除く区間は、国鉄民営化及び自動車分離を経てJRバス関東に継承さ  れたが、1989(H1)年3月に座禅山〜常陸細田が、1990(H2)年3月末限りで高萩  線高萩〜上君田及び関口〜石打場が、それぞれ廃止された。 ・その後、1991(H3)年2月末限りで上和野〜関口、1997(H9)年に川尻〜座禅山、  座禅山〜ゴルフ場入口が廃止された。 ・1999(H11)年3月末限りでいぶき台団地〜川尻が廃止され、JRバスは川尻駅  前から姿を消した。 ・「JRバス時刻表」2004(H16)年4月1日改正によると、北常陸線には次のよ  うな系統が設定されていた。    高萩〜島名〜ゴルフ場入口 9往復(うち土日祝運休4往復、土日祝運     行1往復)(所要15分)    高萩〜大心苑〜上和野 15往復(うち土日祝運休7往復、土日祝運行2     往復)(所要16分)    高萩〜石滝〜いぶき台団地 15往復(うち土日祝運休7往復、土日祝運     行3往復)(所要12分) ・2005(H17)年3月末限りで安良川〜ゴルフ場入口が廃止されて、最後まで残っ  た高萩〜上和野、高萩〜いぶき台団地も2006(H18)年3月末限りで廃止された。 3.3 旅の考察 ・高萩線の上和野〜石打場は、最長片道きっぷの旅本文では、高萩行きのみが1  日3本運行があるとの記述であるが、この旅の前の1984(S59)年3月改正ダイヤ  では次の高萩行き1本のみが経由する形になっていた(高萩〜上君田3往復の  うち、下りは全便南中郷経由、上りの他2便は南中郷経由)。    上君田0926→常陸横川0949→上和野1022→1038高萩 ・1989(H1)年7月に高萩管内を訪問した際、高萩〜上君田は2往復設定されてい  たが、下り便は全便南中郷経由、上り便は南中郷経由と上和野経由が各1本だ  った模様である。関係する時刻は次の通りである。    高萩→上君田 高萩発0805・1755           南中郷発0820・1815    上君田→高萩 南中郷発0715

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【413】渋川線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇渋川線    1 渋川−長野原    2 センター入口−温泉センター    3 川原湯−川原湯温泉 1.2 路線略図  草津温泉  上田          岩島 郷原 原町    塩川 センター  上州大津    川原湯 駅前 駅前  駅前   鉱泉 入口    渋川   <−−−◎−−−◎−−○−−○−−−○−−◎−−○−○−−◎−−−◎      長野原  |           中之条  \| 小野上           ○川原湯温泉            ○                           温泉センター  ※温泉センター〜塩川鉱泉は、路線名称に無い  ※長野原〜上州大津〜草津温泉は、志賀草津高原線  ※上州大津〜上田は、鹿沢菅平線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・渋川線1 長野原〜川原湯〜原町駅前〜中之条〜センター入口〜小野上〜渋川 2.2 掲載 ・44日目 7/24(水) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p208〜209 ・連載誌のみ 長野原駅バス乗り場の写真 2.3 行程 ◇長野原1355→1437群馬原町 渋川線 長野原発 群馬原町行                         331-4075(いすゞP-LR312J) ◇群馬原町1457→1557渋川 渋川線 群馬原町発 渋川行                         331-4471(いすゞP-LR312J) 2.4 エピソード ・左上にレール、右下に吾妻渓谷がひかえる川原湯付近で景勝と温泉ガイドのテー  プが回る。 ・温泉センターは地元の人の憩いの場とみえ、お年寄りが数人乗った。 ・バスの中に国鉄の求人広告が張り出しており、「長期臨時雇用員」という身分の  バスガイドで18〜35歳の女性なら未経験者でもよく、日当4350円に諸手当となっ  ている。 ・渋川駅前に着くと、運転手がバスの下車印を見つけて「うちにも下車印があった  ような気がする」と事務所へ駆け込んだが、「悪いなあ。やっぱりなかった。こ  んなものを押してきたけどいいかな」と別紙の空白に「長野原自動車営業所渋川  支所」のゴム印が見えた 3. 路線解説 3.1 1985(S60)年当時の運行状況 ・渋川線は、1935(S10)年12月11日に吾妻線渋川〜真田の一部として渋川〜長野原  が開業したのがルーツである。1938(S13)年9月1日に吾妻本線川原湯口〜川原  湯温泉が開業した。 ・渋川線は、鉄道の代行並びに、鹿沢菅平線(上州大津〜上田)等とともに上越線と  信越線を短絡する他、観光路線としての使命をも有していた。 ・1940(S15)年7月改正ダイヤでは、吾妻線(渋川〜長野原)に次のような便が設定  されていたのを確認できる。    渋川〜長野原〜上州草津 下り7本・上り6本    (下り)      渋川0710→長野原0924→1014上州草津 1便      渋川0835→長野原1049→1139上州草津 3便      渋川1035→長野原1249→1339上州草津 5便      渋川1240→長野原1454→1544上州草津 7便      渋川1420→長野原1634→1724上州草津 9便      渋川1600→長野原1814→1904上州草津 11便      渋川1700→長野原1919→2009上州草津 13便    (上り)      上州草津0650→長野原0740→0949渋川 2便      上州草津0900→長野原0950→1159渋川 4便      上州草津1040→長野原1130→1339渋川 6便      上州草津1220→長野原1310→1519渋川 8便      上州草津1345→長野原1435→1644渋川 10便      上州草津1630→長野原1720→1929渋川 14便    渋川〜長野原 2往復    (下り)      渋川0930→1139長野原 31便      渋川1515→1732長野原 33便    (上り)      長野原0530→0739渋川 30便      長野原0850→1107渋川 32便    渋川〜群馬原町 3往復    (下り)      渋川1200→1304群馬原町 51便      渋川1620→1724群馬原町 53便      渋川1850→1954群馬原町 55便    (上り)      群馬原町1330→1434渋川 52便      群馬原町1730→1834渋川 54便      群馬原町2000→2104渋川 56便    渋川〜中之条 1往復    (下り)      渋川0600→0653中之条 61便    (上り)      中之条0700→0753渋川 62便 ・1945(S20)年8月5日から鉄道長野原線長野原〜渋川間の貨物運輸営業開始に伴い、  吾妻線同区間の貨物営業が廃止された。 ・1962(S37)年11月10日から吾妻本線の渋川〜長野原及び川原湯駅前〜川原湯温泉が  独立して、渋川線の部となった。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1975(S50)年2月号では、吾妻線(鉄道)の欄に、  列車の空白時間帯の国鉄バス渋川線の一部便が掲載されていた。本号の1974(S49)  年12月現在ダイヤでは、渋川線に次のような便が設定されていたのを確認できる。    渋川〜群馬原町 12.5往復    渋川〜川中温泉口 5.5往復    中之条〜長野原 4.0往復    群馬原町→川中温泉口 0.5往復     川原湯〜川原湯温泉 9.0往復 ・「われら第一線−長野原自動車営業所−」(「国鉄線」1978(S53)年6月号所  収)には、浅間白根火山線を含む長野原自営に関して、次のように述べられ  ていた。  ◇長野原自営の歴史は、1935(S10)年、渋川〜上田間にバス路線が開設された   ことに始まり、当時吾妻線が貨物だけ取扱いをしていたので、沿線の人々の   生活路線として出発し、営業所も渋川にあった。戦後、吾妻線が旅客線へ性   格を変えるに従い、自動車線もその培養として草津、白根、鹿沢、万座、菅   平等を結ぶ路線を発展させてきた。  ◇志賀草津高原線は、長野原自営のドル箱路線で特に長野原〜草津間の利用が   多い。浅間白根火山線は、1972(S47)年に運行開始した新しい線で、全国的に   有名な観光地を結び、国際スカイラインコースの名にふさわしい。渋川線は、   長野原自営の路線の中で最も歴史が古く、通勤通学の足など生活路線として   の性格が強い。長野原自営では54両のバスが1日平均5,400kmを走っている。  ◇長野原自営は、国鉄自動車線の中でも塩原・館山と並んで観光路線としての   性格が強く、全収入の9割以上が観光客からの収入となっている。輸送人員   では、年間520万人を運ぶうち8割が観光客。従って、輸送の波動が非常に強   いのが特徴。夏の避暑、冬のスキーに格好の場所が多いので、夏休み・冬休み   の期間に入込が集中するが、なかでもシーズン中の土曜・日曜日がピークに   なる。冬場では、上野発金・土曜日の最終列車はスキー客で超満員になって   入ってくるので、6〜7両の続行便を出さなければならないほど。  ◇1976(S51)年度の収支係数は58。長野原〜草津間は国鉄バスの独占運行など条   件のよいこともあるが、何よりも職員の増収意欲、地元の協力の賜物。 ・1985(S60)年8月現在のダイヤでは、渋川線に次のような便が設定されていたのを  確認できる。    渋川〜群馬原町 12.0往復    渋川〜川中温泉口 2.0往復    群馬原町〜長野原 4.0往復    川原湯〜川原湯温泉 2.0往復 ・1985(S60)年当時、渋川線バス運行の拠点として長野原自営(長野原役場前)の他、  線内の渋川に同自営渋川支所が置かれていた。 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年2月1日に温泉センター〜塩川鉱泉が開業し、センター入口〜温泉セ  ンター〜塩川鉱泉が迂回線となった。 ・1986(S61)年4月改正ダイヤでは、渋川線には次のような便が設定されていた。    渋川〜長野原 4.0往復    渋川〜川中温泉口 1.0往復    渋川〜群馬原町 9.0往復    川原湯〜長野原 2.0往復    川原湯〜川原湯温泉 2.0往復 ・渋川線は、国鉄民営化及び自動車分離を経てJRバス関東に継承された。 ・1988(S63)年6月末限りで川原湯〜川原湯温泉が廃止された。その後、1994(H6)年  5月末限りで中之条以東(温泉センター迂回線を含む)が廃止され、1996(H8)年3  月末限りで中之条〜川原湯温泉(←川原湯)が廃止された。 ・最後まで残った川原湯温泉〜長野原草津口(←長野原)も1998(H10)年3月末限りで  廃止され、渋川線は全廃となった。 3.3 旅の考察 ・渋川線は、鉄道(吾妻線)駅前に停留所が設けられている個所が多いが、1984(S  59)年頃の「自動車線普通旅客運賃表」によると、接続駅は渋川、小野上、中之  条、川原湯、長野原の5駅であった。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【414】志賀草津高原線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇志賀草津高原線   志賀草津高原本線    1 長野原−湯田中    2 運動茶屋−草津温泉(北回り)    3 蓮池−蓮池ロープウェイ   花敷線    1 長野原−野反湖    2 花敷温泉口−花敷温泉 1.2 路線略図        蓮池ロープ          ウェイ          ○     白根      渋温泉 |  渋峠 火山    ○−−○−−○−−○−−○−・   湯田中    蓮池    |  \                V   ○殺生河原    野反湖              万座・鹿沢口 \        ○              中軽井沢    ・       |                      |       |               天狗山スキー場○       |                      |   花敷○−○花敷                 ・−○+−+   温泉  ・温泉口                / 運動 \|      /               ・  茶屋  ○草津温泉 /               |           ○           草津田所○          /六合               |         / 山荘           吾妻立石○      太子○               | 長野原   /               | 役場前  /長野原    上田、万座・鹿沢口<−○−−○−−○−−◎−>渋川              上州大津  須川橋  ※渋川〜長野原は、渋川線  ※上州大津〜万座・鹿沢口〜上田は、鹿沢菅平線  ※白根火山〜万座・鹿沢口〜中軽井沢は、浅間白根火山線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・志賀草津高原本線1 白根火山〜草津温泉〜上州大津〜長野原 2.2 掲載 ・44日目 7/24(水) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p207〜208 ・連載誌のみ 長野原駅バス乗り場の写真 2.3 行程 ◇白根火山1000→1030草津温泉 志賀草津高原本線 白根火山発 草津温泉行                         西武バス(国鉄共通乗車) ◇草津温泉1150→1220長野原 志賀草津高原本線 草津温泉発 長野原行                          647-2983(日野K-RC721P) 2.4 エピソード ・白根火山から志賀草津道路を草津温泉へ下ったバスも西武。この付近は西武圏で  国鉄バスは添え物の感がある。 ・草津温泉では行先別の改札があり、長い経路のきっぷを見せているうちに長野電  鉄バスに間に合わなくなった。日交観職員らしき改札氏によれば、長野電鉄に乗  るには乗車券を呈示して「共通券」と引き換えなければならないそう。大駅にな  ると話が面倒になる。なにしろ、みどりの窓口があり、1番線から12番線まで並  ぶ本格的な駅である。 ・プランニング段階で「自動車線普通旅客運賃表」には志賀草津高原本線の運動茶  屋〜草津温泉間0.4kmの他に0.7kmの大回り枝線がみつかり、枝線経由を希望した  が、一方通行のための路線設定で草津温泉から運動茶屋方向へは経由できないと  の回答だった。温泉中心部の道路が狭いので特別措置をとっているようだ。 3. 路線解説 3.1 1985(S60)年当時の運行状況 ・志賀草津高原線は、1935(S10)年12月11日に吾妻線の支線上州草津線として上州  大津〜上州草津(→草津温泉)が開業したのがルーツである。 ・1940(S15)年7月改正ダイヤでは、上州草津線に次のような便が設定されていた。  (下り)    1便 渋川0710→長野原0924→1014上州草津    3便 渋川0835→長野原1049→1139上州草津    5便 渋川1035→長野原1249→1339上州草津    7便 渋川1240→長野原1454→1544上州草津    9便 渋川1420→長野原1634→1724上州草津    11便 渋川1600→長野原1814→1904上州草津    13便 渋川1700→長野原1919→2009上州草津  (上り)    2便 上州草津0650→長野原0740→0949渋川    4便 上州草津0900→長野原0950→1159渋川    6便 上州草津1040→長野原1130→1339渋川    8便 上州草津1220→長野原1310→1519渋川    10便 上州草津1345→長野原1435→1644渋川    14便 上州草津1630→長野原1720→1929渋川 ・1950(S25)年10月改正ダイヤでは、上州草津線に次のような便が設定されていた  のを確認できる(この他区間運転ありとの注記が付されていた)。   渋川〜上州草津 次の3.5往復   (下り)     渋川1150→長野原1345→1430上州草津     渋川1420→長野原1615→1700上州草津     渋川1750→長野原1945→2030上州草津   (上り)     上州草津0750→長野原0830→1020渋川     上州草津1040→長野原1120→1310渋川     上州草津1340→長野原1420→1610渋川     上州草津1520→長野原1600→1750渋川   長野原〜上州草津 8.5往復 ・戦後は、1955(S30)年12月15日に花敷線(長野原〜野反湖、引沼〜花敷温泉)が開  業した。1957(S32)年10月1日に上州草津線上州草津〜鈴蘭口が開業した。1959(S  34)年12月15日に鈴蘭口〜梨木が延長された。(1985(S60)年5月末限りで鈴蘭線の  廃止が公示された。) ・関東地自「沿革と経営の記録」(1957年)には、同管内の旅客輸送の特長かつ  最大の難関であるとして、季節輸送について次のように述べられている。 「即ち、塩原・吾妻線の新緑輸送、北倉・水都線の海水浴輸送、塩原・吾妻線の  夏期並びに観楓輸送、吾妻線のスキー輸送等で、その最大のピークは、塩原・  草津の観楓輸送と、吾妻線草津・新鹿沢・菅平のスキー客輸送である。観楓輸  送には塩原線に25〜30両の応援車を要し、草津もまた5〜6両を要する。スキ  ー輸送もまた25〜30両の応援車を要するので、この貸借はまことに困難をきわ  める。」 ・1961(S36)年5月改正ダイヤでは、上州草津線に次のような便が設定されていたの  を確認できる。   長野原〜草津 18.0往復   長野原〜野反湖 2.0往復   長野原〜花敷温泉 1.0往復   太子〜野反湖 1.0往復   太子〜鈴蘭口〜草津 2.0往復 ・1961(S36)年12月20日に赤仁田〜白根鉱山が開業した。(1985(S60)年5月末限りで  白根鉱山口〜白根鉱山の廃止が公示された。) ・1962(S37)年12月25日に草津温泉〜殺生河原(〜白根鉱山)が延長され、1965(S40)  年7月1日に白根高原口〜白根火山〜万座温泉口〜山田峠、同年8月18日に山田峠  〜渋峠が延長された。草津温泉と志賀高原を結ぶ観光道路の開通に伴って、1966(S  41)年6月20日に渋峠〜湯田中が開業した。 ・志賀草津高原線は、両毛吾妻地区と長野地区を短絡するとともに、草津温泉郷  と志賀高原・山ノ内温泉郷を結合する観光路線としての使命を有していた。 ・「全国バス路線便覧」1964(S39)年版によると、長野原〜草津温泉が30回運行されて  おり、この当時既に高頻度の運行がなされていた。 ・「国鉄自動車問題調査会答申」(1962(S37)年12月)に基づき、鉄道・自動車との  機能結合による統一輸送網を形成するため、国鉄バス沿線の観光地への旅客を列車  ・バスを通じて座席指定制により一貫輸送を行った。1966(S41)年度には列車・バス  結合輸送として、草津いでゆ号(上野〜長野原)と志賀草津高原線(長野原〜草津  温泉)で実施された。 ・岡崎俊雄(1966)「志賀・草津高原線の開通」(「国鉄線」1966(S41)年8月号所  収)によると、白根火山〜湯田中間の運行開始当時の同線の概要は、次の通りで  あった。  ◇志賀・草津道路は、元々山越えのハイキングコースであったものを、群馬・長   野両県で産業開発の協同計画により、群馬県側を1954(S29)年、長野県側は1959   (S34)年にそれぞれ着工し、1965(S40)年8月に完成した。  ◇この路線開業に当たっては、草津地区の草軽交通及び西武自動車との運輸協定、   志賀高原地区は永年長野電鉄の独占路線であることを考慮し、相互乗入れを図る   こととして交渉を開始したが、既得権調整に長期間を要し、予定した1965(S40)   年秋の開業が道路再開の1966(S41)年シーズンとなった。  ◇長野原〜湯田中の直通定期便の設定については、輸送の弾力的運用を考慮して、   定期便は優等列車の接続を重点として、旅客の流動に対しては臨時便の増発によ   り対応する計画であった。国鉄バスの定期便は次の通りであった。   (下り)     長野原0750→草津温泉0830→1040湯田中 401便     長野原0900→草津温泉0940→1155湯田中 403便     長野原1025→草津温泉1100→1315湯田中 405便     長野原1420→草津温泉1455→1710湯田中 407便   (上り)     湯田中0710→草津温泉0930→1000湯田中 402便     湯田中1140→草津温泉1400→1430湯田中 404便     湯田中1340→草津温泉1600→1630湯田中 406便     湯田中1425→草津温泉1645→1715湯田中 408便   この他、長野原〜湯田中5往復、草津温泉〜湯田中1往復の定期便を長野電鉄及   び草軽交通が運転する。      ◇ローカル便は、長野原〜草津温泉に国鉄バス32往復、草津温泉〜白根火山に国鉄   他2社で20往復を運転する。  ◇観光路線の特性を生かすため、宿泊地及び観光地点には次の通り途中下車が認め   られた。    草津温泉・白根火山・熊の湯・丸池温泉・渋温泉  ◇この路線には、国鉄・長野電鉄・草軽交通・西武自動車(一部区間)の四者が運   行便の時間調整を行って旅客の利便を図ることになっており、普通乗車券所持の   旅客に限り旅客の選択により自由に各社のバスを利用できるように、次の通り共   通乗車の取扱を行うこととされた。    長野原〜湯田中間 国鉄・長野電鉄    草津温泉〜湯田中間 国鉄・長野電鉄・草軽交通    草津温泉〜白根火山間 国鉄・長野電鉄・草軽交通・西武自動車  ◇観光乗車券、周遊割引乗車券、セット旅行券等を含め、発売多数となる乗車券に   ついては、共通乗車清算のための乗継券を添した様式が設定された。 ・1966(S41)年6月の志賀草津高原線全線開業時のダイヤでは、次のような便が設定  されていたのを確認できる。   長野原〜湯田中 4.0往復(他に長野原〜湯田中5.0往復、草津温泉〜湯田中1.0           往復を長野電鉄及び草軽交通が運行)   長野原〜草津温泉 32.0往復   草津温泉〜白根火山 20.0往復(社線バスを含む)   ※本路線は、国鉄・長野電鉄・草軽交通・西武自動車が運行便の時間調整を行っ    て旅客の利便を図るので、普通乗車券所持の旅客に限り共通乗車の取扱を行う    (長野原〜湯田中:国鉄・長電、草津温泉〜湯田中:国鉄・長電・草軽、草津    温泉〜白根火山:国鉄・長電・草軽・西武)。 ・「観光路線で活躍する国鉄バス」(「国鉄線」1973(S48)年2月号)には、全国  の主要観光路線(8地区)の輸送量と収入が、次のように載せられていた。          走行キロ(千km) 輸送人員(千人) 収入(百万円)          46実績 47見込  46実績 47見込  46実績 47見込   十和田(北南) 1,229  1,255    730   761   317   332   陸中海岸     84   87    72   101    16   23   白樺高原     822   846    627   697   156   183   塩原       360   395    511   562    67   74   志賀草津    1,222  1,321   2,530  2,720   320   440   南房州      437   466   1,285  1,378    83   93   奥能登      324   353    134   142    68   92   桜島       58   65    47   61    11   14  同記事には、1970(S45)年に全面舗装され、快適な「雲上スカイライン」とな  った志賀・草津高原ルート(長野原〜湯田中間41km)は国鉄バスの代表的な  観光路線の1つである、このルートは景観の地が多く、春から夏にかけての  ミズバショウやシャクナゲ群生林の中のハイキング、秋の紅葉、冬のスキー  と全国には珍しい四季折々の美を提供していると述べられている。  また、現在志賀方面に行くには長野回りよりも長野原経由で行く方が、時間  が短い上、料金も安いので長野原回りをPRしている、昨年7月には既存の  志賀草津高原ルートの他に浅間白根火山線を新設、浅間山・白根山・万座・  草津温泉など広域観光ルートが開かれ、東京からも日帰りが可能となったた  め、輸送人員も大幅に増加している、とも述べられている。 ・「われら第一線−長野原自動車営業所−」(「国鉄線」1974(S49)年3月号所  収)には、志賀草津高原線を含む長野原自営に関して、次のように述べられ  ていた。  ◇1972(S47)年度の運輸成績は、収入6億8,000万円、経費5億8,000万円(営   業係数85)で1億円の黒字を出し、全国唯一の黒字営業所となっている。   その要因として、1970(S45)年に志賀草津高原ルートが全面舗装され、1972   (S47)年に浅間白根火山線が開通したことにより、輸送量が飛躍的に伸び、   しかも四季を通じて乗車効率がよいこと等が挙げられていた。  ◇スキー客輸送については、週休二日制の普及により金曜夜と土曜早朝着のお   客が増加し、臨時便がフル回転の時は助役さんもハンドルを握ったり、車掌   をやったりする。バスの一番後ろの座席を外してスキー置場にし、横の窓下   にローラーを付けてあるのでスイスイと積めるように工夫している。1973(S   48)年の1・2月の収入は対前年140%を記録した。  ◇波動性の問題については、中之条駅ホームにノリホを入れる箱を置いて、乗   車人員をつかんでいるが、万座・鹿沢口までのお客もいるので正確な数字は   つかめない。  ◇要員確保の問題については、夏のピーク時には10両くらいのバスを他から借   りてきて、助勤者も大量に欲しいのだが、最近は要員事情が厳しくなってき   たのでなかなか思うようにはいかず、輸送計画にも支障を来しかねない状態   である。  ◇夏のピーク時には、営業というよりお断りするので精一杯。1973(S48)年8   月の売り上げが1億1,000万円だったが、1日で8万円も稼いでくる車掌も   いる。西武バスや草軽交通等との競合路線には共通乗車を設けている。観光   地の特徴として、途中下車が多いお客もこれでどのバスに乗っても1枚のき   っぷで足りる。 ・「われら第一線−長野原自動車営業所−」(「国鉄線」1978(S53)年6月号所  収)には、志賀草津高原線を含む長野原自営に関して、次のように述べられ  ていた。  ◇長野原自営の歴史は、1935(S10)年、渋川〜上田間にバス路線が開設された   ことに始まり、当時吾妻線が貨物だけ取扱いをしていたので、沿線の人々の   生活路線として出発し、営業所も渋川にあった。戦後、吾妻線が旅客線へ性   格を変えるに従い、自動車線もその培養として草津、白根、鹿沢、万座、菅   平等を結ぶ路線を発展させてきた。  ◇志賀草津高原線は、長野原自営のドル箱路線で特に長野原〜草津間の利用が   多い。浅間白根火山線は、1972(S47)年に運行開始した新しい線で、全国的に   有名な観光地を結び、国際スカイラインコースの名にふさわしい。渋川線は、   長野原自営の路線の中で最も歴史が古く、通勤通学の足など生活路線として   の性格が強い。長野原自営では54両のバスが1日平均5,400kmを走っている。  ◇長野原自営は、国鉄自動車線の中でも塩原・館山と並んで観光路線としての   性格が強く、全収入の9割以上が観光客からの収入となっている。輸送人員   では、年間520万人を運ぶうち8割が観光客。従って、輸送の波動が非常に強   いのが特徴。夏の避暑、冬のスキーに格好の場所が多いので、夏休み・冬休み   の期間に入込が集中するが、なかでもシーズン中の土曜・日曜日がピークに   なる。冬場では、上野発金・土曜日の最終列車はスキー客で超満員になって   入ってくるので、6〜7両の続行便を出さなければならないほど。  ◇1976(S51)年度の収支係数は58。長野原〜草津間は国鉄バスの独占運行など条   件のよいこともあるが、何よりも職員の増収意欲、地元の協力の賜物。 ・1978(S53)年8月現在ダイヤでは、志賀草津高原線に次のような便が設定されて  いたのを確認できる。   長野原〜湯田中 4.0往復(他に社線バス5往復、草津温泉〜湯田中1往復)   (下り)     長野原0805→1010湯田中     長野原0855→1105湯田中     長野原0943→1148湯田中     長野原1000→1210湯田中   (上り)     湯田中1115→1325長野原     湯田中1235→1445長野原     湯田中1300→1510長野原     湯田中1320→1530長野原   長野原〜草津温泉 30.0往復   長野原〜花敷温泉 3.0往復   長野原〜小雨 2.0往復   小雨〜鈴蘭口〜草津温泉 1.0往復 ・「国鉄自動車50年史」(1980年)によると、国鉄自動車沿線観光地への旅客誘致  については、従来からも列車・自動車を通じての一貫した結合輸送を実施してき  たが、1970(S45)年度以降についても引き続いて結合輸送の強化に努めたとある。  また、鉄道と直結する観光路線については、一般的に収益性も高いので、当該年  度の新製車両を全面的に観光路線を中心に投入することとしたと述べられている。  さらに、ピーク期間中車両を集中して輸送力の増加を図る観光路線として、志賀  草津高原線(志賀草津輸送)を含む16路線が挙げられている。  ・1983(S58)年9月現在のダイヤでは、志賀草津高原線に次のような便が設定されて  いたのを確認できる。   長野原〜湯田中 4.0往復(他に社線バス5往復、草津温泉〜湯田中1往復)   (下り)     長野原0750→1010湯田中     長野原0900→1105湯田中     長野原0955→1200湯田中     長野原1025→1230湯田中   (上り)     湯田中1135→1345長野原     湯田中1215→1425長野原     湯田中1250→1500長野原     湯田中1315→1525長野原    ※志賀草津高原ルートは11月上旬まで運転予定との注記あり。   長野原〜草津温泉 下り32本・上り35本   長野原〜花敷温泉 3.0往復   長野原〜小雨 2.0往復   長野原→鈴蘭口→草津温泉 下り1本   小雨〜鈴蘭口〜草津温泉 1.0往復 ・1985(S60)年当時、草津温泉と白根火山に自動車駅が存在した。このうち草津  温泉駅は草津温泉バスターミナルとして現存している。また、バス運行の拠点  として、線内の長野原役場前に長野原自動車営業所が置かれていた。 ・1985(S60)年8月現在のダイヤでは、志賀草津高原線には次のような便が設定  されていたのを確認できる。   長野原〜湯田中 3.0往復(他に社線バスが長野原・草津温泉〜湯田中に5.0           往復設定)   (下り)     長野原0900→1105湯田中     長野原0952→1157湯田中     長野原1130→1335湯田中(9/15〜10/10運行)   (上り)     湯田中1215→1425長野原     湯田中1310→1520長野原     湯田中1440→1650長野原(9/15〜10/10運行)   長野原〜草津温泉 下り32本・上り30本   長野原〜野反湖 2.0往復   長野原〜花敷温泉 8.0往復   長野原〜国鉄六合山荘 2.0往復 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年4月改正ダイヤでは、志賀草津高原線には次のような便が設定されて  いたのを確認できる。   長野原〜湯田中 3.0往復(他に社線バスが長野原・草津温泉〜湯田中に5.0往復           設定)(4/25〜11/3運転)   (下り)     長野原0855→1105湯田中     長野原0949→1157湯田中     長野原1150→1355湯田中※   (上り)     湯田中1210→1425長野原     湯田中1310→1520長野原     湯田中1450→1700長野原※       ※印は7/27〜8/24・9/14〜10/12運転   長野原〜草津温泉 下り36本・上り37本   長野原〜花敷温泉 8.0往復   長野原〜国鉄六合山荘 2.0往復 ・志賀草津高原線は、国鉄民営化及び自動車分離を経てJRバス関東に継承された。  1989(H1)年4月25日に白根火山〜湯田中及び蓮池〜蓮池ロープウェイが休止(1991  (H3)年4月11日廃止)された。 ・2002(H14)年7月1日改正ダイヤでは、志賀草津高原線に次のような便が設定されて  いた。   長野原草津口〜草津温泉〜白根火山〜万座・鹿沢口〜軽井沢 2往復   (下り)     長野原草津口0833→白根火山0931→万座・鹿沢口1026→1130軽井沢▲     長野原草津口0858→白根火山1003→万座・鹿沢口1100→1208軽井沢●   (上り)     軽井沢1302→万座・鹿沢口1413→白根火山1515→1612長野原草津口●     軽井沢1405→万座・鹿沢口1516→白根火山1617→1712長野原草津口▲    ▲は4/21〜11/4運行、●は7/20〜9/1運行   長野原草津口〜草津温泉〜白根火山 3往復(4/21〜11/4運行)(所要1時間)   草津温泉〜白根火山 1往復(4/21〜11/4運行)(所要30分)   長野原草津口〜草津温泉     急行便 下り2本・上り5本(所要22分)    普通便 下り20本・上り18本(所要25分) ・他方、2002(H14)年7月1日に西吾妻福祉病院への乗り入れを開始した。その後、  2009(H21)年3月末限りで花敷線が全廃された。 ・2015(H27)年6月現在、長野原〜草津温泉〜白根火山がJRバス関東によって運行  されている。 3.3 旅の考察 ・志賀草津高原本線の運動茶屋〜草津温泉は、本線経由と運動茶屋〜草津温泉(北  回り)の2つの経路があるが、その位置関係は次の通りである。               Λ白根火山               |               ○天狗山スキー場       運動      |       茶屋 0.05+0.35 |1.6   長野原<−○−+−−−−+           \ ← |            ・↓↑|0.3     0.05+0.05+0.3  \ |              \|               ○草津温泉  この付近の一方通行は上図の通りであり、長野原行きは草津温泉付近のループ区  間を1周+αして運動茶屋に向かうため、本線経由の一部と北回り支線を通る。  国鉄時代の資料によると運動茶屋〜草津温泉、草津温泉〜天狗山スキー場の運賃  計算キロ程は次の通りとされていた。   草津温泉〜運動茶屋 {(0.05+0.05+0.3)+(0.3+0.35+0.05)}/2=0.6km   草津温泉〜天狗山スキー場{(1.6+0.35+0.05+0.3)+(0.3+1.6)}/2=2.1km

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【415】鹿沢菅平線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇鹿沢菅平線    1 上州大津−上田    2 干俣口−仁田沢    3 上の貝橋−上の貝−中央干俣    4 鹿沢温泉口−鹿沢温泉    5 農場口−農場前    6 鹿沢休暇村口−鹿沢休暇村    7 菅平口−菅平高原    8 菅平−西菅平 1.2 路線略図           長野原            Λ            |      草津温泉<−○上州大津            |            |      白根火山<−○上州三原            |      万座・鹿沢口◎−>中軽井沢            |       中央 上の|       干俣 貝橋|  仁田沢○−−○−○−○干俣口         \|  \       上の貝○   \        鹿沢          |    \  農場前  休暇村   バラギ湖○−−○研修セン ・  ○ 新鹿沢○         /|ター口  |  | 温泉 |   嬬恋スキー○ ○  鹿沢温○−−○−−○−○−○鹿沢温泉   場     研修セ 泉口 | 農場口  鹿沢休         ンター    ○古永井   暇村口                |                |                ○上渋沢             菅平 |      菅平高原○−−○−−○菅平口             |  |          西菅平○  |              ・−○真田              | |        新長小学校前○−○長小学校前                |                |                |                ◎上田                |                V               丸子町  ※長野原〜上州大津〜草津温泉は、志賀草津高原線  ※白根火山〜上州三原〜万座・鹿沢口〜中軽井沢は、浅間白根火山線  ※上田〜丸子町は、和田峠北線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・鹿沢菅平線1 上田〜菅平口〜古永井〜鹿沢温泉口〜干俣口〜万座・鹿沢口 2.2 掲載 ・43日目 7/23(火) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p203〜205 ・連載誌のみ 531-4479の解説 2.3 行程 ◇上田1345→1507新鹿沢温泉 鹿沢菅平線 上田発 草津温泉行                         531-4479(いすゞP-LV318M) ◇新鹿沢温泉1552→1556鹿沢温泉口 鹿沢菅平線 新鹿沢温泉発 万座・鹿沢口行                         531-6403(いすゞBU20K) ◇鹿沢温泉口1608→1633万座・鹿沢口 鹿沢菅平線 新鹿沢温泉発 万座・鹿沢口行                         531-6403(いすゞBU20K) 2.4 エピソード ・上田発草津温泉行きバスは、黄色い帽子の小学生が大勢乗ったりして生活路線。 ・鳥居峠で時間調整し、高原野菜畑の中を行き、足の悪いおじいさんを古永井集落  にある家のそばに便宜停車して降ろしてあげたりしながら、バスは鹿沢温泉口で  国道をそれ右折した。 ・鹿沢温泉口から10分余り後の万座・鹿沢口行きに乗車したが、新鹿沢温泉から乗  ったバスが古永井集落まで往復してきたのであった。 3. 路線解説 3.1 S60.6時点の運行状況 ・鹿沢菅平線は、1935(S10)年12月11日に吾妻線渋川〜真田の一部として上州大津  〜真田が開業したのがルーツである。鹿沢菅平線は、鉄道の代行並びに、渋川線  (渋川〜長野原)等とともに上越線と信越線を短絡する他、観光路線としての使  命をも有していた。 ・1938(S13)年9月1日に新鹿沢温泉口〜新鹿沢温泉が開業した。 ・1940(S15)年7月改正ダイヤでは、吾妻線(長野原〜真田)に次のような便が設定さ  れていたのを確認できる。  (下り)    長野原0720→新鹿沢温泉口0826→菅平口0902→0918真田 71便    長野原1055→新鹿沢温泉口1213→菅平口1249→1305真田 73便    長野原1400→新鹿沢温泉口1518→菅平口1554→1610真田 75便    長野原1740→新鹿沢温泉口1858→菅平口1934→1950真田 77便  (上り)    真田0630→菅平口0649→新鹿沢温泉口0731→0840長野原 70便    真田1030→菅平口1049→新鹿沢温泉口1131→1240長野原 72便    真田1430→菅平口1449→新鹿沢温泉口1531→1640長野原 74便    真田1740→菅平口1759→新鹿沢温泉口1835→1938長野原 76便 ・戦後は、1946(S21)年4月5日に菅平口〜菅平が開業した。また、1949(S24)年1  月30日に干俣口〜干俣が開業した。 ・1956(S31)年7月5日に干俣〜万座入口、1957(S32)年6月1日に新鹿沢温泉〜鹿  沢温泉、1960(S35)年6月1日に真田〜上田が開業した。 ・関東地自「沿革と経営の記録」(1957年)には、同管内の旅客輸送の特長かつ  最大の難関であるとして、季節輸送について次のように述べられている。 「即ち、塩原・吾妻線の新緑輸送、北倉・水都線の海水浴輸送、塩原・吾妻線の  夏期並びに観楓輸送、吾妻線のスキー輸送等で、その最大のピークは、塩原・  草津の観楓輸送と、吾妻線草津・新鹿沢・菅平のスキー客輸送である。観楓輸  送には塩原線に25〜30両の応援車を要し、草津もまた5〜6両を要する。スキ  ー輸送もまた25〜30両の応援車を要するので、この貸借はまことに困難をきわ  める。」 ・1961(S36)年5月改正ダイヤでは、吾妻線(長野原〜真田)に次のような便が設定さ  れていたのを確認できる。  1) 長野原〜鹿沢温泉〜上田    上州草津〜上田 1.5往復    上田→上州三原 0.5往復    上田→新鹿沢温泉 0.5往復    長野原〜鹿沢温泉 3.0往復    長野原〜新鹿沢温泉 7.0往復    長野原→鹿沢温泉口 0.5往復    長野原〜仁田沢 1.0往復    長野原〜干俣口 3.0往復  2) 上田〜菅平    上田〜菅平 3.0往復    真田〜菅平 3.0往復 ・1962(S37)年10月13日に農場口〜車坂峠(後の浅間北線)が開業した。 ・1964(S39)年9月1日に菅平〜菅平高原が開業した。また、同年12月20日に鹿沢  休暇村口〜鹿沢休暇村が開業した。 ・1966(S41)年8月15日に上の貝橋〜上の貝〜中央干俣が開業した。 ・渋川線は、1962(S37)年11月10日に渋川〜長野原、川原湯駅前〜川原湯温泉が吾妻  本線から独立して新設された。その後、吾妻線は、鉄道長野原線の同吾妻線への  改称に伴って、1971(S46)年3月7日に志賀草津高原線に改称されるとともに、  同日から上州大津〜上田他が独立して、鹿沢菅平線が新設された。 ・1970(S45)年7月改正ダイヤでは、吾妻線(長野原〜真田)に次のような便が設定さ  れていたのを確認できる。  1) 長野原〜鹿沢温泉〜上田    草津温泉〜上田 4.0往復    長野原〜真田 1.0往復    新鹿沢温泉〜上田 1.0往復    長野原〜鹿沢温泉 6.5往復    長野原〜新鹿沢温泉 6.5往復    長野原〜中央干俣 2.0往復    長野原→干俣口 0.5往復  2) 上田〜菅平    上田〜西菅平 3.0往復(他に上田交通が上田〜菅平高原7.0往復) ・1972(S47)年9月16日に農場前〜高峰ロッヂ前が廃止された。 ・1985(S60)年8月現在のダイヤでは、鹿沢菅平線に次のような便が設定されて  いたのを確認できる。  1) 長野原〜鹿沢温泉〜上田    草津温泉〜上田 2.0往復    長野原〜真田 1.0往復    長野原、万座・鹿沢口〜鹿沢温泉 9.0往復    長野原、万座・鹿沢口〜新鹿沢温泉 5.0往復    鹿沢温泉口→上州大津 0.5往復  2) 上田〜菅平    上田〜西菅平 3.5往復(他に上田交通が上田〜菅平高原7.0往復)    真田〜西菅平 1.5往復  3) 鹿沢菅平線支線    長野原、万座・鹿沢口〜仁田沢 3.0往復    万座・鹿沢口〜バラギ湖 4.0往復(全便9/1まで運転) ・1985(S60)年当時、上州三原と菅平に自動車駅が存在していた。また、鹿沢菅  平線バス運行の拠点として、長野原自営の他、線内の真田に同自営真田支所が  置かれていた。 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年4月改正ダイヤでは、鹿沢菅平線には次のような便が設定されて  いた。  1) 長野原〜鹿沢温泉〜上田    草津温泉〜上田 1.0往復    万座・鹿沢口→上田 0.5往復    上田→新鹿沢温泉 0.5往復    鹿沢温泉・新鹿沢温泉〜新長小学校前 1.0往復    長野原、万座・鹿沢口〜鹿沢温泉 11.0往復    長野原、東三原、万座・鹿沢口〜新鹿沢温泉 4.0往復    長野原、役場前、万座・鹿沢口〜仁田沢 3.0往復    長野原、万座・鹿沢口、干俣口〜中央干俣 1.5往復  2) 上田〜菅平高原    上田〜西菅平 3.5往復    真田支所・新長小学校前〜西菅平 1.0往復    役場・真田支所・新長小学校〜上渋沢 5.0往復  3) 鹿沢菅平線支線    農場口〜農場前 4.0往復    干俣口〜中央干俣・仁田沢 6.0往復 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正では、鹿沢菅平線では  上の貝〜バラギ湖、研修センター口〜研修センター、研修センター口〜嬬恋  スキー場、真田〜長小学校前の各区間が認知された。 ・国鉄末期の1987(S62)年2月1日に鹿沢休暇村口〜鹿沢休暇村の廃止公示が  なされた。それ以外の区間は、国鉄民営化及び自動車分離を経て、JRバス  関東に継承された。 ・民営化後は、1988(S63)年6月末限りで中央干俣〜仁田沢が廃止され、1990  (H2)年4月25日に古永井〜上渋沢が休止され(翌年9月10日廃止)、鹿沢菅平  線は上州大津側(鹿沢線)と上田側(菅平線)に分断された。 ・さらに、1995(H7)年4月に鹿沢温泉口〜古永井が休止され(1997(H9)年3月  末限りで廃止)、1996(H8)年1月から農場口〜農場前が廃止された。1997(H9)  年1月1日に菅平口〜上渋沢が廃止された。 ・2002(H14)年に往訪した際に入手した時刻表には、鹿沢線に次のような便が  設定されていた。  1) 鹿沢線(万座・鹿沢口〜鹿沢温泉):2002(H14)年4月改正   (下り)     万座・鹿沢口0830→0901鹿沢温泉  51便     万座・鹿沢口1010→1041鹿沢温泉  53便     万座・鹿沢口1244→1315鹿沢温泉  55便     万座・鹿沢口1548→1619鹿沢温泉  57便     万座・鹿沢口1729→1754新鹿沢温泉 59便     万座・鹿沢口1843→1922新鹿沢温泉 61便(中央干俣経由)   (上り)     新鹿沢温泉0729→0810東三原    52便(中央干俣経由)     鹿沢温泉 0930→1001万座・鹿沢口 54便     鹿沢温泉 1130→1201万座・鹿沢口 56便     鹿沢温泉 1411→1442万座・鹿沢口 58便     鹿沢温泉 1624→1655万座・鹿沢口 60便     新鹿沢温泉1813→1838万座・鹿沢口 62便     新鹿沢温泉1927→2014長野原役場前 64便  2) バラギ線(万座・鹿沢口〜パルコール嬬恋):2001(H13)年12月改正   (下り)     万座・鹿沢口0804→0839パルコール嬬恋 7301便     万座・鹿沢口1010→1045パルコール嬬恋 7303便     万座・鹿沢口1244→1319パルコール嬬恋 7305便     万座・鹿沢口1450→1525パルコール嬬恋 7307便   (上り)     パルコール嬬恋0920→0955万座・鹿沢口 7302便     パルコール嬬恋1050→1125万座・鹿沢口 7304便     パルコール嬬恋1410→1445万座・鹿沢口 7306便     パルコール嬬恋1530→1605万座・鹿沢口 7308便    ※2001(H13).12.21〜2002(H14).3.31、2002(H14).8.1〜8.31の間運行  3) 鹿沢線(長野原草津口〜万座・鹿沢口):2001(H13)年12月改正   (下り)     長野原役場前0740→0802万座・鹿沢口 201便   (上り)     万座・鹿沢口0820→0845長野原草津口 202便     万座・鹿沢口1510→1535長野原草津口 204便     万座・鹿沢口1715→1740長野原草津口 206便     万座・鹿沢口1952→2014長野原役場前  64便 ・上田側の菅平線は2004(H16)年12月18日に廃止され、上州大津側の鹿沢線も2007  (H19)年3月末限りで季節運行の干俣口〜バラキ湖〜パルコール嬬恋を含めて廃  止された。 3.3 旅の考察 ・鹿沢温泉口から乗った万座・鹿沢口行きのバスについて、本文では「新鹿沢温泉  を経由したのが寄り道」とあるが、1985(S60)年8月現在ダイヤを見ると、駅間  所要時間からみて、この便は万座・鹿沢口〜新鹿沢温泉の系統で、往路は直行、  復路が古永井経由で運行された模様である。なお、古永井までのお客は新鹿沢温  泉を跨いで乗車できたものと推測される。    万座・鹿沢口1506→鹿沢温泉口1536→1540新鹿沢温泉1552→鹿沢温泉口1556    →(古永井往復)→鹿沢温泉口→1633万座・鹿沢口

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【416】浅間白根火山線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇浅間白根火山線    1 白根火山−万座温泉−鬼押出し−中軽井沢    2 表万座スキー場入口−表万座スキー場 1.2 路線略図           白根火山       湯田中<−○−>草津温泉・上州大津・長野原            |    万座プリンス○−+      ホテル前  ○万座温泉            |            |      表万座スキー○−○表万座スキー場      場入口   |            |        上州三原○−>上州大津・長野原            |        上田<−◎万座・鹿沢口            |            |            ○鬼押出し            |            |            ◎中軽井沢  ※長野原〜上州大津〜草津温泉〜白根火山〜湯田中は、志賀草津高原線  ※上州大津〜上州三原〜万座・鹿沢口〜上田は、鹿沢菅平線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・浅間白根火山線1 万座・鹿沢口〜万座温泉〜万座プリンスホテル前〜白根火山 2.2 掲載 ・43〜44日目 7/23(火)〜24(水) S61.6号 9.関東・信越編(下) 単行本 p205〜207 2.3 行程 ◇万座・鹿沢口1700→1752万座プリンスホテル前 浅間白根火山線     万座・鹿沢口発 万座プリンスホテル前行 西武バス(国鉄共通乗車) ◇万座プリンスホテル前0900→0915白根火山 浅間白根火山線           万座・鹿沢口発 草津温泉行 西武バス(国鉄共通乗車) 2.4 エピソード ・どこからか硫黄臭が漂ってくると万座温泉だった。西武バスだから西武系列の  プリンスホテル前が終点で、万座温泉停留所を左折して急坂をのぼる。 ・下車時の乗車券チェックも券番と発行駅を書き写しただけで簡単に済んだ。 ・万座・鹿沢口からきたバスには旅館のお手伝いさんと分かる女性が2人乗って  いるだけだったが、ホテルから若い女の子グループらが加わり、はなやいだ。  バスのテープガイドも流れ出す。 3. 路線解説 3.1 1985(S60)年当時の運行状況 ・浅間白根火山線は、1972(S47)年7月1日に白根火山〜中軽井沢が開業した。  草津・白根地区と軽井沢地区は国鉄旅客営業にとって重要な観光地であり、  地元の西武バス(株)と提携して、信越本線中軽井沢駅と吾妻線万座・鹿沢口、  長野原両駅とを結ぶ鉄道とバスの一貫輸送体制を確立して観光客の誘致を一  層増進することを目的に開業されたものであった。 ・1972(S47)年7月の開業時は、浅間白根火山線に次のような便が設定されて  いたのを確認できる。    長野原〜中軽井沢 2.0往復    草津温泉〜万座・鹿沢口 1.0往復    鬼押出し〜中軽井沢 1.5往復 ・「観光路線で活躍する国鉄バス」(「国鉄線」1973(S48)年2月号)には、全国  の主要観光路線(8地区)の輸送量と収入が、次のように載せられていた。          走行キロ(千km) 輸送人員(千人) 収入(百万円)          46実績 47見込  46実績 47見込  46実績 47見込   十和田(北南) 1,229  1,255    730   761   317   332   陸中海岸     84   87    72   101    16   23   白樺高原     822   846    627   697   156   183   塩原       360   395    511   562    67   74   志賀草津    1,222  1,321   2,530  2,720   320   440   南房州      437   466   1,285  1,378    83   93   奥能登      324   353    134   142    68   92   桜島       58   65    47   61    11   14  同記事には、1970(S45)年に全面舗装され、快適な「雲上スカイライン」とな  った志賀・草津高原ルート(長野原〜湯田中間41km)は国鉄バスの代表的な  観光路線の1つである、このルートは景観の地が多く、春から夏にかけての  ミズバショウやシャクナゲ群生林の中のハイキング、秋の紅葉、冬のスキー  と全国には珍しい四季折々の美を提供していると述べられている。  また、現在志賀方面に行くには長野回りよりも長野原経由で行く方が、時間  が短い上、料金も安いので長野原回りをPRしている、昨年7月には既存の  志賀草津高原ルートの他に浅間白根火山線を新設、浅間山・白根山・万座・  草津温泉など広域観光ルートが開かれ、東京からも日帰りが可能となったた  め、輸送人員も大幅に増加している、とも述べられている。 ・「われら第一線−長野原自動車営業所−」(「国鉄線」1974(S49)年3月号所  収)には、浅間白根火山線を含む長野原自営に関して、次のように述べられ  ていた。  ◇1972(S47)年度の運輸成績は、収入6億8,000万円、経費5億8,000万円(営   業係数85)で1億円の黒字を出し、全国唯一の黒字営業所となっている。   その要因として、1970(S45)年に志賀草津高原ルートが全面舗装され、1972   (S47)年に浅間白根火山線が開通したことにより、輸送量が飛躍的に伸び、   しかも四季を通じて乗車効率がよいこと等が挙げられていた。  ◇スキー客輸送については、週休二日制の普及により金曜夜と土曜早朝着のお   客が増加し、臨時便がフル回転の時は助役さんもハンドルを握ったり、車掌   をやったりする。バスの一番後ろの座席を外してスキー置場にし、横の窓下   にローラーを付けてあるのでスイスイと積めるように工夫している。1973(S   48)年の1・2月の収入は対前年140%を記録した。  ◇波動性の問題については、中之条駅ホームにノリホを入れる箱を置いて、乗   車人員をつかんでいるが、万座・鹿沢口までのお客もいるので正確な数字は   つかめない。  ◇要員確保の問題については、夏のピーク時には10両くらいのバスを他から借   りてきて、助勤者も大量に欲しいのだが、最近は要員事情が厳しくなってき   たのでなかなか思うようにはいかず、輸送計画にも支障を来しかねない状態   である。  ◇夏のピーク時には、営業というよりお断りするので精一杯。1973(S48)年8   月の売り上げが1億1,000万円だったが、1日で8万円も稼いでくる車掌も   いる。西武バスや草軽交通等との競合路線には共通乗車を設けている。観光   地の特徴として、途中下車が多いお客もこれでどのバスに乗っても1枚のき   っぷで足りる。 ・「われら第一線−長野原自動車営業所−」(「国鉄線」1978(S53)年6月号所  収)には、浅間白根火山線を含む長野原自営に関して、次のように述べられ  ていた。  ◇長野原自営の歴史は、1935(S10)年、渋川〜上田間にバス路線が開設された   ことに始まり、当時吾妻線が貨物だけ取扱いをしていたので、沿線の人々の   生活路線として出発し、営業所も渋川にあった。戦後、吾妻線が旅客線へ性   格を変えるに従い、自動車線もその培養として草津、白根、鹿沢、万座、菅   平等を結ぶ路線を発展させてきた。  ◇志賀草津高原線は、長野原自営のドル箱路線で特に長野原〜草津間の利用が   多い。浅間白根火山線は、1972(S47)年に運行開始した新しい線で、全国的に   有名な観光地を結び、国際スカイラインコースの名にふさわしい。渋川線は、   長野原自営の路線の中で最も歴史が古く、通勤通学の足など生活路線として   の性格が強い。長野原自営では54両のバスが1日平均5,400kmを走っている。  ◇長野原自営は、国鉄自動車線の中でも塩原・館山と並んで観光路線としての   性格が強く、全収入の9割以上が観光客からの収入となっている。輸送人員   では、年間520万人を運ぶうち8割が観光客。従って、輸送の波動が非常に強   いのが特徴。夏の避暑、冬のスキーに格好の場所が多いので、夏休み・冬休み   の期間に入込が集中するが、なかでもシーズン中の土曜・日曜日がピークに   なる。冬場では、上野発金・土曜日の最終列車はスキー客で超満員になって   入ってくるので、6〜7両の続行便を出さなければならないほど。  ◇1976(S51)年度の収支係数は58。長野原〜草津間は国鉄バスの独占運行など条   件のよいこともあるが、何よりも職員の増収意欲、地元の協力の賜物。 ・1978(S53)年8月現在ダイヤでは、浅間白根火山線に次のような便が設定されて  いたのを確認できる。   長野原〜中軽井沢   (下り)     長野原0815→草津温泉0845→万座・鹿沢口1025→1124中軽井沢     長野原0930→草津温泉1005→万座・鹿沢口1145→1244中軽井沢     長野原1212→草津温泉1242→万座・鹿沢口1422→1521中軽井沢   (上り)     中軽井沢1030→万座・鹿沢口1134→草津温泉1320→1345長野原     中軽井沢1240→万座・鹿沢口1344→草津温泉1529→1554長野原     中軽井沢1350→万座・鹿沢口1454→草津温泉1635→1700長野原   鬼押出し〜中軽井沢   (下り)     鬼押出し0920→0954中軽井沢     鬼押出し1640→1714中軽井沢 (10/20まで運転)   (上り)     中軽井沢0840→0912鬼押出し     中軽井沢1600→1632鬼押出し (10/20まで運転) ・1983(S58)年9月改正ダイヤでは、浅間白根火山線に次のような便が設定されて  いたのを確認できる。   長野原〜中軽井沢   (下り)     長野原0815→草津温泉0845→万座・鹿沢口1025→1124中軽井沢     長野原0915→草津温泉0945→万座・鹿沢口1125→1224中軽井沢     長野原1145→草津温泉1215→万座・鹿沢口1355→1454中軽井沢   (上り)     中軽井沢1000→万座・鹿沢口1105→草津温泉1250→1315長野原     中軽井沢1220→万座・鹿沢口1329→草津温泉1510→1535長野原     中軽井沢1405→万座・鹿沢口1509→草津温泉1650→1715長野原   鬼押出し〜中軽井沢   (下り)     鬼押出し0900→0936中軽井沢     鬼押出し1625→1701中軽井沢 (9/23〜10/2)   (上り)     中軽井沢0815→0849鬼押出し     中軽井沢1540→1612鬼押出し (9/23〜10/2) ・1984(S59)年12月19日に表万座スキー場入口〜表万座スキー場が開業した。 ・1985(S60)年当時、線内の白根火山、万座温泉及び上州三原に自動車駅が存在した。 ・1985(S60)年8月現在のダイヤでは、浅間白根火山線には次のように長野原〜中軽  井沢に3往復、鬼押出し〜中軽井沢に2往復が設定されていた(この他、西武バス  が草津温泉〜軽井沢に白根火山経由3往復、草津温泉〜万座・鹿沢口直行6往復が  設定)。   長野原〜中軽井沢   (下り)     長野原0750→草津温泉0845→万座・鹿沢口1025→1124中軽井沢     長野原0915→草津温泉0945→万座・鹿沢口1125→1224中軽井沢     長野原1140→草津温泉1210→万座・鹿沢口1350→1449中軽井沢   (上り)     中軽井沢0938→万座・鹿沢口1105→草津温泉1250→1315長野原     中軽井沢1235→万座・鹿沢口1339→草津温泉1520→1545長野原     中軽井沢1415→万座・鹿沢口1519→草津温泉1700→1725長野原   鬼押出し〜中軽井沢   (下り)     鬼押出し0852→0928中軽井沢     鬼押出し1630→1706中軽井沢   (上り)     中軽井沢0814→0848鬼押出し     中軽井沢1545→1619鬼押出し 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年4月改正のダイヤでは、浅間白根火山線には次のように長野原〜中軽  井沢に3往復、鬼押出し〜中軽井沢に1往復が設定されていた(この他、西武バス  が草津温泉〜軽井沢に白根火山経由3往復が設定)。   長野原〜中軽井沢   (下り)     長野原0815→草津温泉0845→万座・鹿沢口1025→1124中軽井沢     長野原0915→草津温泉0945→万座・鹿沢口1125→1224中軽井沢     長野原1309→草津温泉1344→万座・鹿沢口1519→1618中軽井沢   (上り)     中軽井沢1000→万座・鹿沢口1105→草津温泉1245→1310長野原     中軽井沢1312→万座・鹿沢口1416→草津温泉1556→1621長野原     中軽井沢1415→万座・鹿沢口1519→草津温泉1700→1725長野原   鬼押出し〜中軽井沢   (下り)     鬼押出し0852→0928中軽井沢   (上り)     中軽井沢0814→0848鬼押出し ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、万座温泉〜万座プリンス  ホテル前が認知された。 ・浅間白根火山線は、国鉄民営化及び自動車分離を経てJRバス関東に継承された。 ・1997(H9)年10月1日に長野新幹線(→北陸新幹線)の開業に伴って、中軽井沢〜  軽井沢が延長された。 ・「JRガゼット」1998(H10)年○月号には、1997(H9)年10月の「長野行(北陸)  新幹線」の開業に合わせて、JRバス関東はJR東日本と連携し、軽井沢から万  座・草津温泉へ、佐久平から白樺高原及び高峰高原へのアクセスバス輸送をそれ  ぞれ地元のバス会社とともに運行開始した、一方、JR東日本では広域周遊型企  画乗車券として「軽井沢・草津フリーきっぷ」の充実と「蓼科・白樺ルートきっ  ぷ」の新設を図ったと述べられていた。 ・2001(H13)年11月4日に軽井沢〜北軽井沢〜草津温泉(草軽線)に参入した。 ・「草津線時刻表」2002(H14)年7月1日改正によると、浅間白根火山線には次の  系統が設定されていた。   長野原草津口〜軽井沢 2往復   (下り)     長野原草津口0833→草津温泉0900→万座・鹿沢口1026→1130軽井沢                          (4/24〜11/4運行)     長野原草津口0858→草津温泉0928→万座・鹿沢口1100→12080軽井沢                          (7/20〜9/1運行)   (上り)     軽井沢1302→万座・鹿沢口1413→草津温泉1550→1612長野原草津口                          (4/24〜11/4運行)     軽井沢1405→万座・鹿沢口1516→草津温泉1650→1712長野原草津口                          (7/20〜9/1運行)   草津温泉〜軽井沢(草軽線) 1往復(4/20〜11/24運行)   (下り)     草津温泉1030→北軽井沢1109→白糸の滝1125→1148軽井沢   (上り)     軽井沢1510→白糸の滝1533→北軽井沢1549→1628草津温泉   北軽井沢〜軽井沢 1往復(4/20〜11/24運行)(所要39分) ・2004(H16)年シーズン限りで浅間・白根火山ルート及び草軽線からJRバス関東が  撤退し、浅間白根火山線は廃止された。 3.3 旅の考察 ・上州三原〜万座・鹿沢口は、浅間白根火山線と鹿沢菅平線との二重戸籍の区間  であった。 ・1984(S59)年頃の「自動車線普通旅客運賃表」によると、浅間白根火山線の万座  温泉、鬼押出し、峰の茶屋の各駅は途中下車駅であり、浅間白根火山線は乗車券  の有効期間が2日間の区間であった。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【417】多古線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇多古線   多古本線    1 八日市場−成田    2 飯笹−中五辻    3 千代田−寺台   豊栄線    1 八日市場−田久保−多古仲町   栗源線    1 高根−佐原    2 御所台−本五辻    3 下仲町−佐原(南回り)   神崎線    1 五辻−原宿 1.2 路線略図                    ・−−−−−・                   /       \                  / 成田 管理 貨物・京成      成田       寺台○  空港 ビル 地区|空港駅      山前 東町     / \  ○−−○−−○+−○      ○−−○−−−+−○ 法華○           \ 日航オペ  薬師 /|     / 松原 塚 |            ○セン入口  堂前○ |市役  /       |            |    | ○所前 /        |      公団工事局前○  成田◎−+−−・      大清水○           /     \|            |    ・−−○−−○整備地区      ○京成成田        | 千代田| 空港南口                三里塚○−−−−○                        |\                        V ・−>多古仲町                      上総二川   八日市場                      佐原 江戸崎             佐原女子高<   ◎   Λ                   \  +−+ |                    ・−+−+−++                   諏訪 |    |                   神社前○−−○−+−○下仲町           ○原宿           中宿   \           |                   \           ○一鍬田 御料地  下総         ○九美上      成田空港 |    入口   二本松        |      寺台   ○−−−−−○−−−−○         ・       Λ   |本五辻        \       /       | 中五○−−・         \   栗源○       | 辻 |  |          \   /  三里塚<−○−−−○−−○−・         \ /  成田   |千代 五辻 飯笹 \   多古    ○御所台       |田       染井○  新町    |       V           +−−○−・  |      上総二川          \   |  |高根                     ○−−○−−○                    /多古 多古  \ 下総             上総二川<−+ 仲町 本町   \吉田                   |          ○−−○匝瑳高校下                 多古○−−−−−−−○吉田   |                           |下    ○田町                           |     |                        田久保○   上 +−○東本町                            |   出羽○ |                         豊栄○−−○−−+−◎八日市場                             西八日                             市場 ※成田〜(松原〜寺台)〜貨物地区〜管理ビル〜成田空港は成田空港線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・栗源線1 佐原〜栗源仲町〜高根 ・多古本線1 高根〜多古仲町 ・多古本線3 千代田〜整備地区〜寺台 ・多古本線1 寺台〜東町〜成田 2.2 掲載 ・40日目 7/20(土) S61.5号 8.関東・信越編(下) 単行本 p190〜192 ・連載誌のみ 成田駅の写真 2.3 行程 ○佐原0720→0823多古仲町 栗源・多古本線 佐原発 多古行                            527-8001(日野RE101) ○多古仲町1206→1259成田 山武本・多古本線 八日市場発 成田行               (千代田・整備地区経由) 527-9002(日野RE141) 2.4 エピソード ・佐原発7時20分の多古仲町行きは総勢5人を乗せ緑濃い丘陵にカーブを描く道を  進み、工事中の東関東自動車道を渡る。次第に高校生が増え、里芋畑を抜けた栗  源で立ち客も出た。通学バスそのものでやがて幼稚園児も加わる。 ・多古仲町12時06分発の整備地区経由成田行きに乗り、運転士に頼み千代田で停ま  ってもらってスーツケースを積み込む。バスは成田空港の金網に沿って木の根地  区を通り、検問所を通過して京成空港駅に寄った。 ・厳重な鉄柵の検問ゲートを出て空港取付け道路を淡々と走ったバスは、成田市内  へ入って国道51号線へ降りた。成田山山門前から京成成田駅を経て国鉄成田駅に  着くと13時近い。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・多古線は、1944(S19)年1月11日から八日市場〜成田で貨物営業を開始し、同年4  月1日から旅客営業を含む一般運輸営業を開始したのがルーツである。この路線  は、戦時中、戦力増強のために成田鉄道を撤去したことに伴って、その撤去代行  の使命を有した他、沿線地方の産業・文化の発展助長の使命をも有していた。 ・1946(S21)年1月21日から染井〜千代田を千代田橋経由から廃線敷を利用した専用  道路(五辻経由)に変更した。 ・その後、1947(S22)年3月31日に栗源線佐原〜多古が開業し、1948(S23)年7月19日  に多古仲町〜多古が開業した。1952(S27)年12月21日に八日市場〜豊栄〜吉田下〜  多古(後の豊栄線)に開業した。 ・1948(S23)年12月26日に栗源線栗源〜山倉(後の山倉線の一部)が開業し、1952(S27)  年9月20日に山倉線山倉〜小見川が開業した(山倉線は1972(S47)年4月末限りで  廃止が公示された。また、1955(S30)年3月25日に飯倉線匝瑳高校下〜栗源が開業  した(1972(S47)年4月末限りで廃止公示)。 ・1955(S30)年3月25日に五辻〜本五辻(後の神崎線の一部)が開業し、1956(S31)年  11月20日に神崎線本五辻〜神崎渡船場が開業した(同線は1974(S49)年4月23日に  原宿〜下総神崎の廃止が公示された)。 ・1957(S32)年4月1日から三里塚〜久能〜日吉倉〜成田が開業した(後の久能線、  同線は1984(S59)年7月末限りで廃止が公示された)。 ・1965(S40)年6月15日に栗源線御所台〜下総二本松〜御料地入口〜本五辻が開業した。 ・同年9月1日に寺台〜成田(北回り)が開業し、同年10月5日の東成田停車場設置  に伴って東成田〜成田(東回り)に変更された(1984(S59)年7月末限りで寺台〜東  成田〜成田の廃止が公示されたが、本区間も含まれると解される)。 ・1973(S48)年4月5日に寺台〜東町〜成田が開業した。 ・成田空港が開港した1978(S53)年5月21日に千代田〜整備地区〜京成空港駅〜寺台が  開業した。 3.2 旅から30年 ・八日市場自営「国鉄バス時刻表」1986(S61)年3月3日改正によると、多古線には  次のような系統が設定されていた。  (多古本線)    八日市場〜多古仲町・新町〜三里塚〜成田 下り14本・上り11本(所要1時間     28〜30分)    八日市場〜多古仲町・新町〜空港駅〜成田 2往復(所要1時間26〜30分)    八日市場〜多古新町〜三里塚 上り1本(所要1時間01分)    八日市場〜多古・多古新町 下り1本・上り2本(所要35分)    多古仲町・新町〜三里塚〜成田 下り5本・上り7本(所要46〜51分)    多古仲町・新町〜空港駅〜成田 下り1本・上り2本(所要48〜51分)    三里塚〜成田 下り6本・上り8本(所要28分)  (豊栄線)    八日市場〜豊栄〜多古新町・仲町 2往復(休校日運休)(所要30分)  (栗源線)    多古・多古仲町〜栗源〜佐原 14往復(うち休校日運休2往復)(所要55分〜     1時間)    多古・多古新町・仲町〜栗源 2往復(所要25分)  (神崎線)    多古仲町〜一鍬田 6往復(うち休校日運休2往復、土曜休校日運休1往復)     (所要25分)   ・1986(S61)年10月末限りで豊栄線八日市場〜田久保〜多古の廃止が公示された(多  古〜多古仲町は山武本線に編入)。 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、高根〜染井が認知された。  これは、多古町内の一方通行に伴う上り線の経路(多古新町経由)と解される。 ・国鉄最末期の1987(S62)年1月末限りで、多古本線飯笹〜中五辻、栗源線御所台〜  本五辻、神崎線一鍬田〜原宿の廃止が公示された。 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、多古線はJRバス関東に継承された。 ・2000(H12)年7月20日から多古線に特急便が設定され、八日市場〜吉田〜多古〜染  井が開業した(特急便は2007(H19)年3月廃止)。 ・八日市場支店「JRバス時刻表」2000(H12)年7月20日改正によると、多古線には  次のような系統が設定されていた。  (多古本線)    八日市場〜多古仲町・新町〜三里塚〜成田    (平日、第1・3・5土曜日)      特急便 下り1本・上り2本(所要1時間)       ※特急便の停車駅は成田〜染井間各駅、多古、吉田      普通便 下り7本・上り8本(うち多古中央病院経由1往復)(所要1時          間20分)    (休日、第2・4土曜日)      普通便 下り5本・上り6本    (学校休校期間の平日)      特急便 上り1本      普通便 下り6本・上り7本(うち多古中央病院経由1往復)    八日市場〜多古仲町・新町〜空港    (平日、第1・3・5土曜日)      1往復(所要50分)    (休日、第2・4土曜日)      1往復    (学校休校期間の平日)      1往復    八日市場〜多古    (平日、第1・3・5土曜日)      2往復(所要30〜32分)    多古〜三里塚〜成田    (平日、第1・3・5土曜日)      下り3本・上り1本(所要50〜52分)    (休日、第2・4土曜日)      下り2本    (学校休校期間の平日)      下り3本・上り1本    三里塚〜成田    (平日、第1・3・5土曜日)      37往復(所要25分)    (休日、第2・4土曜日)      下り20本・上り21本    (学校休校期間の平日)      下り36本・上り37本  (栗源線)    多古〜栗源〜佐原 7往復(うち休日、第2・4土曜日及び学校休校期間運休     3往復、多古中央病院経由1往復)(所要50分)    多古〜本三倉 上り1本(休日、第2・4土曜日及び学校休校期間運休)(所     要25分)  (神崎線)休日、第2・4土曜日及び学校休校期間中は全面運休    八日市場〜多古新町〜一鍬田 上り1本(所要50分)    多古仲町〜一鍬田 下り3本(うち土曜運転、土曜運休各1本)・上り1本(     所要20分) ・2002(H14)年3月1日に成田山前停留所を移設の上、上り便(三里塚方面)の経路  を、下り便(成田行き)の経路(但し、京成成田は経由せず、市役所前は停車しな  い)に変更した(成田山前〜薬師堂前〜成田が廃止となった)。 ・同年10月27日、芝山鉄道の開業に伴って芝山千代田駅への乗入れを開始するととも  に、成田空港南ゲートの開設に伴って千代田〜成田空港で経路変更が行われた(千  代田〜東成田駅〜管理ビル前〜成田空港を廃止し、千代田〜芝山千代田駅〜成田空  港が開業した)。 ・2003(H15)年5月15日、空港公団管理用道路(旧国道296号線)の切り替えに伴って、  住宅入口〜空港南口を日航グランド前経由から航空博物館北経由に変更した。 ・2007(H19)年9月末限りで神崎線五辻〜一鍬田が廃止された。 ・2009(H21)年9月1日から栗源線を県立佐原病院経由に変更した。 ・2015(H27)年3月26日に住宅入口〜航空博物館正門〜航空博物館前(同年6月廃止)、  遠山農協前〜さくらの山〜法華塚が開業した。同年6月20日に八日市場支店の多古  町内移転(東関東支店を新設)に伴って、多古仲町〜多古台バスターミナル〜染井  が開業した。 ・2015(H27)年6月現在、多古線(多古本線及び栗源線)はJRバス関東によって運行  が継続されている。 3.3 旅の考察 ・関東地自(1957)「沿革と経営の記録」には、多古線染井〜千代田の国鉄自動車専用  道の沿革について、次のように述べられている。  ◇S18年12月、成田鉄道は南方作戦遂行に呼応して、国鉄成田駅〜三里塚〜多古〜   総武本線八日市場駅の全線の軌条及び鋼橋を撤去した。一方、省営自動車は、   S19年4月1日、成田駅より旧成田鉄道にほぼ沿った県道を三里塚、千代田、加茂   を経て、旧成田鉄道を横断する染井より多古、借当、生尾等の部落を縫って八日   市場駅に至る多古線を旧成田鉄道の代行線として開業した。  ◇ところが、千代田〜染井間にある菱田、五辻、飯笹の各部落は旧成田鉄道の沿線   に点在し、省営自動車路線とは丘陵を隔てて遠く離れているため、しばしば軌道   撤去後の省営自動車専用道化の陳情切なるものがあった。  ◇そこで、審議の結果、人家の少ない勾配線の加茂回りを廃止し、千代田〜飯笹〜   染井間延長7.1kmの旧鉄道敷用地46.181坪を成田鉄道より借用し、省営自動車専用   道として運営することとなった。  ◇東京鉄道局施設部保線課において、S19年8月1日に工事に着手し、同年9月30日   の工事完成を待って10月1日開通となった。 ・2015(H27)年6月現在、多古線は染井貝塚〜千代田で廃線敷を転用した道路(県道)  を通っている。 ※補足 寺台〜成田の路線変遷について  ・1982(S57)年頃の関東地自「自動車線駅及び乗降場一覧」には、寺台〜成田には次  の3つの経路が載っている。  1)「八日市場・成田間」の一部(S19.4.1開業)    寺台0.2接骨院前0.6東成田0.5成田山前0.4薬師堂前0.6成田  2)「東成田・成田間(東回り)」(S40.9.1開業)    東成田0.5成田山前0.8市役所前0.1京成成田0.1成田  3)「成田・寺台間」(S48.4.5開業)    成田0.1京成成田0.1市役所前0.8成田山前0.4東町0.5松原0.9寺台   (※路線名称上寺台が起点のはずだが、上記資料にはこのように載っている。)  この資料では、成田山前〜市役所前〜京成成田〜成田は、2)と3)とが重複(二重  戸籍)している。なお、寺台〜成田の自動車線駅は寺台、東成田、成田及び東町  であり、これら以外は乗降場であった。 ・上記区間の路線略図は次の通りになると解される(二重線は成田空港線の区間)。             接骨     ・−>成田空港        東成田  院前    /         ○−−−−○−−−○寺台    成田  /        / \    山前 / 東町     /   \      ○−−○−・   ○     ・  薬師 /|     \ /松原    |  堂前○ |市役    +       V    | ○所前   //       三里塚   成田◎=+====・        八日市場     \|          ○京成成田 ・S40.9.1に寺台〜成田(北回り)が開業し、S40.10.5に東成田が停車場になったため、  国鉄自動車路線名称上、この区間は東成田〜成田(東回り)になったものと考えられ  る(上記資料で「東成田・成田間(東回り)」が「寺台・成田間(北回り)」の開業  日を引き継いでいることから、本稿では寺台〜成田(北回り)は市役所前〜京成成田  経由であったと解することとする)。 ・S59.8.1に寺台〜東成田〜成田の廃止が公示(第44号)されたが、この区間は寺台〜  接骨院前〜東成田〜成田山前〜市役所前〜京成成田〜成田であると解される。このう  ち、成田山前〜成田については重複していた一方の区間が廃止された(=重複が解消  された)ものである。 ・S59.8.1には同時に、国鉄自動車路線名称から「東成田・成田間(東回り)」のみなら  ず、「寺台−東町−成田間」も削除されたが(公示第45号)、これは、寺台〜松原〜  東町〜成田山前が第1区間の「八日市場・成田間」に編入されたものと解される。  なお、当時から成田山前〜成田については、下り便(成田行き)が市役所前〜京成成  田経由、上り便(三里塚・多古・八日市場方面行き)は薬師堂前経由であったが、この  上下線の経路違いは路線名称上各別の区間とは扱われなかった。 ・なお、2002(H14)年2月末までは、日祭日には成田山前〜薬師堂前〜成田が歩行者天国  となるため、当該日の日中の上下便は成田空港線と同じ経路で成田〜松原を直行して  いた(下り便は京成成田に停車)。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【418】成田空港線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇成田空港線    1 成田−成田空港 1.2 路線略図                    ・−−−−−・                   /       \                  / 成田 管理 貨物・京成      成田       寺台○  空港 ビル 地区|空港駅      山前 東町     / \  ○−−○−−○+−○      ○−−○−−−+−○   ・           \ 日航オペ  薬師 /|     / 松原   |            ○セン入口  堂前○ |市役  /       |            |    | ○所前 /        |      公団工事局前○  成田◎−+−−・         |           /     \|            |    ・−−○−−○整備地区      ○京成成田        | 千代田| 空港南口                三里塚○−−−−○                        |\                        V ・−>多古仲町                      上総二川   八日市場 ※八日市場〜多古仲町〜千代田〜三里塚〜寺台〜松原〜東町〜成田山前〜市役所  前〜京成成田〜成田、成田〜薬師堂前〜成田山前、寺台〜京成空港駅〜千代田  は多古線 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・成田空港線は、新東京国際空港(→成田空港)の開港に伴い、国鉄の列車・バ  ス一体となったアクセスルート(総武線ルート、常磐線ルート)の一環として、  開港日の翌日である1978(S53)年5月21日から成田〜成田空港(9.5km)が開業  した(以下「成田空港へのアクセス」(「国鉄線」1978(S53)年5月号所収)  に基づく)。 ・成田空港線は、渋滞する成田市内を避け、成田駅駅前広場から空港アクセス用  に建設された都市計画街路を直進し、国道51号線、東関東自動車道に並行する  国道295号線を経て成田空港に至るルートで、国鉄バスが1日35往復運行する  他、地元のバス事業者である千葉交通バスも1日65往復運行し、成田発0630〜  2131の間概ね6〜10分間隔の高頻度で、列車に接続した鉄道・バス一貫輸送が  行われていた。 ・利用客の利便を図るため、鉄道の首都圏管内各駅で鉄道+バスの通し乗車券を  発売する一方、空港内の旅行センターに自動券売機を設置してバスと鉄道の通  し乗車券を発売していた。これらの乗車券は千葉交通バスにも利用できる共通  乗車の取扱いを行っていた。 ・車両は、乗車定員80人のワンマン用新車8両を使用し、ワンマン放送テープや  行先表示幕に英文を併用していた。 ・なお、これより先、1971(S46)年9月に東京〜新東京国際空港の経営許可を申請  していたが、1977(S52)年8月に申請を取り下げた。これは新東京国際空港の開  港に合わせて、成田新幹線の先行と在来鉄道線の補完を目的に、東京駅〜新空港  の直通旅客輸送を行うべく許可申請を行ったものである。しかし、申請後5年余  の間に、鉄道線の輸送状況、道路事情等諸情勢が大幅に変化し、申請時の輸送目  的が果たせないとして取り下げを行ったものである。 ・「国鉄自動車50年史」(1980年)には鉄道と有機的に結合した輸送改善の例とし  て、1978(S53)年度の新東京国際空港開港に伴っての鉄道駅と接続したバス輸送  の実施が挙げられている。成田空港輸送は成田新幹線の先行と在来鉄道線の補完  を目的として、当初は東京駅〜新空港間の直通輸送を行う計画であったが、鉄道  線の輸送状況、道路事情等の諸情勢が大幅に変更したので、成田駅〜成田空港間  の輸送に切り替え、1978(S53)年5月に35往復の運行を開始した。 ・1985(S60)年当時、(自)成田に自動車駅が存在した。この他、成田空港に旅行  センターが設けられており、自動券売機でバス・鉄道通し乗車券を発売する他、  国鉄乗車券類及び旅館券の発売や各種案内業務が行われていた(自動車局所管  の自動車駅とは別扱いであった)。また、国鉄バス運行の拠点として、八日市場  自動車営業所成田支所(成田)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、成田空港  線は成田〜成田空港に、国鉄バスが18往復、千葉交通が下り32本・上り33本の計  下り50本・上り51本が設定されていたのを確認できる。 3.2 旅から30年 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、成田空港線はJRバス関東に継承された。 ・「JR時刻表」1991(H3)年3月号(1/16現在)によると、成田空港線は成田〜成田  空港に次のようなダイヤが設定されていたのを確認できる(3月時刻改正予定と  注記あり)。  (下り)    成田発0630〜2115に7〜30分毎に運転    このうち始発・終発時間帯のJRバス便は次の通り。     始発帯 0630,0730,0755,0844,1037     終発帯 1825,1920,2038  (上り)    成田空港発0705〜2142に9〜35分毎に運転    このうち始発・終発時間帯のJRバス便は次の通り。     始発帯 0705,0805,0830,0915     終発帯 1830,1900,1955,2113 ・JR成田線の成田空港乗入れに伴って、成田空港線は1991(H3)年3月19日に休止  され、同年4月23日に廃止された。 3.3 旅の考察 ・成田空港線の開業と同時に、多古本線千代田〜整備地区〜京成空港駅〜寺台が  1978(S53)年5月21日に開業した。京成空港駅と貨物地区の中間から寺台〜松原  までは成田空港線と同じ道路を走るが、成田空港線には成田〜貨物地区間には  停留所がなく、この間に多古本線との接続駅はなかった。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【419】山武線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇山武線   山武本線    1 多古仲町−成東    2 切通−島−島入口    3 金尾−松尾   芝山線    1 宮台−千代田 1.2 路線略図     寺台・成田     京成空港駅       Λ  成田   |千代田  五辻   多古仲町  三里塚<−○−−−−−−○−−−−−○−−−>高根・八日市場       |            |多古       |         下総 +○−−>田久保・八日市場   上総浅川○      島入口 水戸|       |   ・−−−−○−○−○切通       |小池 |上総  |   |       ・−○−○二川  ・−○−・          /|      島         ・ ○芝山         | |         ・−○宮台           |         ・・○山室           |           |金尾           ○−−・          /   |     成東◎−・    ◎松尾  ※八日市場〜高根〜多古仲町〜五辻〜千代田〜寺台〜成田、千代田〜京成空港駅   〜寺台、八日市場〜田久保〜多古〜多古仲町は、多古線 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・山武本線1 成東〜金尾 ・山武本線3 金尾〜松尾 ・山武本線1 多古仲町〜切通〜下総水戸〜島入口〜上総二川 ・芝山線1 上総二川〜千代田 2.2 掲載 ・39〜40日目 7/19(金)〜20(土) S61.5号 8.関東・信越編(上) 単行本 p188〜192 2.3 行程 ◇成東1900→1918金尾 山武本線 成東発 多古行 527-8003(日野RE101) ・金尾→松尾 タクシー ・多古仲町→小池 タクシー ◇小池0845→0910千代田 芝山線 松尾発 成田行 527-0014(日野K-RE101) 2.4 エピソード ・成東では朝夕2本だけの多古行きがあった。金尾〜松尾は終バスが出た  後のようだが、ここに泊まって朝のバスを待つ気にはならず、奥の手に  たよる。 ・成東の国鉄バス乗り場は、京成バスターミナル反対側の便所の前にある  が、タクシー乗り場に隠れて注意深く探さないと見つからない。それで  も発車時刻が近づくと女子高生ら5人が集まってきた。 ・バスはしばらく国道126号線を走り、暮れなずむ田んぼの中を左折、曲  がりくねった小道へ分け入る。金尾の三差路で降りるとなんでも屋さん  の電話を借りて松尾のタクシーを呼ぶ。 ・多古から二川までタクシー代行とするが、上総二川停留所と思しき場所  に行き着く前に成田行きのバスが来る。小池に停まったバスの前に強引  に回り込んで追跡成功。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・山武線は、1950(S25)年10月20日に、多古線の支線二川線として多古仲町  〜成東が開業したのがルーツで、総武本線成東、松尾両駅と成田線成田駅  とを短絡し、沿線地方の産業開発を使命としていた。 ・1955(S30)年11月21日に上総山室〜東金が開業し、1956(S31)年12月1日に  は金尾〜松尾、千代田〜上総中台が開業した。 ・1958(S33)年11月11日に多古〜島〜東条小学校前が開業した。 ・1962(S37)年に多古線から分離して山武線となった。 ・1983(S58)年8月22日に布田線(上総山室〜東金)が廃止された。 ・1985(S60)年当時は、松尾〜成田2往復、松尾〜三里塚1往復、多古〜上総  二川〜成田1往復、多古〜松尾1往復、多古・多古仲町〜成東2往復が運行  されていた(1985(S60)年8月現在ダイヤ)。 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年11月1日に金尾〜成東の廃止が公示された後、国鉄民営化及び  自動車分離を経て、山武線はJRバス関東に継承されたが、1993(H5)年3月  末限りで多古仲町〜多古を除いて、山武線は廃止された(多古仲町〜多古は  多古線に移管)。 3.3 旅の考察 ・当時の金尾〜松尾の最終バスは、成田からの松尾1719着と松尾1910発の  三里塚行きになる。 ・成東1900発の多古行きは金尾1919、松尾1910発の三里塚行きも金尾1919  と同時刻発着であった。両バスは金尾〜上総二川は相前後して走り、上  総二川発は多古行きが1930、三里塚行きが1933であった。 ・多古仲町1206→1259成田(千代田、整備地区経由)の便は「山武本、多  古本線」とあるが、「多古本線」が正当であると思われる。 ・切通〜島入口は、島経由1.9kmに対して、下総水戸経由が2.5kmで0.6km  長い(きっぷの経路は下総水戸経由)。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【420】南房州線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇南房州線   南房州本線    1 館山−千倉    2 館山−鏡ヶ浦−宮城    3 砂取−安房白浜    4 安房横渚−安房白浜    5 南千倉−誕生寺   豊房線    1 館山−長尾橋   洲の崎線    1 潮留橋−西川名−安房神戸    2 西岬−小沼    3 加賀名−西岬小学校入口    4 洲の崎燈台前−洲の崎燈台    5 伊戸−安房自然村 1.2 路線略図                                        誕生寺○                                          /                                       安房○                  館山◎                  小湊|                     \                   |                  ・−−−+−−・             安房○               鏡ヶ浦|   |  |             鴨川|                 ○+ 電話○南町○        ◎千倉    ・              市営  | 局前|  |        |     /              住宅前 |   |  |来福      +−○−−○瀬戸             ・−○−−○−−−○−−○寺前      |役場前 |川橋            /     宮城 /潮留  \       |    |         西岬○        ・ 橋    \      |    |          / \西岬小学   |       ・  南千倉○−−−−+      加賀名○   ○校入口   |       |     | 南千倉○         +−○−+      |     豊房○     | 海岸 |        / 西岬小 \  砂山 |       |  本千倉○    |     坂田○  学校前  ○−○−−○安房     |      \ 汐湊○      /       /小沼   |神戸     |       \ /  洲の崎○−−−−−−−○    犬石○−−○小塚  |    安房平磯○  灯台前|      伊戸\     |   大師  |        |     ○         ・−○−−○相の浜    ○上神余     |    洲の崎        南房パラ |       |        |    灯台         ダイス  ○安房自然村  |        ・                    |       |       /                    ・     長尾| 安房   ○安房白浜                     \砂取  橋 | 横渚  /                      ○−−○−−○−−○−○                        白浜\    | |野島崎                        中学校・−−−+ |灯台口                                \|                                 ○野島崎灯台 2. 最長片道きっぷの旅 2.1 乗車券の経路 ・南房州本線1 館山〜潮留橋 ・洲の崎線1 潮留橋〜西岬〜加賀名〜名郷浦〜洲の崎灯台前〜西川名〜伊戸〜小沼       〜砂山〜安房神戸 ・南房州本線1 安房神戸〜犬石〜安房自然村〜砂取 ・南房州本線3 砂取〜野島崎灯台〜安房白浜 ・南房州本線1 安房白浜〜南千倉 ・南房州本線5 南千倉〜安房小湊 2.2 掲載 ・39日目 7/19(金) S61.5号 8.関東・信越編(上) 単行本 p184〜188 ・連載誌のみ 641-0913の解説、安房小湊駅の写真 ・連載誌、単行本とも 南房号のバスガイドの写真 2.3 行程 ○館山0810→0845伊戸 「砂山線」 館山発 伊戸行 537-5402(日野RC300) ○伊戸0908→0943館山郵便局前 洲の崎線 伊戸発 館山行                         531-2477(いすゞK-CJM500) ○館山1015→1039犬石 南房州本線 館山発 安房白浜行                         537-4974(日野P-HU225AA) ○犬石1057→1128安房白浜 南房州本線 館山発 安房白浜行                         537-4975(日野P-HU225AA) ○安房白浜1150→1615安房小湊 南房定期観光 館山発 安房小湊行 「南房1号」                         641-0913(いすゞK-CPA550) 2.4 エピソード ・館山駅前の国鉄バス乗り場は5番線までずらりと並び、向かい側には南房定期  観光バスが発車する7番線もあって、隣の車庫から次々バスが出入りし壮観。 ・8時10分には4本のバスが発車。同じ伊戸行きでも朝2本の砂山・小沼経由ロ  ーカル便に乗ってしまったが、逆コースで一回りする。安房神戸手前を右折し  てゴルフ場とホテルにはさまれた細道を進む。 ・洲の崎灯台経由は20人ほどのばあさまが乗り込み、賑やか。名護浦辺りからど  んどんお客が増え、住民に根付いている路線。 ・きっぷの経路は野島崎灯台へ寄り道するが、白浜行きの灯台経由は午後1本し  かなく「南房1号」に間に合わないからカット。 ・定期観光バス「南房1号」には国鉄職員の女性ガイドが乗務していた。お客は  10人ほど。太海フラワーセンターで45分休憩だが、昼食タイムで2階の食堂へ  直行。安房鴨川駅で下車希望がなかったので鴨川シーワールドへ直行し、1時  間40分の自由見学。最終コースは日蓮生誕の地という誕生寺に寄って安房小湊  駅に入った。バスは行きに駅へ寄らないので、安房小湊〜誕生寺間1.8kmを区間  外復乗したような恰好になった。 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・南房州線は、1933(S8)年1月20日に関東地方最初の省営バス路線として、北倉  線の部北倉本線館山〜千倉、豊房線潮留橋〜長尾橋及び西岬線潮留橋〜西岬が  開業したのがルーツで、鉄道の培養路線としての使命の他、観光路線としての  使命も有していた。 ・1939(S14)年6月1日に西岬〜坂田が開業した。 ・戦後は、1951(S26)年2月1日に坂田〜川名が開業し、その後、1956(S31)年5  月1日に西岬〜神戸が開業した。 ・1957(S32)年12月20日に神戸村〜小沼、伊戸〜川名が開業した。 ・北倉線は、1959(S34)年1月から南房州線に改称された。 ・「全国バス路線便覧」1964(S39)年版によると、館山〜安房白浜が25回、安房  白浜〜千倉が40回であり、この当時既に高頻度の運行がなされていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1964(S39)年9月号(8/20現在)によると、南房  州線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。  (南房州本線)    館山〜安房神戸〜安房白浜 下り27本・上り30本(所要48分)    安房白浜〜千倉 下り27本・上り24本(所要35分)    館山〜富崎〜洲の崎灯台 下り4本(うち休日運休、土曜運転各1本)・     上り5本(うち休日運転、土休日運転各1本)  (豊房線)    館山〜豊房〜安房白浜 下り19本・上り17本(所要41分)  (洲の崎線)    館山〜坂田/伊戸〜西川名 下り23本(うち土曜運転1本)・上り25本     (うち休日運休1本)(所要41分)    館山〜坂田 下り8本・上り7本(所要33分)  (房州海岸めぐり定期観光)    館山→洲の崎灯台→砂山→安房白浜(定期便)千倉     館山発0940・1120(休日運転)・1240(土休日運転)     白浜まで2時間 ・1964(S39)年12月15日に館山〜鏡ヶ浦〜宮城、安房横渚〜安房白浜、洲の崎灯  台前〜洲の崎灯台の各区間が開業した。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1970(S45)年8月号(7/9現在)によると、南房州  線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。なお「7/20〜8/20夏  期増発があります」との注記がある。  (南房州本線)    館山〜安房自然村〜安房白浜 下り33本・上り34本(所要45〜50分)    野島崎灯台〜安房白浜〜千倉 下り6本・上り3本(所要37分)    安房白浜〜千倉 下り21本・上り25本(所要32分)  (豊房線)    館山〜豊房〜安房白浜 6往復(所要43分)  (洲の崎線)    館山〜洲の崎灯台〜西川名 15往復(所要38分)    館山〜伊戸〜西川名 12往復(所要38分)  (南房州海岸めぐり定期観光)    急行うち房1号接続 館山0930→1005洲の崎灯台1035→1130野島崎灯台    急行うち房3号接続 館山1100→1135洲の崎灯台1205→1300野島崎灯台    急行うち房5号接続 館山1250→1325洲の崎灯台1355→1500野島崎灯台                              (土休日運転) ・1970(S45)年10月1日、南千倉〜安房鴨川〜誕生寺、伊戸〜富崎(いずれも定期  観光路線)が開業し、1973(S48)年1月18日に砂取〜安房白浜が開業した。 ・交通協力会「交通年鑑」1972年版には、1970(S45).10.1に南房州線南千倉〜誕  生寺間36.1km開業とあり、運行系統は館山〜安房白浜〜誕生寺〜安房小湊間75  .1kmで1日1往復、日東交通(株)と国鉄が循環ダイヤで運行している、この路  線の実現に当たっては南千倉〜安房小湊を運営する日東交通と館山〜南千倉を  運営する国鉄とが相互乗入れによって実現したと述べられている。 ・「観光路線で活躍する国鉄バス」(「国鉄線」1973(S48)年2月号所収)には、  花と黒潮の岬を回るフラワーライン、夏の海水浴客と南房州は東京から近いこ  ともあって入込客が急増し、昨年7月に房総線の輸送改善が実施されたのに伴  い、列車体系にマッチした輸送体制を整え30分間隔のネットダイヤの設定、館  山〜安房白浜間観光急行「フラワー号」の1日2往復増便を行ったとある。  (南房州線の輸送量と収入)             輸送人員  収入    1971(S46)年度実績 1,285千人 83百万円    1972(S47)年度見込 1,378千人 92百万円 ・「われら第一線−館山自動車営業所−」(「国鉄線」1976(S51)年3月号所収)  には、2月から5月にかけて館山自営は「花輸送」で忙しい、花を運ぶのでは  なく、花に誘われて南房総を訪れる人を運ぶのであると述べられている。当時  の館山自営は職員数156名、配置車両52両、1日当たりの輸送人員は17千人に  のぼっていた。こうした生活路線の役割とともに、関東では長野原・西那須野  と並ぶ観光路線をも有している。道路整備に伴って観光バスにも進出し、1970  (S45)年10月に南房総定期観光バスが館山〜安房小湊に運行を開始した。日東  観光との相互発着を行っており、館山と安房小湊でそれぞれ特急さざなみ号・  わかしお号と接続している。定期観光バスの指定券はこの3月1日から全国の  みどりの窓口で発売されることとなり、年間4万人の利用者に隔日で快適な  旅行を約束できるとともに、輸送手配の効率化が図られた。館山自営には25名  の女子車掌がおり観光客の案内に活躍しており、今年ははるか十和田南自営か  らも3名の運転士が助勤者として活躍している。南房総は夏の海水浴シーズン  と2〜5月の花輸送の2つがピークで波動が大きく、年間を通じて南房総を訪  れてもらう方法がないか知恵をしぼっているとある。 ・座談会「つばめのマークは今日も行く−自動車営業所長大いに語る」(「国鉄  線」1976(S51)年11月号所収)には、館山自営所長の発言として、次のような  内容が載っている。   館山自営では南房州線の特殊事情が、花輸送と夏輸送という形で現れている。   館山の花輸送は12月下旬からGWまでの間で、特にピークは3〜4月である。   夏輸送が年間におけるピークで、輸送対策として定期便の他に相当な増便を   行って対応している。レールも特急9本・急行3本の他臨時列車が大分増発   になるので、バスもこれに対応してダイヤを全部組み替えて海水浴輸送に当   たり増収に励んでいる。   館山〜白浜には3ルートあるが、特急が到着する時間帯には職員がお客さん   に声をかけて、風景のよい海岸回りを案内するようにしている。   3月から南房総定期観光バスにマルスが導入されて、マルスの発売状況に基   づいて輸送計画を立てられるようになった。現在のところ、70〜80%のお客   さんがマルス発売の切符を買って来られるようである。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1978(S53)年10月号(8/11現在)によると、南房州  線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。  (急行「フラワー号」)    館山〜南房パラダイス〜野島崎灯台〜安房白浜 7往復(うち土休日運転     1往復)(所要1時間)  (南房州本線)    館山〜安房自然村〜安房白浜 下り33本・上り31本(所要45分)    野島崎灯台〜安房白浜〜千倉 3往復(所要37分)    安房白浜〜千倉 下り28本・上り32本(所要32分)  (豊房線)    館山〜豊房〜安房白浜 下り16本・上り15本(所要36分)  (洲の崎線)    館山〜洲の崎灯台〜伊戸 下り21本・上り26本(所要40分)    館山〜小沼〜伊戸 下り9本・上り4本(所要36分)    館山〜坂田 下り4本・上り5本(所要32分)  (南房総めぐり定期観光)    南房1号 館山0940→白浜フラワーパーク→野島崎灯台→安房白浜→太海         フラワーセンター→安房鴨川→鴨川シーワールド→安房小湊→         誕生寺→1615安房小湊    南房2号 安房小湊0925→(南房1号と逆コース)→1640館山 ・「国鉄自動車五十年史」には、鉄道と直結する観光路線は一般的に収益性も  高いので、当該年度の新製車両も全面的に観光路線を中心に投入することと  したと述べられている。また、1975(S50)年度から南房州線の座席予約の電算  化(マルス化)を実施し鉄道との通し旅客の誘致とサービス向上を図ったとあ  る。なお、ピーク期間中車両を集中して輸送力の増加を図る観光路線の1つに  南房州線(南房総輸送)が挙げられている。1979(S54)年度における新製車両の  主要観光路線波動輸送充当状況をみると、南房州線には第1次配属として館山  自営に5形車2両が配属され、最終配属もそのまま館山であった。 ・1983(S58)年4月12日に加賀名〜西岬小学校入口が開業した。 ・1985(S60)年当時、(自)館山、安房自然村及び安房白浜に自動車駅が存在した。  また、国鉄バス運行の拠点として、館山自動車営業所(館山)及び同安房白浜  支所(安房白浜)が置かれていた。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、南房州  線には次のような系統が設定されていたのを確認できる。  (急行「フラワー号」)    館山〜南房パラダイス〜野島崎灯台〜安房白浜 下り9本・上り8本(う     ち土休日運転2往復)(所要1時間7分)  (南房州本線)    館山〜安房自然村〜安房白浜 下り33本・上り32本(所要45分)    野島崎灯台〜安房白浜〜千倉 下り3本・上り4本(うち土曜運転1本)     (所要37分)    安房白浜〜千倉 下り30本・上り28本(所要32分)  (豊房線)    館山〜豊房〜安房白浜 下り12本・上り17本(所要36分)  (洲の崎線)    館山〜洲の崎灯台〜伊戸 下り23本(うち土休日休校日運休2本)・上り     16本(所要40分)    館山〜小沼〜伊戸 下り13本(うち休日休校日運休1本)・上り18本(う     ち土休日休校日運休2本)(所要36分)    館山〜小沼〜洲の崎灯台〜伊戸 上り1本(所要37分)    館山〜坂田 下り1本    館山〜小沼〜安房自然村 上り2本(所要47分)  (南房総めぐり定期観光)    南房1号 館山0940→白浜フラワーパーク→野島崎灯台→安房白浜→太海         フラワーセンター→安房鴨川→鴨川シーワールド→誕生寺→         1615安房小湊    南房2号 安房小湊0925→(南房1号と逆コース)→1640館山 3.2 旅から30年 ・1986(S61)年7月19日に安房平磯〜南千倉海岸〜千倉が開業した。 ・1986(S61)年12月の「国鉄自動車路線名称」全面改正で、南房州本線の潮留橋  〜青柳及び犬石〜小塚大師が認知された。 ・国鉄最末期の1987(S62)年2月1日に洲の崎灯台前〜洲の崎灯台が、同年3月  1日に鴨川シーワールド〜誕生寺がそれぞれ廃止公示された。 ・国鉄民営化及び自動車分離を経て、南房州線はJRバス関東に継承された。 ・1988(S63)年3月末限りで野島崎灯台を経由する、砂取〜安房白浜及び安房横  渚〜安房白浜が廃止され、同時に4月からフラワーパーク〜野島崎灯台〜白浜  農協前、砂取〜七島橋及び安房横渚〜野島崎灯台〜安房白浜が開業した。 ・1991(H3)年1月17日に砂取〜七島橋及び安房横渚〜野島崎灯台〜安房白浜が廃  止された。一方、同年6月30日に「メディカル急行くろしお号」(安房白浜〜  亀田病院)が運行開始した(鴨川シーワールド〜亀田病院が開業)。 ・1992(H4)年4月末限りで安房平磯〜南千倉海岸〜千倉が休止され、翌年4月末  限りで廃止された。1993(H5)年7月2日に潮留橋〜青柳が休止された(翌年7  月2日廃止)。1994(H6)年3月1日に小沼〜東光寺が休止された(翌年3月1  日廃止)。 ・2002(H14)年5月末限りで南房総定期観光バス「南房号」が廃止された(定期観  光専用区間の、館山〜宮城(旧鏡ケ浦経由)、小戸海岸〜潮騒王国及び千歳駅前  〜ローズマリー公園〜南三原郵便局前が廃止)。 ・2005(H17)年4月1日から館山支店管内の一部路線を館山日東バスに移管し、こ  れに伴い、安房白浜〜千倉、本千倉〜亀田病院及び館山〜豊房〜長尾橋が廃止  された。 ・2012(H24)年10月1日から高速バス「房総なのはな号」の東京〜館山系統のうち  2往復を館山〜安房白浜の路線バスとして延長運転を開始した。2013(H25)年4  月1日からは東京〜館山・休暇村系統の5往復を平砂浦ビーチホテルまで延長  するとともに、館山〜平砂浦ビーチホテルは路線バスとして運行されるように  なった。 ・2013(H25)年4月1日から南房パラダイス〜安房自然村が休止された。また、同  年10月1日に西伊戸〜伊戸漁港〜伊戸が開業した。 3.3 旅の考察 ・1977(S52)年8月の「駅営業範囲一覧」によると、南房州線には接続駅(館山、  千倉及び安房小湊)の他に、安房自然村及び安房白浜に第二種委託駅(自動車  駅)が置かれていた。 ※補足 国鉄自動車による新聞輸送 ・千葉県下に配達されていた新聞は、鉄道の指定列車が(千葉県下には夜行列車が  ないので)両国駅17時頃に積み込まなければならないため、遠く東北方面と同じ  第1版であったことから、一般読者及び新聞社から改善方を要望されていた。 ・1950(S25)年10月ダイヤ改正に際して、東京新聞輸送同盟から従来の特定列車に  代わるものとして、国鉄自動車による夜間輸送が要望された。これに対して、国  鉄自動車の機動的性格、新聞の公共的使命と地方文化向上に対する貢献を鑑み、  同年10月1日から国鉄自動車による新聞輸送が実施されることとなった。 ・これは、新聞社から両国駅までは新聞社の自動車、両国〜千葉間は荷物電車、そ  れより先は千葉駅中継として国鉄自動車によって3方面に輸送することとされた。  系統として、房総西線(→内房線)沿線を経て館山まで209.9km、房総東線(→外  房線)沿線を経て館山まで257.9km、総武本線の沿線を経て銚子、小見川、栗源ま  で214.6kmにわたり、全く新しい試みとして開始された。このうち、前2者は本館  山(→館山)自営、後者は八日市場自営が担当した。

1985・夏 国鉄バスネットワークの記録 【421】東京湾岸線 1. S60.6時点の路線紹介 1.1 路線名称 ◇東京湾岸線    1 東京−東京ディスニーランド 1.2 路線略図        東京  名古屋<−−◎−−+==◎上野           |           |           |           ○東京ディズニーランド 3. 路線解説 3.1 当時の運行状況 ・1983(S58).4.15に開園した東京ディズニーランドに、全国各地から東京駅を経  由して向かう旅客にとって、地下鉄東西線浦安駅からシャトルバスに乗り継ぐ  複雑なアプローチが開園前から懸念されていたが、この不便さを解消するとと  もに、レールとバスの一貫輸送体制を整備するため(国鉄の企画商品設定を可  能にするため)、1983(S58)年7月1日から東京〜東京ディズニーランド(21.8  km)の直通バスを運行開始した。このバスは、国鉄20往復、東京空港交通35往復  の2者による共同運行であった。 ・この路線の輸送成績が好調で、1983(S58)年度の利用者数が両社で106万人に上  ったため、サービス改善と輸送力増強を図る目的で、1983(S58)年12月に定員60  人の新製車を投入し、1984(S59)年4月20日に国鉄バス5往復を増回して25往復  となった(両社で60往復)。 ・「国鉄監修交通公社の時刻表」1985(S60)年9月号(8/1現在)によると、東京湾岸  線は以下の時間帯に「約10分毎」に運転されているとあった。  (下り)    始発 東京0800→0835東京ディズニーランド    終発   1910→1940  (上り)    始発 東京ディズニーランド0845→0935東京    終発           2000→2050 ・なお、梅原康三(1986)「東京ディズニーランド直通バス”上野湾岸線”開業」  (「国鉄線」1986(S61)年3月号所収)によると、1985(S60)年度の国鉄バスの  輸送実績は74万人であった。 3.2 旅から30年 ・東北・上越新幹線上野開業に伴い、上野駅から東京ディズニーランドを訪れる  旅客の利便を図り、東京ルートと上野ルートへ旅客を分散するとともに輸送力  を増強するため、1985(S60)年12月20日に上野湾岸線(上野〜東京ディズニー  ランド(17.7km))が開業した。運行回数は、国鉄バス22往復、京成バス23往復  の計45往復が設定された。 ・なお、この時に、東京〜東京ディズニーランドの営業キロが21.8km→15.3kmに  変更された。 ・東京湾岸線は、国鉄民営化及び自動車分離を経て、JRバス関東に継承された。 ・1989(H1)年10月20日から、東名・名神高速線から東京湾岸線に乗り入れる形で  東京ディズニーランド〜京都(東京経由)(522.8km)に西日本JRバスと共同  で夜行便1往復の運行を開始した。次いで同年12月25日から同じく東京ディズ  ニーランド〜大阪(東京経由)(566.3km)に西日本JRバスと共同で夜行便1  往復の運行を開始した。 ・1990(H2)年3月10日の鉄道京葉線東京乗り入れ・全通に伴って、同日から、東  京〜東京ディズニーランドを25往復→10往復(両社計で60往復→20往復)に減  回するとともに、二階建てバス「ファンタジア号」(640-2201〜2203.のちに  1両増車・改番を経てD640-81504,82501〜82503)を投入した。また、同年9月  10日から、上野〜東京ディズニーランドを22往復→12往復(両社計で45往復→  下り24本・上り25本)に減回した。 ・1992(H4)年2月までに上野〜東京ディズニーランドを12往復→6往復(両社計  で下り24本・上り25本→下り12本・上り13本)に減回した。(※) ・1994(H6)年7月16日までに東京〜東京ディズニーランドを10往復→下り7本・  上り6本(両社計で20往復→下り14本・上り12本)に減回した。(※) ・東京湾岸線は、JR京葉線の開通により路線使命を終えたとして、1995(H7)年  5月8日に上野〜東京ディズニーランドを、同年7月1日に東京〜東京ディズ  ニーランドを廃止した。これによって、東京湾岸線には京都、大阪方面からの  夜行便ドリーム号のみが乗り入れることとなった。 ・2000(H12)年4月20日から新宿駅発着の夜行便「ニュードリーム号」の出入庫運  用を活用するなどして新宿駅新南口〜東京ディズニーランドを開業した。翌年  9月4日から新宿便、夜行便を東京ディズニーシー発着に延長した。 ・2015(H27)年6月現在、新宿〜東京ディズニーランド〜東京ディズニーシーと、  京阪神方面のドリーム号の一部、ドリーム松山号がJRバス関東等によって東  京ディズニーリゾート発着で運行されている。 3.3 旅の考察 ・東京湾岸線は、東京及び上野にて乗降の際に運賃、乗車券の収受を行っていた。  また、国鉄発売のバス乗車券で国鉄バス・東京空港交通・京成バスに乗車可能  とする共通乗車の取扱いを行っていた。なお、ジャパンレールバスは、国鉄バ  スに限り有効となっていた。 ※謝辞  民営化後の東京湾岸線の減便時期について、愉会三丁目様とくろこのへや様か  らご教示を頂きました。感謝申し上げます。

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